「CHAO GARDEN」

チャオガーデンで寝そべり、天井を見つめる。
天井には空がある。
勿論それはそういうデザインであるだけなのだが。
なかなかリアルな空になっていて、少しぼーっとしながら眺めているとまるで本当に外にいるような気分になる。
それでも普段外にいるのだと錯覚を覚えないのは光が太陽のそれではなかったり、空気や風が違うなどの細かい部分が影響しているのだろう。
偽者の外だ。
偽の外。
なんとなく浮かんだそのフレーズを反芻する。
今のこの世界はそれに近いような気がした。
それはこの世界がシュミレーションリアリティの中にあるものだとかそういうものではなく。
本来あるべき世界の形からずれてしまった。
そんなイメージだ。
じゃあ世界は本来どうあるべきだったのか?
なんて事を聞かれても少し困るわけだが。
世界中の人間から考えて本来どうあるべきか、なんていうのは定義しにくい。
どうせこれは特に重要でもないただの空想なのだから、ぼくのかんがえたさいきょうのせかい、みたいなものでも考えてみるか。
俺にとって世界はどうあるべきなのか。
平和な世界。
……微妙だ。
平和が微妙なわけではなく、普通の意見すぎて微妙だ。
そうだな、近くにいる少女が木の実なんて食べていない世界、なんていうのはどうだろうか。
「というわけで食堂に行くぞ」
「はあ?」
彼女からしたら脈絡の無い誘いだったので戸惑うのも当然である。
だがここは制圧前進あるのみ。
無理やり引っ張っていく。
「え、ちょっ、えっ」
普段の俺ならここまで積極的な行動をしただろうか?
基本的にしないと思われる。
どうして俺はこんな事をしたのか。
それは何万回ものループによる経験が記憶として残っているためにそうさせたり、世界がループしているのであればそういう行動をする週があってもいいのではないかという思い付きでもなんでもなく、ただ単に1週間あまりにも暇でストレスが溜まっていたという事が原因である。
そう。
1週間あまりにも暇だったのだ。
俺もオルガもこの1週間、チャオスを相手に戦ってすらいない。
ずっと待機である。
先田さんによると、優希さんがそれらの仕事を全て独占しているらしい。
オルガはそれを聞いて渋面になるが、そうしたところで何も変わらず1週間である。
その間、度々まずいまずいとオルガや先田さんは呟いていた。
チャオスの撃退を独り占めされるのはそのまま小動物を獲得する権利を独り占めされるということになる。
先田さんが言うには、このまま優希さんだけが小動物を得られる状況だと非常に問題があるらしいのだが、俺としてはこのままチャオガーデンでずっとごろごろしていなくてはいけない方が問題であった。
というわけで脱退屈キャンペーンの第1弾である。
食事の時、オルガは確実にチャオガーデンで木の実を貪っているので、それを食堂に連れてくることにより斬新なイベントが発生するという計画である。
「やっぱ木の実で」
「却下だ」
「うう」
朝食ではそれぞれのこだわりが見られる。
ご飯派かパン派か、などである。
人によっては食べない、という選択もある。
俺はどちらでもいける。
さて、オルガはどっちだろうか。
「お前は朝は何を食べるんだ?」
「私はバランスよく食べるよ」
彼女の手元には白米もパンもあれば和洋折衷どころではない感じに和と洋が乱れていた。
それはバランスいいと言わない気がする。
こいつ、木の実食うくせに普通の食事でも大丈夫なんだよな。
好き嫌いの無さそうな様子を見て思う。
「でもなんでわざわざ食堂で食べなきゃいけないんだか」
「最近、暇というか、仕事が少なくないか?」
「少ないというより、無いよね」
「そこで俺に提案がある。一緒に外に出かけないか?」
「は?」
これが脱退屈キャンペーンの第2弾である。
中にいて暇だ暇だと叫ぶのであれば、自分たちから外出すればいいのである。
仕事は優希さんがやってくれるだろうし、こちらにはそもそも来ないようになっているのだろう。
退屈しながら待つだけでは精神衛生上よろしくない、などという理由もでっちあげることは可能だ。
ともかく、じっとしているだけではだめなのだ。
そんな感じのことを整理できていなかったために少々回りくどくなった大半がアドリブのセリフで俺はオルガに説明した。
「なんで私も行かなきゃいけないの?」
理由なんてない。
男性が近くに女性がいる時に抱く、一緒に行動すれば何か楽しい事が起こるのではないかという些細な妄想。
その程度でオルガを誘うのに十分なのである。
そこらへんをそれとなく下心を隠しつつ伝えることにした。
「大した理由は無いが、なんとなく面白そうだからだ」
「ふうん」
まあ拒否されてもさっきみたいに強制連行すればなんやかんやで一緒に外出できるだろうと計算した。
チャオガーデンで木の実を食べ続けているが、この食事も嫌そうではない。
同様に外出も自発的にはしないものの拒絶しているわけではなさそうだ。
「どうだ。気分転換にはなるだろう」
「まあ、いいけど」
思った通りだった。
善は急げと言う。
口角泡を飛ばすと言う。
据え膳食わぬは男の恥と言う。
この状況で使うには全部間違っているが、つまりは勢いが重要なのである。
勢いは重要である。
たとえ今言っていることが的を射ていなくても勢いで誤魔化せばいいのである。

流れと勢いに任せて展開を早送り。
俺たちは外へ出た。
だが、ここでつっこまなければならない点が1つあった。
本来ならばもっと前の時点で指摘しなければならなかったが、勢いで突き進んだ結果、最も指摘するのにふさわしい場面をスルーしてしまったのだから仕方があるまい。
オルガを見つめる。
「な、何……?」
いつもながらの服。
美咲(そういえば彼女の安否はどうなっているのだろう)はこれを昔のGUNの制服と言っていた。
確かに彼女と会うまで見たことのない服だった。
そもそもどれだけ昔の制服なのやら。
俺の知っているGUNの制服ではない。
だが今重要なのはそこではなく。
「外出なのにどうしてその服なんだ?」
普通。
普通であればこういう時、多少なりともお洒落というものをするものである。
勿論、その人ができる範囲で、ではあるが。
彼女の場合、外出用の服が無いわけではない。
美咲に押し付けられていたからな。
「いいじゃん、これで」
本人がそれでいいのなら構わないのではあるが。
「寒くはないのか?」
そもそも、そのような格好で寒くはないのかという疑問もある。
今は泣く子も暖房の傍へ逃げ込む冬である。
彼女が周りの人間の目線を全く気にしなかったとしても、寒さはいくらなんでも気になるものである。
「大丈夫だけど」
彼女は人間的に所々おかしいと思う。
ともかく彼女が大丈夫と言うからには心配しなくてもいいだろう。
俺たちはまず所持金を潤すべく近場の現金自動預け払い機を襲撃した。
ある程度リングを引き出す。
1日遊ぶには十分な額だ。
知らない間に俺は恐怖を覚える程にリングを所持していたことについては忘れようと思った。
命を張った仕事は報酬が高いのである。
あと外出を全くしなかったから貯まる貯まる。
オルガなんかはきっと億万長者へと既になっているに違いない。
気にしないことにしよう。
大金に酔って調子に乗るのはよくない。
せめて思考回路だけは普通の人間らしくありたい。
「で、どこに行くの?」
「あ」
考えてなかった。
一応女性を連れているわけだ。
なんて考えても相手はオルガだしなあ、なんて考える自分もいた。
「服……は興味無いんだよな?」
「断固拒否」
俺もそこまで興味があるわけではない。
だがきっぱりと断られると残念であるのも事実。
色々な服を着せてみるという展開にならないからである。
新しい服を入手した(正確には押し付けられた)直後にまた服を買うのもどうかとは思う、ということにして自分を納得させる。
しかし、どこに行こうか。
「んー……。映画とかか?」
「映画」
オルガは反復して興味を表現した。
「今どの映画が面白いのかわからないから、面白い映画を見れるかどうかは運次第だが」
「見るかどうかはともかく、まずは映画館に入ってみよう」
「そうだな」
映画館に向かうことになった。
ところで、ARKは超巨大なドーム状の建物である。
台所に大きいボウルが鎮座していれば結構な存在感があるように、街中にあんな物が鎮座していれば相当目立つ。
ビルなどの隙間から見ようと思えば、場所によってはその姿を確認できる。
この街ではARKを知らない者はいないのではないだろうか。
周りを見ながら歩いて、今更ながら俺が遠い場所まで来ていたことを認識する。
俺が元々いた位置はどこへ行ってしまったのだろう。
そこに戻ろうとしたら、どれほど時間がかかるのか。
この街の住人ではなかったにしろ、あんな建物の存在を知らなかった自分を不思議に思う。
どこかしらで話題になっていてもおかしくないはずだ。
つまり、つまりだ。
つまり何が言いたいか。
道に迷った。
「そもそも映画館ってどこにあるんだ」
「……知らないの?」
「この街のことはわからん。お前は?」
「私は外に出ないから」
どうしたものか。
帰る場所がすぐに見つかることだけが救いである。
何か店はないものか。
探す。
あるにはあるがオルガと共に入る気のしない店ばかりである。
例えばゲーム屋とか入ってどうするのだ、という感じのものである。
そして苦節30分、ようやく見つけた究極の目的地。
映画館である。
究極は言いすぎであろうか。
30分も歩きっぱなしなのはどうなのか。
色々と気にするな。
気にしてはいけない。
空腹がスパイスになる感じの理論でこれまでの退屈が喜びへと昇華するのだ。
そう前向きにフォローしたら足を思い切り踏まれた。
とても痛かったので、思わず叫びそうになった。
しかし叫ばなかったのは他でもない、攻撃がまだ続いていたからである。
鳩尾や顎、首など急所への容赦の無い攻撃が俺を地に倒しオルガのストレスを天へと帰した。
「さて、何の映画を見ようか」
「そっすね……」
オルガの機嫌は元通り。
俺の気分は最悪である。
それはいらいらしているとかではなく、ちょっと胃から嫌な物が込み上げてきたり意識がちょっとはっきりしないという意味で、である。
「これなんてどうかな」
オルガが指したのは女の子の背中から機械の羽が生えているポスターの映画だった。
タイトルは漢字で短め。
ただし書いてあることはちょっととんでもないものだった。
どうやら漫画が原作らしい。
漫画原作。
「それは漫画で読んだ方がいいかもしれん」
「そう?」
「いや、うん、まあ見てみるか」
もしかしたら当たりの可能性もあるわけだからな。
「待った」
とここでオルガが待ったを宣言した。
「橋本はどれが面白いと思う?」
「む」
その質問。
結構な無茶振りである。
下調べをしているならともかく、数ヶ月もあんな場所に引きこもっていた俺にその手の情報は全く無い。
俺のセンスが今問われている。
「これかな」
無難そうな恋愛物をチョイスした。
そうした瞬間、相手がオルガだからもっと変なのをセレクトした方がよかったのではないかと思い直す。
「じゃあ賭けをしよう」
「賭け?」
「両方見て、面白くなかった方がご飯を奢る」
「ほう」
もしどちらか片方を見てつまらなかったら、時間の無駄もいいところである。
なので賭けを同時にするというのはいい提案だと思った。
しかし、この時俺たちは2つ見ればどちらかは面白いはずだと思ってしまっていた。
1つ目の上映時間になった時にふと、どちらもつまらなかったらどうするんだろう、と冷静になった俺がいたのであった。
時間が余計に無駄になる展開が容易に想像できた。
その場合は俺がオルガに文句を言う番が到来である。

食事である。
近くにレストランがあったので都合が非常にいいと思った。
そう思いつつも罠だったりする展開はあり得ないので利用したが。
こういう時、他人よりも自分の食べ物の方が来るのが遅かったりすると少しショックを受ける。
特にその前にショックな事があり少し気分が沈んでいた場合は。
今の俺がそれである。
「ぐぬぬ」
「いやあ、面白かったねえ」
「ぐぬぬ」
「……どうしたの」
「俺の都合のいい流れにならないことが納得できん」
議論の末にオルガの選択した映画の方が面白いと結論付けなければならなかった。
向こうの映画にも欠点はあった。
それこそ容易に指摘できる程に。
しかしこちらの映画は致命的だった。
ストーリーの恋愛部分がオルガの方と被ってた。
恋愛オンリーのこちらと恋愛+戦闘の向こう。
これで恋愛部分が被っているのである。
こっちの方がインパクトに欠けるのも当然と言える。
そんな映画を引いてしまう今の俺は素晴らしい不運に憑かれているに違いない。
「ううう」
しかも俺の奢りだからオルガの食事に容赦が無い。
ついでに情けも無い。
敵の経済的余裕を容赦なく殺す豪の食である。
俺は細々と食事する。
リングが心配。
食事を終えた俺たちは面白い施設を発見した。
「チャオガーデン」
「ああ、チャオガーデンだな」
「入る?」
オルガが興味を示すのは珍しかった。
都市伝説かもしれないが、チャオガーデンにいたのがチャオではなくチャオスだったという可能性もある。
だからあまりすすんで入る場所ではないのだが、オルガの反応が珍しいような気がしたので従うことにした。
中に入る。
「……」
がらんとしていた。
人は誰もおらず、チャオもあまりいない。
具体的な数を述べるならば2匹だけだ。
まあ当然だろう。
今時、チャオガーデンなんてこんなものだ。
「少ないね」
「ああ」
チャオは俺たちを見て驚いたようで、目を大きくしてポヨをエクスクラメーションマークにしている。
オルガが近寄ろうとするが、慌てて逃げ出す。
羽ばたいて高い場所まで行ってしまう。
オルガがそれを追いかけようと段差を上るとチャオたちは水辺に飛び降りる。
必死に逃げているようだ。
「なんだありゃ」
ここのチャオは人間の手によってトラウマでも植えつけられているのか?
やけに避けられているようだ。
チャオガーデンへと目を移す。
俺たちのいるガーデンとさほど変わりはない。
このガーデンの方が遊具や木の実のなる木が少ない、というくらいだろうか。
標準的な仕様のガーデンらしく、他にも地獄風だとか天国風だとかそんなガーデンもあるようだ。
「地獄風ってどんなガーデンなんだろうな」
「ここみたいな感じじゃないの」
チャオを追いかけるのを諦めたオルガが戻ってきた。
携帯電話を耳に当てている。
「先田?今すぐ来て」
オルガは現在地を告げて、それだけで通話を切った。
そして俺へ向けて一言。
「出るよ」
「え?」
足早にチャオガーデンの出口へと向かうオルガ。
一体どうしたのだろうか。
そう思いつつも着いていく。
だが、オルガの足は止まった。
チャオがチャオガーデンに入ってきたのだ。
いや、あれはチャオではなく、チャオスか。
それも次から次へと。
それらが出口を塞ぐように密集し始める。
オルガに追いかけられていた2匹がそれに加わるべく俺たちの頭上を飛び越えた。
あれもチャオスだったのか。
一気に絶体絶命。
ピンチなんてレベルじゃない。
まだ死んではいないけれど死ぬのが確定した状況。
あまりにも急にそのような状況になってしまったからか、驚くばかりである。
こういう時、普通なら泣き喚いたり憤慨したりするものなのだろうか。
すみませんそんなことできない位に冷静です、俺。
オルガは何も言葉を発しない。
取り乱した様子はない。
この状況をどう打開するか考えているのだろうか。
そこに、今度はチャオスではなく人間が入ってきた。

このページについて
掲載日
2010年2月18日
ページ番号
62 / 75
この作品について
タイトル
CHAOS PLOT
作者
スマッシュ
初回掲載
2009年11月3日
最終掲載
2010年7月17日
連載期間
約8ヵ月14日