2 チャオのこと、好きなの?

 庭瀬恵夢はチャオが大好きである、というのが、末森未来の二年余の研究の成果だ。
 決してストーカー行為に興じていたわけではない。ただ、学校で見かける時、彼女はいつもチャオと一緒にいるのだ。
 極普通のピュアチャオである。ヒーローチャオの、チカラタイプ。それは未来がチャオについても調べた結果だった。
 そもそも未来自身は、チャオに対して興味がない。
 ならばどうして興味のないチャオについて調べたか。
 もしも彼女と話すきっかけがあったとして、彼女の大好きなチャオの話をすることが出来ないのは不利だと考えたからである。
 問題は、どうやって彼女と関わり合いになるか。重大な問題だった。彼女は余り人と話さないのだ。
 だが、未来は諦めかけていた。二年余。彼女のことを見知ってから、二年余りである。その間、ずっと、自分には何も出来なかった。
 勇気が出ないのだ。
 そんなことを考えていたせいか、未来は後頭部をはたかれた。
「不景気な顔して、どったの?」
 斎藤朱美である。未来と朱美とは特別親しいわけではなかった。元々彼女は誰彼なく親しく出来る種類の人間なのだ。友達の少ない未来に世話を焼いているのも、彼女の性格が起因している。
「不景気なのはいつものことだろ」
「もっと楽しそうにしなよ!」
「楽しくないのに何で楽しそうにしなきゃいけないんだよ」
 未来はもっともなことを言ったつもりだったが、朱美は何ともなしに受け流してしまう。
 非常に悪い流れだ。今日こそは庭瀬恵夢と話をしようと思いつつも、いつの間にか二年余り経ってしまった。
 悔恨の念にかられる未来の頭に、朱美はぽんぽんと手をやる。
「寝癖なおして来なさいよ。だらしない」
「僕の寝癖は僕に似て頑固だからなおりにくいんだ」
 そうこうしているうちに、庭瀬恵夢は教室から出て行ってしまった。なんと勿体無いことを。
 しかし未来は反面、安堵していた。話をしたいと思っているが、話をしたくないのだ。自分でも矛盾しているとは思っていた。
 教室が静かになる。もう残っているのはふたりだけだ。
 朱美はもう一度未来の頭をはたいた。
「じゃ、また明日!」
「じゃあね」
 大手を振るうのは彼女の癖である。
 これで再び未来は教室にひとりきりとなった。シン、と静まり返った教室が、嫌に寂しく感じる。ここに通うのはあと一年。それから自分は進学する。
 それほど友達が多い部類ではないので、別れを惜しむ種類の寂しさではなかった。
 二年余りの間、会話のひとつも出来なかった自分に対する後悔が、形を変えて寂しさになっている。未来はそう感じた。
「やあ、今日も待っていてくれたんだね。僕は嬉しいよ、未来くん」
「別に、特に用事がなかったから」
 金髪が異様に目立って見える。彼は優雅な歩き方で未来の隣に立つと、柔和な微笑を浮かべた。
「いつもかい?」
「いつもだよ」
 入学式からの一週間。未来は放課後、毎日彼と話をしていた。正確には話をしているわけではない。一方的に話をされて、未来がそれを聞いて、思ったことを話す。
 そういう関係だ。
 ゼラは机に手をやって腰を掛けると、窓の外を眺めた。いつ、どの角度で、どんな状況で見ても、絵になる美少年である。未来は友達が言っていたことを思い出した。
「そうかな。ま、何にしても嬉しいことには変わりないよ。それで、首尾はどうだったんだい?」
「首尾って、何の?」
 ふわっとゼラの体が未来に近付く。触れるほどに近い距離だが、彼が美「少年」だということを考えると、胸の高鳴りはない。
 すると彼は妖艶な笑みを浮かべた。悪戯心にあふれる笑みだと未来は思った。
「君が彼女を特別視しているのは分かっているよ」
 一瞬、未来はどきりとした。
「何の話?」
「庭瀬恵夢の話さ」
 何か、彼の前でさとられるような行動を取っただろうか。未来には自分が不覚を取ったという記憶がない。
 ゼラは新入生である。教室がかけ離れているし、別の場所で見掛けるとしても、まだ短縮日課だから食堂もあいていない。
 彼はどこでそれを知ったのだろう。未来は睨め付けるような視線を彼に向けた。
「大丈夫さ、他言するつもりはないとも。だけど感心しないな。君ほどの人が何もアクションを起こさないだなんて」
 言葉に詰まる。
 未来が苦い顔をして咳払いした。
「お前の中で僕はどう評価されてるんだよ」
 うまく話題を逸らそうという魂胆であったが、ゼラは何の反応も返さない。
 仕方無しに未来は答えることにした。
「いや、あんまりうまくいってない」
 その言語を聞いて、ゼラは突然腹を抱えて笑い出した。彼が愉快に笑うところを初めて見た未来だったが、恥ずかしさが重なって今ひとつ新鮮味がない。
 それは彼が普段から常に笑っている、ような印象を受けるということも原因の一つなのだろう。
「笑わさせてもらったよ。全く、変な人だね」
「それよりどこで知ったんだ? 僕、そんな素振りは見せてないつもりなんだけど」
「君を見ていれば分かるさ」
 そう言ったゼラの表情が魅惑的で、未来はとっさに目を逸らす。
 ひょういっと腰掛けていた机から飛び降りて、ゼラは教室の出入り口に向かった。
「あまり一人に入れ込むと、いずれ死ぬことになるよ。最も君が死を視ること帰するが如しの精神を抱いているなら、問題ないのだろうがね」
 ぴしゃりとドアが閉められる。
 優雅に去って行った彼の表情に引きつけられ、言葉に呑まれていた。
 彼が言い放った言葉はあまりに現実離れしていて、未来は自分との関係性を疑ってしまう。
 しかし、それを踏まえて尚、重みのある言葉だったのだ。死。かつての世界だったなら、そんなものは何十年も後に考えればよいことだった。現実は違う。
 "サイボーグ"の出現が死を身近にした。それは確かな感じ方だった。誰も気が付かない。誰も気が付こうとしない。うまく隠され、誤魔化されている。
 "チャオ・ウォーカー"によって。
(みんな、まるで他人事だ)
 帰ろうとして鞄を肩に掛ける。唐突にドアがひらいて、自分の視線よりもほんの少し低いところに、ポヨを「びっくりマーク」にしているチャオの姿が見えた。
 未来は彼女と向かい合う。
 彼女がいつも暗そうな表情をしているのは、彼女の目を隠すほどの前髪がそうさせているのだ。誰も分かっていない。気が付こうとしない。
「チャ」
 綿密な計画性に基づいた発言ではなかった。
「チャオのこと、好きなの?」
 とっさに、本当にとっさに出た言葉だったのだ。特に深い意味はなかった。そう未来は自分に弁解する。
 彼女、庭瀬恵夢は普段の彼女からは考えられないような、笑顔を咲かせて、未来の手を取る。
「あなたもチャオのことが好きなの!?」
 驚いて言葉が出なかった。彼女の表情を、目を、初めて近くで見る。
 恵夢は何も言わない未来のことを考えて、一瞬で自分の行動を恥じて、顔を茹で蛸のようにして、飛び退いた。
 何かに急かされて、未来はこくこくと必死に頷く。
 再び、彼女が微笑む。
「そうなんだ。やっぱり。かわいいよね、チャオ」
「そ、そうだね」
「何のチャオが好き? 私、ピュアチャオが一番かわいいと思うの。チャオの原型っていうのかな、まさにチャオって感じがして、いいよね」
「うん、僕は何でも好きかな」
「私もだよ? でね、進化タイプはもちろん何でも好きなんだけど、強いて言うなら、本当に強いてなんだよ? ニュートラルのチカラタイプかなって」
「そ、そうなんだ」
「未来く――」
 彼女の表情がぴしりと固まる。自分のマシンガントークに気が付いたのだろう。正直に話せば、未来も驚いていた。どん引きである。
 だが、チャオが好きだと話す彼女の笑顔は、とても眩しくて、可愛いと思った。
「末森くんは、何のチャオと一緒にいるの?」
「えっと、実は僕、チャオ持ってなくて。その、……親が」
「そうなんだ。残念だね」
 そう言う彼女は心の底から残念そうにしていた。
「あ、この子、ラインハットっていうの。可愛い名前でしょ。触ってもいいんだよ」
 かっこいい名前だと思った。
 恵夢はすっとチャオを差し出すようにしている。未来は驚きつつも、こちらをじっと見るラインハット氏に打ち負け、その頭を優しく撫ぜた。
 しばらくそのまま時間が経つ。ラインハット氏は心地良さそうにしている。それを見て、未来はチャオも悪くないかなと思う。
「もう、ほんと許せないよね」
 唐突に彼女がそう言ったのを聞いて、未来はぎくりとなる。
「チャオ行方不明事件! みんな他人事みたいで頭に来ちゃう。自分のチャオのことなのに。末森くんもそう思うよね」
「う、うん。そう思うよ」
「やっぱり! 私、末森くんとは気が合いそうだなって思ってたんだ!」
「そうなんだ」
「これからもよろしくね、末森くん!」
 すっとラインハット氏が再度差し出される。彼女にとっては、握手のようなものなのだろうか。未来はラインハット氏をもう一度撫ぜた。
 恵夢は終始、にこにこと笑っていた。普段の彼女からは想像もつかない笑顔だった。そうしていた方が良い、と未来は感じる。彼女はもっと笑うべきだ。
 どうして笑わないのだろう。教室の中、一人でいる彼女は、いつも憂鬱そうにしている。
「それで末森くんは何のチャオが、」
 警報が鳴り響く。
 未来は後ろを振り向いて、窓の外を見た。それは瞬時のことだった。直感と言ってもいい。直観。嫌な予感がしたのではない。音が聞こえたのでもない。ただ、振り向いた。
 突風と同時に、窓が破壊される。いや、窓だけではない。教室の一部が壊されている。
 赤い。赤い目が、赤く光る目が未来を貫いていた。機械の塊。獣のようにも、人のようにも見える。自分よりも遙かに大きい。自分を三人ほど重ねれば、このくらいになるのではないかという大きさ。
 "サイボーグ"。
 それは獰猛な機械獣。
 獲物を探す鋼の獣。
 未来は恵夢の手を取って踵を返した。ドアを強引に開けて、走る。
 背後から破壊音が聞こえる。後ろを振り向く余裕はない。
「末森くん、あれって」
「"サイボーグ"だ」
 今までよりも、死というものが身近になった。未来はそう感じていた。そしてそれは正しい。
 恐怖。圧倒的な存在感を放つ、"サイボーグ"に対する恐怖が、レールの向こうへ誘う。この先、どうなるのか。どこへ逃げれば助かるのか。見れば、向こう側を見れば助かるのだろう。
 しかし未来は拒絶した。それは自分の力じゃない。
 もし、レールの向こうを見て、レールの上を歩いたとして、それでもし、自分の望むものが手に入らなかったら、自分はその現実を受け入れられない。
 懸命に走る。大講堂に出る。多少の人の姿が見えて、少し安堵する。"サイボーグ"はまだ追って来ていない。
 否。
 それは希望的観測だった。
 "サイボーグ"が地面を突き破り、真後ろから現れる。
 二体目。
 二体の"サイボーグ"。
 逃げようとして、恵夢の手を取り損ねる。彼女も同時に走ろうとしたせいか、恵夢は足を滑らせて転倒する。"サイボーグ"の眼光が彼女を捉えた。それがほぼ同時。
 未来は恵夢を引っ張り上げて、そのまま飛び退く。"サイボーグ"が眼前を過ぎった。
「未来くん!」
 騒ぎが起こっている。悲鳴が聞こえる。破壊音が聞こえる。二体目の"サイボーグ"が見える。
 その時だった。
 不思議な音。
 不思議な音が聞こえて、"サイボーグ"の一体が飛翔する。
 未来の眼前。
 白い機体。
 "チャオ・ウォーカー"。
 未来は逃げようとして、恵夢を抱き上げ、手をつかむ。
 逃げた先に、"サイボーグ"の姿が降りる。
 三択。
 三択だ。
 伏せるか、右か、左か。"サイボーグ"の右肩に青い光が見えた。左右、どっちでもいい。未来は右横に走る。青白い光線が地面を焼く。
「大丈夫か!」
 軍隊の人が見えた。これで安心だと未来が思っていると、恵夢が叫ぶ。
「あの子が、ラインハットが、」
 未来は恵夢の声で初めて気がついた。"サイボーグ"の足元にピュアチャオが倒れている。ポヨは「ぐるぐるマーク」になっていた。
 体が勝手に動いた。未来は走って、ラインハットを抱き抱える。"サイボーグ"の目が未来を捉え、"チャオ・ウォーカー"がそれに突撃し、未来は危機を脱する。
 走る。
 "サイボーグ"が道を塞ぐ。
 未来はラインハットを思い切り投げた。恵夢が受け取る。
「未来くん!」
 これで単身。未来は生唾を飲み込む。"サイボーグ"が動いた。それを見てから、未来は走ろうとして、地面が揺れる。
 いや、地面が揺れたのではない。地面が抜けたのだ。崩れ落ちる地面とともに、未来は落ちて行く。
 暗い闇の底に。浮遊感が体を包む。
 光を見失う。
 未来は死ぬことを恐怖した。


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 背中に激烈な痛みがはしって、未来は自分が水中に落ちたことを認識した。もがいて、水面に上がる。
 地下水。
 そんなものがあるはずなかった。学校の地下である。もしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも未来は知らないし、聞いたこともない。
 ではここは何か。
 未来は泳いで陸に上がる。背中が痛む。痛むだけで、動くのに支障はない。怪我の具合から考えると、それほど高いところから落ちたわけではないようだ。
 階段をおりて、未来はここが何か、更に分からなくなる。
 明るい部屋だった。
 広大な部屋だった。
 天井が遠い。
 地面が硬い。
 目の前には"チャオ・ウォーカー"に似た、銀色の機体。見たことのない機械群。
 見回す。
 一匹のチャオと目があった。
「え?」
 ライトカオスチャオだ。カオスチャオはこの世界におよそ三十匹ほどしか存在しておらず、非常に珍しい部類に入ると言っていいだろう。
 不老不死のチャオ。全知全能のチャオとも呼ばれていた。カオスチャオは愛を与えられて育ったチャオにのみ発現する。能力も他のチャオの追随を許さない。
 それが、黙って未来を見つめている。
「末森未来くん! よくぞいらっしゃいました!」
 そのライトカオスチャオの背後、ドアが開いて、白衣を着た中年の男が言う。連れられて来た人たちは誰もかれも白衣を着ていた。研究員。そんな印象をうける。
「私、内津孝蔵(うつつこうぞう)と申します。内側の内、津々浦々の津です。"サイボーグ"対策本部の本部長なんですよ」
 "サイボーグ"対策本部。未来はここが何をするための施設なのかを理解した。
 つまり目の前のこれは、"チャオ・ウォーカー"だ。
 心臓の音が聞こえる。緊張が抜けて、更に深まる。
 白髪混じりの髪の毛を弄りながら、内津孝蔵はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。
「今、本部は人員不足でしてね。地上には"サイボーグ"が、三体いるそうです」
「二体でしたけど」
「そうですか」
 未来の指摘を意に介さない。
「彼女が駆る"ヒーローチャオ・ウォーカー"だけでは対抗に難しい。そこで! 都合よく、なんとも都合が良く現れたあなたに! "チャオ・ウォーカー"に乗ってもらいましょう!」
「僕、ですか?」
 ずうん。重たい音が聞こえて、未来は天井を見上げる。蛍光灯が見えるだけだった。しかし分かる。地上では"サイボーグ"が暴れているのだ。
 悩んだのは一瞬だった。自分がこれから受ける苦痛などは考えもしない。そういったことは考えるだけ無駄だと知っているからだ。
 レールは逃げることを、断ることを示すだろう。より安全な道を。自分が、自分一人が生き残るべき道を。
 ところが未来は別の道を選ぶ。
 レールの敷かれた人生。レールの上を歩くだけの人生は、あいにくと大嫌いだった。
「分かりました。僕に出来るなら」
「決まりですね」
 白衣の男達が機械を操作する。"チャオ・ウォーカー"の赤い一つ目が光り輝いた。
 それは、宇宙人のような形をしている。
 エイリアンのような形である。
 人の形を象っているふうに見せてはいるが、似通っているのは全体像だけだ。奇妙な形だと未来は思った。
「なんと驚くべきことに! "チャオ・ウォーカー"は心に反応して動きます! 我々が開発した新技術! COSTによって!」
 未来は早くも内津孝蔵を信頼できそうにない人間として分類した。
「繊細な心の動きに反応し、それをキャプチャーし、機体に対応させるシステムです。深く考える必要はありません! あなたは憎き"サイボーグ"を粉々にすればいい」
 だが話は非常に単純で分かりやすい。要点だけを踏まえて伝えて来る。知能が高い人間なのだ。内津孝蔵という人間は。
 未来は"チャオ・ウォーカー"と対峙する。
 頭でっかちな印象を受ける。細めのシルエットだ。関節は細く、あまり丈夫そうではない。ただ右腕に装着された巨大な大砲だけは、いやに存在感を放っていた。
 背部にはリュックのような鋼鉄の塊が付いている。体中の太いケーブルがそれに繋がっていた。
 "チャオ・ウォーカー"は歪な形をしている。
 歪。
 まさにかつての未来と同じだ。
 ずっと何かに歩かされて来た。そこに自分の意志はなく、自分の望みはなく、自分の力はなかったのだ。
 物心付いたときからレールが見えていた。歩むべき道が。進むべき道が。これから起こるべきことが。しかし未来は全てを拒絶した。いつのことだったろうか。記憶にない。憶えていない。
 "チャオ・ウォーカー"の頭部が開いて、コクピットが露出する。未来は機体の腕部を伝ってそこに乗り込んだ。
 コクピットが閉鎖される。
 何も見えない。
 闇の空間。
 モニターが光をともす。視界が広がる。三百六十度、全てを見回すことが出来る。恐ろしい技術だと未来は感じた。思わず身震いする。
「機能正常。ニュートラルハシリタイプを接続します。エネルギー還元を開始。コンプリート」
 実感はない。
 今、未来は"サイボーグ"を滅ぼす力を得た。それは世界を滅ぼす力と同義。ひとつ間違えば、全てを壊してしまうことが出来る。
「操縦桿はあくまで補正! 武装はレーザーのみ! あとはあなた次第ですよ、末森未来くん!」
 未来は集中した。
 心で動かす。内津孝蔵は言った。複雑な機構を理解する必要はない。自分にできることをすればいいのだ。
 一歩ずつ進む。
 走る。
 飛ぶ。
 地上の光を目指す。圧力がかかる。体が悲鳴を上げていた。コクピットの操縦桿に手を乗せて、掴む。
 "チャオ・ウォーカー"は空中を疾走する。
 地上の光を突き破って、"サイボーグ"の背後に突進を仕掛けた。抵抗しようとする"サイボーグ"だが、既に遅い。
 その両腕で"サイボーグ"を真っ二つに引き千切る。
 機械の破片が飛び散り、粉々になって落ちて行く。
 緑色の光が機体表面に浮かび上がった。
 "サイボーグ"が二体。"ヒーローチャオ・ウォーカー"は防戦一方だった。先ほど壊した一体を含めて三体。本当に三体いたのか、と未来は驚く。
 だが、それ以上の感触が身を包んでいる。空中に浮かんでいる。空を飛んでいる。その実感がある。
 "サイボーグ"の赤い目が"チャオ・ウォーカー"を認識した。
「心で、動かす」
 大きく息を吸い込んで、吐き出して、吸い込む。敵は二体。援護は期待せず。武器はレーザー。あの黄金の光の防御壁は使えないということだろう。未来は現状を再確認する。
 一撃で仕留めるしかない。
 "チャオ・ウォーカー"が疾走する。緑色の光の残滓が舞う。"サイボーグ"が回避しようとするが、初速に開きがあった。"チャオ・ウォーカー"は容易に接近する。
 右腕に装備された砲口から青白い光線が放射された。
 "サイボーグ"が砕け散り、貫いたレーザーが大講堂の壁を突き破る。強力すぎる兵器。未来はまたも恐ろしくなった。
 しかしあと一体。
 "サイボーグ"は不利だと認識したのか、突き破られた壁から外へ出る。
 未来の目には見えていた。
 敵の動きが確実に見えていたのだ。
 "ヒーローチャオ・ウォーカー"より先に、"チャオ・ウォーカー"が動いた。銀色の機体が緑色の光を残して"サイボーグ"に突進する。
 押し出す。

 空へ。

 空へ。

 遠くへと。

 両腕の砲口が光り輝く。
「砕け、散れえっ!!」
 青白い光線。レーザーが"サイボーグ"を貫通し、焼き尽くした。
 機械の破片がはらはらと落ちる。その中に"チャオ・ウォーカー"の姿があった。緑色の光を放ち、空中で静止している。
 コクピットの中。
 未来は呼吸を荒くする。
 気分が高揚していた。
 万能感。
 未来の手には万能感があった。大きな力を手にした実感があった。その事実に恐怖し、絶句し、歓喜する。
「僕は、僕の力で生きてるんだ」
 未来の心は冷えていた。
 それがなぜかは分からない。
 考える余裕さえも失っていた。


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 僕の足元には、常にレールが敷かれている。
 あるときは向こうの誰かへ繋がっているし、あるときは向こうの場所へ繋がっている。
 あるときは曲がりくねった道がひたすらあって、またあるときはただ真っ直ぐな道のりがあるだけだ。
 それは、強制された幸福のはずだった。
 僕はそれのお陰でありとあらゆることが見えていたし、分かっていた。自分の運命のようなものだと思っていた。
 この道――この未知を進めば、幸せになれる。そう信じて疑わなかった。

このページについて
掲載日
2011年1月6日
ページ番号
2 / 11
この作品について
タイトル
チャオ・ウォーカー
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2011年1月1日
最終掲載
2011年2月7日
連載期間
約1ヵ月7日