ページ1

「疑わしきは罰せず」
本来、裁判のあるべき姿である。
しかし、多発する犯罪、犯罪者の低年齢化という問題が、その基本をも危うくしていた。
無罪となった「疑わしき者」が、新たな犯罪を起こすという悪循環も、すでに現実のものとなっていた。

この局面において、司法は一つの決断を下した。
人の心を映す鏡と言われる「チャオ」を、裁判の重要な証拠の一つとしたのである。


僕は、今、裁判所にいる。
他人の裁判を傍聴しているわけじゃない。
被告人として、この場所に立っているんだ。


あの日、僕は、ある同級生に言われるまま、何かを持たされてあの場所に行ったんだ。

その同級生は、優等生で通っていた。
でも、僕はいつも、そいつにいじめられていた。

大勢でいじめられることもあれば、あいつ一人だけの時もあった。
痛い思いをするのは大勢でいじめられた時だったけど、あいつが一人の時は、もっと怖い思いをしなければならなかった。

あの日も、あいつが一人で来て、僕にこう言ったんだ。
「これを持って、この場所に行け。そこにいる人間に、これを渡して代わりのモノを受け取ってくるんだ。いいか、言われた通りにするだけでいいんだぞ。くれぐれもナカミが何かなんてことを気にするなよ」

逆らえるわけがなかった。
きっと、良くないことをさせられるんだと思った。
でも、そのせいでこんな目にあうなんて、思いもしなかったんだ。
いや、わかっていても、僕に逆らう勇気はなかっただろうけど……。

指定の場所に着いた時、あいつの言っていた人間はいなかった。
代わりに待っていたのは警察だった。

あいつは、こうなる可能性を考えて僕を利用したんだ。
僕が抵抗できないことを知っているから、うまくいけば何も問題は起こらない。
うまくいかなかった時は、あいつの代わりに僕が警察に捕まるだけのことだったんだ。

もちろん、僕は警察にそのことを全部話した。
でも、無駄だった。
当然、あいつは完全にシラを切ったし、あいつの表の友人や学校関係者からは、僕の言っていることの反対の言葉しか出てこなかった。

そして、僕は起訴されることになった。
未成年が起訴されるような犯罪を、僕はしてしまったということになるんだ。


なぜ、僕は、こんなところにいるんだろう。

こんな場所からは、すぐにでも逃げ出したかった。
でも、できるわけがなかった。

裁判は、同じことの繰り返しだった。

僕は事実しか言えなかった。
でも、その証拠はどこにもなかった。
そして、僕が「犯した罪」の証拠はあった。

僕に必要なものは、僕の言う真実を証明する方法だった。
でも、そんなものがあるとは思えなかった。

それが見つからなければ、延々とこの裁判は続いていくんだろう。
それは、いつまでも僕がここから開放されないということなんだ。
こんな辛い思いをし続けなけらばならないのなら、いっそ罪を全部自分のせいにして刑務所に入った方が楽かもしれない。
とにかく、僕はここではないどこかに逃げ出せれば、それでいいんだ。


もういい。
全部、自分のせいにしてしまおう。
そう思った時、裁判官から意外な言葉が告げられた。

「被告人の主張は終始一貫している。しかし、それを裏付ける証拠が何ひとつない。
そこで、被告人を『チャオ裁判』にかけ、その証拠にすることとする」

一瞬、何のことだかわからなかった。
でも、『チャオ裁判』のことは聞いたことがある。

「ここに生まれたばかりのチャオがいる。被告人は、このチャオと一ヶ月の間、共に生活し、心をチャオに映してもらうこととする」

そんなに都合良くヒーローチャオに育って、無罪になるなんて簡単には思えない。
でも、一ヶ月だけでも、ここから逃げ出すことができる。
それだけでいいんだ。

その後のことを考える余裕は今の僕にはなかった。




続く

このページについて
掲載号
週刊チャオ第118号
ページ番号
1 / 3
この作品について
タイトル
チャオ裁判 その3
作者
懐仲時計
初回掲載
週刊チャオ第118号