【前半】

「おい見たかよ、昨日のメッシ!」
「あぁ見た見た!あのドリブルで3人抜いてからのゴール、凄かったよな!」
「凄かったよなあれ。おかげで寝不足だよ…」

とある高校の教室。サッカー好きな男子数人が話すのは、大抵がヨーロッパの強豪クラブか海外で活躍してる日本人選手、あるいは日本代表の話題である。

その会話が何となく耳に入ってくるのを聞き流しながら、このお話の主人公の少年は窓の外を見ていた。

            【或る背番号12の憂鬱】


男の子は小学校の頃、主に3種類に大別されるという。
つまり、サッカーをする男の子、野球をする男の子、そしてスポーツには興味を持たずアニメや漫画、ゲームに興じる男の子。
ごく稀に親の方針などでこのどれでもないことを頑張る子供や3つのうち2つ以上を兼ねる多趣味な子供もいるが、とりあえず大半はこの3種類のうちのどれかである。

このお話の主人公である岸野陽介も、中学校まではサッカーをして生きてきた。
だから彼らの話も分かるし、リオネル・メッシが、或いはFCバルセロナというチームがどれだけ凄いかもよく分かる。
しかし彼は、彼らの話題に割って入ることを好まなかった。

(てめぇらが海外の話ばっかりしてるから、この国のサッカーは二流止まりなんだよ!)

…というのが彼の偽らざる本音である。
実際のところは、プロリーグすらなく三流以下だったこの国のサッカーがたった20年で二流ぐらいにはなった、というのはとてつもなく大きな成長なのであるが、まだ17歳の彼にそこまで考えを巡らせろ、というのは些か酷な話である。

「…そうは思わないか、ショーゴ?」
と、岸野はなんとなく口に出した。彼の横にいた、ペットのチャオであるショーゴに向かって。
「ちゃーおー?」
ショーゴはポヨをハテナにして首を傾げる。前振りもなしにいきなり「そう思わないか」と聞かれたら、人間だろうがチャオだろうがこんな反応をするしかない。


「ただいまー」
「おかえりなさーい」
岸野とショーゴが高校から帰宅する。先述の通り、中学まではサッカー部だったが今は部活には入っていない。
辞めた理由は中学の頃からベンチが指定席だった、というのが大きいが、もう1つ、ある事に気がついたからである。

(ひょっとすると、俺はサッカーをやるより観る方が楽しいかも知れない)

彼はあるクラブのサポーターである。
アトレティコ夢島。彼の住んでいる街、夢島市にあるサッカークラブ。
ちなみにチャオのショーゴも、名前の元ネタはアトレティコのエースストライカー、一条彰吾である。

彼の部屋は、アトレティコのイメージカラーである赤一色に染まっていた。
帰ったらまず、クラブの公式サイトやサポーターが集まる掲示板、選手のブログなどをチェック。
今は1月、オフシーズンなので、選手の入れ替わりや練習などが話題の中心である。
「お、今日は市民グラウンドで練習か。頑張ってるなー」
と、ネットで関連サイトを見て回る岸野。ショーゴはその隣で木の実を食べている。

アトレティコはJリーグのクラブではない。所属リーグはJ2のさらに下、JFL。
いわゆる「将来Jリーグ入りを目指すクラブ」のうちの1つで、10年ほど前に市民の有志によって結成されたクラブである。
クラブ関係者やサポーターの努力もあって、クラブはJリーグを狙える実力をつけ、夢島市民の知名度も徐々に高まってきた。
しかし冒頭のような高校生にアトレティコの話を振れば、「Jリーグですらないチームなんか見に行って何が面白いんだよ」と返ってくるのはほぼ間違いない。

レベルの高いサッカーが見たいと思うのは当たり前だし、悪いことではない。
しかし日本から1万km以上も離れたスペインやイングランドのサッカーを見ても、岸野は「凄い」とは思っても「面白い」とは思えなかった。
ちょっと例えとしては不適切ではあるが、「遠くの親戚より近くの他人」という言葉で表現すると分かりやすいだろうか。
海の向こうで行われているレベルの高いサッカーより、多少レベルは低くても、近所で市民が支えているサッカーの方が、彼にとっては何倍も面白かったし、「自分達がアトレティコ、ひいては日本のサッカーを支えている」という意識が強く持てるのも魅力的であった。


そんな事を考えながらネットサーフィンをしていると、あるお知らせが目に留まった。

『マスコットチャオコンテストのお知らせ』

プロ野球やJリーグのチームにマスコットがいるように、アトレティコ夢島にもマスコットがいる。名前はアトレ君、チャオだ。
この手のマスコットは着ぐるみを用意するのがお約束であるが、アトレティコの場合は年に一度このコンテストを開き、「アトレ君役」を決める。任期は1年間。
ホームで開かれる試合はもちろん、各種イベントなどにも顔を出す必要があるなど、なかなか大変な仕事であるが、チャオを飼っているアトレティコサポーターにとっては羨望の的であった。
「…これだ!」
岸野は思わず口に出した。ショーゴがいるじゃないか。
ちなみにショーゴの年齢は現在1歳半。マスコットチャオの募集条件は成体のチャオであるため去年はスルーしていたが、今年は問題ない。

早速細かい募集要項を読み始める。
「えっと、コンテストは再来週の日曜日、市立体育館にて…」
参加費も1000円と、お小遣いから出せる金額。念のため親にも許可をもらい、参加申し込みを完了した。
「ちゃーおー?」
隣では、まだ何も知らないショーゴがやっぱり木の実を食べつつ首を傾げていた。


コンテスト当日。
集まったのは、およそ150組の飼い主とチャオ。もちろん最終的に残るのは1組だけである。
飼い主の大半がアトレティコのユニフォームやTシャツを着ており、赤だらけ。中にはチャオにも手作りのミニサイズユニフォームを着せているという猛者もいた。
(正直、勝てないだろこれ…)
周囲を見回しつつ、参加者の気合の入り方に少し自信を失くす岸野。最も、自分も赤いTシャツを着ているので、見方を変えれば彼自身もそういう猛者のうちの1人に入るのではあるが。
「ちゃおー?」
ショーゴはまだ事情をよく飲み込めていないようで、岸野の横でいつものようにポヨをハテナマークにして首を傾げる。
それを見た彼は、こう思い直した。
(まぁ、やるだけ頑張るか)


コンテストの内容は、まぁ割とありきたりなものである。
飼い主がアトレティコと自分のチャオへの愛を叫んだり、チャオ自身がステージ上でアピールをしたり。
(なおチャオ自身の運動能力は問わないものになっている)

そしていくつかの審査の末、最終的に…
「エントリーナンバー78番!岸野陽介さんとショーゴ君に決定しましたー!!」

(…あれ、勝っちまった!?)
というのが、彼のその瞬間の感想である。

このページについて
掲載日
2012年2月3日
ページ番号
2 / 5
この作品について
タイトル
【或る背番号12の憂鬱】
作者
ホップスター
初回掲載
2012年2月3日