第一夜 4

——いつも住んでいる寮まで帰って来たのは午前三時のことだった。

病院で無事少女を寝かせた後、上層部に報告に行っていた巧先輩とコンタクトを取って、ようやく帰って来た形だ。
5階まである寮の5階まで螺旋階段を上っていく。
ヨレンダの街には必要最低限の電気しか通っておらず、エレベーターという代物はここにはない。
光の種族に従属している中立街にスパイとし侵入したとき、何度か使っただけだ。

「めんどくせぇ……」

愚痴をこぼしながら、カンカンと音を鳴らしていく。
実を言えば、タクトを振って空中浮遊も可能なのだが、攻撃魔法を習得している人間が、それを誤射してしまう事件が何度かあったらしい。
それ以来、街の中で使用は実質的に禁止となっている。

「ふぅ——」

5階まで昇り切り、階段一番手前のドアを開ける。
手前の電気をつけて、鞄かけに鞄とローブを引っかけて、ようやく息をつくことができた。

何か無性に腹に入れたい気分だったが、今日という今日に限って何も買い置きをしていない。
疲れがドスンと肩にのしかかってくる。
今日はさっさと寝て、明日の朝にでも寮で朝食をとれば良い。

俺はベッドの掛け布団と毛布をめくって、その中に入ろうとした——

——ピンク色のパジャマを着た少女が、寝ていた。

「あ、悪い」

俺は慌てて毛布と掛け布団をかけて、その場で硬直する。

……………
…………
………はい?

少女は金色の髪の毛を散らしながら、ベッドに丸まって、すやすやと目を閉じていた。
白く透き通っている肌が、温まっていたのか、ピンク色に上気している。

「……おーい」

声をかけてみるが、全く反応が無い。
少し肩を揺らしてみるが、うーん、と言ってまた寝息を立てる。

そう言えば、さっき鍵を使わずに普通に部屋に入ってしまった。
出ていくとき、鍵をかけ忘れたのかもしれない。

けれども、どうして彼女は、こんなところで寝ているのだろうか。

——少女1245さんよ……。

「おらぁっ」

勢いよく掛け布団と毛布をめくり、その素肌を冬の空気にさらけ出す。
寒そうにガタガタ震え始め、ぱちっと目を開けた。

「うぅ、寒い……、あ、おかえりなさい、郡さん」
「ただいま」
「んー、もう夜中ですから、あまり無理やり起こさないでくださいね」
「すまんすまん」
「じゃぁ、私はもう寝ま——」
「待て」

毛布と掛け布団を取り上げると、彼女はジト目でこちらの方を見てくる。
まるで私の所有物だ、と言わんばかりの態度だ。

「返してください」
「もともと俺の所有物だよ、ってか、ココ俺の部屋だし」
「あ、暖炉つけないと」

寒いことが現在の最優先事項なのか、俺の言葉をガン無視して暖炉の前に直行する。

「あー、あったか~い……」

ぱっと火がついた目の前で正座して火に当たっている彼女はなかなかに可愛らしいが、今はそういう問題じゃない。

「おい、ヤドカリ、いつの間に住処を換えたんだよ」
「私の住んでいる3階で改装工事があったんです。たまたま私の部屋のガス管が危ない状態だったんで、今修理中です。なので、ここに引っ越しました」
「……」
「分からないところがありますか?」
「具体的に、なので、の後から」

彼女は、んもう、と言いながら、俺の机の上に置いてあった紙切れを突き出す。
寮内の共同生活許可証。
少女1245(17歳)と築山郡(24歳)と書かれた署名欄の横に、しっかりと二人分のハンコが押してある。
最後に(とどめに)は、寮長の許可ハンコが押してあった。

「あのお堅い寮長が、何故に……」
「うるさかったらしいですよ」
「は?」
「ほら、私って部屋から出ないから、いつも郡さんがこっちに来ていたじゃないですか」
「あぁ」
「寮長さんって、あたしの一つ下の部屋に住んでいるんです。それで、夜ごと鳴り響くギシギシなんちゃらがうるさくて堪らない、とのことで」
「……」

あの人、なかなかよくわかっているじゃないか……。

俺はため息をつくと、ベッドに腰掛ける。
ギシッとなる音に、例のあれを想い出してしまうが、さすがに今日はそんなことをする元気はどこにも残っていない。

「ふぅ、ちょっと温まることができたかな……紅茶入れますね」

暖炉の前から立ち上がった彼女は、台所へと向かっていく。
たしかに、少し暖かいものが欲しいかもしれない。

「家のもの全部こっちに持ってきちゃったんで、食べ物もいっぱいあるんですよ」
「あ、それは良いタイミングだ。何か食べられるものあるか?」
「ありますよー。作りますか?」
「お願いします」

暫くすると、紅茶の香りや何かが焼ける音が聞こえてくる。
なかなか、独りでいた部屋がこうやって充実されていくと気分は良いものだ。

「けれど、久しぶりに外に出た感想はどうだったよ?」
「……んー。簡潔にいえば、純真無垢な素肌をさらして外敵の危険に怯えるヤドカリの気分でした」
「最悪だったと」
「えぇ、それはもう」

カチャッとコンロをひねる音が聞こえてきて、ベッドの前のテーブルの上にティーセットを広げていく。
お湯を注ぎながら、鼻歌を歌っている。

「でも、新しい住処が見つかって、良かったです。これを機に、私の呼び名を変えてみませんか?」
「ヒッキー、ヤドカリ、おこもり、引きこもり——」
「ちょ、なんでそんな陰険なモノばっかなんですか! もっと可愛らしい呼び名とか付けてくれないと困りますっ!」
「えー?」
「お前、とかでもいいですよ? そうしたら私は郡さんのコト、あなたって言いますから」
「……さすがに、それは知り合いに聞かれたら、まずい」
「まずいって、何でですか」

ちょっとムッとした表情になる彼女。

——とは言え、そんなすぐに呼び名など思いつくはずもない。
最近はずっとヤドカリというあだ名で呼んでいたので、それでいいような気もするのだが。

「ところで、お前、さっきから台所の方をお留守にしているけど、大丈夫なのか?」

ためしにその呼び名を使ってみる。

「……大変ッ」
「あー、もういい、俺が見てくるから、お前はそこで紅茶の方を見ていてくれ」
「はーい、分かりました、……あなた」

……………
…………
………ニヤついてしまった自分が、少し嫌いになった。


   *   *   *


「はい、こちらユー。ただ今ヨレンダの街に辿り着きました」

そこは暗闇。
光を忌諱し、光の種族と対等に渡り合える闇の種族の街。
それはつまり、光の種族の真逆の存在。
そして、敵。

女は、そんな街の中に潜入し、何者かに連絡を取っているようだった。

「そうか。またの連絡を頼む」

電話越しに聞こえてくるしわがれた声が、キシキシと嫌らしい笑みを浮かべる。

「了解しました」
「期待しているよ。キミは何せ、特別な光の種族なのだからな」
「はい。承知しております」

彼女は相手の電話が切れるのを待って、その通話をとめた。
最新式の液晶パネルから発せられた光が彼女の顔を映す。

そして、そのまま、ベッドに横たわり、目を、閉じた。


〈第二夜〉に続く

このページについて
掲載日
2010年7月15日
ページ番号
5 / 5
この作品について
タイトル
バシストと引きこもりJK
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2010年7月14日
最終掲載
2010年7月15日
連載期間
約2日