5 未来は二択を迫られている
「ヒーローになった気分はどうだ。さぞかし良い気分だろう」
ライトカオスチャオが愚痴を吐く。未来は体育座りで"チャオ・ウォーカー"を眺めながら、聞き流していた。
「お前たちはチャオのことを尊い犠牲と、それも平気な顔で言う。いや、人間は自分たちを守るだけで精一杯の下等生物だものな。ある意味当然と言える」
未来は一人になりたかった。しかし現実はそうさせてくれない。みんなが未来を見ていた。みんなが未来を責めていた。
尊い犠牲。本当にそうだろうか。未来はどうしてもそうは思えないのだ。犠牲に尊さはないと感じている。深い、心の奥底に突き刺さっている何か。それが未来を縛り付ける。
罪悪感が心の奥の深いところから消えてくれない。
「一生そのまま縮こまっていればいいのさ。人間なんて、どうせ何も出来やしないんだ」
「うるさいよ」
感情に任せて言った言葉だった。ライトカオスチャオはこれ幸いとばかりに捲し立てる。
「お前には罪悪感がないのか? だからお前たちは下等生物なんだ。頭も悪い、能力もない、そして情もないと来た。やはり犠牲になるべきなのは人間だよ」
「じゃあそうしろよ」
声は返って来なかった。そう出来るのならそうしているのだ。恐らく彼も、未来自身も。
ところがその方法がない。
だから仕方がない。仕方なくそうしている。"チャオ・ウォーカー"の搭乗者になったことだってそうだ。偶然、自分が選ばれて、だから乗っている。
仕方なく。
未来は誰も自分を責める資格を持たないと思った。未来は人類を、世界を守ってやっている立場なのだ。
「お前たちが死ねばよかったんだ」
そう言って、ライトカオスチャオは立ち去る。未来は溜息の一つさえ出なかった。当然である。一人にして欲しいのだ。
居場所がなかった。あの斎藤朱美でさえ未来に話しかけない。環境が未来を雁字搦めにしている。心がちくちくと痛んだ。これでもう彼女と話すことはないだろう。
短い恋だったと未来は思って、寂しくなる。本心では完全に割り切れていないのを自覚しているのだ。
ふと後ろを見る。
メガネをかけた猫背の少年がいた。
「末森さん、体調は万全ですか」
「え、はい。大丈夫ですけど」
「そうですか」
少年はコンピューターを"チャオ・ウォーカー"に接続して、未来には理解の出来ないことをし始める。
「何をしてるんですか?」
「"チャオ・ウォーカー"の原動力はチャオの生命力です。転生を無限に繰り返すことのできるチャオの生命エネルギーはまさに無限。魂の力、そう言い換えてもいいでしょう。しかしそれを引き出すのが難しいのです」
早口で捲し立てられ、未来は困惑の後にようやく返答をもらっていないことを気が付いた。
「それで、何をしてるんですか?」
「新兵器の開発です」
未来には目もくれず、少年はコンピューターとにらめっこをする。
「魂の力を引き出すのは難しい。チャオにとっての生命力とはすなわち愛です。愛を与えられれば無限の生命力を発揮できる。愛でなくとも強い思いならばいいのです。"チャオ・ウォーカー"はチャオにその擬似的な強い感情を与えることで生命力を発揮させてその一部から生命力全体に繋がるパイプを作り出しているのですが、そのせいでどうしてもチャオを消費してしまう」
話の半分も理解できなかった。
「つまり。チャオの生命力を失わないためには延々と強い思いを与え続けなければならないのですがこれがなかなか難しい。そこで心と心を接続する機構を作れば果たして可能なのではないかと考えたのです。チャオを犠牲にするのは吝かですからね」
「そうですか」
これ以上の会話は無駄だと判断して、未来は会話を途切らせた。
長い静寂。接点がないのだから当然だった。むしろ今の未来にとって、彼のような態度はとてもありがたかった。
どこに行っても、どこに居ても、未来は時の人だ。
"チャオ・ウォーカー"のパイロット。平気でチャオを犠牲にしている残虐非道な人。まるで悪魔みたい。少なくとも人間じゃない。気味が悪い。何とも思わないのか。化け物。
仕方なく守っているのに。
未来は腕に頭をうずめた。
チャオを犠牲にする。どんどんチャオはいなくなる。誰もかれも、自分のチャオは可愛いけれど、自分自身はもっと可愛い。人を犠牲にするよりチャオを犠牲にした方が良いと思ってはいても、当事者ではないから、いつまでも他人事のままだ。
その中で、未来は安全な場所にいる。
最も安全な場所だ。
「朝から学校サボって、何をしてるんだい?」
"ヒーローチャオ・ウォーカー"に寄りかかって、ゼラは微笑んだ。普段と変わらない様子に未来は安心を覚える。
やはり、昨日の彼女は何かの間違いだったのだ。そう思わせてくれる微笑みだった。
「別に。ちょっと居づらかっただけだよ」
「奇遇だね。僕もさ。人気者は辛いね」
ゼラは憂いのある表情をした。
「今までチャオがいなくなることなんてほとんど気にもしてなかったのに、いざ事が公になると鬼の首を取ったみたいになる」
未来は共感する。噂の時点ではまだ仕方ないと言っていた人ですら、いまや未来を爪弾きにしている。
本当のところ、チャオを失うことを本気で怒っていたのは、彼女だけだったのかもしれない。
「僕はそういう人が嫌いなんだ。君はどうだい?」
「嫌いじゃないけど、好きじゃないな」
チャオを犠牲にすることに何の気持ちも抱かない人でなし。未来でさえその扱いなのだから、ゼラはもっと酷いだろう。
なにせ昨日の騒動は全国中継されていたのだ。ゼラの冷徹で冷酷なあの名演技を知らない人はいない。
誰も怖がって近寄ってこない。邪険にされている。そんなところだろうと未来は思った。
「人っていうのは相対的なものなんだ」
ゼラは嫌そうな顔をする。
「そうじゃない人がいるから、自分はこうだ。そういう人がいるから、自分はこうじゃない。本音を言えばね、僕はチャオが犠牲になろうが人が犠牲になろうが知ったことじゃないんだよ」
だけど、と彼女は続けた。目は普段の彼女と違っていたが、口元が微笑んでいた。
「君は違うだろう?」
「そう、なのかな。確かに嫌だけど」
「まあ、このように異なる思想があってこそ互いの思いが確実なものになる。それは当然だ。でもみんなそれしかない。うんざりするよ」
どうにかすることができない現実。
チャオの犠牲。"サイボーグ"。みんなの気持ち。自分の気持ち。誰かの気持ち。
全てが欲しいと思った。
全て叶えばいいのにと思った。
そうならないことを分かっていながら。
「欲張り過ぎなのかな」
「僕は悪いとは思わないさ。夢は多ければ多いほどいい」
「夢?」
未来はゼラの表現に違和感を覚えた。夢というと、なんだか違う感じがするのだ。これは夢ではなく、単なる願望である。
それを伝えるとゼラは首を横に振って、肩をすくめた。
「願い、希望、夢。言い方が違うだけで全部同じさ。dreamだよ」
「お前は海外の生まれだから分からないだろうけど、人の夢って書いて儚いって読むんだよ。今、思ってても、明日になったら全部消えちゃうんだ」
返事はない。ゼラは思案顔をしていた。何かを考えている。
未来は色々なことを考えた。
恵夢のこと。彼女と復縁するのは難しいだろう。自分は"チャオ・ウォーカー"のパイロットで、彼女は誰よりもチャオが好きな女の子だ。チャオが犠牲になることを受け入れられるはずがない。
みんなのこと。他人事でなくなった途端、態度をがらりと変える。とても変だと感じた。
チャオのこと。人の都合で犠牲になっている。しかしそれを見過ごすことしか出来ない自分がいる。チャオを尊い犠牲などとは呼べない。
どうにかしなくちゃいけない。けれどどうにもできない。
ふと。
未来は思う。
「なんで、僕がどうにかしなきゃいけないんだ?」
チャオを犠牲にしたくないのなら、したくない人たちで何とかすればいいのだ。
守ってもらっている立場で、偉そうに、と思った。同時にそんな自分を強く嫌悪した。
未来は自分に違和感を覚える。
"チャオ・ウォーカー"に乗ってから、なぜか心が晴れやかになる時がない。
心にどんよりと雲がかかっている。重たくて、哀しい。寂しい。すごく動きづらいように感じている。
レールを避けて、自由に生きているはずだ。
けれど、未来は何かをするたびに鎖が自分を制限している気がして、たまらなくなった。
「末森さん、あの子を拒絶しないであげてください」
唐突に話しだす少年。未来は驚いた。
「ライトカオスチャオです」
なるほど、ライトカオスチャオの態度の悪さはお墨付きであるらしい。
少年はコンピューターとにらめっこをしたまま続ける。
「あの子の主人は、あの子を捨てて去って行きました。だからあの子は人が嫌いなのです。信じられない。あの子の主人は、あの子に愛を与えずに去って行ったのですから、当然なのでしょうね」
未来は同情できなかった。それに何か変だとも感じる。うまく言葉には出来なかった。しかし矛盾がある。それに気付けない。
「いや、違うか」
ぼそりとゼラが呟いた。
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未来はチャオガーデンに来ていた。
今回は特別な任務があったわけではない。行く場所がなかったから、ここに来たのだ。
授業中は人がいないから。
チャオガーデンはそういった意味ではとてもいい場所である。
見渡すかぎり一面のチャオ。緑色を埋め尽くすほどに散らばるチャオたち。未来はこの子たちを犠牲にするなんて考えられなかった。
可愛らしい生き物だと思う。
ほとんどの場合、ペットを食用として扱うことはない。
食用ではないが、同じようなものだ。
人が犠牲になればいいんだ、と思った。
かと思えば人には転生のエネルギーがないのだ。転生も出来ず、人として死を全うすることもなかなか、かなわないような未完成の生物。
人は犠牲にしても意味がなく、チャオは非常に効率的で、効果的。理屈ではいくらでも理解することが出来た。けれど、感情は言うことを聞かない。
ところが、それは自分が、自分自身を「いい人」だと思い込みたいからだ。
自分で自分を否定したくないから、チャオを犠牲にしていることに対して遺憾を覚えているような振りをして、その実なにもしない。なにかしようなんて思ってもみない。
茶番を演じている。その自分に酔っている。おかしなものだ、と未来は思った。
チャオガーデンは様々な色で彩られている。チャオガーデンの緑は埋め尽くされ、声が溢れんばかりに聞こえて来る。
その中に、一人、少女の姿があった。
黒髪の少女である。それは長く麗しく、流れるような美しさを放っている。その少女の名前を庭瀬恵夢という。
目があって、未来から逸らした。
未来はすっかり消沈してしまった気のままで、彼女を直視できなかったのだ。
すると唐突に、恵夢はずんずんと未来に向かって行って、頭をさげる。
「ごめんなさい!」
呆気を取られた未来に返事は出来なかった。彼女はチャオのことを話すときと同じように、早口に捲し立てる。
「私、チャオのことになると気が動転しちゃって、本当にごめんなさい。末森くんは何も悪くないんだよね」
しかし、その言葉が未来の脳裏に幾度となく反響する。
末森くんは何も悪くない。
未来にはそう言い切るだけの理由がなかった。そう言えるだけの言葉がない。未来は俯いた。
「末森くんも、チャオがいなくなるなんて、嫌なんだよね」
「僕は」
続けることが出来ない。
チャオがいなくなることを、確かに自分は嫌だと思っている。反面、チャオを犠牲にすることを受け入れ始めてもいるのだ。
他に方法がないのならそうするしかない。
そしてそれは誰もが受け入れなければならないことで、受け入れられないのなら、人は滅んでしまうのだから。
「僕は、嫌だと、思ってるのかな」
彼女の腕に抱かれるラインハット。彼女がラインハットを失えば、彼女はショックを受けるだろう。未来を恨むかもしれない。しかし、チャオを犠牲にするということは、そうなる可能性があるということだ。
ちゃんと彼女は分かっているのだろうか。
自分のチャオも、いなくなってしまうことがあるのだということを。
「あのね、ラインハット、人見知りする子なんだけど」
恵夢は言い淀まない。
「末森くんには、気兼ねがないっていうか、私といるときとあまり変わらないんだ。だから末森くんは」
警報の音が声をかき消す。
チャオがざわめいた。
チャオガーデンがざわめいた。
未来は二択を迫られている。
行って人を救うか。
行かないでチャオを救うか。
そして、未来にとって、チャオはそれほど大切なものではなかった。
「ごめん、行かなきゃいけないんだ」
「ちゃおー!」
ラインハットが右手を挙げる。恵夢がそれを見て、にっこりと笑った。
「気をつけてねって、ラインハットが」
どこか子供っぽい笑みに、未来は安堵を覚え、同時に恐ろしくなる。
期待に答えられるだけの力を、自分は持っているのだろうか。
チャオを犠牲にすることに、未来は直接関与しているわけではない。"チャオ・ウォーカー"というものを通し、間接的に関与しているのだ。
どうしようもないことなのだ。
それを、彼女はちゃんと分かっているのだろうか。
未来には自信がない。
自信が、ない。
恋心が曇るほど自分が消耗していることに、未来は気が付かない。
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「第一共同学園上空だ。既に"ヒーローチャオ・ウォーカー"には出てもらっている」
パストールが答えて、未来は"チャオ・ウォーカー"の細長い頭の中に乗り込む。
難しいことは考えていたって、仕方がないのだ。全ては仕方がない。そうやって受け入れて行くことしか出来ない。
未来は操縦桿を握る。
「未来くん、今ならまだ間に合う。君は"チャオ・ウォーカー"を降りるべきだ」
パストールの表情は真剣だった。茶化しているふうには見えない。だが、だからこそ未来にはパストールの本心が見えなかった。
未来がここで降りたとして、一体何がどう変わるというのだろう。彼は自らの罪悪感を解放するために良い人間のふりをしているだけではないか。
次第に重くなる自分の心にうんざりして、未来は首を横に振る。
「もう間に合いませんよ」
「だがな、未来くん。君のような優しい子がそれに乗るべきでは」
「なに言ってるんです、パストール。彼が乗ると言っているのです。中途半端な優しさは彼に対する侮辱ですよ」
下卑た笑みがモニターに映って、未来はそっぽを向いた。内津孝蔵は大仰な仕草で呆れを表し、チャオのセットを進める。
「まだ言うか内津孝蔵。私はただ彼の命が惜しいだけだ」
「それは結構。じゃ、チャオの命は惜しくないってことだね」
未来は顔を声のもとへ向けた。
モニター越しに映るライトカオスチャオの目が、一瞬、未来と合ったような気がする。
「そういうわけではない」
パストールが否定するが、ライトカオスチャオは聞く耳を持たない。
「そこに乗ってるヤツも死ねばいいんだよ。チャオが犠牲になってるのに、人が犠牲にならないのはおかしいだろ」
沈黙が場を支配した。
不公平だ。ライトカオスチャオはそう言っている。しかしながらこの世界は不思議と人の為に出来ているのだ。神は人に転生という能力を与えなかったし、チャオには与えた。
見方を変えれば、不公平だと言いたくなるのは人の方かもしれない。
それゆえに人では犠牲になりえない。ライトカオスチャオは分かっていない。チャオが犠牲になるのは必然で、当然の帰結であって。
どうにか出来ることでも、どうにかするようなことでもないのだ。
「機能正常。ニュートラルオヨギタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
"チャオ・ウォーカー"の暗いコクピットの内部に光が灯される。
その、灯された瞬間だった。
未来は何か、不穏なものを感じ取った。心がざわめいている。痛む。曇っていただけの心に、雨が降っている。冷たいもの。体中を駆け巡る冷たいもの。
声。
うめき声。呪いの声。未来は恐怖し、どうしてか悲しくなった。
不安をかき消すために、未来は"チャオ・ウォーカー"を走らせる。今までよりもスピードは出ない。ヒコウタイプでも、ハシリタイプでもないという証だろう。
地上へ出ると同時、"サイボーグ"の赤い眼光が見えた。
未来は驚く。
"サイボーグ"の姿が変わっていた。今までは機械の寄せ集めで、辛うじて獣のような形を取っているだけだった。ところが今は違っている。
人のような。
人に似た。
機械で造られた、巨大な人の形をしている。
「聞こえるか! こいつ、前よりも!」
ゼラの声が聞こえて、未来は一拍、反応が遅れた。目の前に"サイボーグ"の青白い光線が迫っている。飛行して回避。
遙か後方で爆発が起こった。未来は焦りを覚える。
"サイボーグ"は進化しているのだ。
"チャオ・ウォーカー"が空中を駆け、"サイボーグ"に突進を仕掛ける。空を自由に飛び、"サイボーグ"は"チャオ・ウォーカー"から逃げる。
その背部に向けて、"チャオ・ウォーカー"は右腕からレーザーを放った。
「ナンデ?」
「未来っ!!」
目の前に"ヒーローチャオ・ウォーカー"の背部が見える。"サイボーグ"の両手に装備された刃物の攻撃を黄金の光で防いでいるのだ。
現状を把握するまでに、しばらくの時間が必要だった。未来がようやく正気に戻ったとき、"サイボーグ"は赤い光線をその両手に集中させていた。
「未来! 大丈夫か! おい!」
「あ、ああ」
赤い光線が向かって来る。未来は半ば本能的に、それを発動した。
黄色の光が"ヒーローチャオ・ウォーカー"と"チャオ・ウォーカー"を包み、赤い光線を防いでいる。黄色の光。未来は自覚した。オヨギタイプの特性。それがこの黄色の光である。
"チャオ・ウォーカー"は光の壁を展開したまま、赤い光線を突き破って行く。
「コタエテヨ」
今度こそ、未来は視界が真っ暗になって行くのを感じ取った。
どこかから声が聞こえている。誰かの声が。哀しい声だった。悲痛な叫びだった。その感情が未来の心に、直接入り込んで来る。
"サイボーグ"は赤い光線を止めると、大きな鋼の翼を広げ、飛翔した。"ヒーローチャオ・ウォーカー"のレーザーを避けながら、青白い光線で迎撃している。
回避行動。
迎撃行動。
そう、"サイボーグ"は確かに知能を付けていた。
「ドウシテナノ?」
無機質な声。未来は操縦桿を握り締める。
「未来! どうした! 返事をしろ!」
意識が朦朧としている。
何かに乗っ取られるような、錯覚がする。
未来は死にたくない一心で歯を食いしばった。
「そんなの、知るか!!」
"チャオ・ウォーカー"が"サイボーグ"の進む先に廻り込む。右腕を構え、レーザーを放った。"サイボーグ"は下降して回避する。もう一度、未来はレーザーを撃とうと思った。
しかし撃てない。
"サイボーグ"は地上を背にしていた。街を背に立っている。
それはつまり、"サイボーグ"はレーザーによる攻撃では倒せないということを意味するのだ。
「未来、僕があいつの背後を取る! 挟み撃ちを、」
「ヤメテ、ヤメテヨ――」
未来には"サイボーグ"が赤い光線を放つ光景が見えた。その赤い光線が"ヒーローチャオ・ウォーカー"を貫くのが見えた。
だから未来は、半ば本能的に、レーザーを撃つ。
予期せぬ攻撃だったのか、"サイボーグ"は一拍、回避行動が遅れた。その左胸部をレーザーが貫き、地上に着弾する。
爆発音が響き渡った。
地上が燃えている。
"サイボーグ"の機械の残骸が、はらはらと散っている。
「未来、君は」
虚ろな目で、未来は綺麗に燃え盛る地上を見た。
赤い炎が広がっていく。
全てを焼き尽くしながら、広がり続ける。
逃げ惑う米粒のような人々が見える。
「僕、僕……僕にどうしろっていうんだよ」
胸の奥には、未だにあの悲痛な叫び声が響き続けていた。
「ボクヲ、タスケテ」
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僕が入院してから、早くも一週間が経って、僕は退院することになった。
みんなが僕を祝福していた。慰め、励ましていた。けれども僕はみんなのことをこれっぽっちも見てはいなかった。
レールはまだ見えている。
僕はそのレールを、わざと外して歩く。
レールは病院の自室へ続いていた。僕は反対方向へ進んで行く。
これからずっとこうやって生きて行く。
もう、誰かに歩かされるのは真っ平御免だ。
だって、そうだろ?
このレールを辿っても頼っても、結局、あの女の人は助からなかったんだ。
僕は反対方向へ真っ直ぐ進む。
そこで、僕は。
コドモのピュアチャオと出会った。