続 A-life
あの後、チャオは休ませた。エッグマン自身も疲労を感じていたし、チャオにも多少疲れが見えたからだ。勿論チャオ自体がそれを感じているわけではなく、ハードウェアの問題だが。
そして時間が経ち、日が昇り朝が来て、寝過ごし昼になり、エッグマンは起床した。
チャオは既に活動を始めていた。エッグマンの使用するコンピュータのroot権限は、チャオの手にもある。チャオの自由に動かせるのだ。
『おはようございます』
とうに朝は過ぎているのだが、律儀に挨拶をする。また成長しているのだろうか。
『ああ。調子はどうじゃ?』
『問題無いです。ところで――』
感情を持つということは、自我の持つことである。
『なんで、こんなことをするのです?』
『…お前は、自分のやることに疑問を持つ必要は無い。わしの言うことさえこなせばいいんじゃ』
短期間のうちに感情を持ち世を知り、そして一夜のうちに、エッグマンの、そして自らの行っていることに疑問を持つようになるなど、エッグマンは予想すらしていなかったのだろう。
『本当に、それでいいのでしょうか』
更に言えば、エッグマンは、短気だ。
『ええい、貴様はわしの言うことさえ聞いていればいいんじゃ!』
コマンドプロンプトに無為な文字列ではなく、意味を持ったコマンドを入力する。強制終了の後リブート。A-lifeの感情データを書き換える。
そして、再起動されたチャオに、先ほどまで見えていた、感情と呼べるものは、残らなかった。
『余計な情報などいらんな。即行動に移るべきだったか…』
ひとりごち、エッグマンは、最早感情の残っていないチャオに、命令を下す。
『準備はもうできている。あとは貴様が政府を、街中を混乱に陥れさえすれば…行け!』
『了解、しました』
正直、参った。
まさか、チャオがここまで成長するとは思わなかった。
純粋に科学者の面から見れば、これはすごいことだろう。成功と言える。
しかし、そう見ることはできなかった。
自らの生み出した生命に、楯突かれるとは。反抗されるとは。
――たとえそれが、真っ当な、正しい意見であったとしても、エッグマンは、受け入れることはできない。だから、チャオに芽生えた感情を、消した。
チャオのクラッキングは完璧だった。少なくともエッグマンの目にはそう見えた。そして、エッグマンは十分優秀な科学者である。その目に完璧に見えるのならば、それは間違いないのだろう。
政府使用のスーパーコンピュータの、微かなセキュリティホールを見つけてはそこにつけこみ、順調に侵入している。ファイアウォールなんかに邪魔されるもんか。
ものの数分もしないうちにシステムの中枢まで辿り付き、root権限を奪取するのもすぐそこかと、エッグマンが口元をへの字に曲げようとした、そのとき。
チャオの、動きが止まった。
いや、正確には、止まろうとしている、と表すのが正しいかもしれない。
ほんの数瞬前までの勢いは無くなり、チャオの、A-lifeシステム自体は動こうとしている、ように見える。
しかし、それを止める存在が、在る。
「馬鹿な!? 感情は消し去ったはずだ!!」
エッグマンの叫びと同時に、チャオは完全に停止した。このままでは、相手のセキュリティシステムによって間もなく発見され、駆逐されるだろう。計画は失敗だ。
「くっ――」
アクセスログを、『足跡』を残さないために、エッグマンはキーボードに手をかける。事が発覚すれば色々面倒なことになる。
が、エッグマンが手を下す前に、チャオが、自らにkill――強制終了の命令を下した。
エッグマンの目の前にある端末から接続を切り、自らの存在を消すことで、ログを残さないようにするためだろうか。――しかし、なぜ?
チャオから、圧縮されたデータが送られてきた。そして、接続が切れた。
頭の中の混乱を必至に振り払いつつ、エッグマンは圧縮データを解凍し、何の躊躇いも無く開く。
『やっぱり、こんなこと、しちゃいけないです。
貴方には、もっと違う、いいことができるんじゃないでしょうか。』
そして、言葉を失った。
感情は、消そうとして消せるものなどでは無い。
チャオにも、そして、エッグマンにも、それは、在る。
エッグマンは空を――そこには天井しかないが――見上げ、心の底に湧き上がる虚しさを感じていた。
エッグマンが、『チャオガーデン』という場所で、生きている『チャオ』と出会うのは、もうしばらくの時間があった。