第四話 ページ4
「どうしたの?」
「……」
カトレアは、僕の部屋にいた。ドアに背を向けて座り込んでいた。僕は背中越しに訊いてみ
るけれど、返事は来ない。
「一緒に、かき氷食べよう」
「いらない」
なにかまた、カトレアの機嫌を損ねてしまったようだ。けれども思い当たる節が見つからな
い僕は、謝ることが出来なかった。
少しカトレアに近づいて座り込む。
「僕、カトレアを傷つけるようなことしちゃったかな?」
「……」
返事は無い。これは長期戦になりそうだ。
僕はじっと黙って、カトレアの後姿を見つめる。そして、カトレアがどんな理由で落ち込ん
でいるのか、考えてみる。
タマに振り回されて疲れちゃったのかな。僕がタマばっかり抱っこしてたから、拗ねちゃっ
のかな。今まで黙ってたけど、本当は猫が大嫌いだとか。ただ単に、暑くていらいらしている
だけかな?
色々考えたけれど、やはり本人の口から聞かないと分からない。僕は、じっと待つことを継続
した。
「……してた」
「え?」
とてもとても、小さな呟きが前方から聞こえた。懸命に絞り出した呟きなのだろう。僕は一瞬
迷ったが、一体今なんと言ったのか、訊き返した。
「僕が、その、何をしたかな?」
「……」
数秒の間を空けて、カトレアは答えてくれた。
「あいつと、き、きすしてた……」
「……えぇー!」
想定の範囲外の答えだった。それはもう、大気圏など突き抜けて宇宙空間に出るぐらい範囲外。
僕は今まで、その、きすなんかした事無い、当然のことながら。なのに、何でカトレアがこ
んな事を言い出したのか。まさかとは思うが、訊いてみる。
「もしかして、タマ……?」
「……」
カトレアは何も言わず、代わりに小さく頷いたのが後姿でもわかった。これはまた、なかな
か難易度の高い問題である。
「えっとね、とりあえず、タマはそういうつもりでじゃれてきたんじゃないと思うよ、うん」
「……」
「ほら、犬とか猫とか、よく舐めてくるじゃない。きっと、ただ甘えてきただけだよ。それに……」
「そんなの関係ない!」
どきり。
「だから、そうじゃなくて、その、わたしも、もういい、出てけっ!」
一瞬こちらを振り返り、すぐに向こうへ向き直るカトレア。なんだかすごい思い込みをし
ているようだけれど、どうしたらいいだろう。
かける言葉も無く、僕とカトレアは、二人して同じ方角を見て黙りこくっていた。