【後半】

翌日の月曜日、高校。
岸野が登校してみると、普段アトレティコのアの字も喋らないようなクラスメートが、どこから聞きつけてきたのか一斉に集まってくる。
「聞いたぞ!すげぇな!」
「ショーゴ君おめでとう!」
「マスコットって何やるの?やっぱバク転とか!?」
1人と1匹のところに集まるクラスメート。
岸野は半分うんざりした様子で答えていくが、当のショーゴはというと、
「ちゃお~♪」
とみんなの注目を浴びてひたすらご機嫌であった。

「いいよな、お前は…まだよく分かってないみたいだし…」
帰り道、そんなことをつぶやきながら歩く岸野に対しても、やはり
「ちゃお~♪」
とポヨをハートマークにして返す。まだまだご機嫌だったようだった。


3月にリーグ戦が開幕すると、岸野とショーゴは一気に忙しくなった。
試合前には子供達と遊び、ハーフタイムにはサポーター相手に手を振り、試合後には選手と記念撮影。
岸野も基本的には同伴する必要があったので、観客席で試合を観るということが少なくなっていった。
(その代わり、観客よりもいい場所で見ることも多かったが、試合によってはショーゴのスタンバイなどで忙しく見れない時もあった)

そんなある日、試合前のこと。
ショーゴと共にサポーターに対して挨拶するために岸野がグラウンドに出ると、観客席から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「岸野ー!」
それも、自分の名前を呼ぶ声。普段は「アトレ君」「ショーゴ」と声がかかることはあっても、岸野が呼ばれることはない。
彼がやや驚いた様子でその方向を見ると、そこには彼のクラスメートが数人。
「見に来たぞー!」
「しっかりやれよー!」
と、口々に叫ぶ。
岸野はショーゴと共に軽く手を振るだけだったが、内心では飛び上がりたいほどであった。
アトレティコに関わってる人間として、そして一サポーターとして、数ヶ月前まで全くアトレティコに興味を示さなかった人がこうやってスタジアムに来てくれている。それがとても嬉しかったのだ。


そこからは、加速度的に全ての歯車が勢いをつけて回りだす。
最初は数人、それもショーゴ目当てだったクラスメートが、リーグ戦終盤には20人近く、そして全員が赤いシャツを着て来るようになる。
観客席ではチャント(応援歌)を歌い、遂にはアトレ君を描いたオリジナルの応援旗を製作するまでに。
学校でもショーゴ君の話題から徐々にアトレティコの話題が増えていき、また最初は「頑張ってね」ぐらいしか言わなかった岸野の母親も、試合速報を携帯電話でチェックするほどに。
(最も岸野の母親がアトレティコを応援するようになった理由は「アトレティコが勝つと翌日に近所のスーパーで特売がある」というものであったが…)

ポヨをハテナマークにして、首を傾げて、「ちゃお~?」と言う。
ショーゴがよくやるこの仕草は、アトレティコのサポーターの間でちょっとしたブームに。さらにネットを通じて日本中のサッカーファンの間でも話題になるなど、徐々に有名になっていく。
そしてアトレティコのチームそのものも、苦戦する時期こそあったものの、Jリーグ入りを狙える位置をキープし続けた。


11月。あれから1年弱。JFLの最終節。相手は既に優勝を決めている企業クラブの強豪。この試合に勝てば、Jリーグ入りが決まる。
小さなスタジアムは、貴重な瞬間を見ようとサポーターや市民が詰めかけ、赤一色で埋まった。もちろん、その中には岸野のクラスメートもたくさんいる。

「アトレティコ!」「アトレティコ!」「アトレティコ!」
真っ赤な観客席が一斉に、チームの名前を叫ぶ。
その様子を控え室からカメラ経由で見ていた岸野は、思わず涙をこぼしそうになった。
自らのクラブカラーでホームスタジアムが埋まり、一斉に声を上げる。サッカークラブのサポーターであれば、一度は夢見る光景である。
しかし、感傷に浸っている暇はない。岸野はショーゴに声をかけた。
「行こうか!」
「ちゃおー!」
ショーゴも笑顔で答えた。

岸野がショーゴを連れて、グラウンドに姿を現す。
それを見たサポーターから一斉に歓声が上がり、その歓声は一気に「ショーゴ!」「ショーゴ!」「ショーゴ!」とショーゴに対するコールへと変わる。
岸野は笑顔が引きつりながらショーゴを連れて歩く一方、ショーゴは終始ニコニコしながら観客席に対し手を振り続けた。
(それにしても、すげぇなこいつ…)
とは歩きながらの岸野の感想である。
そしてグラウンドを1周し控え室に戻ると、いよいよ試合開始の笛が鳴った。

試合はアトレティコが主導権を握るも、相手の守備がしっかりしていてなかなかゴールを割らせてもらえない。
決定的なチャンスも何度かあったが、クラブの運命が決まるという一戦故か、最後の最後でミスをしてしまうなど、0対0のまま試合は終盤へ。

そして後半ロスタイム。
右サイドからのクロスをFWが受けようとするが、相手DFが体を寄せてボールを弾き出す。
観客席から溜息と悲鳴が混じった声が響いた次の瞬間、赤い背番号11がそのボールを奪ってDFをかわし、右足から一閃。
ゴールネットを突き刺し、スタジアムを絶叫の渦に変えたのは、ショーゴの名前の元になったエースストライカー、一条彰吾だった。


…そして、再び1月がやってきた。
「なぁ聞いたか!?アトレティコに大島が来るって!」
「聞いた聞いた!元代表だろ!?すげぇなおい!」
「あーもう早くシーズン始まんねぇかなぁ!?」
1年前まで遥か遠くのサッカーの話題していた男子高校生も、今ではすっかりサポーターである。
その会話を聞き流しながら、岸野は窓の外を見ていた。横にはショーゴ。

ショーゴは「Jリーグ入りを決めた年にマスコットを務めた縁起のいいチャオ」ということで、もう1年マスコットをやることになった。
この忙しい日々が、もう1年続く。でも岸野に悪い気はしなかった。こんなに楽しい日々が、もう1年続けられるのだから。

(それにしても、ショーゴがこんなに凄かったとはなぁ…)
アトレティコを、夢島市を、岸野の周囲を変えた一因は、間違いなくこのチャオである。
岸野はそんなことに思いを巡らせつつ、ふと声に出した。
「…そうは思わないか、ショーゴ?」

「ちゃーおー?」
それに対しショーゴは、いつものようにポヨをハテナマークにして、首を傾げていた。

このページについて
掲載日
2012年2月3日
ページ番号
3 / 5
この作品について
タイトル
【或る背番号12の憂鬱】
作者
ホップスター
初回掲載
2012年2月3日