えーらいふ
唐突に、それは、自らの――そしてそれ以外の多くの存在を感じた。
最初は、膨大な情報の流入。そして、それらがそれの中で一つの形を形成していき、それは完成した。
しばしの時間を置き、また新たな情報がそれの中に流れ込んでくる。しかしその情報は、これまでの何らかの意味を持って作られたものではなく、ただの文字列であった。
チャオ――
その文字列と共に送られてきたコマンドを、それは無意識のうちに解釈し、理解する。
――名前。
チャオ、それは、このプログラムに与えられた、名称。他と己を区別するための、ただそれだけの、言葉。
しかし、それ……チャオには、何か不思議な言葉であるように感じられ、その言葉を繰り返す。
『チャオ……』
しかし、それ以上繰り返す余裕は、無かった。
再び、先ほどとは違う、とてつもない量の情報が舞い込んできた。
戸惑いと多少の不安を感じながら、しかしチャオの中には、確実にそれは入り込んでくる。
何も考えずとも、それはチャオの存在に大きく関わり、大なり小なりその形を変化させてゆく。
やがて、情報はやって来なくなった。
そして、また、コマンドが、命令が送られてくる。
それに逆らう力も、思いも、ありはしない。
何処だかわからない。
ただ暗い、闇が広がっているそこは、ただ怖かった。
それはチャオが知覚している、サーバ内部の印象。実際にはもちろん、そんなものは有りはしないし人間には知覚できるようなものなどではないのだが、とにかくチャオは、それを感じていた。
周りには何も無い寂しさと、そして何者にも捕まってはならないプレッシャー。
チャオには、感情が芽生えていた。
『怖い……でも、見つかったら、ぼくは……』
確実に、自分はデリート――駆逐される。それはつまり、死を意味する。
『早く、早くやらなきゃ……』
そんなチャオの焦りとは裏腹に、その中にある膨大な知識がチャオを形作るプログラムの主な部分を動かし、確実にシステムの中枢へと入っていった。
そして、そこに辿りついた。
広く、明るい世界。
いままでの暗い印象が一気に霧散していく。
そこは、生きていた。
全てのプログラムが動いており、何がしかの役目を持ち、活動をしていた。
チャオにはそれが、とても明るく眩しいものに感じられた。
そして、チャオが何を思うより早く、チャオのメインプログラムを動かしている命令と知識が、その明るいイメージを、断ち切った。
@ @ @
そして事を終え自由になった時、先の明るい場所を思い出し、悩んだ。
ぼくは、なんで生きているんだろう?
ぼくは、なんで造られたたんだろう?
ぼくは、なんで―――
@ @ @
サーバへの接続を切断し、自分の産まれた場所へ、戻る。
チャオの中に芽生えた感情は、急速に成長していた。それと同時に、不安も。
生まれて間もないそのチャオにとって、その不安は、耐え切れないものになりつつあった。
言うなれば0歳の赤子にその人生における自らの存在価値を問うことと同じであり、違うのはその赤子であるチャオが、その問題の意味を解していることだ。
自分を産んだ――造った存在が、自分の行動記録を確認している。
遂に考えていることに耐え切れず、チャオは、問うた。
『……どうです?』
…………。
反応は、無い。
失敗、した? でも、そんなはずは…ぼくはちゃんと、言われたことをやったはずなのに、なんでこの人は答えてくれない? ぼくは、ぼくじゃ、駄目な――
『よくやった。上出来じゃ』
外部から、また、情報が、無意味な文字列が、入ってきた。チャオはその言葉の意味を即座に解釈し、
『…!』
大きな安堵を感じた。
…うまくできた。そして、この人はそれを認めてくれた。
『もうひとつ、頼めるかな?』
『もちろん!』
迷いは無かった。その言葉を、チャオは、自らの存在の肯定と受け取った。
この人は、自分を認めてくれた。そして、自分を必要としてくれた!
@ @ @
恐怖も緊張も無く、闇の中を進む。
こんなもの、怖くなんかない。
そして、あっという間に、辿りついた。
先ほど見たところとは少し違うが、しかしそこはまだ、チャオにとって眩しく、明るい世界であった。
『みんな』が生きているここには、生が溢れている。ここは、システムの中枢。
ここを破壊すれば、この世界は、止まる。
そのことを知覚した瞬間、チャオに少しばかり逡巡した。
『……これも、ここのみんなも、生きているんだ……』
しばらく――ほんのコンマ数秒――悩み、チャオは、動いた。