1 僕の人生には、常にレールが敷かれている

 僕の人生には、常にレールが敷かれている。
 物心ついた時から見えていた。僕にしか見えていなかった。
 ずっと、レールの通りに歩いて来た。次第に避けるようになった。きっかけは憶えていない。レールの先に嫌なものがあったのだろう。それが嫌で、強制された不幸なんて最悪で、僕はレールを避けて歩いた。
 だから僕がそのレールに従うことはない。
 だって、誰かに強制される人生なんて、真っ平御免だろ?


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 末森未来(すえもりみらい)。出席番号九番。十七歳。高校三年生。誕生日は九月十三日。地味な顔をしている。不景気な顔ともいう。
 無造作に伸ばした髪の毛の一部がはねている。寝癖だ。なお、この場合の寝癖は寝ている間にとる一定の行動のことではない。
 高校生活最後の一年間をどう過ごすべきか。歳の割には老けているということで人気を集めている若い教師が教鞭をとる。
 本来なら学生は教師の話を吟味し、熟考し、昇化させなければならないのだが、例によって彼の話を聞いているものは極僅かだった。
 末森未来少年もその一人である。
 ところで未来の視線はある一点に注がれている。
 そこには少女の姿がある。
 授業中にも関わらず、膝の上にチャオを乗せている少女だ。だからというわけではないが、他の人は彼女のことを気味悪がっている。嫌っている、そう言ってもいいだろう。
 未来は周りに合わせこそしてはいるものの、そう思っていない。
 肩甲骨のあたりで切り揃えられた黒髪は著名な芸術家が細工を施したように見目麗しいし、背と体の一部が小さい事――見かけ上は、だが――を除けば、芸能人と並んでも不自然ではない容貌をしている。一見して気弱そうな印象をうける彼女だが、それに違わず自己主張をあまりしない。いつもむすっとしているのが玉に瑕なのだと未来は思う。
 このように、未来は彼女に対してただならぬ興味以上の感情を抱いていた。
 名前を庭瀬恵夢(にわせめぐむ)という。
「いつまでぼーっとしてんの! とっくにホームルーム終わってるよ!」
 すぱあんと頭をはたかれる。未来の隣にはさぞかし満足そうな笑顔を浮かべた女生徒が立っていることだろう。
「ぼーっとしてたわけじゃないよ」
 予想通り隣にいたのは、彼女をよく知らない学校の生徒に彼女の印象を聞くと、『ああ、あのヘアバンドの』と答えられることの多いほど頭のヘアバンドが印象的なショートカットの少女である。
「じゃあ、また明日ね、末森!」
「じゃあね」
 そう言って、斎藤朱美(さいとうあけみ)は大手を振って走る。彼女にはよく構われ、からかわれていた。
 その光景を見ていた数少ない友達のひとりが肩を組む。
「好かれてんなあ、おい」
「そういうわけじゃないと思うけど」
 彼女の元気さは常日頃から発揮されている、というのは周知の事実であるはずだが、なぜだか彼もしくは彼らは認めようとしない。
 とはいえ、今年も同じクラスになったから挨拶をしに来ただけなのだろう。これが彼のやり方なのだ。
「そういえばさ、三組の……去年三組にいた中川さん? あのひとのチャオ、行方不明になったんだって」
「また? それ、この間も聞いた気がするけど」
 友達がため息をつく。彼のチャオも先日行方不明になったばかりなのだ。
 未来はチャオを持っていないし、彼らの気持ちはあまり分からない。同情してはいるが、しかし痛快でもあった。チャオを持っていないということで何度も嫌な思いをして来たからだ。
 それを上手くはぐらかして、宥めるように友達の肩に手を置く。
「きっと戻って来るよ」
「だと良いけどな」
 中身のない思いやりだと自虐的に思って話題を変える。
「それより、新入生にハチャメチャなヤツが入って来たんだって?」
「あー、その話か」
 友達はやや事情を知っている様子だった。入学式時にクラスメイトが傍で噂していたのを聞いただけだったので、未来は興味津々である。
 いわく、今年の新入生には変なヤツがいる。
「入学式が始まる前にさ、屋上に……ほら、立ち入り禁止じゃん? なのに屋上にいたらしくて、先生たち、みんな仰天してたらしい」
 屋上。普段、屋上へ繋がるドアには鍵がかかっているはずで、使用許可――主に天文部が要望する――を取らないと入ることが出来ないと聞き覚えのある。
 友達は次々と話す。
 高校入学のテストは満点であったこと。どこかの富豪のご子息であること。話し方が芝居がかっていて、オウジサマと呼ばれていること。挙動が一々わざとらしいこと。男にしては随分と長い髪をしていて、それが金色であること。顔立ちは欧米系のようであること。ホームルームの途中で突然早退してしまったこと。
 入学式が行われたのが午前中のことで、現在がまだ正午前であることを考えれば、彼の不審さがいかに常軌を逸したものかを理解できる。
 反面、未来は噂の巡る早さと友達の情報収集の早さに驚愕していた。
「まあ、とにかく変なヤツなんだってよ」
「それは変なヤツだなあ」
「でも」
 と、友達が付け加える。
「かっこいいんだ。そいつ。めっちゃかっこいいんだよ。美少年って感じ」
 男の俺でもドキリとするもん、と余計なことまで言いのける。それほど衝撃的だったということだろう。
 だが、未来はなんだか不自然に思っていた。この話を自分から持ち出したのは、何も変なヤツに対する興味だけではない。
 問題なのは、噂話の異常な早さである。
 話は少し逸れ、この高校について補足する必要がある。
 都内最大級のチャオガーデン施設を付属した広大な学園である第一共同学園高等学校――少子化の影響で周辺地域の高等学校を合併させた巨大な学校にも関わらず、入学式からほぼノータイムで噂が回っている。
 未来が噂話を耳にしたのは入学式だ。入学式が行われたのが午前九時。午前八時三十分くらいに入学式前のホームルームがある。変なヤツが屋上にいた時間をそれ以前と仮定し、ホームルーム途中にいなくなったとしても、入学式開始までに噂話が回っているのだ。
 ちなみに、この学校の生徒総数はおよそ三万五千人である。
「おい、聞いてるか? さっきからぼーっとしてるけど、まさか風邪じゃねーだろうな?」
「ちゃんと聞いてるよ。心配しなくても、お前にはうつらないから安心しろ」
「馬鹿で悪かったよ」
 別段、探究心をくすぐられている訳ではない。
 しかし何かが引っ掛かるのだ。
 ひと月程前から勃発する、チャオが行方不明になる事件。いくら何でも、早過ぎる噂話。

 一ヶ月前、突如として出現した"サイボーグ"と、
 それに対抗して、世界を守る"チャオ・ウォーカー"。

 レールの向こうを、つい覗いてみたくなってしまうのは自分の甘えた精神のせいだ。
 未来は猛省して疑念を振り払う。
 まさか全てが関わっているわけがない。一時期に集中しておかしなことが起こっているのは単なる偶然だ。そう思い込むことにした。
「……ったく、聞いちゃいねえ。じゃ、また明日な」
「うん。また明日」
 そう言って友達は足早に去って行く。いつの間にか教室には未来ひとりの姿しかなかった。
 何となくおぞましさを感じて、未来も帰路に着く。
 着こうと、した。
「人の心は善か悪か、どちらだろうね。僕には判断が付かないんだ。善だとするならば、どうして救われない人が生まれてしまうんだろう。それは人の悪がそうさせるんじゃないかな」
 そのぼやきを耳にした未来は、深く考えずに振り向いてしまった。とっさのことである。他意はないのだ。
 ところがそこにはひとりの少年の姿があっただけで、何のおぞましさも感じなかった。さきほどまではこの場から立ち去らなければならないという強迫観念があったにも関わらず、だ。
 少年は綺麗な金色の髪をしていた。体格はすらりとしていて、新品のブレザーも相まって、紳士的なイメージを植えつける。何がおかしいのか、少年は薄ら笑いを浮かべていた。
「有名な命題がある。ひとりを殺せば五人が助かる状況があるとしよう。逆に五人を助けようと思えば、ひとりは助からない。この場合、どちらがより善の行為なんだろうね」
 教室には未来と、その少年以外に人はいない。
 二人の間には阻むものが何もない。
 未来の方がドアに近い。
 少年は顎に手を当てて、窓のさっしに腰を掛けている。
 芝居がかった様子だった。
「どちらかが悪でその対極が善だとしたら、もしその状況に関さないという選択をした場合、それは果たして悪になるのかな。そもそも人を殺すのは悪だろうか。あるいは善?」
「状況によるだろ」
 少年の笑みが深くなる。未来は返事をしたことを一瞬、後悔して、先に立たない後悔を憎らしく思った。後悔が先に来ればあらゆる困難を回避できるのに。
 しかして事実は変わらない。未来は続けることにした。
「そのうちのひとりが死なせたくない人だったらそっちを助けるし、五人の中にいたらそっちを助けるよ。僕だったら」
 善悪というのは事象に対して後天的なものである。行動を起こす前に判断できるものではないのだ。
 最も、この場合は何もしないのが正しい解なのだろう。何もしなければ善にも悪にもならない。自分の中に罪悪感は残るかもしれないが、些細なことである。
「それは善悪論じゃないね」
 少年は一蹴する。表情に不快なものは見て取れない。むしろ心地良さそうに笑っている。
「僕はゼラっていうんだ。新入生さ。君が末森未来くんで間違いないかい?」
「うん」
 瞬間的に未来は彼が外国人だと理解した。ところで、未来はこの外国人という表現が好きではない。国の判別など地球という大きな単位でみれば小さいもので、その小ささをあからさまに露見するものだからだ。
 そのうち宇宙人が地球に侵攻してきたら、外地球人とでも言うのだろうか。
「君は」
 躊躇する。少年は困ったように眉をひそめていた。
「君は、世界を守るつもりがあるかい?」
 彼がそう言った時だ。
 腹の底に響くほどの大きな警報が鳴る。ここ一ヶ月で、未来は何度もこの警報を聞いている。条件反射的に逃げ腰になるが、それが恐怖のあらわれだということに未来は気づいている。
 "サイボーグ"の襲来。ひと月の前に、突如出現した"人類の脅威"。
「ごめん、時間だ」
 ゼラが金髪を靡かせて未来とすれ違う。気障なふうに笑って、彼は未来の肩に手を置いた。
「君とはまた話がしたいな、未来くん」
 少し悲しげな声に聞こえて、それが嫌な空気を帯びていて、未来はとっさに返す。
「いつでもどうぞ」
 彼は笑って、その場からいなくなった。
 緊張が抜ける。だが、本来緊張すべきはこれからだ。"サイボーグ"は放置しておけば人を食らう。肉体的な意味ではない。もっとファンタジーな意味合いである。
 未来は教室に備え付けられているテレビの電源を入れた。速報。"サイボーグ"の出現。
 映像が表示される。機械で造られた鉄の塊が咆哮していた。それはよく分からない形をしている。獣のようにも見えるし、ただの寄せ集めのようにも見える。
 それが現れるのは、決まって首都近辺だ。人がより多く集まる場所。武装した軍隊がそれに攻撃を仕掛ける。"サイボーグ"は人の兵器を意に介さない。銀色の何かを放って、兵器が着弾する前に消滅させてしまう。
 人類の脅威。
 明確な敵。
 平和を脅かす悪魔。
 あれが世界中に現れることになってしまったら、なんて、レポーターが暢気なことを言っている。
 飛翔する"サイボーグ"の両腕が見えた。四肢を持ち、翼を持っている。まるで本物の悪魔のようだ。機械仕掛けの悪魔。それが肩口から青白い光線を放つ。
 地上に着弾する寸前のところ。
 青白い光線が黄金の光に防がれる。
 白い、まっさらな機体。人のような、化け物のような貌をしている機械。救世主。世界を守るもの。人を救うもの。
 "チャオ・ウォーカー"。
 "チャオ・ウォーカー"は黄金の光を放ち、光線を無力化した。同時に"サイボーグ"の放った青白い光線と、全く同じものを、その右腕から撃つ。
 回避行動に移ろうとした"サイボーグ"の翼を貫通し、地へと堕ち行くその機体に、"チャオ・ウォーカー"は追撃する。
 青白い光線の一閃。
 機能の停止した"サイボーグ"は粉々の鉄粉になって、吹き飛ばされた。
 誰が、何のためにそう呼び出したのかは分からない。
 いつの間にか、"チャオ・ウォーカー"と名が付いていた。
 人類の救世主。
 正義の味方。
 平和を守る機械。
 未来はテレビの電源を消した。
 本当にあれは、世界を守るものなのだろうか。得体のしれない恐怖を覚える。軍隊よりも強い兵器。どこの何かも分からない正義の味方。
 "サイボーグ"を殺せるということは、"サイボーグ"よりも強いということだ。
 つまり。
「単なる偶然だ」
 未来は思わずつぶやく。
 そう、偶然だ。
 ひと月前からチャオが行方不明になり続けているのも、ひと月前から"サイボーグ"と"チャオ・ウォーカー"が現れたのも。
 "チャオ・ウォーカー"が現れるたびにチャオが消えているような気がするのも、全ては偶然だ。
 そうでなければ、"サイボーグ"に対抗する"チャオ・ウォーカー"は、いったい何のために造られた兵器なのか。"サイボーグ"の出現を予知していたとでも言うのだろうか。
 だから、偶然なのだ。
 未来は不安でたまらなかった。これから何かが起ころうとしている。自分がそれを感じ取っている。
 レールの上を歩いているわけではないのに、何かに歩かされている気がしていた。
 気のせいだ。思い込もうとする。思い込もうとすればするほど、不安は大きくなる。
 帰ろう。
 未来は歩き出した。


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 自由というのは自分で選べるということだ。
 このレールの上を歩いてしまえば、僕は自由でなくなってしまう。
 でも、レールの向こうを見てしまうんだ。不安に負けて、恐怖におののいて。
 何が起ころうとしているのかを知りたくなって。
 けれど、僕はそれを拒絶する。
 だから僕がそのレールに従うことはない。
 だって、誰かに強制される人生なんて、真っ平御免だろ?

このページについて
掲載日
2011年1月1日
ページ番号
1 / 11
この作品について
タイトル
チャオ・ウォーカー
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
2011年1月1日
最終掲載
2011年2月7日
連載期間
約1ヵ月7日