Scene:3
少年が異世界に転移してから、およそ1ヵ月。
あの女性から、『漂流者』を支援している団体の紹介を受け、その支援のもと、新しい世界に慣れていった。
「ふぅ…」
軽く汗を拭う。
彼はこの世界で、チャオガーデンの清掃のアルバイトをしていた。
まずは、この世界での生活基盤を作ること。そのために彼が選んだのが、このアルバイトだった。
もちろん、この世界にも様々なアルバイトや仕事があるが、彼がこのアルバイトを選んだのは、自らのチャオに対する記憶の謎の解明に少しでも近づければ、という思いがあったからだ。
清掃中、チャオは別のガーデンに移動しているので、直接チャオと触れ合える機会がある訳ではないが、とりあえず何らかチャオに関わることがしたかったのだ。
それに、元々ずっとサッカーをしてきた身である。頭を使うよりは、体を動かす方が性に合っていたし、それに耐えうるだけの体力もあった。
「よし、池に水を入れなおして、あとは床を綺麗に拭けばおしまいだな」
先輩がこれからの作業の流れを説明する。最も、彼も既に慣れてきて頭に入っている手順ではある。
「あ、それじゃ水栓捻ってきます」
「おう、頼んだぞ」
彼はそう言い出し、ガーデンの隣にある管理室へと向かっていった。
そもそも、チャオは清潔な環境でしか住めない生物である。
そのため、特に人工の建物内にあるステーションスクエアのチャオガーデンは、細かいところまで管理が行き届いていないとチャオが暮らしていくのは難しい。
最も、チャオ自身がチャオガーデンを汚す、ということはほとんどないため、掃除自体はそこまで大変なものではないが、なにぶん広いチャオガーデンである。5人ぐらいでチームを組んで、手分けして掃除することになっている。
彼が水栓を捻ると、掃除のために水が抜かれていたチャオガーデンの池に水が流れ、貯まりだす。
それを確認してチャオガーデンに戻ると、モップを持って先輩達に混じって床掃除を始めた。
全員で床掃除をしている最中、先輩の1人が彼に声をかけた。
「新入り、悪いんだが…今日、鍵閉めお願いしていいか?ちょっと用事があってな」
「いいですよ。管理室の鍵は1階の事務室でしたよね?」
「あぁ、入ってちょっと右入ったとこにある。それじゃ、よろしく頼む」
要は、掃除を終わらせた後、最後にチャオガーデンに鍵をかけるのをお願いされたのである。
特に難しいことではないし、彼は特に用事がある訳でもなかったので、彼はあまり深く考えずに承諾した。
「それじゃ悪いが、後は頼むよ!」
「あ、はい、お疲れ様です!」
掃除を終わらせた先輩が、道具を片付けて先に帰る。残るは、彼一人。
彼は掃除のやり残しがないかチャオガーデンを回って確認し、自らの掃除道具を片付けた。
そして最後に、もう一度チャオガーデンに入り、何となくガーデンを見回す。
そのまま帰ってしまっても良かったのだが、ふと見回したくなったのだ。理由は、特にない。
…が、結果から言えば、それがまずかった。
ガサ、と何やら物音のような音がし、それに反応して(何だろう?)と彼が振り返った瞬間、全身を衝撃が走り、意識はそこで途絶えた。