第四話 ページ2
「にゃあ」
「……鬱陶しい」
溶けかけのアイスのようなカトレアの背中に、ずっしりと全体重を預けるタマ。ヒコウタイ
プ独特の左右に伸びた頭部の先を、小さな手でぴこぴこと弄(いじ)るタマ。先ほど僕がタマ
の感触を楽しんでいたように、今度はタマがカトレアを弄って楽しんでいる。同じくらいの大
きさのカトレアとタマがじゃれて楽しんでいるのは、なんとも微笑ましい光景であった。
ただし、楽しんでいるのはタマだけのようであったが。
「にゃあ」
「頭を引っ張るな!」
「にゃあ」
「引っ掻くな!」
「にゃあ」
「噛むなー!」
カトレアが起き上がり、タマを振り払う。タマはしなやかな身のこなしで着地に成功し、ソ
ファの上でカトレアをじっと見つめる。カトレアはというと、タマの百倍ぐらいのめぢからを
込めて、ぎらぎらとタマを睨み付けている。
「きっと、カトレアと一緒に遊びたいんだよ」
根拠も用意せず、適当にそんなことを言ってみる。しかし、カトレアは玩具(おもちゃ)扱
いされたことに対し非常にご立腹なようで。突き刺す視線をタマから外そうとはしない。
「にゃあ」
両目を閉じて、ぷいっと横を向いたのはタマだ。ひょいとソファから飛び降りる。その態度
にカトレアがかちんときたのが、球体からエクスクラメーションマークを経由して渦巻きに変化
したポヨから見て取れる。
「待てー!」
ソファを飛び降り、渦巻きポヨを揺らしてタマを追いかけ始めるカトレア。あまり広くは無い
リビングで暴れ回るのは歓迎しかねる行為だが、タマは細い体で華麗に駆け抜け、跳び回り、
舞い踊った。障害物もふんだんに利用し、テーブルの下に潜り込んだり、ソファの後ろに隠れ
て、カトレアが近づいてきたところで嘲るようにソファを飛び越え向こう側に逃げたりするの
である。またも玩具扱いのカトレアであった。
「うきー!」
声を上げたのは猿ではなく、カトレアである。流麗な動きで逃げ回るタマを、がむしゃらな
動きで追い続けるカトレア。動きも猿のように見えてきた。僕は夏の昼下がり、鬼ごっこ一騎
打ちの結果を見届けることにした。
そして数分後——。
僕の腕に包(つつ)まれ、のんびりと大きなあくびをするタマと、向かいのソファで仰向け
に倒れこみ、体全体を使って激しく呼吸するカトレアがそこにいた。
「タマの完全勝利だね」
「はぁ、はぁ……うるさい! ……はぁ、はぁ」
結局カトレアは、タマをとっ捕まえて折檻するという任務を遂行出来ずに終わってしまった。
そして、タマはカトレアと……いや、カトレアで遊ぶことにまんまと成功した形だ。まさしく
タマの完全勝利である。恐るべし、タマ。