「CHAOS―カオス―」
その人間を見て一番印象的だったのは、赤だった。
赤いロングコートを着ていた。
落ち着いた色ではない。
激情を表す色。
血の色。
攻撃的なその色合いにまるで威嚇されているかのような感覚を覚える。
危険。
チャオスの群れを統率しているのはなんとなくわかる。
危険。
その様子と赤い色が俺の危機感を煽る。
とにかくその赤が目立った。
そりゃ街中で真っ赤な服を着ている人間がいたらそれはそれで目立つのだろうけれど、そういう意味ではなく。
赤が特異だったり奇妙なのではない。
その赤いロングコートを着ている主が特異な存在であるということが。
非常にオカシイ存在であるということが。
現実は小説より奇なり、なんて言葉があるけれども、そうではなく、あまりにも現実味のない奇妙さがあることが。
赤を媒介としてそれらが俺の目を通して伝わっているのだ。
明確にそう伝わるわけではない。
ただ、なんとなく。
雰囲気、という表現が正確だろうか。
そう感じる雰囲気があった。
赤い姿が目に焼きつけられる。
なんとなく、それが死なのだと思ってしまう。
厳密にはそうではない。
しかし、それが死という概念だと頭のどこかが納得する。
そして俺の頭はその死を拒むことなく、受け入れていた。
「久しぶり。探していたよ」
たぶん冷静でいられる理由は。
その声を知っているから。
その顔を知っているから。
知っている人間だったから。
知っている人間なのだけれど、知らない人間だったから。
俺の記憶にあるそれとは全く違っていて、情報を処理しきれずに混乱するどころか脳がフリーズしてしまったのを、俺は自身が冷静でいると勘違いしているのだろう。
今まで彼女のこの雰囲気を察知できなかったのは、赤い服を着ていなかったからではない。
隠していたのだ。
この本性を隠すための笑みも行動も言葉も全て剥がれて、美咲は口元を吊り上げて、そんな歪んだ笑みを浮かべていた。
死んだはずの美咲。
味方だったはずの美咲。
再会した彼女は死んでおらず、味方でもないようだった。
「撃たれた、と聞いたけど」
オルガが口を開いた。
「うん、撃たれたよ」
「どうして美咲は生きているの?」
「美咲はもう死んでるよ」
まるで、日常のなんでもない会話のように彼女は返答する。
緊張しつつ、言葉を選びゆっくりと声を押し出すオルガとは裏腹なその声は場違いに思えた。
「それはおかしい。だって、死んだ美咲をキャプチャしたチャオスであれば、美咲の記憶は無いはずだから」
「うん。そうだね」
どうやらオルガは今目の前にいる者を、美咲という人間をキャプチャしたチャオスと認識しているようだ。
いかなる小動物をキャプチャしてもその小動物の記憶は手に入らない。
それと同様に人間をキャプチャしてもその人間の記憶は手に入らないはず。
そもそも人間をキャプチャすることはできるのか?
答えはイエスだ。
チャオスが今更そんなことしたって驚くことではない。
特に死体をキャプチャするのであれば、時間をかけてゆっくりと行うことも可能なはずだ。
「じゃあなんでさっき、久しぶり、なんて言ったの?」
「そうだなあ。あ、じゃあこうしよう。クイズってことで答えを考えてよ。正解するまで待ってあげるから」
無邪気に提案をする美咲の口調はいつも通りの彼女のものであった。
楽しそうだ。
緊張している俺たちやチャオスの大群の方が場違いなのではないのかと錯覚してしまう。
それほどまでに普段の彼女に近いものがあった。
今までの美咲に今まで隠していたものを付け加えたような印象。
「……あ」
そこで気付く。
クイズの答えに。
「ずっと前、から……」
「お、橋本君、察しがいいね」
「俺たちに会う前からお前は……」
「うん。そう。ずっと前に滝美咲っていう子は死んでるの」
俺の知っている滝美咲は初めて会った時から既にチャオスだった。
どうして今まで俺たちを殺さずにいたのだろう。
「人間の体って、大きすぎるよね。キャプチャしたらパーツが付くどころか完全に体が人間のものになっちゃうし。あ、それとこの体、成長するんだよね。人間としての成長。身長高くなったりさ。いやあ、初めは驚いたよ」
「どうしてお前はARKにいた?どうして今まで何もしなかった?」
「前に言ったよね。契約だ、って」
「それは……」
「うん、滝美咲という人間としてではなくてチャオスとしての契約だよ」
チャオスとの契約。
カオスエメラルドを集める手伝いをする契約。
攻撃しない契約。
それをARKがチャオスと?
「あなたは……一体」
オルガの問いにまたも歪んだ笑みを浮かべる。
「そうだね。人間の体で活動したりチャオスの体で活動したりするのがケイオスなんでしょ?だから、チャオスの体のみでもなく、人間の体のみで生きるわけでもなくなった今日から私はケイオス4号。名前は……ピアノでいいかな」
そこまで言って、ピアノと名乗ったそれは倒れる。
元々立っていた所にチャオスが飛んでいるのに気付いて、美咲の体を放出したのだと理解する。
「……そういうこと」
オルガが全てわかったかのように呟く。
滝美咲の体を使って生きていたチャオスは、ヒーローカオスだった。
ヒーローカオス、ということは不死身だ。
ゲームであればラスボスとして現れるべき敵である。
俺の人生の最後に遭遇するボスと考えればこの場合もラスボスで合っているのだろうか。
「さ、オルガちゃん。殺してあげる。逃がしてはあげない」
ピアノと名乗ったそのチャオスだけが近づいてくる。
他のチャオスは逃がさないための壁ということか。
オルガが俺の前に立つ。
「下がってて」
「は?お前、何を言ってるんだ」
俺の言葉をオルガはスルーした。
わけがわからず俺はどうすればいいのか困惑したが、直後、さらに困惑しなければならなくなった。
オルガは戦っていた。
羽で飛び、手や足についた爪で相手の体を裂き、体をひねって攻撃を回避していた。
体の動きに合わせて頭上のポヨが忙しく飛び回っている。
俺はそれを見て、さっきオルガに言われた通りに後ろに下がる。
圧倒されていたこともある。
ピアノの頭上から重力に身を任せつつ右手のチーターの爪を上から下へ通過させる。
そしてできた傷に両手を突っ込み、扉を開くように体を2つに裂いていく。
ピアノは抵抗しない。
最初の攻撃をくらう前から一切自分の意思を持った動作を見せない。
不意に腕や胴体がびくんと不自由にのた打ち回ったことはあったが、それは意識的にした行動ではないだろう。
それ以外のアクションはなかった。
しかし、どうやってオルガはチャオスの体に変身したのだろうか。
水色のカオスドライブを持っていたのか?
そのような様子はなかったのだが。
2つに割れたピアノが動く。
一旦粘液のようになり、どろりとうごめいて2つが接着される。
そこから元通りの形へ再構成される。
少し前のピアノと何ら変わりがない。
傷跡も一切残っていない。
もう1度、今度は鋭い回し蹴りが首と胴体を切り離し、もう片方の足がその頭を蹴り上げる。
ぽおん、と高く打ち上げられた頭は重力によって下降するより前にどろりと溶けた。
オルガがそれに追撃を入れるが、頭だったゲルは攻撃に身を任せて分割し、それぞれ別々に体とくっついて再び頭となる。
まるでX-AOSのような動きだ。
あれは機械のようなものだったが、これは生き物である。
普通なら死んでいる。
「てい」
オルガが両腕を突き出す。
顔のどこかに刺したようだ。
俺の方からは見ることができない。
オルガが顔を蹴って刺さった腕を抜くのと同時にピアノは倒れながら溶けていく。
頭だった部分が足に、足だった部分が頭になって復活する。
「まさか目を潰そうとするなんて。驚いたよ」
ピアノの目が正確にオルガの位置を捉えつつ喋る。
単純に、これが不死なのか、などと受け取っていい現象ではない。
死なないだけであるなら傷は残るからだ。
傷が残るのであれば足を切断すれば歩けなくなり羽を千切れば飛べなくなり腕をもいでしまえば殴ることはできなくなる。
それすら無関係なピアノは正常に彼女の思い通りに機能し続ける。
耐久力がありすぎるとかそういうレベルではない。
元通りになったピアノは両腕を広げ、どこからでもどうぞ、と言わんばかりの体勢をとる。
実際に、どこからでもどうされても問題ないのだろう。
オルガは素直にそんなピアノに突っ込んで行く。
「でやっ」
だが素直な攻撃はしなかった。
腕を掴んで、思い切り投げ飛ばした。
出口へ向けて投げられたピアノはそのままチャオスの群れをクッションにしつつ地面に衝突する。
固まっていたチャオスたちはまるでボーリングをやっているかのようにばらばらに倒れていく。
「橋本!」
オルガがどういう意図で俺の名を叫んだかについては敵の隊列が崩れていることから察することができた。
あのヒーローカオスを殺すことはできないが、他のチャオスをかき乱せば逃げおおせることができる。
勝たなければ生きられないわけじゃない。
チャオスと比べれば化け物のように体の大きい俺はそのまま突進していく。
丁度いいタイミングで的確にひっかいてきたりする器用なチャオスが存在しないことを祈る。
リスクを割り切らなければ生存ルートというリターンに到達できないのだから当然俺はリスクを割り切ることにして、恐怖などは心のゴミ箱に捨てて猪突猛進なんて言葉を使って格好付けたくなるくらいに思い切って走った。
逃がすわけにはいかないと判断し、なおかつすぐに動けたのはピアノだけだった。
それをオルガが阻止するべく今度は体を掴んで地面に叩きつけ、頭をサッカーボールを蹴るかのように攻撃する。
その間に出口から脱出する。
立ち塞がるチャオスの背は人間にとってはとても低い。
だから思い切りジャンプして飛び越える。
その際、倒れていた美咲の背中を踏みつけてしまった。
すまん美咲。
本物の彼女とは面識が無いのだけれども罪悪感はあった。
遅れてオルガも出てくる。
ニュートラルヒコウの大きな羽が俺の顔の横でぱたぱたと動いている。
「死なないけれど、攻撃は有効みたい。ちゃんとひるむから」
「ほう」
ダメージそのものは一応あるわけだ。
例の対チャオス用の木の実でイチコロ……っていうことは流石にないか。
スタングレネードなどを使い一時的に無力化するのがベストだろう。
さっき、目を攻撃していた時も潰されたからこそ一旦溶けて回復する必要があったのかもしれない。
停車している車を発見。
その傍に立っている人間、優希さんも視界に入る。
後方を見るとヒーローカオスがチャオガーデンから飛び出してきていた。
それに続いてその取り巻きがぞろぞろと湧いてくる。
優希さんが水色のカオスドライブを光らせる。
小さな黒い体に変身し、銃と化した右腕を俺の後ろにいる集団へ向ける。
数度の発砲。
俺は車の陰に退避してからその成果を確認する。
的確な射撃がピアノの体を貫く。
普通のチャオスなら1発で死ぬのだろうがあれは体にいくつ空洞を作っても止まらない。
ゆらゆらと飛び続けたまま空洞を作りながら埋めながらスピードを変えずに迫ってくる。
どっかのホラーもののゾンビかと思う。
だがそれらやX-AOSや人工カオスのように、そこを攻撃すれば倒せる、という弱点が見当たらない。
もしかしたら本当に無いのかも。
吸血鬼などでさえ心臓に杭を打たれればおしまいなのに。
オルガは優希さんの後ろ、車の上で留まっている。
前に出ないのは優希さんを警戒してだろうか。
無駄だとわかっているはずだが優希さんは攻撃をやめない。
ピアノは優希さんの前に止まる。
立ち止まったピアノに射撃をしない。
別の車が新たに走ってくる音が俺の後ろからした。
振り返るとその車はチャオスの群れを見てUターンするわけでもなくそのまま停車する。
その車は先田さんの物であったと記憶している。
その中から出てきた人間を見て、それが間違いではなかったと証明された。
「よお」
水色のカオスドライブを投げ渡してくる。
それを受け取って変身する。
「ああ、あいつもいるのか……。あれ以外はできるだけ倒せ」
ヒーローカオスの姿を確認して諦めたような指示を出す。
オルガはそれに頷いて、ピアノの後ろにいる集団に飛び込む。
俺もそれに続いて、敵集団へ向けて走る。
しかしやはり当然かピアノが立ちはだかる。
オルガがさっきやったようにどうにかして突破しなければ。
突破した後もちょっかいを出してくるだろうから、そこまで考えてしまうと思わず考えるのをやめたくなるくらいに面倒な戦闘が想像できてしまう。
「どきなさい!」
怒号が飛ぶ。
真後ろからわき腹を思い切り殴り飛ばされる。
かなり痛い。
銃口がピアノの額に押し込まれ、火を噴いた。
そこを中心に頭がはじけ飛ぶ。
わき腹への攻撃は結構痛かったが、ピアノの相手は優希さんがしてくれるのだろうという前向きな思考回路で他のモブ共と戦うことにした。
1匹ずつ相手にするように立ち回れば苦に感じる部分はもう無い。
右足のパーツをライオンのものにして、つま先で蹴り上げるようにして切り裂く。
眼前のダークチカラが4つに分かれる。
爪の長さから考えてそうなるほど深く切れていないはずなのだが。
そのチャオスの真後ろからヒーローカオスが踏み込んできた。
裂いたのはこいつか。
両腕をアザラシのパーツにする。
従来の腕よりも広くなった腕で体の広範囲をカバーする。
ドロップキックが叩きつけられる。
衝撃に身を任せて地を蹴って空中へ逃げる。
走ってくる優希さんの姿を確認する。
その位置とこちらの位置には距離がある。
競泳用プールくらいの長さだ。
どうしてそこまで離れているのか。
「これ以上、私の兵隊を傷つけたら許さないよ」
ピアノが左手に持っている物がきらめく。
黄色のカオスエメラルド。
鬼に金棒。
そんな物まで持っているのか。
「カオスコントロール!」
左手を掲げて高らかに叫ぶ。
カオスエメラルドの発していた光が一瞬で周囲に広がり、一面を包み込む。
眩しすぎて目を開けられない。
腕で目に入ってくる光を遮りつつどうにか何が起きているのか目視しようとするがうまくいかない。
3秒程して光は収まる。
チャオスの大群が消えていた。
それ以外の変化は見渡す限り、無い。
「さて、お仕置きタイムとしましょうか」
表情が全く変わらないが、声で感情が読み取れる。
自分の手下を殺されたことに対する怒りと、それに対する仕返しをするのが楽しみでたまらないような。
ピアノがカオスエメラルドの光と共に消える。
まず右側に現れる。
そちらにはオルガがいた。
オルガの羽を鷲づかみ。
地面に何度も叩きつける。
俺が向かうよりも速く、優希さんがピアノに飛び掛る。
ダークハシリの姿をしているだけあって、動きが速い。
背中に銃身を叩きつける。
それにのけ反って、すぐにピアノは後ろにいる優希さんの姿を確認した。
オルガを放すのと同時に振り向くように回転しながら飛び上がる。
「竜巻キック!」
もう片方の足が、体の回転によってオルガと優希さんの両方に叩きつけられる。
尻餅をついた優希さんが発砲するが、なぜか当たらない。
至近距離なのに銃弾は当たらず、回転した状態で迫ってくるピアノの連続攻撃を受ける。
優希さんが吹っ飛ぶ。
それと同時にピアノは着地し、カオスエメラルドを優希さんに見せ付けるように突きつけて叫ぶ。
「カオスコントロール!」
着地する前に浮いた体を目にも留まらぬスピードでスライディングをし、拾う。
スライディングした姿勢から起き上がって、アッパーを顎に入れるまでに1秒もかからない。
地面に優希さんの体が到達することなく、もう1回繰り出されたアッパーが腹部に刺さる。
その状態で静止する。
俺はピアノの足を目掛けてスライディングする。
だが俺がピアノの足へ到達した時には既にその場所にピアノも優希さんもいなかった。
離れた位置に出現する。
瞬間移動したのか。
「安心してね、お姉ちゃん。まだ殺さないであげる。ゆっくりと、そう。ゆっくりと……」
あいつは優希さんの本当の妹ではない。
それを優希さんは理解しているのだろうか。
いや、しかし。
理解していたとしても親しげに囁かれることによって煽られる恐怖は想像に難くない。
「地獄へ突き落としてあげる」
腹部をまるで刺さって抜けないかのように見える位器用に持ち上げている腕を動かす。
まるで投げるように優希さんは放り出される。
再びカオスエメラルドを突き出す。
「カオスコントロール」
宙にいる優希さんが落下を始める前にその下に潜り込む。
優希さんはそのままピアノのラッシュを受けた。
従来ならあり得ない速さで繰り出される連打はまるで相手を自分のおもちゃにしているようである。
「これでもう、戦闘不能」
最後の一撃を与えたピアノはそう宣言して背中を向ける。
優希さんの体が地に落ちると同時に人間に戻る。
負担を受けすぎると人間の体に戻るのか。
「オルガちゃんはどうなるのかな?」
オルガの方に向き直る。
オルガは懐に飛び込んで右腕を素早く突き出した。
狙ったのはピアノの左腕だ。
殺すのは無理だが、もしかしたらカオスエメラルドを奪えるかもしれないというところだろう。
ピアノは左腕を後ろへ退避させつつ、回し蹴りを放つ。
俺もその左腕へと手を伸ばす。
右手でそれを受け止められる。
俺の後ろからふっ、と息を吐く声。
オルガが俺の頭上を飛び越え、カオスエメラルドへとダイブしていく。
俺の攻撃を受け止めていた手が動き、俺を突き放す。
その直後、ピアノの足が上から来たオルガを迎え撃った。
サマーソルトだ。
元々魅せ技でしかないそれを受けてもオルガはひるむことなく着地と同時に飛び出す。
まるで止まったら死ぬと思っているくらいに素早く、必死な行動だ。
それに合わせてピアノは飛び退く。
見てからオルガ、羽をばたつかせて飛行。
ワンテンポ遅れて加速して近づくオルガへ向かってピアノは空中でジャンプした。
「しまっ……」
突然の方向転換に対応できず減速するがそのまま正面衝突する。
あの技は羽のない今のピアノにとって飛んでいるのかただのジャンプなのかわからないから、見破られる要素が無い。
頭突き対決を制したのは当然最初からそうするつもりであったであろうピアノだ。
落ちるオルガに馬乗りになって顔を殴る。
俺が走って助けに向かうと、攻撃される前にピアノはオルガから離れる。
「大丈夫か?」
「うう……」
こちらが支えることなくなんとか立ち上がる。
ふらりと立ったオルガの目が少し上を向くなり大きく見開かれた。
ピアノが鋭く降ってきた。
上空からオルガを踏みつけた足はオルガを踏み台にしてジャンプし、ピアノがオルガの頭上を支配する。
ヒコウタイプの姿をしている彼女にとって、それは大きい。
普段のような戦い方ができない点と、精神的に。
「ふふふ」
オルガの頭にピアノの右手が乗せられる。
そしてばねのように飛び上がる。
まるで遊ばれているようだ。
オルガにとっては腹立たしいことだろうし、そうだとわかってピアノもやっているのだろう。
ピアノは飛んでさらに上に行こうとした。
その瞬間カオスエメラルドが光った。
「カオスコントロール」
オルガの頭上からパンチを繰り出す。
速すぎて手がいくつもあるように見える。
それに撃墜されてオルガは人間の体に戻る。
「へえ。オルガちゃんも死ぬ前に人間の体に戻る、と」
ピアノ、着地。
残るは俺だけだ。
「橋本君はもうちょっとで変身が解けちゃうかな」
俺が変身していられる時間である5分。
それまであと1分あるかないか。
こいつはそこまでわかっているのか。
ピアノが腕から何かを発射する。
避ける間もなかったがそれは俺の目の前で地面に突き刺さった。
それが何なのかを確認する。
小動物だった。
それも、ドラゴンというレアな。
「それはプレゼント」
とんでもない発言だった。
その後、ピアノはまた滝美咲の体を使ってうろつくこと、この街の中にいる予定でいることを俺に喋った。
そしてもう1回とんでもない発言をした。
「私を殺すのは、あなたがいいから」
ピアノは姿を消した。
瞬間移動をしたのだ。
俺も素直にドラゴンをキャプチャして、先ほどまでの戦闘がまるで夢であったかのように何も残らなかった。
どうやって殺せと。