A-life

……。
声も無く、男は、手元のキーボードを操作し、完成したプログラムを走らせる。
男の前に在る巨大なディスプレイには、ただ一行、『A-life』と刻まれていた。

  @  @  @

男の名は、エッグマンという。自称、天才科学者である。 周囲からそれと認めてもらえないのは、やはり失敗が多いからだろう。彼の研究は、彼自身が――一方的にではあるが――敵、そして好敵手としているソニック・ザ・ヘッジホックにことごとく邪魔され、成功を収められずにいる。 それもまた、彼の研究がそれだけ敵を作るようなものであるからだが――。 とまれ、男はまた新しい研究に着手していた。
A-life。
人工的な生命。
プログラム上にのみ存在する、仮初めの命を持つ、仮初めの存在。それをこの男は、自分の手で誕生させようというのだ。

「…完成だ」

男――エッグマンが声を上げた。 彼の目の前にある、先ほどまで黒一色だった画面に、白が走る。目まぐるしく文字が上から下へと移動し、消えてゆく。そして――

『A-life 起動しました』
「……よし」
エッグマンはコマンドを打ちこみ、
「お前の名前は――チャオでいいだろう」

チャオ。この名を持つ生物もまた、A-lifeである。エッグマンはチャオという生物については無知に等しいが、いちいち名前を考えるのも煩わしかったのだろう。

『チャオ……』
言葉というものに初めて触れたかのような――実際は「言葉」などというものではないのだが――、反応。チャオは、その言葉を繰り返す。ディスプレイの上に同じ文字が次々と増殖していく。
そんな様子を眺めながら、エッグマンは、キーボードを操作、コマンドを入力する。
「さあ、すぐに学習するのじゃ」
学習プログラム。A-lifeに知識を与える過程を、日常生活上ではなく、プログラムによって直接行い、通常の何倍もの速さで行おうということだ。
チャオの中に物凄い勢いで「知識」が埋め込まれてゆく。エッグマンのこれまでの経験に裏打ちされた、確実な、「知識」。サーバへの侵入方法。侵入後、サーバのroot権限を数秒以内に得るための考えうる全ての方法。事を終えた後のアクセスログの削除。
――そう。エッグマンの目的は、A-lifeを用いて、政府の使用するコンピュータへのクラッキング。そこに打撃を与えることができれば、政府は混乱し、大きな隙ができる。そこに漬け込もうというのだ。
さすがに政府のスーパーコンピュータのセキュリティは堅い。が、完全な知識に裏打ちされたA-lifeの能力はそれを凌駕すると、エッグマンは確信していた。

『学習プログラム、終了しました』
「――さすがに速いな。よし、では早速…」
言いつつ、エッグマンはまたもコンソールからコマンドを打ってゆく。ディスプレイに表示されたのは、先ほどまでの文字のみで構成された情報とは違い、色が浮かび上がってくる。その中から一つ、中堅会社のサーバを選び、
「小手ならしだ。ここに侵入し、データを改竄して来るのじゃ」
『了解』
という文字がディスプレイ上に浮かび上がった瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの速さで文字が、上から下へと移動していく。エッグマンはそれを見て、満足そうに一つ頷く。


一時間ほど、経っただろうか。エッグマンは未だ、先ほどと同じ位置に立っている。その視線もやはり、先ほどと同じ、ディスプレイに向かっている。そして、
「終わったか…?」
ディスプレイ上の、動きが止まった。
「意外と時間がかかったな。やはり人工生命も"生きている"ということか…もう少し、時間がいるかもしれん」
呟き、チャオの『行動』の経過を見る。時間こそかかっていたが、危なげはそう、なかった。相手のセキュリティプログラムが甘いということもあるのだろう。それに行動に戸惑いのような、微妙なタイムラグが生じていることを除けば、だが。
「ふむ…あとは経験を得ればなんとかなりそうじゃな」
逆に言えばそのタイムラグさえ無くなれば、完璧だということだ。
『……どうです?』
「……!?」
チャオから、A-lifeから、呼びかけがあった。
驚くべきことである。誕生して1時間と少ししか経っていないA-lifeから、自発的に意見を聞いてくることなど在り得ないことだ。先のプログラムによる学習から得たものだろうか――いや、あのプログラムにはそのような情報は何一つ入れていないはず。
「もしかしたら…もしかするかもしれん」
エッグマンは、コマンドプロンプトを起動し、入力する。会話、である。
『よくやった。上出来じゃ』
『…! よかった』
確信した。このチャオは感情を得たのだ。しかもこの短時間に、自分から。素晴らしい成長速度だ。エッグマンは口元に笑みを浮かべる。
『もうひとつ、頼めるかな?』
『もちろん!』
チャオがやる気になっている。これは、利用できるかもしれない。エッグマンは、先ほどよりセキュリティの堅い省庁への侵入を指示した。
チャオはそれを喜んで受け入れ、そして、
今度は30分で終了させた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第9号
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
A-life
作者
ひろりん
初回掲載
週刊チャオ第9号
最終掲載
週刊チャオ第10号
連載期間
約8日