「PEACE」
発砲はできない。
騒音を立てるのは得策ではない。
ただのチャオス同士の抗争であれば構わないかもしれないが、片方は一般人にその存在が知られていないケイオス。
不用意な行動をして人間がチャオスへと変身するなんて情報が広めてしまうのは得策とは言えない。
それこそどうしても殺す必要がある場合でもなければ使用できない。
この前の件で厳しく留意するように言われた。
優希はその事に腹を立てていた。
両腕のパーツをダガーにする。
この武器は他の小動物パーツと比べて、刃物であることからも明確であるが殺傷力が高い。
通り魔殺人をする時は手始めにトラックで突っ込み、タクシーと接触して停車したらこれを使って立て続けに人を殺せば十分凶悪犯罪になれる。
これを素早い正拳突きを繰り出すようにチャオスの体へと刺す。
狙うのは顔と体の接着面。
人間だったら首がある部分だろうか。
刺さった刃を横に素早くスライドする。
生きていて反撃をもらっても困るので素早く対象から離れる。
そして移動した場所にいた敵を新たな目標にする。
今度は眉間。
突いてすぐに抜く。
いくら傷をつけても血が噴出しない子供に優しい戦いだ。
殺したり殺されたりはするので教育上よくないのかもしれないが。
そこらは描写や頻度のバランスだろう。
殺されないように殺しながら、しなくてはいけない作業もある。
戦闘の目的はチャオスの殲滅ではない。
自分がまだキャプチャしていない小動物パーツを集める事だ。
それに該当する小動物パーツを持つチャオスがいないか探す。
もしいれば「攻撃」で奪う。
優希の使用可能な能力は3種類。
「無差別」と「放出」、そして「攻撃」。
優希としては前者の2つがあるために銃器を扱えることが大きいと感じていた。
「攻撃」もまた使う機会は少なくないだろうと判断し、それらの能力が自分に備わっていたことに満足をしている。
生き残るのに必要な能力はある、というのが優希の自分への評価だった。
「いない、か」
目当ての物が無さそうであるのならば無駄に時間をかけたくはなかった。
変身していられる時間にも限りがある。
何よりも、長く戦闘していればそれだけ死ぬ可能性も高くなる。
いっそ、このまま戦闘から離脱してもいいのではないかと優希は思った。
思いつつも、数も少なく大変な作業ではないので、そうしようと決断する前には全滅させていたのだが。
「流石にそう簡単には珍しい小動物を拾ってこないな」
停車している車まで戻ってきた優希に向けて後藤が呟いた。
「ちょっと遠くまで行った方がいいのかもしれませんね」
「もし、フェニックスやドラゴンやユニコーン、そんな小動物をキャプチャしている強力なチャオスですら手下にしてしまうほどのチャオスがいたら、どんなチャオスだと思う?」
「……想像がつきませんね。その3種類ともキャプチャしている、とかでしょうかね」
我ながら面白くない意見だ。
と優希は思った。
しかしここで面白い意見が言えるほどアドリブ性能は高くないと優希は自己評価を下していたし、そうする事を後藤が望んでいるかもわからなかった。
「的を射てはいないが、正解ではある」
「そう、ですか」
少しほっとする。
次の現場へと向かう。
「こっちはさっきよりも数が多い。気をつけてくれたまえ」
「どのくらいですか?」
50程、と返ってきた。
多すぎではないだろうか。
優希は思わず聞き返してしまった。
「50、ですか?」
「そうだ。これは期待できるな」
規模が大きければリーダー格の実力も相当のものになるはずだ。
だから期待できる。
一方優希は50という数に不安を抱いていた。
流石に死んでもおかしくない。
銃の使用許可は下りなかった。
優希は諦めて別の手段を取ることにした。
あるだけの刃物を全てキャプチャする。
臨機応変に使い分けることができれば、と思って複数用意していたが別の用途で役に立つとは思わなかったので、意外な活躍に少し気持ちが高まる。
改めて水色のカオスドライブをキャプチャし、50いるという大群の前に立つ。
狙いを定め、両腕を突き出す。
ナイフが腕から飛び出す。
それがチャオスの体を貫いた。
最近ではシューティングゲームのキャラでも武器がナイフだったりするらしい。
それと同じだ。
投げて使用する刃物だって存在する。
それなりの速度でもって発射すれば刃物は相手を傷つけてくれる。
ダークハシリの黒い体が夜の闇に隠れながら機敏に動く。
速く走ると風が冷たかった。
夜がすぐに来るこの季節はこの黒い体である自分にとって有利だろうと思うことでそれを我慢する。
街灯に照らされない影に隠れるように移動する。
時折きらめく刃が鋭い軌跡を描いてチャオスの体によってそれの生命活動と共に武器が停止した。
倒れた後にマユに包まれ体が消滅する。
そして優希は死んだ残骸として残った得物をキャプチャして回収し、再び発射する。
この作業によって安全な間合いからの攻撃が可能になった。
みるみるチャオスの数が減っていく。
殺した数が多いわけではない。
この攻撃に恐れて逃げ出した数の方が多い。
数が減り、群れがある程度見渡せるようになった時。
優希は異質な物を見た。
何か光っている物を持っているチャオスが最後列にいる。
おそらくあれがリーダー格なのだろう。
それよりも光っている物質が気になった。
黄色い宝石だった。
そしてそれはチャオスが持つには大きい宝石だった。
サイズも、秘めている力も。
「嘘でしょ……」
どうしてそれを持っているのか、優希には理解できなかった。
理解しようと思考する余裕も無かった。
ただ、死ぬ可能性が非常に高くなった事は把握した。
どうにかして奪いたいが、下手すると手に入るのは永遠の睡眠。
それは避けなくてはならない。
リーダー格のチャオスへとナイフを走らせる。
恐れるあまり距離を離しすぎていた。
軽々と避けられる。
逃げるという手もある。
無理をするくらいならそうした方がいい。
変身していられる時間だって限りがある。
いかに安全に逃げるか、そしてその間にどれだけ相手にダメージを与えられるか。
考え始めた数秒後に、口笛の音が響いた。
優希のいる方ではなく、チャオスの群れがいる側からだ。
その音にチャオスたちは反応する。
何事か、チャオスは様々な方向へ散った。
リーダー格のチャオスもどこかへ行ってしまった。
今のは一体?
不思議に思いつつも優希の心を生き延びることができた安心感が包んだ。
車に戻る。
「所長、今のは……」
「まさかあんな物まで拾ってくるものがいるとは。これは驚きだ」
ライトが前方を照らす。
僅かに広まる可視範囲にチャオスの姿はない。
さっきまで大量にいたチャオスがまるで幻だったと言わんばかりだ。
「今度遭遇したら、どうすればいいんでしょう」
「……多少の銃器の使用で済めばそれでいい。だが、場合によってはこちらもカオスエメラルドで立ち向かうしか術は無いだろう」
「そうですね」
リスクは大きい。
下手すればカオスエメラルドを失ってしまう。
そうなった場合は間違いなく自分も死ぬ。
しかし、相手は所詮チャオスだ。
そこまで深刻な事態にはならないだろう。
そう結論を出した。
「次はどこですか?」
そして3つ目の戦場へと向かった。
食堂で食事。
俺はカレーコロッケカレーなるものに挑戦してみることにした。
謎な食べ物である。
木の実をうまいと言うだめな舌を持っている彼女が食べていたので期待できない。
しかし挑戦であるからにはその位の不安要素があった方がいい。
「ほう、それを食べるとは。戦闘員だな」
正面の席に先田さんが乱入。
「戦闘員って何なんです?」
オルガも言っていたが。
よくわからない言葉を発するあれか?
「あー、ふむ。説明すると長くなるな」
「そうですか」
食べる。
意外とまずくない。
というかうまいじゃないかこれ。
これでは詐欺だ。
オルガ詐欺。
オルガが食べていることによりあたかもまずい食べ物に見せる詐欺である。
「おかしいな。うまいですよ、これ」
「なんでそんな不思議そうなんだ、お前」
「これオルガが前食べてたんですよ」
「あー……。そういうことか」
あいつもちゃんとした食べ物を食べるんだなあとしみじみしたりする。
それなら普通に食事をすればいいのに。
痛い子アピールか?
「そういえば、オルガの両親もあんな感じだったんですか?」
味覚のおかしさが遺伝するのかどうかは知らないが。
「両親か。その話はオルガから?」
「ええ」
オルガが生まれてすぐに死んだということを教えてもらったと告げる。
「父親の方は、そうだな。かなり普通の人間だったぞ」
「味覚も?」
先田さんは頷く。
「性格面は真人間だった。あまりにも真人間で逆に浮いていた」
「なんか変な人が多そうですもんねここ」
「まあ、少し独特なところはあったが……、そういう点では母親の方が圧倒的だからなあ」
「母親ってオルガの?」
「ああ、あれは掴み所が無かったな」
掴み所が無い?
「悟っている、とでも言うのか、あれは。何事も諦めているというか、受け入れているというか……。いや違うな、まあどうであれ大人しい感じだった。それはもう当時の俺が驚く位にな」
「大人しくて驚くんですか?」
大人しくて驚くという事態は基本的に起こらない気がする。
ずっと無言でいる人間がいてもそこまで驚かないと思うのだが。
「いや、あれは色々と特別だったからなあ」
「特別……?」
驚きを隠せないただ1つの大人しさ。
どういう感じだろうか。
例その1。
超断片的にしか話さない。
「減った」
ちなみにこれはお腹がすいた、というようなことを言っているのである。
「こんな感じですかね」
「それだと驚くというより対応に困る感じだろうな」
「ですよね……」
気を取り直して例その2。
無言で必殺技を繰り出す。
「それは大人しいとは言わない」
「ですよね」
何かと奇想天外な美咲をモチーフにしたのがミスだった。
続いて例その3だ。
「あー、どうしよう、思いつかない」
「無理に考えなくていいだろ別に」
「んんー。じゃあ単純にオルガが大人しくなったような」
いささかひねりが無いが。
というか大人しくなったオルガて。
想像できないな。
「大人しくなったオルガか……。意外と似ているかもしれないな、うん」
「まじすか」
俺は驚いた。
なるほど驚くほど大人しいとはこういうことだったのか。
……いや、違うか。
「そういえば俺のチャオはどうだ」
「ああ、先田さんのチャオですか」
あの過去にたいこを無理やり持たされてオルガにいじめられていた青いチャオだ。
どうだ、と言われてもあの調子では。
「転生はまず無理でしょうね」
「だろうなー……」
オルガによる暴行は既に諦めているようだ。
あれだけ日常的に攻撃されていれば流石に転生はしないだろう。
「あれが一種の愛情表現だってチャオは気付かないだろうしなあ」
「そうですね」
普通、チャオへの愛情表現はチャオのポヨがハートマークになるような行為を積極的にすることだろう。
しかし自分のポヨを渦巻状にするような行動で愛情を示されているとはチャオは思わないことだろう。
特に相手がペットであれば、相手の喜ぶことをしてあげるという点が重要なのだが彼女にはそういう考えが無い。
きっと自分の価値観をそのまま適応しているのだ。
「やめるように言ったらどうです?」
「無理にやめさせて変にストレス抱えさせるのも怖いし、それはいい」
「変に気を遣いますね」
「まあ、相手がオルガだからな」
まだ子供だからという意味だろうか。
そう考えれば無駄にストレスをかけるのはよくないだろう。
少年少女を精神的に追い込んでいい方向に進む作品は少ない。
2人共、もう食事を終えていた。
立ち上がる。
「さて、俺もチャオガーデンに顔出すかね」
この後チャオガーデンに戻るなんて言ってないんだけどな……。
他に行く所がないのでチャオガーデンに戻るのではあるが。
午前中は訓練でもしようと思って優希さんを探したが見当たらなかった。
そういえば結構うろついていたのに美咲とも会わなかった。
部屋にでもいるのだろうか。
俺にも人が住む感じの部屋を割り当ててほしいものだ。
「自分で好感度をあげておけば、あるいは、だ」
「どうでしょうね」
「俺だけでだめならお前も協力な」
別に構わないけれども、それでもオルガによるマイナスの方が大きい気がしてならない。
プラスよりもマイナスの方が記憶によく残るものである。
チャオガーデンにはオルガがいた。
当然のようにいるものだから、もはや描写する必要性が感じられないが。
そして例のごとくチャオと遊んでいるわけで。
入ってきた先田さんへ狙ったかのようなタイミングで青いチャオがポヨでぐるぐると不快を示しながら足元に転がってきた。
「何をしてるお前」
「チャオカラテ」
説明しよう。
チャオカラテとはチャオ同士が相手を殴ったり蹴ったりして戦う遊びである。
細かいルールはあるが、どうであれ戦っているチャオは可愛い。
それがチャオカラテなのである。
片方はどう見ても人間にしか見えない。
ついでにチャオカラテを殺し合いに発展させたバージョンを得意分野としている。
本当に好意があってする事なのかなこれ。
俺はそうは思わないな、うん。
「珍しいじゃん。先田が来るなんて。何か用?」
「お前に任すと転生しそうにないから、俺が直々にこいつを可愛がりに来た」
「あ、そう」
オルガは興味を示さない。
別のチャオとチャオカラテ(という名のいじめ)を続ける。
代わりがいるもの思考である。
実際、遊び相手は結構いるのである。
「平和的な遊び道具があればもっとましになるんだろうけどな。今じゃ入手できん」
「どうであれオルガなら何かやらかす気がします」
楽器で演奏させようとしていた時もあれだったし。
「む、そうか」
「先田ー。木馬ってどこにいったの?」
「木馬?」
オルガが3歳の時にはあったらしい、と付け加えてやる。
探しても見当たらなかった、という事も。
「ああ、あれか。ここには元からないぞ」
「え?」
オルガの動きが止まる。
急に棒立ちになったので、周りにいたチャオたちもポヨをクエスチョンマークにして首をかしげた。
「それはどういう……」
「昔、ARKは別の施設で活動していたんだよ」
「別の施設……。じゃあそこに?」
オルガの問いに先田さんは頷いた。
「全く手を付けていないはずだからまだ残っているだろうな」
なるほど。
昔は別の施設だったのか。
オルガはまだ幼いから記憶が曖昧で覚えていなかったわけだ。
それでも生まれた頃からARKにいたと言っていたのはどうやら本当のようだ。
「でも今のお前だとあれに乗れないだろ。元々チャオ用なんだから、小さい子供の体でも無理があったのに」
「うーん……。でも頑張れば」
「やめろ頑張るな」
オルガ本人が遊べないし、チャオに遊ばせても1人用だ。
あっても無くてもそう変わりないな、と思う。
口には出さないが。
「お前がチャオと遊んでいる分が転生につながればいいんだがなあ」
「そんな転生させたいなら、美咲に任せれば?」
「あー……、そうだ。お前ら、美咲には気を付けておけ。優希にもだが」
突然の忠告に驚いた。
「え?」
オルガもすっとんきょうな声を上げてしまっている。
「どうしてです?」
「危険だからだ。見かけたら、隙を見て逃げろ」
「そんな事言われても、ここによく来ますよ?」
今日はまだ来ていないみたいだが。
「その心配はない。もうあいつはここにいない」
「ここにいない、ってどういう意味ですか?」
「優希が美咲を撃った」
「は?」
今度は俺がすっとんきょうな声をあげた。
オルガの方をちらりと見ると、眉をひそめていた。
優希さんが美咲を?
美咲が撃たれた?
「ちょっと、それはどういう……」
「待って。整理させて。まずケイオスになったのはどっち?」
「優希だ」
「それなら、危険なのは優希さんの方じゃ……」
美咲を撃ったと言っているし。
変な事をすれば撃たれる、という警告ではないのか?
そもそもどうして美咲は撃たれた?
「あいつはそういう事をする可能性があるってだけだ。そこまで問題じゃない」
それ、十分問題だと思う。
人殺しじゃないか。
「で、美咲は何が問題なの?撃たれたんだから死んだんじゃないの?」
「死体は発見されていない。生きている可能性がある」
「それにしたって、どうして危険なんです?」
「……」
先田さんは返事をしない。
黙ったままだ。
「話せない?」
「ああ、すまんな。とにかく、見つけたら逃げろ。これはお前たちのためでもある」
「そう、ありがとう」
オルガがやけに素直だ。
もっと食いついてもよさそうなのだが。
というより、俺が食いつかずにはいられない。
「ちょっと待ってください。美咲はどうして撃たれたんですか?」
「わからんが、まあ、優希からしたら邪魔だったんだろうな」
「邪魔って……」
何の邪魔なのかは知らないが。
それで妹を殺すのか?
「妹を撃つっていうのは信じられないかもしれないな。しかし、ここまできたら起きてもおかしくない事だ」
「もしかしたら相手は私たちだったかもしれなかったわけだしね」
「ああ。1人減ったから次の標的にされる可能性は高いだろうな」
「……」
自分も殺されるかもしれない。
美咲の死も、どちらも実感がわかない。
たぶん、彼女の死を見ていないからなのだ。
死んだと決まったわけではないが。
しかし、ここは元々チャオスの殲滅をするための施設ではなかったのか?
何かがおかしくなっている。
チャオスを倒す事に重きを置かれていない。
そんな印象が浮かんだ。