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「ぐあっ!」
 苦悶の声が響くと同時に、声の持ち主は床に叩きつけられ、体を震わせた。透き通るような白い体を持つ、ニュートラルタイプのチャオだった。力をこめて起き上がろうとするが、もはや戦う力が残っていないのは明らかだった。
「勝負ありチャオ!」
 とあるチャオカラテ道場に、オモチャオ審判の声が響き渡る。たった今、道場の師範と道場破りの試合が行われ、決着がついたところである。勝ったのは道場破り――リュウであった。
「くそっ、無念でごわす……」
 余所者に敗れた悔しさが、涙となってあふれ出す。師範は、痛む体に鞭を打ち、震えながら立ち上がろうと……あ、あれ? 足が、無いぞ?
 なんと、師範には両足がなかった。丸い体の下部分が、幽霊みたいに、ひょろりんっ、ってなってる。ひょろりんっ、って。
「やはり、両の足が使えないというのは、大きなハンデだったようだな、師範殿」
「ふん、足なんてただの飾りでごわす。偉い人にはそれがわからんのでごわす!」
 師範は立ち上がった。いや、起き上がった? 立ち上が、いや、起き上が、えーと、うーんと、なんか浮いてる。
「わしは以前、試合中に足がもつれて転んだせいで、負けたことがあるでごわす。その日以来、蝙蝠をキャプチャーし続けて、足に別れを告げたでごわす。わしのような思いをさせないために、門下生にも蝙蝠をキヤプチャーするように教えているでごわす」
 師範の試合を見るために、道場の端の方には、十匹ほど道場の門下生達が整列していた。師範の敗北に涙を流すもの、リュウに対し怒りの眼差しを向けるものなどがいたが、全員に共通していることは、本来足のあるべき部分が、ひょろりんっ、となっている事だった。
「さぁ、この看板は貴様の物でごわす。好きにするがいいでごわす!」
 師範の目から零れ落ちる、大粒の涙達が畳を濡らしていく。しかしリュウは、道場の看板には、一ミクロンほども興味は無いのだった。
「いや、看板はどうでもいい。それより、一つ聞きたいことがある」
 師範としては、敗北した上に看板はどうでもいいとか言われちゃってもうイヤン。このまま『看板とられなくてよかったね』で済ませてしまっては、男が廃る。チャオだから性別分かんない? じゃあ、男心が廃る。
「なら、わしを好きにするがいいでごわす!」
「いや、結構。質問に答えてくれればそれでいい」
 何故か頬が少し赤らんでいる師範を無視し、道場中に響き渡る大きな声で、師範のみならず、その場にいるチャオ全てに対し、リュウはこう言った。
「この中にヒーローカオス、ダークカオス、ライトカオスがいたら俺のところへ来い。以上」
「……」
 ――しーん、と静まり返る道場。
「……いないか。邪魔したな」
 踵を返し、もう用は無いと言わんばかりに道場を出て行こうとするリュウ。実際もう用は無いし、長居すると師範に何されるかわからないのでさっさと出るが吉。
「ま、待つでごわす!」
「(んだよ、うっせーな)師範殿、何か?」
「……カオスチャオを探しているでごわすか」
「そうだが」
「わしは、カオスチャオが師範を務めている道場の場所を知っているでごわす」
「言え吐け答えろ、虚言と判明した場合、死あるのみ」
「嘘じゃないし、がっつかなくてもちゃんと教えるでごわす。だから、ポヨにかけたその手を離してほしいでごわす」
「いいだろう」
 リュウは、ゆっくり師範のポヨから手を離した。ちなみに、いつ手をかけたのかと言うと、師範の台詞の『知っているでごわす』の『す』のタイミング。
「道場へは、あーしてこーしてこう行くでごわす。地図を渡すでごわす」

『リュウは、カオス道場への地図を手に入れた!』(ぱんぱらぱんぱんぱ~ん♪)

「礼を言う、さらばだ」
 今度こそこんな道場用無しだぜ。あばよ! と、吐き捨てて行きたかったリュウだが、再び師範に呼び止められた。
「ま、待つでごわす!」
「(しつけーな)師範殿、まだ何か?」
 師範は、赤らんだ頬に、ちょっぴり涙が滲んだつぶらな瞳と、(人間で言えば)指を加えて上目遣いと言う高等テクニックに属する仕草まで駆使して、か細い声でこう呟いた。
「わ、わしを好きにするつもりは無いでごわすか……?」
 開け放たれた道場の扉から入る、心地よい秋風。爽やかでありつつ、ちょっぴり切なさも含んだその風を感じたのは、師範だけだった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第287号
ページ番号
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この作品について
タイトル
カオスをねらえ!
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第287号