No.15

 そして後日。退院した後の経緯を端的に説明しよう。
 まず最初に事務所に戻ってきた私達は、所長達その他の面々とGUNのお偉いさんと二人のSPさんに迎えられた。
 お偉いさんからは手厚い感謝(何故か私中心に)とたんまりの報酬(事務所的に微々たる物)を手渡された。その報酬は、GUNの人達が帰った後に「それ、お前の給料な」というゼロ所長の究極的な計らいによって私の物となった。
 思わず鼻血でも吹きそうになった私は怯む体を奮起させ、何故か所長に抗議。だが私の声は所長の「うれしくねーの?」という言葉によって意気消沈。震える手で膨大な資金(と書いて人の欲望)の詰まったケースを手にした。これ、何に使えば良いんだろう。
 ちょっとした歓声とちょっとした拍手に包まれた後、所長の「じゃあ今日は解散な」と気だるい声でもって本日の業務を全て終了させ、一同はいつもの生活に戻った。
 私は手にした大金をどうしたものかとそわそわしていたが、そこへパウがやってきて何気なく話し始めた。
「それ、半分は口止め料だよ」
 唐突に出てきた口止め料という言葉が気になったので詳しく話を聞いてみると、こういうことだったらしい。
 ラリパラの雨を振り撒く方法。それについて私は詳細を知らなかったが、その方法は驚くべきものだった。
 あの犯人の男の肩書きがもう一つあって、なんと武器生産工場で働いてもいたらしい。そこで彼は同僚の仲間(これには同じ非常識派の者という意味も含む)と新型の爆弾を開発した。
 GUNはその爆弾を戦闘機の武装の一つとして採用していたらしいのだが。その爆弾を徹底的に調べ直した結果、核爆発と同じような作用であることが発覚。
 詳細に解説するとややこしいことこの上ないので、なるべくかいつまんで説明しよう。
 新型の爆弾、通称ラリパラボムを海上で戦闘機が使用する。その目標は海上の敵の空母や船舶。つまりラリパラボムは海上で爆発する。そうするとこの爆弾は陸で爆発した時よりも粒子が細かくなる。そうやって爆発時にばら撒かれたラリパラの水は風に乗って運ばれ、海水に含んだ塩分を核に雲が発生。そして、私の仮説通りにラリパラの雨を風下に降らせる。らしい。
 いわゆる放射性降下物、フォールアウトというもの。だとか。
 核放射線とは違って効果の薄かった水は、しかし何年もラリパラボムとして世界各地にばら撒かれ続け、今年の末にようやく実を結ぶに至ったのであった。
 ここまで話せば大体わかるだろう。知らず知らずに世界に発狂者を作っていたのは、実はGUNだったという事実が。
 責任問題を逃れる為、当然GUNもその事実を隠蔽するつもりだったのだろうが、まず真っ先に小説事務所にバレた。だから世間に情報を公開されないよう、報酬を上乗せしてきた。と、まあそういうことだったらしい。
「まあ、こっちもハルミちゃんが犯人を刺したって事実を隠蔽してるから、おあいこだよ」
 そういえば、そのことをすっかり忘れていた。
 事務所内の面々のほとんどはハルミちゃんの行動を知ってはいるのだが、誰一人としてお咎めはしていないように見える。ここまでくると寛大という言葉では片付けられないのだが、私としてもハルミちゃんの罪を誰にもバラしたくはない。そんな理屈ではない感情があった。みんなも同じ気持ちなのだろうか。少し気になる。
「なにはともあれ、そのお金を減らしたくなかったら喋っちゃ駄目だよ」
「いや、喋ったらそれくらいのペナルティだけなの? もっとアブナイことになるんじゃ……」
「平気だよ。『あんなの』がウチに何かしようとしてきたって、何もできるわけないから」
 ……私は改めて、この事務所の恐ろしさを再認識した。


――――


「現金は困るよなあ……」
 未だ日中の、雪色に染まった街中。私は別の意味で背筋を凍らせていた。
 悩んでいたのは、この金をどうしたものかというただ一点。こんなの持ち歩きたくはない。早く銀行にでもぶち込んでおきたいが、しかしこれ大金過ぎる。金も銀行に渡るが、私の困った気持ちも渡すことになる。良心の呵責に似た何かがそれを阻止しようとしている。よくわからないよ。
 何はともあれ、こんなケースを持って出歩くのはご勘弁である。そういうわけで、いろんな意味で震える体を抑えて我が家への道を急いでいた。
 しかし、流石雪道。逸る足にちょっかいを出すが如く足取りが危うい。ちょっと気を抜くとすぐ滑る。転んだ際に札束をばら撒いたりしたらとっても厄介なので、結局万全を期して安全歩行に努めることに。
 手に持った荷物を重く感じながら、未だ細々と粉雪を降らす空を見上げてみた。
 早く太陽の光を再び拝みたい。そう思っていたのが昔のことのよう――とまでは流石に思わない。だが、それと同じくらいの気持ちはある。
「いち、にい……」
 試しに頭の中で経過した日数を改めて数えてみた。カズマがラリパラであることを知ってからの日々を振り返る。
「ごー、ろく、しち……あれ」
 もう一度数え直してみても、やっぱり間違ってはいなかった。今日を含めて、キッチリ一週間。三はなくとも二週間くらいは経過してるかと思ったのに、意外と日数が経っていないことに気付く。
 そしてその原因が、四日目までと五日目より後の出来事に大きな差があることにも気付いた。
 初日に様子のおかしいカズマの姿を見つけて、二日目にカズマがラリパラであることを知った。三日目は多くの人々が同じ夢を継続して見ることを知り、四日目は所長とGUNのお偉いさんが離しているところを見たり。
 このように、依頼を受けるまでの日々は一言で簡単に言い表せる。しかし五日目、依頼を受けてからの日々がやけに充実――という言い方もなんだが、まあ忙しかったわけだ。
 初日から四日目までの大した行動をしていない空白の多い日々と、五日目から今日にかけての切羽詰った忙しい日々。これらのイベントの構成が、私に長い時間を感じさせたということになる。
 さて、次に忙しくなるのはいつになるやら。
「まあ、しばらくはゆっくりできるかな」
 手にしたケースを改めて見直しながら、先の出来事に空想を膨らませた。
「……なんでもできそう」
 手にしたケースを改めて見直してしまったばっかりに、逆に空想に歯止めが利かなくなった。お金ってコワイ。
「何をしているんだ?」
「あうわわわうわうわ」
 そんな私に降りかかる、異様に威圧のある声。割れ物よりもクリーンになっていた私は大げさ過ぎるほどに驚いた。職質か? 職質なのか?
「く、くれーむはっ、しょーせつじむしょのほーへっ!」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。少し落ち着け」
 落ち着け、とのお達しだ。試しに深呼吸をして、深呼吸をして、深呼吸をして。
「ふう」
 落ち着いた。ので、後ろから聞こえた声の主を確認すべく、ゆっくりと振り返ってみた。そしてその正体に軽く驚く。
「あれ、シャドウさん?」
 見紛うことなくシャドウチャオだった。見た感じピンピンしており、いつかに路地裏でぐったりしていた面影は見当たらない。
「もう大丈夫なんですか?」
「まあな。世話になった礼にと思ってお前を探していたんだが……どこで何をしていたんだ」
 人探ししてましたとか、入院してましたとか、いろいろと言葉はあるけど、選び損ねたあげく苦笑いだけ返すことになった。
「それにしても、別にお礼なんて」
 あんまり予想だにしなかったので、結構驚いている。てっきりお礼のおの字も告げずにさっさとどこかへ消えてしまうものかと思っていた。
 するとシャドウさんはそんな私の考えを察したのか、笑いながら答えた。
「どこぞの寝ぼすけと違って、礼儀は心得ている」
 皮肉めいたその言葉に、私も漏れた笑いを返した。仲の良い兄弟だな、ほんと。
「それで、お前のそれはなんだ?」
 そしてシャドウさんは、今の私のウィークポイントを躊躇無く指差してきた。心臓が反射的にドキリとしてしまい、ちょっとだけ言い訳の言葉を探そうとしてしまう。
「ええと、報酬ですよ。一仕事終えたばっかりなんです」
「ほう、大した額をもらったみたいだな」
「あはははは……あ、なんだったら要ります? ちょっと分けてあげちゃいますけど」
「いや、必要ない。大事に使っておけ」
 その言葉に何故かガッカリしてしまった。我ながら意味がわからない。手にしたお金に対して喜びよりも恐ろしさの方が先走っているせいだろうか。
「ところでお前、これから暇か?」
「えっ? あ、はい! それはもう暇、いやいや」
 唐突のお誘いに条件反射的に肯定し、しかし報酬をさっさと自宅に置いてこなければいけないではないかとあわてて否定の体勢に入った。シャドウさんはそれを察してか、実に気楽な言葉をなげかけてきた。
「少し冷静になれ。たかが紙屑の束だ。それに開けなければ誰も気にしない」
 何が紙屑だよ。この紙屑欲しさに世の社会人がどれだけ汗水垂らしてると思ってんだ。
「とは言っても、別に大した用事でもない。逆にお前にとっては迷惑になるだけだろう。断ってくれても構わない」
「あ、いや……どうせ暇だし、お付き合いしますけど」
 なんだかんだ言って、私はこうやって多くの人付き合いを避けられぬものにしていくのだがら救いようがない。
 最近わかった事だけど、私ったらどうもお人好しな気がする。


 そういうわけで、私は心身ともに重いと感じる手荷物を持ったまま、シャドウさんに連れられて近くのファミレスへとやってきていたのだが。
「ステーキ定食、スペシャルピザ、チーズパスタ、から揚げポテトセットになります」
 いや頼み過ぎだってばさ。誰が払うんだよそのお代。
「愚問だな」
 愚問でした。
 ウェイトレスさんが去ったのを確認した後、私は誰にも見られないようにケースをカパッと開けた。予想通りの札束の軍勢に目を眩まされながらも、さっと必要な分を抜き取ってケースをガバッと閉じた。誰にも見られてないかなと内心冷や冷やモノだ。自分で頼んでおいたハンバーグ定食にも手が伸びない。ホットコーヒーをちびちび飲みながら、目の前で一人大食いに興じているシャドウさんを見ているしかないというか。
「冷蔵庫の中の物、勝手に食べてもいいって書き置きしてたのに」
「最初から中身の無い冷蔵庫に用は無い」
 あれーっ、そうだったっけーっ? やっだなー、そういえば最近食材単位の買い物してない気がするわぁ、てへっ☆
「はあ……」
 頭を抱えざるを得なくなった。いつからこんなに無計画な生活になってしまったんだろうな、私。
 大幅に冷めた感情でもって、ようやくハンバーグ定食に手を伸ばした。目の前でやたら淡々と大食いしているチャオとか、横に置いといたケースとか、いよいよ気にならなくなってきた。順応って怖いね。
「で、話ってなんですか?」
 一口目の米とハンバーグを丁寧に咀嚼して飲み込んだ後、ようやく本題へと切り出してみた。奢るだけ奢ってお終いだったら大変である。
「ん……ああ、そうだったな」
 何がそうだったなだよ。お前マジでタダ飯にありつくのが目的だったんじゃねーだろうな。
「いや、我ながら有り得ないことを聞こうとしているものだからな。恐らくは俺の勘違いだと思うんだが……」
 から揚げを一個口に放り込んで意味深なことを言うシャドウさん。思わず私もホットコーヒーを口に付けたまま硬直してしまう。さっきまでの冷や冷やとは別のものがじんわりと体に降りかかるような錯覚を覚える。
 そしてシャドウさんが切り出した言葉は、驚きの一言だった。
「お前、ずっと前にどこかで会ったことはないか?」
 …………うーん、おいしいホットコーヒーだ。今の一言を聞いて噴き出さなかった私を誰か称賛してほしい。
「お断りしますよ」
「言うと思った」
 じゃあ言うんじゃねえやい。
「で、はなしはそれだけですか。すてきなじょうだんですね、まる」
「いや冗談じゃないんだが」
 何が冗談じゃないっていうんだ。
「会ってるわけないでしょう。あなたとはお山の上で会ったのが初めてです」
「そうか。……まあ、そうだな」
 パスタにさしたフォークをくるくる回しながら、自分を納得させる為に軽く唸る。確かに、どうも冗談で言ったようには見えない気がする。多少なりとも気になった私も少し話を聞いてみることに。
「どうして、私が前にあなたと会ってると?」
「さあな」
「さあな、て……」
「よく覚えていないんだ。ずいぶん昔に、ユリという名前に聞き覚えがあったような気がしただけだ」
 別にユリなんて名前、珍しくともなんともないだろうに。それに、だ。
「聞き覚えがあるなら、もっと最初の内に聞くものでしょう?」
「聞く機会が無かっただけだ」
 そうかなぁ。
 首を傾げながら、ハンバーグをもぐもぐする。しばらくはその味に集中していたが、だんだんと沈黙の中で目の前のシャドウさんが一人大食いコンテストをしているのを私一人で観賞しているのも暇なので(と思って周囲を見たら何人かが面食らった顔でこっち見てた)こっちから話をふっかけてみる。
「そういえば、私ってまだシャドウさんの本名を知らないんですよね」
「ん? 俺の名前が知りたいのか?」
「え? ああ……」
 聞くつもりで言ったわけではないが、よくよく考えたら聞いてるようなものだった。
「さて、なんだったかな……」
 かと思えば、シャドウさんは唐突に動かしまくっていたナイフとフォークを置き、腕を組んでうーんと唸り始めた。その行為の理由がわからず、私も手にしていたフォークを置いた。
「なんで悩むんですか?」
「名前なら仕事柄山ほど名乗ってきたからな。よく思い出せん」
「いやいや、だって本名ですよ? そうそう忘れないでしょう」
「どうだったかな。足だか航空機とかだった気がするが」
 足? 航空機? 一体全体どんなセンスしてるんだよ名付け親?
「まあなんだ、俺の名前なんかに意味はない。これまで通りに呼んで構わん」
 そう言って、再びナイフとフォークを手に取った。シャドウさんの大食い劇場再演。私はそれを眺めながら、ささくれレベルの引っかかりを感じていた。
 シャドウさんの名前。確かにそれ自体に意味は無い。少なくとも私はそう思っている。それはシャドウさんも同じだろう。普通なら、こうやって納得している。
 だが、なんだろう。この私の中の燻りは。自分にはおおよそ関係の無い、詮索するほどのことでもないと思っているのに、つっつきたくてしょうがない。いったい、何故?
 ……私はもう、どうしようもなく「それは違うよ」と言いたがっていた。
「本当に、意味はないんですか?」
「…………」
 シャドウさんは、構わずに食事を続けていた。返してきたのは、軽い頷きだけ。私も構わずに言葉を吐き出した。
「だったらなんで、あんなことを言ったんですか?」
 これにも特に反応しなかった。ほんの僅かだけ、視線をこちらに寄越したくらい。……でも、ステーキを切るナイフの手の動きが、少しだけ緩んだ気がする。
 やっぱり、気にしてるんだろう。下手につつけば、余計酷くさせるだけかもしれない。でも、ここまで来たら引き返せないだろう。
 手持ちの弾丸は、既に火薬をアツくさせている。
「シャドウさん、今一度聞かせてください」
 目が合った。シャドウさんは、ステーキを口に含みながら顔を上げていた。普通に見れば、ただそれだけの顔。
 だが、このシャドウさんの目は――私に期待を寄せるような、そんな目をしていた気がした。


「あなたはいったい誰なんですか?」

このページについて
掲載日
2011年2月8日
ページ番号
17 / 20
この作品について
タイトル
小説事務所 「開かずの心で笑う君」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年1月16日
最終掲載
2011年2月8日
連載期間
約24日