11. 挑戦、もう一度
千晶が帰ってきたのは、まだ日の高い夕方……いつもならちょうど小学生たちが、チャオガーデンにやってき始めるような頃でした。
「どうだったちゃおか!?」
「落ちた」
千晶は投げ捨てるようにいいました。私たちは目を見開きました。
「でも…… そんなに早く結果がわかるものですか? 普通郵送とかで伝えられるものなんじゃないんですか?」
「本当に落ちた。直接そういわれたし、実感としても、まったく手応えがなかったもの」
千晶はいい切りました。すがすがしいというよりも、しかたなく諦めて帰ってきたようないい方です。
「何があったちゃお?」
ろ紙からこぼれる水のように、ぽつりぽつりと、千晶は状況を語り始めました。
「試験会場には、私の他に六人いたの。その内五人は経験者っぽい人たちで、あとの一人は、私と同じぐらいの年代だったかな。デザイン系の専門学校に通ってるって、面接でいってた」
どうやら、私たちが想像していた以上に、倍率が高かったみたいです。
「経験者は、そもそも同列に語ることなんてできないから、いいんだけど……その専門学校生の面接がめちゃくちゃうまかったのね。はきはき答えるし、デザインに対する考え方もしっかりしてる。対する私はしどろもどろで、全然太刀打ちできなかったわけですよ。くっそ、あの専門学校生め……」
予想していたことが現実になってしまいました。いや、これは予想より悪い。パンフレットの時のような、芯の通った主張があれば……いや、それでも相手の方が上回っていたというのであれば……私には、何ともいえません。
「これからどうするちゃお? 別の試験を受けてみるちゃおか?」
「うーん」
千晶は腕を組みました。
「正直いって、今の私じゃ、どこを受けても受からないような気がする。しばらく修行するべきかもしれない」
「その間の生活費はどうするんですか」
「そうだな。あんなに怒られたあとだから、親からの仕送りにはあんまり期待できないな」
八方塞がりじゃないですか。
「バイトでも始めればいいかもだけど、かといって普通にコンビニとかでバイトしてたら、何のために大学辞めたんだっていう話だよね」
彼女には彼女なりのプライドがあるようです。昨日会った時までは、このプライドが行動を後押ししてくれていたのに、今日は逆にそれが足かせになっているようでした。千晶がちらりと、私の顔を見ました。
「そうだな。変なプライドは捨てて、働かなくちゃ」
私は素直にうなずけません。本当にそれでいいの? そうじゃないでしょう。私は、私は夢を追いかけている遠藤さんが好きだったのに。
……一瞬でもそう思ってしまった私を見つめる、もう一人の私がいます。もう一人の私はいいます。どうやら私は、本当に他人の夢を喰らうのが好きなチャオみたいですね、と。
遠藤さんが腰を上げようとします。このままでは、いけない。でも今、ここで呼び止めたところで、一体何が私にでるんでしょう? ただ働くのではなく、夢を追いかけろとでもいいますか? そんなのは私の自己満足に過ぎなくて、本当に千晶のことを考えるなら、彼女の好きなようにさせるべきなんじゃないかと、もう一人の私が告げ口しています。しかし——
「待って!」
その言葉を発したのは、意外にも、エミーチャオでした。
「空間デザインの仕事、あるかもしれないちゃお」
私たちは、エミーチャオの案内に従って、街をどんどん歩いていきます。どこへ行くのかと思っていたら、辿り着いたのは「ラーメン屋」でした。
エミーチャオが裏口をノックすると、中からヒーローチャオさんが、鼻歌を歌いながら出てきました。
「何の御用かな~♪」
いい終わるのを待たず、エミーチャオが彼女の口を素早く押さえます。
「これから大事なお話があるちゃお」
あ、あのー。これ、端から見ると恐喝なのですが……
しかし、エミーチャオの考えはだいたいわかりました。要するにこのオンボロなラーメン屋を、遠藤さんのデザインで作り直してしまおうということでしょう。
千晶もそれに気付いたようで、腰を落として、エミーチャオの肩をつんつんとつつきます。
「あたし建築の資格なんか持ってないよ」
「大丈夫ちゃお!」
エミーチャオが、自信たっぷりに断言しました。
「デザインと設計だけして、あとは大工さんに任せればいいちゃおよ!」
「設計って、建築士以外がしたらダメなんじゃ……」
「え、そうなんちゃおか?」
エミーチャオが目を丸くして、千晶を見つめました。千晶もまた、うなずきます。やっぱり、そう簡単にはいきませんよね……
「でも、この店たぶんちゃんと設計されてないよ」
ヒーローチャオさんが、とんでもないことを口走りました。
「資金がなかったから、適当に拾ってきた材木を使って組み立てたって、キバさんいってた」
キバさんというのは、この店の店長なのですが、まさかそんな罪状があったとは……
「じゃあ、千晶ちゃんが設計したって何ら問題ないちゃおね!」
「問題ありまくりですよ!」
今までだって、逮捕されてないのが不思議なくらいです。
「あたしに建築屋さんとのやりとりを全部任せてもらえれば、一番やりやすいんだけどね」
こういうときの千晶には、話をまとめる能力があるので安心感があります。
「それでちゃんと要望通りのものができるちゃおか?」
「たぶんね。建築屋さんの方としても、デザインをまったく知らない人よりは、知ってる人の方が、話がしやすいと思うんだ」
この話を、店長のキバさんに伝えてみると、すぐにOKがもらえました。なんでも、キバさんの方でも、建て替えを考えてみたはいいものの、雰囲気をうまく継承するにはどうすればいいかわからず、悩んでいたそうなのです。
たしかに、現在のボロ屋には年期ゆえの風格のようなものも備わっていて、そこにこだわればこだわるほど、一筋縄にはいきそうにありませんでした。その難しさを何度も強調されました。
けれども、千晶は物怖じしませんでした。キバさんは、その態度を気に入ったらしく、千晶に全権を任せるという方向で、好意的に折り合いがつきました。
キバさんがずっと蓄えてきたという、貯金の残高も見せてもらいました。千晶がいうには、一般的な建て替えの予算にはまだ足りないけど、なんとかなる範囲内だそうです。私たちは、希望を顔に浮かべながら、互いを見比べ合いました。
その後、千晶はキバさんに話を聞いたり、どこかに電話をかけたりして、徐々にデザインの構想を固め始めたようでした。彼女は今晩、この店に泊まり込みで作業をするそうです。
このやる気があれば、店の建て替えは何とかなるでしょう。私たち黒子は、最後は静かに、舞台袖から立ち去るだけでした。