4 他に方法がないから
「素晴らしい成績ですね、末森くん」
末森未来が"サイボーグ"対策本部に来てから、一週間が経とうとしていた。
その間も"サイボーグ"は襲来し続ける。無慈悲に、無作為に。その度に"チャオ・ウォーカー"は起動する。少しずつ、チャオが消えて行く。未来はそれを受け入れ始めていた。
彼が自分の評価を聞いたのは、いつものように"サイボーグ"の迎撃にあたった後、本部に繋がる専用地下通路を通って帰って来た時だ。
自分が評価されている言葉を聞いて、嬉しくないわけではなかった。自分の実力が評価されるのは嬉しい。
だが、胸を張って喜べるかというとそうではない。
"サイボーグ"の数も次第に増えつつあった。
「油断は出来ないと思います。今日だってゼラの助けがなかったら」
「実際に戦績を上げているのは君だよ、未来くん。誇るべきことだ。過小評価は身を滅ぼす」
パストール。癖のある金髪、それが彼に対する未来の印象だ。彼は些末なことだろうと、未来やゼラを気遣う。優しい人なのだと未来は感じた。
青い瞳が未来を矯めつ眇めつ見る。未来は自分の心の動きまで見透かされているような気がした。
「ハシリタイプの速度にはもう慣れたようだ。君は本当に才能がある」
「はは、パス、それ以上彼を苛めないであげてくれよ。彼は褒められることに慣れてないんだ」
ゼラがフォローする。事実を言うと、褒められることに慣れていないというのは間違いである。とっさに出たゼラの誤魔化しなのだろう。
単純に未来がパストールを苦手としているだけだ。
パストールが整った顔を歪ませて失笑する。しかし悪い感じはしない。
「おっといけない。つい子供に対しては同じようにしてしまう。子供だからというのは、そうだ、君のような人には失礼だな。謝るよ、未来くん」
「い、いえ」
素直だ。率直である。自分の心をありのままにさらけ出している。未来はそう感じる。
思えば未来のパストールに対する苦手意識はこういうところから来ているのだろう。
自分の感情にどこまでも真摯。未来とは違う人間なのだ。それをひしひしと感じてしまう。だから苦手。
「それはそうと、ひとつ頼まれごとをしてくれないかな」
断る理由がなかった。
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チャオガーデンのニュートラルのヒコウチャオを回収することが未来の頼まれごとである。
未来の傍を陽気に、快活に歩くゼラを意識して、未来は心がどんよりと曇るのを感じる。
そうそう容易に割り切れるものではない。罪悪感のことだ。未来は周りの人との差異を明確に理解した。
"サイボーグ"対策本部の面々は、みなチャオを犠牲にすることを受け入れている。それは対立関係にある――と未来は思っている――パストールと内津孝蔵の共通点でもあった。
生きるためには多少の犠牲を厭わない。理屈では分かっていた。頭は堅実なのだ。ところが心の問題となると、そうは行かない。
もし他に方法があるのならそちらを選ぶはずだ。
エレベーターに乗って、チャオガーデンへの階層を選ぶ。七階だ。第一共同学園の七、八階はチャオガーデンとなっている。
チャオと人が、共に分かり合って、共に生きていく。その理念は世界中に広まっていたし、事実、未来はそうなっていくのだと信じていた。
しかし現実はどうか。
人は人の為にチャオを犠牲にする。人がいなくなればチャオは生きられない。一部のチャオは人間レベル、いや、人間以上の知能レベルだが、全てのチャオが等しくそうなれるかといえば、そうではない。
学べば言葉を話すことが出来る。絵を描くことも、唄を歌うことも出来る。それは人もチャオも、変わらないはずなのに。
「着いたよ」
踊るようにスキップして楽しさを露にするゼラとは反対に、未来の心は躍らない。
一面にチャオが広がっている。展望モニターには地上の映像が見て取れた。モニターの中。そこにもチャオがたくさんいる。人と、チャオ。二つは変わらない。何も違わない。
「なんだい、せっかく可憐な少女とデートだというに、不景気な顔をしているね」
「僕が不景気な顔なのはいつものことだろ」
未来の家庭は裕福と程遠い。
一面に広がるチャオの一匹一匹を丁寧に見て回る。あるものはミニカーを、あるものはおえかきを、あるものたちは合唱を、またあるものはダンスをしていた。
未来は気分を良くした。
確かに、チャオには魅力がある。
「彼女の気持ちが少し分かった気がするかい?」
ずばりと言い当てられ、否定の言葉が口を衝く。
「そんなんじゃ」
「僕もさ」
そう言い切れるゼラはすごい人だと思った。でも、多分本来の彼女を知らないからそうまで言えるのだとも思った。
未来はこの一週間を回想する。"チャオ・ウォーカー"の搭乗者としての義務が忙しかった。それは事実だ。だが、彼女に話しかける勇気がないのもまた事実である。
未来には自分がチャオを好きなのかどうか分からなかった。
見栄を張った。
生まれてからチャオが欲しいと思ったことなど一度としてない。
周りの人との軋轢を感じさせたチャオの存在が憎いくらいである。
自分ひとりだけチャオを持っていなかったというだけで、未来ははぐれ者だった。
「ほら、いたよ。ヒコウチャオ」
羽の大きい紫色のチャオを指差して、ゼラが笑う。
未来はそのチャオを抱き上げた。
ポヨが「はてなマーク」になる。
このチャオがこれからどうなるかを考えると、未来は哀しく思った。
「確かに君の純粋さは魅力的だと思うけどね、中途半端な同情はやめておくが吉だよ。それは優しさでもなんでもない。愚かさだ」
冷たく、凶器のようなゼラの声を聞いて、どきりとする。
自分は優しい人間であろうとしているのではないか。真実、そうでないにも関わらず、優しい振りをしている。正常で清浄な人間の真似をしているのだ。
そうだ。自分は選んだ。チャオを犠牲にして、人を守る。選択をした。後戻りは出来ない。
「うん。分かってるよ」
言い捨てて、切り捨てる。
その姿を、声を、メガネをかけた猫背の少年が見て、聴いていた。
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「ねえ、風邪でも引いたの?」
翌日の昼休み。未来は斎藤朱美に顔を覗き込まれた。
"サイボーグ"対策本部の権限で上手いこと誤魔化しておく、とは聞いていたが、具体的に何と言い訳しているか知らない未来は、思いつきで答えるわけにも行かず、黙って頷く。
朱美は心配そうな表情を浮かべた。
「気を付けないとだめだよ。今年でもう卒業なんだからね。進学も楽じゃないんだから」
「うん。分かってるよ」
そうだ。分かっているのだ。
"サイボーグ"の襲来がどういった結末を迎えるのかわからない以上、自分は確実に進学するとは言い切れないし、このまま卒業してしまえば彼女とはもう会えなくなる。
未来は教室の一点を見つめる。後ろ姿。かろうじて見える横顔。聖白な肌。繊細な黒髪。眉の先から鼻の先まで通る、美の曲線。何を映すとも分からぬ瞳。眠たそうな瞼がふわふわとまばたくたび、未来の心は躍る。見ているだけで幸せだった。かと言って、ずっとこのままでいいのだろうか。
彼女の抱える水色の生き物に自然と目が吸い寄せられる。
"チャオ・ウォーカー"はチャオを犠牲にして起動し、世界を守っているのだということを、彼女が知ったら。
そして、その"チャオ・ウォーカー"に乗っているのが、自分だということを知られたら。
「そういえばさあ」
未来が暗い顔をしているからか、朱美は誰も座っていない未来の前の席に座って話題を逸らす。
「チャオが行方不明になってる事件って、一ヶ月前くらいから始まったじゃん?」
「う、うん。そうだっけ」
だが、幸か不幸か未来の不安の核心を突いていた。
「"チャオ・ウォーカー"が出たのも一ヶ月前くらいだよね」
ごくりと生唾を飲み込んで、教室がシンとなったのを感じる。それほどみんなにとって重要なことなのだ。かと思えば他人事のように話す。
しかし今は状況が違っていた。"サイボーグ"が身近に現れたことで、恐怖が現実的なものとして顕(あらわ)れたのだ。
朱美が続ける。
「あたしさ、"チャオ・ウォーカー"が出るたんびに、チャオが消えて行ってるような気がするんだけど」
そうだ。何も気付くのは自分だけではない。誰か他の人が気付いてもおかしくないのだ。
教室に嫌な空気が流れているのを感じて、朱美はから笑いをした。
だが、未来はただの噂だと高を括っていた。根も葉も無い噂だと。真実として気付かれるには至らないと。そう思っていた。
それが起こったのは、更に翌日のことである。
その日、未来は"チャオ・ウォーカー"の出撃を終えて、昼休みにこっそりと遅刻して来た。"サイボーグ"は日々増えている。用心しなければと考えていた。
教室の様子がおかしいことにはすぐに気が付いた。自分が入って来たからだと最初は思っていたが、どうにも違うようだった。
庭瀬恵夢が机に顔を伏せている。ラインハットが心配してその髪を撫でていた。
「おはよ。また遅刻? やる気あんのか、受験生」
明るい挨拶をして来た朱美に、すぐさま未来は喰らいつく。
「何かあったのか?」
「え? あ、うん」
言葉を濁している。何かあった。それは間違いがない。未来は朱美がこっそり教室の後ろを見たのを見逃さなかった。
張り紙がしてある。
歩いて見に行くと、何かの雑誌の一ページであることが分かる。
"チャオ・ウォーカー"はチャオを動力源として動いている。大きな見出し記事だった。どこから流出したのか。未来には分からなかった。
他にも、"チャオ・ウォーカー"が現れた日付とチャオが行方不明になったとされる日付が照合してある。
「テレビにも出ちゃったみたいで、それで噂になってさ」
朱美が未来の隣まで来て、言いづらそうに言葉を紡いでいた。
「それで、中川さんが『仕方ない』って。チャオがいなくなってみんな守られてるんだから、仕方ないって言って、それで庭瀬さんが」
「仕方なくなんかない」
恵夢だ。恵夢の声である。彼女はこちらにその綺麗な瞳を向けていた。いつもなら高鳴るはずの心も、今回ばかりは萎れている。
未来は歯を食いしばった。
何も喋ってはいけない。
「チャオがいなくなってるのに、どうしてそんなこと言えるの? みんな、自分のチャオがいなくなってもいいの?」
その通りだ。けれど今の未来はその言葉を単純に受け入れられなかった。
当事者だからだ。チャオを犠牲にしている張本人だから。まるで自分が責められているように感じる。事実、自分は責められるべきなのだ。
「みんな他人事すぎるよ! こんなこと! こんなこと、許していいわけ、ないじゃない!」
「でも、多少の犠牲は仕方がないよ」
驚く。自分の声に、自分自身の言葉に驚いて、はっとする。
何も言うつもりはなかったのだ。当事者だから。いや、自分の迷いをさらけ出すことになるから。しかし言ってしまった。完全な自己弁護だった。
恵夢が呆気を取られたような表情をする。
未来は慌てて取り繕った。
「本心から言ってるわけじゃない、けど、けどさ」
一瞬だった。
未来が俯いているうちに、恵夢はずんずんと未来に向かって歩いていく。
その頬に、恵夢は平手打ちをした。
その目いっぱいに、涙をためて。
「末森くんがそんな人だなんて、思わなかった」
「だけど!」
「大っきらい!」
警報が鳴る。
誰かがシャープペンシルを落とす。音はそれだけだった。警報と落下音。
チャオが行方不明になることは他人事だとしても、"サイボーグ"は他人事ではない。
未来は覚束ない足取りでその場から去って行く。
"チャオ・ウォーカー"のパイロットは、誰あろう、末森未来なのだ。
"サイボーグ"が現れれば、向かって、倒さなくてはいけない。
世界を守るために。
そのために必要なだけだ。
尊い犠牲が。
チャオの存在が。
他に方法がないから。
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「やあ、浮かない顔をしているね」
「"サイボーグ"はどこに出たんですか?」
爽やかなほほえみを見せて"ヒーローチャオ・ウォーカー"に乗り込むゼラに会釈をして、未来は尋ねた。
そこには内津孝蔵がいる。大きな機械を弄繰り回し、そのモニター上に"サイボーグ"の位置情報を表示させる。
「第一共同学園に向かって来ているようですねえ」
「"チャオ・ウォーカー"の居場所を探り当てた。知恵を付けているのだな。なるほど、"サイボーグ"は進化するということか」
パストールの言葉に下劣な笑い方をする孝蔵。
「ふふ、知能を持つ機械というのも中々趣きのある。ああ、末森くん、今回は待機で構いません」
"チャオ・ウォーカー"に乗り込む準備をしていた未来は機体の腕に手をかけて、ぴたりと止まる。
「秘匿情報が漏れてしまいましたからね」
孝蔵の視線の先には、メガネをかけた猫背の少年の姿があった。つまらなさそうに機械とにらめっこをしている。
その秘匿情報がなんなのか、未来にはすぐに察しがついた。チャオ行方不明事件の真相のことだ。
「お国もこちらの秘密の多さに辟易しているのでしょう。要は信用できないからという建前で、技術提供を強制しているのですよ」
「どうして待機なんです?」
たまらなくなって、未来は尋ねる。すると孝蔵は更に下劣な笑みを濃くした。
「あちら側は"サイボーグ"に対して有効的な攻撃手段がありません。したがって我々を頼らざるをえない。誰が世界を守っているのか、ここではっきりさせておかなくてはね」
未来はぞっとした。
内津孝蔵は我を通す為に不貞腐れて見せているのだ。国に力がない以上、"サイボーグ"対策本部の"チャオ・ウォーカー"が頼みの綱である。それを交渉材料に使おうというのだった。
民間人に犠牲が出るかもしれない。しかし孝蔵には何か企みがあるのだと未来は思った。
そもそも"サイボーグ"が何なのか、まるで分かっていない。なぜ"サイボーグ"がこの国の第一共同学園周辺に出現するのか、何も分からない状態なのだ。
そのことが国に知られれば、能力不足の烙印を押されかねないのではないか。それが嫌なのかもしれないと未来は考える。
「本部長、GUNから通信が」
「繋いでください」
モニターにSOUND ONLYと表示される。右上に録音中を示すマークが見える。ノイズの後に声が聞こえた。野太い声だ。
「内津孝蔵! これはどういうことだ! さっさと例の兵器を出せ!」
「それは出来ませんねえ」
孝蔵は交渉を始める。勝算の高い、勝算しかない交渉だった。
野太い声の主は混乱する。
「気でも狂ったか、内津孝蔵!」
「元々です。しかし司令、我々は自由を求めている。GUNとの共同開発などもってのほか!」
ひどい音が聞こえた。ざざ、とノイズが入る。向こう側で何かが起こっているのだ。
「相も変わらず回りくどい!」
「お互い様というものでしょう。我々は技術提供をしない。国は我々の研究に干渉をしない。これを約束するだけで世界は安泰なのです。悪い条件とは思えませんがね、司令?」
間があく。
未来は向こう側の人間に共感していた。本部長がこのような人間では信用できたものではない。むしろ謀反を疑う。"サイボーグ"を破壊することが出来るということは、"チャオ・ウォーカー"の方が単純に強いのだ。
"チャオ・ウォーカー"の方が強いということは、"サイボーグ"の代わりになることができるということである。
GUNは"サイボーグ"に対して有効的な攻撃手段を持たない。
あとは簡単なことだ。
国は疑っている。
内津孝蔵が、ひいては"サイボーグ"対策本部が国を揺るがす存在になるのではないかと。
「仕方あるまい。いいだろう! 我々GUNは"サイボーグ"対策本部に対して一切の干渉をしない! これで満足か、内津孝蔵!」
「よく出来ました。"チャオ・ウォーカー"出撃して下さい」
ゼラが即座に乗り込む。ならって、未来も乗り込んだ。いずれにせよ、"サイボーグ"対策本部が国を揺るがす存在になったとして、"チャオ・ウォーカー"の搭乗者は未来当人である。
何も悩む必要はない。自分は絶対の力を持っている。誰も勝てず、誰にも屈さない。世界を守っている、正義のヒーローなのだ。
チャオはその尊い犠牲。
たったそれだけだ。
「機能正常。ニュートラルヒコウタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
地下通路を駆ける。光が見えて、地上へ飛び出した途端、未来はぐらりと視界がゆがむのを感じた。
正確には歪んだのではない。"チャオ・ウォーカー"の反応速度が上昇している。飛行速度も上昇していた。
未来は視界に"サイボーグ"の一機を捉える。
「そっちの一機は任せたよ。僕はこっちの方をやる」
「分かった」
"サイボーグ"が"チャオ・ウォーカー"を認識する。紫色の光を帯びながら、"チャオ・ウォーカー"は飛行した。かつてより速さは劣るが、その分、飛行性能と機体反応の速度が急激に上がっている。
"サイボーグ"の肩から青白い光線が放射されると同時、"チャオ・ウォーカー"は上昇して回避した。そのまま急速下降し、右腕で"サイボーグ"の首のあたりを掴んで、急速上昇する。
そらへ。
地上が粒のようになった瞬間、"チャオ・ウォーカー"の砲口からレーザーを発射する。"サイボーグ"は機能を停止し、機械の破片となって、粉々に空中を舞う。
「ドウシテ?」
未来は違和感を覚えた。何か伝わって来る。何かを感じている。それを未来は教室での出来事のせいだと思った。
通信回線がオンになっているのを確認してから報告する。
「終わったよ」
「こっちもだ」
"ヒーローチャオ・ウォーカー"が"チャオ・ウォーカー"と並び立ち、地上へ降りる。
適当な広い道路に降り立った途端、未来は異変を感じた。GUNが"チャオ・ウォーカー"二機を包囲しているのだ。武装した集団である。戦車である。ヘリコプターに機関銃が装着されてあった。
もしやと思って、未来は本部通信に切り替えようとしたが、ノイズが入ってしまっている。
そうして、理解する。
「"チャオ・ウォーカー"二機へ告ぐ! パイロットは今すぐ"チャオ・ウォーカー"から降り、武器を捨てて投降せよ!」
一瞬迷った未来だったが、ゼラが簡単に降りていくのを見て、それにならった。
コクピットハッチが開いて、GUNに対する恐怖までもが鮮明とする。いつものように腕を伝って降りると、誰かがGUNの集団の中から歩いて来るのが見えた。
「動くな!」
未来は誰が言ったのか、分からなかった。普段耳にする声とはあまりにも異なっていたからだ。ゼラは左手をあげている。高く、見せつけるように。同時に"ヒーローチャオ・ウォーカー"の左腕も高くあがる。
歩いて来た誰かは立ち止まった。臆したのだ。どうやら戦力差は分かっているようだった。未来は安堵する。
「こういうことさ。あなた方に不自然な動きがあった場合、僕はこれを殲滅に使用する。無駄な犠牲は出したくないのでね、出来れば穏便にことを運んでいただけると助かるよ」
内心、恐怖におののいていた未来は、ゼラの臆面もない態度に尊敬の念を禁じ得なかった。
ところが得体のしれない兵器に恐怖しているのは、未来だけではない。歩いて来た誰かは唐突に叫びだした。
「君たちのような学生が、なぜこのような! 何をしているのか分かっているのか! おとなしくそれをこちらへ渡せ!」
「僕はあなたのような人間が一番嫌いだ」
冷たい、刃物のような声だった。未来はふっとゼラを見てしまう。普段の爽やかな雰囲気はどこにもなかった。
冷酷。冷徹。人でも殺すような人に見えて、未来は目を逸らす。
ゼラは続けた。
「年齢によって人に優劣をつけるのは構わない。判断能力のなさを疑うのは構わない。認めよう、僕は子供だ。だがあなた方はどうか。その子供に銃を向けている愚鈍な連中だ」
「貴様、誰に向かって!」
「聞こえないのか、老害? いつまで銃を向けているつもりだと言っているんだ!」
"ヒーローチャオ・ウォーカー"の放熱板が開く。黄金の光の力場を発生させる機構だ。未来はそれをよく見知っている。
GUNの集団がざわめく。
いや、もはやそんなことは気にもならない。未来はゼラの豹変ぶりに圧倒され、ただ驚嘆していた。隣を微笑んでいたゼラとは違う誰か。そういう印象を受けてしまう。
ぱち、ぱちとその張り詰めた空気を壊す拍手が聞こえた。
「ありがとうございます、ゼラフィーネさん。名演技でしたよ」
「いえ」
内津孝蔵の姿を見て、さっと左手をおろすゼラ。未来は自分だけが別世界に来てしまったふうに感じた。
歩いて来た男の表情が歪む。
孝蔵は未来たちの元へ歩きながら、音声データを再生させる。音声データは右手に持った小型のスピーカーから発されていた。
『我々GUNは"サイボーグ"対策本部に対して一切の干渉をしない! これで満足か、内津孝蔵!』
「司令、これはどういうことでしょう。よもや約束を違えるおつもりですか?」
「貴様ら、"サイボーグ"対策本部は下衆ぞろいか! 私は知っているぞ! その"チャオ・ウォーカー"はチャオを使用して起動している! そのような外道!」
ばつが悪い気がして、未来はうつむいた。
「そうです。非常に涙ぐましい、残念なことです。しかしチャオは事情を知りながら、我々に協力してくれました。自らが世界を守ると。尊い、偉大なる犠牲なのです」
思ってもみないことを語る孝蔵に対し、GUNの司令は憤怒の形相を浮かべる。それを知りながら、分かっていながら、孝蔵は下卑た笑顔で迎えた。
「メディアの方々! 御覧ください! これが我々"サイボーグ"対策本部が誇る最新鋭の兵器、"チャオ・ウォーカー"とそのパイロットです!」
未来はばっと顔をあげた。改めて見ると、集団の中にGUN以外の民間人も紛れている。騒ぎが大きくなっているのだ。
大きなカメラが未来を見ていた。どきりとする。
「よいですか、みなさん! 我々は犠牲となったチャオをけして無駄にはしません! 必ずや彼らに報いるべく、"サイボーグ"を滅してご覧に入れましょう!」
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それが起こったとき、僕は病院にいた。
結局、あの女の人は助からなかった。僕は何も感じられなかった。怒りがあった。
レールに対する怒りだ。
僕を縛り続け、僕を強制し続けるレールに対する怒り。
もうそれには従わない。そう決意した。
僕は自由に生きる。
僕の意志で、僕の力だけで。