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私、ツジアイコは夕方の静かな街を歩いていた。

ひょっとしていたら…大切な人が消えている。
そんなこといくらでもあった。

夕方の街をぶらぶらと1人家に帰る。
荷物は1人分の野菜。
私を笑顔で待ってくれている人はいないし、
私が笑顔で待つ人もいないだろう。

でも、帰ってくると、
いつも誰かがいてくれているような気がする。

そう、いわゆる亜空間ホテル。

私はここに住んでいるんじゃなくて、
ここに泊まっているだけの気がする。
これから、大切な人を探しに行くための、戦士の休息?
分からない。
分からないけど、未だにそんな空気を追い払えないでいる。


『亜空間ホテル』


「…また、キャバクラ?」
「そうだよー。良いじゃん、何もするわけじゃないんだし。」
「…あんた…ちょーーーバカ!」
「う…バカってひでえな!お前が食べてばっかで、
 少しも痩せねぇからだよ!」
「何だってぇ!?この古亭主(←死語)!」
「古女房(←死語)!」

お互い20代後半になると、そんな感じだ。
新車がすぐに中古車になるみたい、
新婚かって、アレは熱の延長。恋人の熱の…。

“今夜ダメになりそう”

そんな日がだんだん多くなってくる。
あなたはかわいく笑っているだけなんでしょう?
大人びているアイスレモンティー。
氷が溶けるたびにその濃い色は薄く薄く、消えかけてくる。

そうよ、この関係はこんなのよ。

どう思う?

ねぇ、どう思うの?


………。


…バカらしくなってきた。
私はいつの間にか落ち着いた目で彼を見ていた。

「…じ、じゃあ、誕生日には何か買ってきてやるから。」
「…100円?」「ばか、もっと高い奴。」
「…期待していない。」
「そっちの方が気が楽だよ。じゃ、俺はもう寝るから…。」

あなたは軽い笑いを浮かべて、
静かに暗い部屋の中に吸い込まれていった。

素敵な人がいるもんだ。この世界って。
恋人の時は楽しかったきがする。
何か色々と泣いた覚えはあるけど、
これから絶対に触れられないような楽しさがあった。

今はこうなってしまったけど。ね。



次の日、起きると彼はもういなかった。
早朝から大変だ。トラックの運転手はそうも大変なんだ。
改めて実感している私。

私は、“昔は”朝早く起きていた気がする。

だって、大好きな彼が見たくて。

だって、これからしばらく(とは言っても14時間)会えないからって。

今ではバッカみたいと思えてきた。
いや、昔からどこかでバッカ見たいとは思っていたんだろう。
ただ、それ以上に何かがあっただけで。…。

朝起きるとそこにはいつもの太陽の光と、
ダイニングがある。

私は1人で悶々と料理を作る。

昔、遠い世界の異国の路地裏で迷子になったとき、
一番最初に手をさしのべてくれたのは彼だった。

バリバリッとキャベツを破く。

私の存在しない心というモノもその時そうなった。
昔の想い出にこもっていた私を、
優しく、丁寧に、で、激しく(夜は)ほどいてくれた。

きっと好きだった。
今も、きっと好きなはずである。

最後に二つのトマトを添える。
特に深い意味は無い。
ただ、残っていたのがそれだけであるだけで。

今年で10年目になるこの生活。
もはや昨日の「古女房」だったりするのかな?

28歳の顔は小じわを少し気にする年。
ゆっくりとゆっくりと、若いときの私が消えていく。
ダイアモンド、パール、エメラルド。
そんなモノよりも、私は昔の私が欲しい。

それでもって、昔の…

そうしているうちに最後の一枚のキャベツをもう食べていた。



数時間後、私は病院を思いっきり走っていた。
サクヤが事故にあった。
トラック同士でぶつかって、重体、死にそう。

死にそう。死にそう。死にそう。死にそう。

女はもしもになると一つのことしか考えられない。
それをバカにするならバカにすればいい。
バカにされるより、
その一つのことが本当にならない方が良いに決まってる!

「サクヤ!?」

がらっとドアを開ける。

…実際、がらっなんて音はしない。
スーッと気持ちいいくらい静かに開いた。

そして、部屋の中も、もう静かだった。

あなたも、もう、静かだった。

「…17時56分、臨終です。」
「…」





その時は泣いた。死ぬほど泣いた。
死ぬほど泣いたけど、死ぬことは出来なかった。

次の日から、私は気が抜けていた。
自殺願望なんてちっとも無いけれど、
何回か本気で死にかけたことがあった。

バカよね、私。

今でも多分少しはバカ。

一年経ってもやっぱりバカなままなのかな?

今日も友達と笑う私。
馬鹿話で盛り上がって彼と笑っていた私。
天秤にかけたら、どっちが重たいだろう?
知らない。
だって、もう計ることは出来なんでしょう?

喧嘩さえも懐かしい想い出に変わるなんて。

確か値段が高いからって、
ディズニーランドでおみやげのお菓子を一個分減らせと言って、
口げんかが勃発(?)して、
その後二日くらい口をきかなかった気がする。
「ケチ、ケチ」なんて言ってさ。

ある時はなんかが原因で、
とことん私をバカにしてからかっていた気がする。
あぁ。そうだ。
私が強がりでひっさびさのキスを慣れてるように嘘付いたら、
間違って変なところにしてしまったんだ。
で、その後、泣いた私をクレープ一つで笑わせたあなた。

何億回喧嘩しても、
結局はどっちかが笑ってそれで終わっていた。
お互い強いからかも知れないけど、
でも、何度も戻って戻って離れて、離れて。

“こんなにも愛していたのに”

なに、先にリタイアしているの?ねぇ…



「…アイコ?」
「ん?あぁ、ミズキじゃない。」
「じゃないって…。私の話聞いていなかった…。」
「あ、あはははは…。」
「…お馬鹿。」「へへ、そんなこと昔からでしょ~?」
「…そうだね。」
「ちょ、突っ込んでよ!」

小さなオープンカフェで一番の親友と話しながら外を見る。
髪を優しく触る男の子と、嬉しそうに笑う女の子。

…ぁぁ、いつの間にか「~の子」なんて考えるようになってた。

「…そろそろ、出る?」
「うん、そうする。」
「じゃ、私は彼氏とデ・ェ・トだから。」
「…あはは。」
「アイコも、…気持ちは分かるけど、
 1人だと、何も出せないんだから、ね?」
「うん、分かってる。そのうち、何とかする。」
「…いつでも応援してるからね。」
「ありがと。」



私は少し雲が残る青空の下を歩いていた。
家に近づくに連れて、またいつもの感情が襲う。

近所の幼稚園を通る。

もしも、私たちに…と考えてはみるけど、
いなけりゃ、いないだけ、また生活が変わっていただろう。
だから、それは気にしない。
もしもいたら、
あなたのことを考えている暇なんて無いまま年をとっていただろう。
それよりは今の孤独の方がいい気もする。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第338号
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この作品について
タイトル
亜空間ホテル
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
週刊チャオ第338号