第三話 ページ4
「で、もう話は終わりなの?」
僕はあずき君に尋ねた。結局何しに来たのか未だによく分からない。
盛大に叫んでいたけれど、もう言いたいことは全部言ったのかな?
「何を仰います、僕はまだ何も伝えていません。カトレアさん、これから僕と一緒に白銀のキャンバスの上を散歩しませんか。僕と貴女で、この素晴らしき世界に文字通り足跡を残しましょう」
「ワカバ、コイツころし」
「そういうことは言わないの」
コタツの上で片膝をつき、お姫様を迎えに上がった王子様のようなポーズをチャオの体で懸命に作っているあずき君を指差し、カトレアがとんでもないことを言おうとしたのを僕は素早く制止した。
要するに、あずき君はカトレアをデートに誘いたいわけだ。
「いいじゃない、行って来れば」
「断る」
断固として拒否の姿勢を崩さないカトレア。
普段、滅多に変化しないポヨがぐるぐるマークになっている。不機嫌度マックスだ。
「カトちゃん、あたしからもお願い。ちょいとこの子に付き合ってくれるだけでいいんだけど」
「サナエ、その呼び方やめろ」
「なんで? いつもこう呼んでるじゃん」
「この間、テレビでそう呼ばれてる変なおじさんがいた」
「ああ、あの人のことね。どっちかと言うと、変なおじさんは同じグループの……」
ダメだ、完全に脱線だ。早苗と話しているといつの間にか本題置いてけぼりで別の話題に走ってしまうのは、みんな同じらしい。
僕は、何度も経験したことがある。
「で、えぇとなんだっけ。そうそう、この子も一応真剣なのよ。カトちゃんのことを想うと夜も眠れないからって、昼に寝てるの。だから、お願いできないかな」
傍らで聞いている僕には、何が「だから」なのかまったく分からなかった。
カトレアは何を言われようとも、渋い表情を崩すことは無かった。渦巻きを頭の上に浮かべて、細い目で早苗を睨んでいた。
手を顎に添えて、数秒考え込んでいた早苗は、
「じゃあ、この子とデートしてくれたら、ワカちゃんの面白い話でもしてあげるから」
笑顔で、しれっと雲行きの怪しくなりそうなことを口にした。
怪しくなりそうなのは、ピンポイントで僕の頭上だけのようだが。
「例えば?」
カトレアも、食いつかないでくれ。
「例えば、幼稚園のお泊まり会で、ワカちゃんおもらし」
「わー、わー」
突然上がった奇声は、勿論僕のだ。
「カトちゃん、ダメ?」
「わかった、行く」
何で即答なんだ。
コタツの上で感涙を流しているあずき君と、なにやらひそひそ話し合ってる早苗とカトレアを、僕はため息交じりで眺めていた。