(3) ほーねっと

 砂漠化。チャオワールドからは水が失われている。緑が失われている。"案山子"が失わせている。既にチャオの数は限られていた。減少。極少。本物のチャオは影も形もない。枯渇する世界。彩りのない。色を失う。オバは活動していた。世界を救う活動。ある種の希望。
 世界の方向性。何を目指すのか。分からない。知らない。推測できない。色と文字を失った本の切れ端。未来があるのかどうかさえ分からない。オバは語った。ぼやいた。ほーねっとは語らなかった。彼女は真実を知識している。しかし干渉しない。生きることで世界が滅ぶのならいっそ消えてしまえばいい。思ったのである。
 動機がない。意味はある。ダッシュたちは本物のチャオではなかった。なぜ生まれたのか。生きる意味。ダッシュはおのずと直面していた。おぼろげに感じ取っていた。方向性。チャオではない我々の行く末。世界の滅亡と種の滅亡。秤にかける。傾く。
 赤いタマゴの殻を被った灰色のチャオ。レイゾーは他者に寄生することで意味としていた。オバは世界を救うことを自身の意味としていた。ほーねっとは。"商人"は。知らない。今となっては知りえない。砂の色をした家の内側。ダッシュは騒ぎを聞く。外である。身の危機。不穏な空気。ダッシュは家から出る。
 青色のチャオが朱色のよどみに埋もれている。右手がない。ダンボール箱がちぎられていた。傍らにチャオ。つやつや紫色のニュートラル・ノーマルタイプのチャオである。朱色の水が体に付着している。倒れているチャオのものだろう。推測した。"案山子"の襲来だろうか。黒い毛糸のマスクを被っていない。では違う。
「ダッシュ! 近づくな!」
 つやつや紫色のチャオに飛び掛るオバ。二つの十字の短剣。つやつや紫色のチャオは右手で短剣に触れる。短剣は水になる。銀色の水。溶解。ダッシュは身の危機を感じる。"案山子"だ。チャオを水溜りにする。できる。溶解現象。
 オバはポヨから十字の短剣を取り出す。溶かされた短剣と同じものが再び現れたのだった。短剣で突く。つやつや紫色のチャオは両手で短剣を掴む。短剣は溶ける。ポヨから再び短剣を取り出す。繰り返す。繰り返す。互いに譲らない。既に一触即発。力は尽きない。二つの影は交差する。交差して止まり交差する。
「何をしに来たんだ。ここはおまえの居場所じゃない」
「ぼくの"案山子"をずいぶん殺してくれたそうだね。お礼参りに来たよ」
「殺されに来たんだろ。いいよ。殺してやるから動くなよ」
 つやつや紫色のチャオの両手は"案山子"のものと同等であった。そして彼の言い草。"案山子"は彼の所有物。ダッシュはオバに言われたとおり一定の距離をとっていた。立ち止まるダッシュを追い抜いてレイゾーが走る。レイゾーはナックルダスターを両手につけている。先端は鋭利であった。つやつや紫色のチャオは宙返りをしてレイゾーとオバから離れる。
 繰り出される凶器の数々にダッシュは身震いした。むごたらしい刃物。チャオの身にそぐわない。思ったのである。チャオはマラカスやメダルやヨーヨーや楽器を持っていればいい。彼らが持っているのは相手を殺すものだ。不相応。しかし生存本能をベースに推し量れば理にかなう。チャオを殺す役割を担う武器。あるいは能力。
「フールはおれに任せてください。オバさんはほーねっとさんを」
「分かった。ダッシュ! 行くぞ!」
 つやつや紫色のチャオ。フールはレイゾーを睨む。ダッシュは彼らの姿を目に焼き付けるとオバに続いて走ったのであった。チャオの絶対数が少ないゆえんからかまわりに逃げる姿はない。がらんどう。閑散としている砂漠。しかし元は違っていたはずだ。潤った世界。潤いを失くした。何によるのか。無知を知る。自身の内側も外側さえも知らない。
 知りたい。思ったのである。砂漠化の原因。"案山子"。しかし"商人"はいない。では誰が。ダッシュは白い家を見る。ほーねっと。彼女ならばあるいは。白い家が次第に近づく。ところがオバが止まった。ダッシュは止まる。異常はない。白い家は目前。白い家の前にチャオがいた。身に余る大きな剣を背負うチャオ。骸骨をかぶったチャオ。体色は輝く紫色である。
 砂地に屹立する。骸骨のチャオ。大きな剣に朱色がこびり付いている。白い家の内側から現れた。推測である。風が砂をあおる。骸骨のチャオは巻き上がる砂をしかし飄々とした表情で受ける。輝く紫色が砂色にかすむ。骸骨のチャオは大きな剣を振り上げた。チャオの身にそぐわぬ剣をいともたやすく扱う。チャオではないもの。
「全てのチャオは死ぬべきだ。ぼくたちはチャオを圧迫するだけの存在でしかない」
「フールの仲間か。おまえは」
「フールとは無関係です。彼は月食い"エクリプス"。私が押さえましょう。あなた方は逃げるべきです」
 白い家から飛び出したほーねっとの言葉。彼女の姿を見て月食い"エクリプス"の大きな剣が一閃。胴体が両断された。しかし瞬きもせぬうちに再生する。ほーねっとの肉体はチャオのものに戻ったのである。ダッシュは知識する。ほーねっとは攻撃的な能力を持たない代わりに究極の再生能力を有しているのだ。能力に約束された自己犠牲。彼女の本質。月食いの大きな剣が再び切っ先をほーねっとに向けた。
 オバが飛び出す。二対の十字の短剣は大きな剣を押さえ込む。いやオバの攻撃を月食いが受け止めたのだ。ダッシュは身震いした。体が震えるのである。死に対する本能的なおそれ。冷たい。思ったのである。ダッシュは肉体の動きが鈍るのを感じ取る。体に鉛が付着している。二の足を踏む間にオバは月食いに追撃を与える。右手の短剣が月食いの脇を突き刺す。大きな剣は短剣の先端を受け止める。すかさず左手の短剣が月食いの骸骨を狙うが彼は大きな剣を一振りしオバは距離を取ることを強要された。取らなければ大きな剣に両断されていたのだ。
 間合いの違いを知覚する。短剣は短剣であるがゆえに間合いを取られると能がない。反面大きな剣はリーチが長い。距離を自由自在に操ることができる。月食いの強さとは距離である。ダッシュは理解した。オバは月食いと相性が悪い。しかし現状で月食いと対等に戦うことができるのはフールのみ。逃げるが得策。ほーねっとは死なない。オバは知らないのだろうか。ダッシュよりはるかに生きているオバには分からない。だが戦いにくさは感じている。
「逃げよう。彼は強い。オバの武器では勝てないよ」
「ほーねっとを連れて逃げろ。おれがこいつの相手をする」
「どうして。ほーねっとは死なないよ」
「ともだちを見捨てて逃げるわけにはいかない」
 ダッシュは以前オバが"案山子"の襲撃から助けてくれたことを回想する。ダッシュは疑問を抱いた。ほーねっとは死なないのだから見捨てることにはならない。再生能力をもってすれば月食いを殺すにはいたらずとも戦うことは可能だ。ほーねっとを連れて逃げろという。リスクが高い。月食いの後ろにいるほーねっとを連れて逃げるにはまず月食いを離れさせなければならない。ところが距離を支配する月食いを離れさせるのは至難の業である。ここはほーねっとを置いて逃げるのが最善策だ。ダッシュは言おうとした。
 しかしほーねっとの姿はフールの姿と入れ替わっていた。足元に水溜りがある。月食いが見かえる。ほーねっとは水溜りになったのだ。死なないはずの彼女がなぜ。砂地に水溜りが染みこむ。彼女の命の残滓が大地に吸収される。フールの溶解の力。ダッシュは恐怖が倍化したことを理解した。そして知識する。再生能力には許容範囲がある。限界があるのだ。
「おまえ!」
「彼女はぼくにとって邪魔だったんだ。色々知っているみたいだからね」
 フールが来たということはレイゾーは死んだということだ。足止めにならなかった。不利を予感する。だが月食いは大きな剣を振り回しフールを退けさせた。共闘関係ではない。月食いは自身らに仇をなすがフールにも同じこと。ダッシュは恐怖が内側に溶けていくのを感じた。逃げるならば今。だがオバは動かない。考える。思い当たらない。ダッシュは事が荒立ったときすかさず逃げ出せる心構えをした。
「レイゾーはどうした?」
「死んだよ。殺した」
 ダッシュは推測の的中を喜んだ。オバは十字の短剣を前のめりに構える。月食い。フール。オバ。三つ巴の戦いが予想される。しかし三つ巴は回避するが得策である。月食いとフール。生き残った方を殺せばいいのである。ダッシュは逃げる心積もりであった。ところがオバは逃げない。立ち止まる。戦う意志を見せる。砂埃の舞う音。四つの影は砂地に縫い付けられている。熱が空気を焦がすが彼らは感じない。
 月食いが大きな剣を地面に突き刺した。砂埃が波打つ。オバが十字の短剣をポヨに収納し反対方向に駆け出す。ダッシュが続く。ダッシュは背に強い圧を受ける。体が前方に送り出される。砂地に足をめり込ませ背後から降りかかる圧を耐えしのぶ。そして疑問を抱く。月食いは何をしたのか。ダッシュの知る中で答えは一つしかない。能力である。続いて音が打ち寄せる。体の芯を引きちぎるような音の波。波が終わる。ダッシュはオバにならって見かえる。砂地がえぐれ濃い肌色があらわになっていた。二つの影は既にない。月食いも不利を感じたのかもしれない。フールも同様である。
「なんでこんな」
 オバは悄然たる面持ちで惨状を眺める。理由を分かる。チャオではない自身らには生存本能があるからだ。しかし得たものは多い。中でも月食いの存在は大きいだろう。ダッシュは充実していた。知識を大量に備蓄できたからである。ほーねっとの死は惜しいものであったが上々の結果である。一度は死を錯覚したダッシュ。無事を痛感する。恐怖があるからこそ無事に価値が生まれる。ダッシュは知識する。
 砂煙がおさまる。白い家は融解する。砂色の壁が波紋する。崩壊。ダッシュは経験から推測する。空が雫を落とす。ものは水になる。震動。世界が溢れる。洞窟を目指さなければいけない。世界に内包されたまま心中する意志はない。オバは動かない。砂地が鉄になる。鉄が透明になる。
「行こう。オバ」
 彼の手を取って大地に翻弄されながら駆け戻る。身の危機はない。ダッシュは安全を予感していた。間に合うだろう。以前も間に合ったのだから。ところが洞窟はなかった。遅れて恐怖が到来する。虚空は悲鳴をあげていた。形を変える。液状となる。世界は変化する。あるいは分解する。ダッシュの心で訪れる死への好奇心と恐怖とが、水と油のようにせめぎあっていた。失意のオバはうつろに佇む。建物は黒色になる。空から落ちた雫は物体を掘り進む。原型をとどめない世界。死をまぬがれる手段は。危機を脱する道は。ダッシュは探す。目を凝らす。しかし見えない。世界から抜け出す能力は存在しない。
 いよいよ死のときがきた。空白がダッシュを包む。世界の黒が反転する。死の世界。好奇心より恐怖が勝る。死より生が勝る。この期に及んでダッシュは死に対する葛藤を抱えた。されど機は逃した。ほーねっとを見捨てて逃げることが最善だったのだ。ダッシュは空白に身をゆだねる。死の間際。境界。差し迫る間。風の擦れる音が忍び寄る。音は白色のダーク・ヒコウタイプの姿をしていた。空白はガラスのように砕け散る。世界は復元する。色の回帰。ダッシュは察知した。推測の短縮形。応用。白色のダーク・ヒコウタイプのチャオの能力。回帰。再現。崩壊を打ち消したのだ。自身も気づかないうちにダッシュは推測を進化させていた。直感をおぼえた。

このページについて
掲載日
2011年4月2日
ページ番号
3 / 5
この作品について
タイトル
CHAO'NT
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2011年3月19日
最終掲載
2011年5月18日
連載期間
約2ヵ月2日