8 あたたかいなにかを

 未来は一息を付いた。
 ゼラの家は質素な雰囲気のアパートの二階だ。見た目や醸しだす雰囲気と違い、彼女は貧しい生活を強いられているようだった。
 温かなコーヒーが喉の奥をすり抜けていく。
 未来は体の芯があたたまるのを感じた。
「全く、君は何を考えているんだ? 夜が明けるまでずっと外にいるつもりだったのかい?」
 テーブルと椅子があるだけの部屋。
 ゼラは壁に寄りかかって腕を組んだ。こうして見ると非常に中性的であることが分かる。
「別に、僕の勝手だろ」
「確かに君の勝手だけどね。でも、あまりそういうセリフは言って欲しくないな」
 そう、何も変わらない。未来がどれほど変わろうと、ゼラは何も変わらなかった。それは彼女が"ヒーローチャオ・ウォーカー"のパイロットだからだろうか?
 それもある、と未来は思った。だが本質ではない。
「君はどうしてチャオが犠牲にならなければならないのか、分かるかい?」
 未来は頭を横に振った。
「チャオの心は純度が高いからさ。単純にエネルギーの効率がいいんだ」
 オカルトチックなことを言う。未来は馬鹿らしくなって返事をせず、コーヒーを飲み干した。
 心に純度などあるはずがない。チャオは愛を与えられることで育つ。そして転生する。そのエネルギーを流用しているだけだ。
 未来はなぜか苛々していた。
「もちろん、誰かが何かを企んでいるかもしれないし、そのせいもあるけどね。チャオは神様に嫌われているんだよ。彼らは神様に近すぎる」
 話の半分も理解出来ない。
 "チャオ・ウォーカー"に乗っていないから、そう気楽にしていられるのだ。あの声を聞けば彼女も普通ではいられないはずだった。
 そう思っていた。
「君のことだから、彼らの声を聞いて、真に受けているんだろう」
 それが何を示しているか、未来はすぐに気付いた。彼ら。"チャオ・ウォーカー"のコクピットの内側で聞こえる、あの呪いの声だ。
「あれは犠牲になったチャオたちの声さ。どうして、なんで、僕たちが死ななきゃいけないんだろう。この暗い場所がどこなのだろう」
 愕然とする。コーヒーカップを落としそうになって、未来はすぐテーブルの上に置いた。
 チャオの声。犠牲になったチャオたちの声。
 恨みの込められた、あの声が、チャオたちの声。
「君にも聞こえただろう。心に直接訴えかけてくるような彼らの声を。あれが彼らの、絶望の叫びさ」
「でも、なんでそんなことが」
「"チャオ・ウォーカー"は心で動かす機械だからね。そういうことが起きても不思議じゃないだろう」
 ゼラは聞いていたのだ。
 哀しみを、感情の塊を受けて、受け入れていた。あの声を聞いて尚、彼女は"ヒーローチャオ・ウォーカー"に乗って、戦っている。
 未来は恐ろしくなった。目の前にいる人が、人とは思えなかった。
 あの時、あの場所で、周りの人をも殺しかねない勢いで叫び続けるゼラは本物だったのではないだろうか。
 あのゼラこそが、彼女の本当の姿なのではないか。
「何か誤解しているね。僕は彼らの声が聞こえるだけだ。人が誰かと共感するには、その誰かと同じ経験をする必要がある。僕は彼らから何も感じない」
 素頓狂な声をあげて、思わず未来は呆けた。
「君は彼らから何を感じているんだい? 何かを感じているんだろう、君は。そしてそれがはっきりと分かっている」
 感じている。未来は彼らから感じていた。共感していた。あらゆる感情を共有していた。
 心が悲鳴を上げている。彼らの声を聞いて、未来の心が彼らの奔流に呑み込まれていくのだ。
「暗い、嫌な感じなんだ」
 未来は話す。
「諦めて、哀しんで、辛くてどうしようもなくて、寂しくて、縋りたいのに、縋る場所がない」
 未来は話す。
「"どうして、僕がこんな思いをしなくちゃいけないんだろう"」
 未来は代弁する。
 彼らの、犠牲となったチャオ達の声を。
「人っていうのは誰かと共感しているようにみえて、実は何一つ共感出来ていないものなんだ。同じ境遇の者同士でしか分かり合うことは出来ない」
 ゼラは何かを伝えようとしていた。未来はそれを感じた。
 彼女は懸命に訴えていた。
 何のためだろう。
 分からない。
 "共感できない"。
 人が誰かと共感するためには、誰かと同じ思いをする必要がある。
 行動によってでしか、その思いは会得できない。
「君は彼らと同じ思いをしているんだろうね。僕には分からないけど、君には分かるんだ。彼らの背負う哀しみが」
 未来は分かる。レールの上を歩いて、歩き続けて、翻弄された。運命に弄ばれた人の気持ちが分かる。
 その運命は自分の手で創りだしたものではない。だから受け入れることが出来ない。誰かのせいだから、自分のせいではないから。
「君は期待に応えたい。けれど答えられない。その力がない」
 未来は求められている。
 パストールは必要とされている、そう表現した。マサヨシは羨ましい、と言った。チャオたちは叫んでいる。必死で、たすけて、と。
 その気持ちが痛いほどに、痛いほどに分かってしまうから。
「僕には分からないよ。だからこそ君に期待してしまうんだ。どうしても。君には何かを期待してしまう」
「そんな、期待されるような人間じゃないよ、僕は」
「そしてどんな人間でもない」
 ゼラは陶酔的に言った。
 自分は何者なのか。未来はその自問を思い出す。自分がないことに気が付く。自分はどういう人間だとも言えないことに気付く。
 そう、だから自分は何者でもない。末森未来という名前の付いた神様の操り人形なのだ。
 未来の関節には糸が付いている。神様は、神様の都合のいいように未来を制御する。
 永遠にその呪縛から逃れることは出来ない。永遠に自由にはなれない。レールの上を外れているように見えて、レールに歩かされている。
「まだ時間はある。君は君自身になるべきだ。じゃあ、そろそろ寝るよ。おやすみ、未来」
 ゼラは扉の向こうに姿を消した。


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 未来が目を覚ましたのは、自分を現実に引き戻す警報の音が鳴った時だった。
 久々の熟睡の後、未来は軋む体を強ばらせる。
 ゼラは既にいなかった。テーブルの上に書き置きがある。時計を見た。午前の十時を回っていた。
 "チャオ・ウォーカー"が未来を待つ。
 "サイボーグ"が未来を待ち受ける。
 そして、犠牲となるチャオが、未来を呪う。
 動けなかった。足が動かなかった。守らなきゃ、と義務的に思う。ところが足はその意に反する。動かない。動かなかった。
 自分は本当に守りたいと思ってはいないのだ。
 自分の中にある真実の気持ちは、何一つとして存在しないのだ。
 そう自覚する。
 自覚したとき、未来は逃げ出したくなった。ゼラの家はすぐ知られてしまうだろう。別の場所に逃げなければならない。
 急いでアパートを飛び出して、周囲を気にしながら走る。誰もが未来を見ていた。"チャオ・ウォーカー"のパイロットを見ていた。
 警報は響き続ける。
 未来を遠くへ連れて行く、呪いの音である。
 みんなが未来を責め立て、強制する。
 この世界を守れ、さもなくば消え失せろ。
 チャオの犠牲を尊え、さもなくば死に償え。
 それらの鎖から逃げて、未来は走る。
 安全な場所はない。
 いや、ある。
 チャオガーデンがある。
 なぜか未来にとって、最も安全な場所は、チャオガーデンとなっていた。
 人がいないからだ。
 チャオしかいないから。
 チャオは未来に牙を剥かない。未来を責めない。何も言わない。何も思わない。
 向けられる視線を掻い潜って、未来はチャオガーデンに着く。
 チャオがいた。
 たくさんのチャオがいたはずだった。
 今はかつての半分もいない。
 地面の緑が見える。
 未来は立ち止まって、座り込む。呼吸を荒くする。限界だった。"チャオ・ウォーカー"になんて、乗らなければよかった。そう思った。
 どうせ心で動かすのだ。誰にだって出来る。
 本当にそう思っていた。
 警報が鳴り止む。
 安堵した途端に、未来は轟音を聞いた。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の姿が見えた。展望モニターだ。"サイボーグ"の姿も見て取れる。獰猛な姿の面影は微塵も残っていない。それは人の形をしている。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を放って、"サイボーグ"の一機に向かった。上空から"サイボーグ"の二機が出現する。合計で三機だ。
 ゼラひとりで三機を相手にしなければならない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"は三機から距離をとった。"サイボーグ"の赤い目が唯一の敵を捉える。
 青白い光線が交差した。黄金の光がそれらを防ぐ。能力的には勝っていた。しかし。
 "サイボーグ"が飛翔する。"ヒーローチャオ・ウォーカー"に向かって、三方から攻撃を仕掛けていく。攻勢に転じる隙はない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が下降する。上空に三機の"サイボーグ"をとらえて、黄金の光を放った。しかし当たらず、雲を引き裂くのみにとどまる。
 赤い光線が見えた。未来は思わず体が強張る。恐怖を体が記憶している。
 黄金の光が三つに重なった赤い光線を防ぎ、防ぎ続ける。ジリ貧だ。三対一。
 進化した"サイボーグ"が三機。
 勝ち目がなかった。
 未来は迷う。
 行かなければならない。
 "チャオ・ウォーカー"のパイロットとして。
 しかし怖い。
 あの声が。
 チャオたちの恨みの声が怖い。
 怖かった。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の追撃を避ける。攻撃の隙がない。避けて、光線が左腕に掠める。
 三方に囲まれる。
 万事休すであった。
「行かなきゃ」
 未来の足が震える。
「いけないのに」
 足は動かない。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の黄金の光がその機体を覆う。赤い光線を防ぎ続ける。黄金の光に亀裂が入る。
 未来は震える足で走りだした。
 エレベーターのボタンを押す。ドアが開く。少女とすれ違う。
「末森くん!?」
 エレベーターのボタンを押す。ドアが閉まる。
「末森くん、どうしてここに」
 階層が下がる。
 階層が下がっていく。
 停電する。エレベーターが唐突に止まった。衝撃で未来は尻餅をつく。
 動かない。
 何かが起こったのだろう。振動が伝わって来た。騒ぎの音がどこかからかすかに聞こえる。
 行かなくて済んだ、という思いと、行かなきゃならない、という思いが相反して、未来は立ち止まる。
 立ち止まったまま、動けない。
 未来は目をつむった。
 これで終わりだ。
 このまま終わるのだ。
 レールはここで途切れている。


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「状況が悪いですね」
 内津孝蔵が言った。"ヒーローチャオ・ウォーカー"が地面に叩きつけられている。"サイボーグ"の追撃を飛翔してかわし、空中戦に移る。
 地下には振動が伝わっていたが、幸い機能的には正常だった。
「それで、これが最後の実験なのか、内津孝蔵」
 ライトカオスチャオが吐き捨てるように呟いた。孝蔵は答えない。まるで彼の目にライトカオスチャオは映っていないようだった。
 振動する。苦戦していた。三対一である。"サイボーグ"は進化していた。
 勝算が薄い。
「生体認証システムが解除できれば、とりあえずはどうにかなると思うんですがねえ」
 孝蔵の独り言に、ライトカオスチャオは鼻で笑った。
「そうか、お前は彼が来るのを諦めているんだな」
 返答はない。だがライトカオスチャオの言ったことは当たっていた。ほぼ修復の終わった"チャオ・ウォーカー"の横でマサヨシが溜息をつく。
 末森未来は来ない。
 それが"サイボーグ"対策本部一同の見解だった。
「僕は彼に賭けた」
 ライトカオスチャオが言う。
 本部の全員が、声の方を向いた。孝蔵でさえ例外ではない。
 続ける。
「今に見ていろ、内津孝蔵。僕は常に正しい」
「失敗に続く失敗で意気消沈した彼がですか? 来るはずないでしょう! はっは、何を言ってるのです」
 孝蔵は手を広げて、呆れた振りをして見せる。動揺の現れだった。ところがライトカオスチャオは鼻で笑って返す。
「その失敗でさえ、お前が招いたものだ。妙な機能を取り付けたお前のせいだよ」
「はて、何のことでしょう?」
 地面が揺れる。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"の左腕が吹き飛ぶ。"サイボーグ"はここぞとばかりに追撃を仕掛けた。その全ての光線をかわして、"ヒーローチャオ・ウォーカー"は飛翔する。
 誰もが息をのむ。
 ライトカオスチャオだけが悠然と立っていた。
「"チャオ・ウォーカー"の出動準備でもしておけ」
 確信していた。
 ライトカオスチャオには聞こえていた。
「ですから!」
「来たぞ」
 ばっしゃああああああん!
 水がはねる。音が響いて、視線が釘付けになる。濡れそぼったまま、未来は地下水槽から上がって来た。
 走って、"チャオ・ウォーカー"の腕を伝う。
 コクピットハッチが開いて、未来はそこに乗り込んだ。
「き、機能正常、ニュートラルハシリタイプを接続します。エネルギー還元を」
 "チャオ・ウォーカー"が緑色の光を放つ。空気が揺れた。
「末森さん! エネルギーの還元はまだ終わって、」
「友達が危ないんだ。待ってなんて、いられない!」
 "チャオ・ウォーカー"が疾走する。緑色の残光が帯びる。
 地下通路を駆ける。地上を目指す。空を駆ける。"サイボーグ"の一機に飛びかかって、零距離から右腕の砲口を轟かせる。
 青白い光線が"サイボーグ"を貫いた。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"が空中で静止する。"サイボーグ"の二機の、赤い目が"チャオ・ウォーカー"を認識する。
 未来は震えた。


「ドウシ、ナンデ、ナノ」


 掠れた声が、耳に、心に届く。
 未来は唇を噛んで、意識を覚ました。
 "チャオ・ウォーカー"が青白い光線を放つ。"サイボーグ"は散開した。"ヒーローチャオ・ウォーカー"を庇うように立ち、"チャオ・ウォーカー"が緑色の光を残して飛翔する。
「大丈夫か、ゼラ!」
「なんとかね。来てくれて助かったよ!」


「タスケテ、タスケテヨ。クライ、コワイヨ」


 未来は操縦桿を握り締める。
 "サイボーグ"が赤い光を充填し始めた。未来はそれを見て、余計に唇を噛む。
 痛みで、意識がはっきりするのを感じる。
「僕に、僕にどうしろっていうんだよ!」
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の赤い光線を避けて、一機に接近した。ほとんど変わらない速度で"サイボーグ"が逃げる。
 レーザーを撃つ。避けられる。もう一機の"サイボーグ"から赤い光線が放たれる。"ヒーローチャオ・ウォーカー"が黄金の光を展開した。
 吸い込まれるような音がして、赤い光線が防がれる。
 "チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"を追いかける。"サイボーグ"は下降し、地上を背にした。未来は集中する。


「ヤメテ、ナンデコンナコトスルノ」


 レーザーを放つ。"サイボーグ"を貫いた。同時に、"チャオ・ウォーカー"が駆ける。レーザーを緑色の光に巻き込んで、霧散させる。
「未来!」
 "サイボーグ"が"チャオ・ウォーカー"の至近距離で右腕を振りかぶっていた。未来は回避行動に移ろうとする。しかし、唐突にコクピット内部が暗転した。
 動かない。
 声が消える。
 動かなかった。
 "サイボーグ"の右腕が"チャオ・ウォーカー"を突き飛ばす。腹部をひしゃげさせ、"チャオ・ウォーカー"は共同学園の壁を突き破った。
 闇のなかで、未来はここがどこだかも分からないまま、唇を噛みしめる。
 暗くて、怖い。何が起こっているのかも、いつ死ぬのかも、分からない。
 そうか、チャオは、犠牲になったチャオは。
「こんな思いを、してたのか」
 しかし分かったところで、どうにもならなかった。
 "チャオ・ウォーカー"はぴくりとも動かない。
 停止している。
 未来は迎え来る死に恐怖し、操縦桿から手を離した。


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 "チャオ・ウォーカー"が突き飛ばされ、その行き着く先がチャオガーデンだったのは、また偶然だったろう。
 ともかくも、庭瀬恵夢はそれを目撃した。破片が砂埃を立て、わずかに残っていたチャオが逃げて走りまわる。
 恵夢は"チャオ・ウォーカー"の姿を見た。
 宇宙人のような、エイリアンのような、頭の長い機械だった。手は細く、胴体は卵のようだ。銀色の機体だった。不気味な形である。
 ところが様子がおかしい。
 恵夢はなぜか心がざわつくのを感じた。
 壊れた壁の先に、"サイボーグ"が見える。"ヒーローチャオ・ウォーカー"、もう一機のチャオ・ウォーカーが応戦しているが、"サイボーグ"が優っているように見えた。
 "サイボーグ"は動きを止めた"チャオ・ウォーカー"を捉える。
 恵夢ははっとした。
 "チャオ・ウォーカー"には末森未来が乗っている。
 駆け出そうとして、自分の腕の中にラインハットがいないことに気が付いた。
 見ると、目の前をヒーロー・チカラタイプのチャオが走っている。
 "チャオ・ウォーカー"に向かって。
 "サイボーグ"が咆哮し、赤い光を充填していた。
 ラインハットが走る。
 "チャオ・ウォーカー"に触れる。
 恵夢はそれを見た。
 ラインハットが光となって、"チャオ・ウォーカー"に取り込まれるのを見た。
 赤い光が見える。
 それが"どちらの"赤い光なのか、恵夢には分からない。
 ただ、涙がこぼれた。


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 暗いコクピットの中で、未来は項垂れる。
 来るべき死にそなえ、覚悟をする。しかし唐突すぎた。覚悟など出来ようもない。コクピットが開くかどうかも試してみたが、無駄に終わってしまった。
 未来は目を瞑っている。
 エネルギーが切れたのだろう。
 自分には救うことが出来なかった。
 誰も、何も、助けることが出来なかった。
 そもそも、自分は助けたい、守りたいなどと思っていたのだろうか。
 今となっては、分からない。
 冷たい。
 コクピットの中は寒かった。
 そのときだ。
 未来は何かを感じ取った。
 あたたかいなにかを。
 あたたかいなにかは未来に力をくれた。
 コクピットが光を取り戻す。
 モニターが明滅し、"サイボーグ"を認識する。
 未来はあたたかいなにかに包まれていた。
 呪いの声は聞こえない。
 恨みの声は聞こえない。
 哀しみはない。寂しさはない。絶望はない。ただ、勇気が湧いてきた。力が沸き上がっていた。泡沫のものだとしても、未来はそれに身を委ねた。
 赤い光線が向かい来る。
 "チャオ・ウォーカー"は光線を砕いた。
 物体のように。
 それは亀裂が入って、粉々に砕け散る。
 "チャオ・ウォーカー"は飛翔する。
 赤い光を放って、駆ける。
 "サイボーグ"の青白い光線を強引に砕いてまわって、突撃する。
 あたたかいなにかが、未来に力を与えている。
 "チャオ・ウォーカー"はその右腕で、"サイボーグ"を貫いた。
 一瞬で機械の破片と化す。
 空は青かった。
 未来は生きている。
 まだ生きていた。
 そのまま、未来は意識を失う。
 "チャオ・ウォーカー"は地上へ落ちて行った。
 赤い光を残して。
 "チャオ・ウォーカー"は地上に落ちる。

このページについて
掲載日
2011年2月4日
ページ番号
8 / 11
この作品について
タイトル
チャオ・ウォーカー
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2011年1月1日
最終掲載
2011年2月7日
連載期間
約1ヵ月7日