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束の間の自由を得て、僕は小さなチャオと一緒に家に帰ってきた。
でも、ここも安息の場所ではなかった。

元々、共働きの両親は家にいることが少なかった。
僕がこんなことになっても、今まで以上に仕事に打ち込んでいるみたいだ。
それは、まるで目の前の事実から目を逸らすためのようにも思えた。
でも、それは僕にとっても幸いだったかもしれない。

今、僕の世界には、小さな子供のチャオしかいなかった。
このコがどう育つかによって、僕の運命が決まるなんてとても思えない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
他に誰もいない世界での、唯一の救いがこのチャオなのだから。


僕はチャオの世話をしながら、ずっと話し続けていた。
僕は、それほどおしゃべりな方ではなかったけど、このコの前では話しを止めることができなかった。
これは現実逃避なのかもしれない。
けれど、僕は、僕のことをチャオに話し続けた。


子供の頃のこと。
学校から帰って来ても、家には誰もいなかった。
暗い部屋でお母さんが帰ってくるのを待っていた。

窓の外で楽しそうに遊んでいる同級生達を、ずっと眺めていたこともあった。
一緒に遊ぼうと声を掛ける勇気がなかったんだ。

チャオに僕の話が理解できているかはわからない。
でも、チャオは、じっと僕を見ながら話を聞いてくれている。
そんなチャオを見ていると、なんとなく、僕を心配してくれているような気がしてくる。
だいじょうぶ、今は君がいるから寂しくないよ。

中学の頃のこと。
いじめられたのは、この頃からだった。

抵抗することも、誰かに相談することもできなかった。
誰も助けてくれなかった。
逃げることすらできなかった。

僕の話を聞きながら、チャオが僕の膝をなでている。
なんだか、僕を元気づけようとしているみたいだ。
生まれたばかりのチャオでも、僕の話を理解できているということだろうか。

高校の頃、今のこと。
いじめられるのは変わらなかった。
あいつに出会ってしまった。

チャオが怯えたような表情をしている。
心配しなくてもだいじょうぶだよ、誰も君をいじめたりしないから。
僕は……、また、いじめられることになるだろう……。


もうどうなってもいいや。
一番楽なことを選ぼう。
僕に戦う勇気なんて最初からないんだ。

僕はチャオに話し続ける。

君に会えて良かったよ。
短い間だったけど、とても幸せだった。
もうすぐお別れだね。

僕は、刑務所に行くことになるんだ。
でも、これで、あいつから逃げることができる。
僕は、あいつの手の届かないところに行くんだ。


チャオが進化する直前の最後の一週間は、拘置所で過ごすことになっている。
でも、裁判所の人が僕達を迎えに来た時には、もうチャオはマユに包まれていた。
なぜ、こんなに早くチャオが進化したのか、僕にはわからなかった。

知らせを受けた裁判官が慌てて僕の家に来た時、マユの中からチャオが出てきた。
やっぱりヒーローチャオではなかった。
出てきたのはオレンジがかった色をしたチャオだった。
何タイプかは知らないけど、ニュートラルに進化したみたいだ。
もっとも、ヒーローチャオじゃなかったら、どんなチャオになっても、僕には大した違いはないんだけど。


「これは、ニュートラルの力タイプ、いわゆるオニチャオですね。このことが、どういう意味か君にわかりますか?」
落ち着いた口調で、裁判官が語りかけてきた。

わかっている。
それは、僕が刑務所に入ることになるということなんだ。

「チャオが、ニュートラルの力タイプに進化したこと。そして、通常では考えられない早さで進化したこと。これらのことから導き出される結論はひとつです」

裁判官は、ここで一呼吸置いて、僕と僕の目の前に立っているチャオを見た。

「君を守りたいという強い思い、それがこのチャオを変えたのです」

チャオが、僕を守る?
そんなことがあるのだろうか?

「このチャオは君を守れるだけの力を求めたためオニチャオに進化したのです。それも一刻も早く力を必要としていたため、こんなに早く進化しなければならなかったのです」

このチャオは、僕を守りたいという思いでオニチャオになったというんだろうか?
確かに目の前のチャオは、ファイティングポーズをとって、僕を守るように裁判官の前に立ちふさがっていた。

「君は、こんなに小さなチャオに守られなければならないほど弱いのですか?」

返す言葉がなかった。
裁判官から、目を逸らしてうつむいた僕の視線の先には、今にも裁判官に飛びかかろうとしているチャオの姿があった。

「君は、このままずっと、この小さなチャオに守られながら生きていくつもりなのですか?」

僕は、確かに弱い存在だと思う。
でも……。




続く

このページについて
掲載号
週刊チャオ第118号
ページ番号
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この作品について
タイトル
チャオ裁判 その3
作者
懐仲時計
初回掲載
週刊チャオ第118号