Scene:4

―――何か、見える。

おぼろげで、はっきりとはしないが、何かが見える。

真っ暗な視界の中央に、灯りが見える。

それがゆっくりと、だんだんと近づいてくる。

中央の灯りが、だんだん大きくなってくる。

灯りが大きくなり、だんだんとその灯りの中の様子が見えてくる。

その灯りが映し出しているのは、部屋のようだ。

部屋の中には、人が2人―――いや、3人。


彼は、そのうちの「2人」に、見覚えがあった。

(あれは…父さんと、母さん…?)

自分が1歳の頃に亡くなった、両親。
当然、直接の記憶はないが、写真で見たことがある。いや、写真でしか知らないと言うべきか。

(ということは…真ん中の赤ちゃんは、俺…?)

両親の間、中央に赤ちゃんがいる。彼に兄弟姉妹はいない。状況からして、ほぼ間違いなく「自分」であろう。

その「自分」の奥には、テレビが置いてあった。そちらに視点を移すと、そこに映っていたのは…

(チャオ…?)

チャオ。先日初めて知ったはずの、異世界の水色の生き物が、テレビ画面の中に間違いなく映し出されている。

(一体、どういうことなんだ…!?)

理由を知ろうと、さらに周囲を探ろうとした瞬間、


―――目が覚めた。


「…分かるかしら?」
自らの視界に飛び込んできたのは、女性。この世界に漂流してきた際に、自分を案内してくれた女性だ。
「え…あ…はい」
彼はまだ意識が朦朧とする中で、必死に状況を把握し、答える。

改めて状況を確認する。自分はベッドで寝ているようだ。自分のいる部屋を見回す。独特の雰囲気と臭い。
「…病室、ですか?」
彼の問いに、彼女はこう答えた。
「ええ。…確認するけども、自分の名前は言えるかしら?」
「あ、はい」
彼女からの問いに対して、彼は自分の名前を答える。その他にも、彼女はいくつか基本的な事柄について質問したが、彼は全て問題なく答えた。
「…どうやら、記憶は大丈夫のようね」
「はい。チャオガーデンの掃除のアルバイトを終わらせて、帰ろうとしていたところまでは覚えているんですけど…」
それを聞いて、彼女は「チャオガーデンで、何があったのか」について、こう答えた。

「何者かが、チャオガーデンを荒らしたのよ。ボコボコになったチャオガーデンで、貴方が倒れていたのよ」
「チャオガーデンを…荒らした?」
「ええ。鈍器のようなもので手あたり次第にチャオガーデンを叩き壊そうとしたらしいわ。犯人はまだ見つかってないとのことよ」
恐らく、犯人がチャオガーデンに侵入した際に彼がいたため、殴って気を失わせたのではないか、ということだった。

「そんな、酷い…」
「ええ。こっちの世界でも滅多にないニュースで、関係者は困惑してるわ。ただ…」
「ただ?」
「犯人は『漂流者』なんじゃないかって噂が流れてるのよ。なんでも、現場に白紙の漂流者カードが落ちてたって話よ」
漂流者カードとは、この世界で身分証明となるものがない漂流者たちの身分証明になる、カードのことである。漂流者の身分証明書、といったところか。
これにより、漂流者たちもこの世界で通常の住人と同じように行政サービスを受けることができるのだ。

こんな酷いことをする犯人が、自分と同じ漂流者かもしれない。そう考えると、彼は少し心が痛くなった。一体何が、犯人をそうさせたのだろうか。
それと同時に、ある思いが湧いてきた。

「その犯人…俺も、探したいです。何でわざわざこの世界に漂流してきて、こんなことをするのか…気になるんです」
彼がそう申し出ると、彼女はその言葉を待っていたかのように、こう告げた。
「それなら、話が早いわ。どちらにせよ、あなたは被害者であり、かつ犯行直前まで現場にいた重要参考人よ。検査で問題がないことが確認されて退院できたら、この事件を担当している刑事さんと引き合わせてあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
予想外に早い展開に、彼の思考は少し遅れ気味だったが、とりあえず礼をした。

「それと…1つ、気になることがあるんです」
「何かしら?」
彼はもう1つ、気になっていることを聞いた。意識を失っている間に見た、夢のようなものについてである。
彼はその内容について覚えている限りのことを話した。しかし彼女は、少し考えた後、首を横に振りながらこう言った。
「そうね…申し訳ないけど、似たような話を聞いたことはないわ。でも、その夢が真実だとしたら…貴方の世界にも、何らかの形でチャオは存在しているのかも知れないわね」
「そうですか…」
それを聞いた彼は残念そうにそう答えた。仮に元々いた世界でもチャオが存在していたとしても、今更戻って確かめることもできない以上、この謎が解けることはないだろう、と彼は思った。

彼の中でチャオについての謎は深まるばかりであったが、検査の方は順調に進み、後遺症もなく、数日後に彼は無事に退院することができた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ チャオ20周年記念号
ページ番号
6 / 11
この作品について
タイトル
「Children's Requiem」
作者
ホップスター
初回掲載
2018年10月23日