12. 赤月に
帰り際に、エミーチャオにいわれました。
「……今日はごめんちゃお。私の勝手な思い込みに、気を悪くしたとしたら、ごめん。冷静に考えてみたら、全然そんなことってないちゃおよね」
エミーチャオは、考えを改めたようでした。あのときエミーチャオを安心させようと思ってついた嘘が、ちゃんと役割を果たしている……
私の思いにはお構いなしに、エミーチャオは話し始めます。
「君と千晶ちゃん、似てるちゃおよね」
「そうですか?」
「うん、結構似てると思うちゃお」
私は戸惑いました。正直いって、あんまり似ているとは思えません。でも、納得したエミーチャオの言葉を否定するには、私の心はまだ、十分に定まってはいませんでした。
「なんていうちゃおか? プロ意識? 責任感? うーんと、そう、仕事に対する考え方が、すごく似てると思うちゃお」
まだ手に職つけてないのに、何をいいだすのかと、一瞬私は懐疑的になりました……が、思い当たる節がなかったわけではありません。私は覚えています。デザイナーの価値観についての話を聞いたときに、私は容易にそれを自分の執筆活動へと照らし合わせて聞くことができました。
特に、パンフレット制作の時はそうです。あのときはフォーマルな文章を書かなければいけないという縛りがあったので、自然とそういう考えになったのかもしれません。「最も効果的な表現」を目指すやり方には、たしかに似通った部分がありました。そういうところが、千晶のいいところだと、エミーチャオは、そう言っているのです。
「だから、なんとかして、うまくやっていけると思うちゃお」
「うん。きっとうまくやりますよ」
確証はないけれど、この時は、本心からいうことができました。
「じゃあ、やっぱりそうちゃおか……」
「難しいとは思いますけど、きっとうまく雰囲気を受け継いでくれますよ」
エミーチャオが、私の瞳をのぞきこみました。
「あっ!」
エミーチャオが驚いた声を上げました。頭上の球がびっくりマークになっています。
「ごめんちゃお! 忘れてほしいちゃお!」
頭を抱えて、目をつむって、激しく首を振り出しました。突然の行動に、私は理解がまったく及びません。
「どうしたんですか?」
「聞かないでほしいちゃお。とにかく今さっきいったこと全部忘れて! 間違えちゃったちゃお」
意味がわかりません。間違えたって、一体何を?
「何か私に隠していることでもあるんですか?」
思わず問い詰めていましたが、すぐに私は、語気を荒げてしまったことを後悔しました。
友達だからといって「何も隠し立てするな」なんていうのは、無理な話だとわかっています。けれどもエミーチャオは、友達を失うのが怖いはずなのです。私を失えば、ひとりぼっちになってしまうから。そんなエミーチャオが必死に隠そうとしていることが、非常に奇妙で、不可解でした。
私は静かに、エミーチャオの顔を見つめました。エミーチャオはただただ、首を振るばかりでした。
その日の夜空には、真っ赤な月が浮かびました。ドクター・エッグマンがまた何かろくでもないことをやって、今度は月を割ってしまったのだと、受付ボーイさんは教えてくれました。
そういえば、ソニックは今なお軍から逃亡中の身です。本当にエッグマン帝国が建国されてしまうのかもしれません。ステーションスクエアの人々の間にも、懐疑心が広がっているようです。
チャオガーデンには、その夜、ほとんど人がやってきませんでした。人々が外出を避けているのは明らかでした。
私はなかなか寝つけませんでした。寝ているのか寝ていないのかわからない、まどろみの中にいながら、私は月を見上げました。こんな時間に眠れないのは、割れた月の赤が気になるから? いいえ、私の頭の中では、いろいろな言葉が渦巻いて、よくわからない状態になっていました。
私はエミーチャオの言葉を考えました。エミーチャオが何を意図せずして漏らしてしまったのか、具体的にはわかりませんが、話の流れから推測すると、私と千晶に関係のあることなのでしょうか。だとすれば、千晶が何らかの鍵を握っているのでしょうか。……わかりません。
いつもは私のそばで寝るエミーチャオとも、今夜ばかりは距離をおいています。どうにも眼がさえてしまっていけません。他のみんなは、まだガーデンで寝ています。
私はノートを開きました。今までの出来事を記した日記を、読み返してみようと思ったからです。赤い光がノートを照らしていました。しかし、それを読めば読むほど、エミーチャオの言葉が真実のように思えてしまいました。
私を本当に理解しているのは、私よりもむしろ、エミーチャオなのかもしれません。だとすればエミーチャオのいうとおりに、私は何も聞かなかったことにして、いつも通りの日常に戻るべきなのでしょうか。それで私はいいのかもしれません。でも、エミーチャオはどうなんでしょう? 私の目には、何かを隠そうとする彼女が、とても苦しそうに見えました。
「いつまでも迷っているばかりじゃいけない」
声に出していいました。今行動しなければ、絶対に私は後悔します。たとえ迷っている時でも、迷っている時なりの行動のしかたがあるはずです。
私にとって最も重要なことは、エミーチャオが何を隠そうとしていたのか、それを知ることでした。その鍵を握るのが千晶なら、私の採るべき行動は決まっています。
まだほのかに暗い暁の街を歩いて、私は一人、ラーメン屋へと向かいました。