第三話 ページ5
「それでは、行ってきます。カトレアさんは僕が責任を持ってエスコートします!」
「三分で帰る。一人で」
これから一緒に遊びに行くにしては、随分と温度差が激しいように思える。
カトレアが何も身につけずに出て行こうとしたのを見て、僕はカトレアを呼び止める。
「カトレア、それじゃ寒いんじゃない。いつも被ってる帽子は?」
以前に、カトレアに買ってあげた帽子のことだ。カトレアの頭の形に合わせて、角のように伸びた部分まですっぽり入る帽子。
寒くなってからは、出かけるときは必ず着けていたはずなのだけれど。
「……いい」
カトレアは僕の方を見ることも無く、ぼそりと呟いた。
僕は老婆心から、再度聞いた。
「でも、寒いと思うよ。取って来てあげようか」
「うるさい、バカワカバ!」
そう声を荒げると、カトレアは外へ飛び出してしまった。
「あっ、待ってカトレアさん! 徒競走ですか、負けませんよ!」
その後を、あわててあずき君も追っていった。
カトレアの奴、何もあんなに怒鳴ること無いのに。
「まま、もともとチャオは服着ないし。大丈夫でしょ」
きっと、僕は怒っている様な表情をしていたのだろう。
早苗になだめられるようにして、再びコタツで暖を取る。
「それにしても、少し会わないうちにカトちゃん随分と成長したね」
本日五個目のみかんに手を伸ばしながら、早苗がそう切り出した。
「後ろ頭も随分伸びて、二次進化真っ最中! って感じだね」
「そ、そうかなぁ」
いつも一緒にいるからだろうか、早苗にそう言われても、ピンとこなかった。
「えー、気づいてないの?」
心の底から呆れられた様だ。早苗は信じられないというような表情で、みかんの果肉をぱくぱく口に放り込む。
そして、口をもぐもぐさせながら、こう言った。
「もしかしてカトちゃん、帽子を被らなかったんじゃなくて、帽子を被れなかったんじゃないの?」
「どういうこと?」
「チャオってさ、成長すると頭の形が複雑に変化するでしょ。二次進化の時は、一次進化の時と違って時間をかけてゆっくり変わっていくけど」
「う、うん」
「ウチのあず君もそうだけど、カトちゃんは今二次進化の真っ最中だよ。だから頭が大きくなって、帽子被れなくなっちゃったんだよ」
「そう……なのかなぁ。でも、そうだったら一言言ってくれても」
「たはーっ。分かってないなぁ、ワカちゃんは」
大げさなアクションで、自分の額をぺしんと叩いてみせる早苗。
「カトちゃんはさぁ、自分が成長したって事をワカちゃんに気づいて欲しいんだよ。だからさっき、そんなことに全然気づかないで『帽子被れば?』なんて訊いちゃったワカちゃんにカトちゃんはドッカーン! ときちゃったわけだね、こりゃ」
「……」
なんと答えようか迷っていると、来客を知らせるチャイムが本日二度目の仕事をこなした。
まさか、もう帰ってきたのか?
僕と早苗が玄関来客を出迎える。はぁはぁ、と息を切らしたカトレアと、満面の笑顔のあずき君がいた。
「いやぁ、家の周りを猛烈なスピードでランデブーしてきました! カトレアさんの速度がそれはもう凄まじくて! 途中、何度も凍った路面でスリップして電柱に激突しそうになったり、道路に飛び出してトラックに轢かれそうになりましたが、いやぁ充実した時間でした!」
「はぁ……はぁ……ちっ」
どんなデートだったのかは、聞かないでおこう。
「サナエ、約束」
「おーけーおーけー、そうだなぁ。アレは送迎バスで幼稚園に向かっているときのことでした」
「僕、用事が出来たから出かけてくるね」
これからサナエの口から飛び出してくる話は、僕が聞いても百パーセントマイナスにしかならない話ばかりだろう。
談笑しながらリビングへ向かうサナエとそれを興味深そうに聞き入るカトレアを尻目に、僕はそそくさと退場を図る。
別に逃げるのではない。用事が出来たのは本当だ。ただ、退場の目的の八割ほどが「逃避」であるというだけだ。戦略的撤退という奴だ。
心の中で言い訳を繰り返しつつ、財布を取りに自室へ向かう。そして、雪の降る外へと出ていった。