No.4

「ご協力、感謝します」
 相互共に利益一致す。ぺこぺこ頭を下げるGUNの上官さんの手を、所長はやる気無さ気に握り返した。
「しかしお前らも無駄足踏んでたもんだなぁ。どうせ医学面追求しかしてなかったから何も掴めなかったんだろう」
 しかも協力体制を見せた途端に皮肉が飛び出すもんだから、もう放っておいていいものかと思う。
「いやはや、お恥ずかしい」
 確定した。放っておこう。これが自然なんだ。
「まぁ、今も状況は変わんねーけど」
 所長の言葉に、その場の一同は一度沈黙に包まれた。
 突如全世界を覆ったラリーストパラダイス。その原因に、毎日同じ夢を見続ける事が起因している事はわかった。これは大きな一歩だ。
 しかし、その一歩踏み込んだ先は未だ未知の領域だった。むしろこれからが本番とでも言うようだ。
 何故同じ夢を見続けるのか。負の面を持った夢を見るのは偶然なのか、意図的にそうされたものなのか。これは人為的なものなのか、それとも偶発的なものなのか。
「私どもは、これは人為的なものだと判断しています」
 自信があるように上官さんがそう言い放ち、よく響く指パッチンを披露。それに反応したレフトのSPがどこからともなくノートパソコンを取り出した。どこにしまってたんだろう。
「世間の混乱を防ぐ為、マスコミにはなるべく情報を漏らさないようにしているのですが――ご存知の通り、発狂者は世界各地で続出しています。具体的な数は、この通りです」
 GUN内部にまとめられたデータ群らしき中の一部に記録されたその数を見て、私は息を呑んだ。
「約……ななおくっ?」
「ええ。推計された世界人口の一割です。正確な数というわけではありませんが、少なくとも億以上の発狂者がいるわけです。ちなみにここの国民だけでも千五百万人程と報告を受けています」
 せいぜい数百万程度と高を括っていた私は当然の如く面食らった。街を歩けば何人かすれ違ってもおかしくない――そこまで考えて、私はようやく気付いた。同好会に所属している私の友人もラリパラだったのだ。カズマと並んで、私達の身近にもラリパラ患者は潜んでいる。
「そして、その発狂者全員が例外なく悪夢を見続けている。これは明らかに人為的なものだと言えます」
「まぁ、その線は濃いだろうな。……だが、そうすると問題が出てくる。お前さん達もわかるだろう」
 上官さん、SPさん達が無言で頷く。そして何故か、みんなの視線が私へと向いた。自信が揺らぐからやめてほしいなそういうの。
「ええと、悪夢を見る理由?」
 無難に答えたら、みんな優しい目になった。努めて気にしない事にする。
 もしこれが人為的に引き起こされたものなら、その方法は一体何か。前例なんてこれっぽっちもないから、私達には方法なんて皆目検討がつかない。
「ウィルスでも蔓延してるんじゃねぇかな」
「悪性電波の仕業かもしれませんね」
「食品テロの類なのかも」
 飛び出す仮定は、大体こんなものしかない。
「まぁどのみち、これはいわゆる実験だろ」
「と、言いますと?」
「もし悪夢を見せる事が目的だとするなら、きっと七億という被害者は少ない部類だ。実行犯は、本当の意味で世界中の人間を悪夢に叩き落とすつもりだったろうよ」
 所長が何気なく話す恐ろしい仮説に、私は思わず体を震わせた。
「まさか、そんな」
「だって考えてもみろよ。俺達は悪夢でないにしろ、同じ夢を見続けてる。これはきっと俺達もターゲットだったはずだけど、予定外に意味不明な夢を見たと推測できる。あるいはこんなテロ染みた事が目的じゃない場合、悪夢の方が予定外なのかもしれない」
 根拠はねーけどな、と気軽に話す所長の頭脳に、私達は揃って感嘆の息を漏らした。わかりやすく、そして筋の通る分析だ。その頭脳は眠ってはいない事がわかる。
「まぁ、憶測だけで話したって何も進展ねーんだけども。捜査の方針くらいは決まるだろ」
「しかし、あまりにも捜索範囲が広すぎませんか? あなたがたは一体どうやってこの事件を調べるつもりですか?」
 上官さんがその質問をふっかけると、所長はその目をじーっと見つめ返した。えっ? って顔をした上官さんが私にも目を向けてきたので、所長にならって見つめ返してみる。
「も、もしかして我々が捜査するんですか!?」
 そういう事らしい。
「あのなぁ。こう見えて俺達、九人しか従業人いねーのよ。世界各地に拠点置いてるお前さん達と違って、俺達が駆け回れるのは球場程度なの、わかるか?」
「いや、しかし私どもはすでにあなたがたに捜査を一任するつもりでいましたので」
「依頼受けてやってる身なんだからそっちは捜索ぐらいせぇよ。こっちは情報面担ってやるから」
「は、はぁ……しかし、どこをどうやって」
「まぁ、さっき言った可能性潰す事からやってみれば? ウィルス探しだの、悪性電波検知だの、食料問題だのさ」
「う、うむぅ……」
 そうやって会議してるのがあまりにも楽しそうだったから、私はこれ以上口を挟まない事にした。


「んじゃあ、カズマの事よろしくな」
 上官さんが実にへこんだ顔で帰った後、私は所長にカズマさんの所へと寄ってくように頼まれた。地味に厄介な事を頼まれた。
 所長室の扉を背もたれにしながら溜め息を吐く。久々に忙しくなってきた。
 思えば私の当初のポジションは、事務所内では最有力のベンチ候補である予定だったのに、所長が変に仕事を回してくるものだからあっちこっち走り回るハメになっている。
「まぁ、別にこれくらい良いんだけどさ」
 そんな事を言っても始まらないので、それほど凝ってもいない肩を回して出発しようとし、すぐにその足を止めた。
「出かけるんですか?」
 ハルミちゃんが、ちょうど階段をあがってこちらにやってくるところだった。
「うん、カズマの家にね。一応お仕事なんだけど」
「ひょっとして、さっきのGUNの人から?」
 どうやらすれ違っていたらしい。話が早い。
「あの、わたしも一緒に行っていいですか? その、心配なんです」
 特に断る理由もないので、私は頷きだけで返事した。


 それにしても、天気が悪い。ここ数日、日の光が差し込むのを見ていない。
 天気予報では降水確率も高いと言われているが、今日も路面は濡れていない。逆にそれがうっとおしくて、さっさと降ってくれないかなと思い、その考えを改める毎日。街を歩く人達もほとんどが傘を持っていない。持っている人も手に持った傘を面倒くさそうに振り回したりする人がちらほら。
 そんな街の様子に感化されたのか、カズマの家へ向かう私達の間には会話が少なかった。たまに私がハルミちゃんに適当な言葉を振ってみるのだが、二言三言で会話は途絶える。
 やっぱりそんな気分じゃないのかなと思っていたが、どうも違うらしい。ハルミちゃんの顔を横目で見てみると、さっきから何か考え事をしているように見える。この前も確かこんな様子だった気がする。GUNとの合同作戦の次の日といい、考えている事が表に出るタイプなんだな。
「ハルミちゃん、なにかんがえてるの?」
「えっ?」
 試しに声をかけてみたら、目に見えて驚いた。隠し事もできなさそう。
「いえっ、別に何も考えてません! ち、ちなみにHPは2100です!」
 そこは聞いてねーよ。というか何の話だ。またカズマ達に仕込まれたネタなのか。
「アクションコマンドに失敗したので、HPだけですっ」
 ネタっぽい。というより、その体力の基準がわからないので高いのか低いのかわからない。
 結局、その後もハルミちゃんは考え事をしながら歩いているように見えた。


 カズマの住むマンションに着いた頃には、空色が露骨に悪くなってきた。
「こりゃ、そろそろ降るかも」
「急ぎましょう」
 そう言ってハルミちゃんはマンションの中に駆け込――いや、外壁にあるパイプを登り始めた。
「ちょっ、ちょっと」
「居留守なんでしょ? 時間が勿体無いです」
「いや、別にそれくらいの余裕は……」
 そんな言葉なんかちっとも聞こえやしないのか、ハルミちゃんはパイプを勢い良く登っていく。何をそんなに急ぐ事があるんだ、雨に濡れるのが嫌なのか?
 とにかくいつまでも眺めているわけにはいかないので、私も過酷なロッククライミングに挑む。前にヒカルと登った時は周囲をすこぶる気にしたが、ハルミちゃんが急いで登るのに釣られてそんな事に気を配れない。おかげさまで、前の三倍の速さでカズマの部屋に辿り着いた。ハルミちゃんはお構いなしにベランダの窓をがらっと開け、ずかずかと部屋に入り込んでいる。
「カズマさーん!」
「ハルミちゃん、そんな勝手に入っちゃ」
「それはヒカルさんに言ってからにしてください」
「いや、そういう問題じゃ」
 聞く耳持たず。ハルミちゃんはさっさと別の部屋を探しに行ってしまった。
「……ないんだけど」
 失速した言葉を吐き切って、私は横にあるベッドに腰を降ろした。
 カズマの自室。前に来た時と比べて、大して変化がないように思える。局地的に整理されていない、妙に区切りのある部屋。ゲーム機の周囲に散らばるパッケージ、パソコンの周辺に積まれた厚い本。ベッドから立ち上がってそれらを手に取ってみると、見覚えのあるものから全然知らないマイナーなものまで、実に様々な物がある。
「私も趣味が広がったなぁ」
 なんとなく、そんな呟きが漏れ出す。パウに貸して読んでもらったライトノベルに感化されて、私もアニメやゲームなんかの知識も多少はわかるようになっていた。いわゆる、二次元?
 パソコンに積まれた厚い本の内の一冊を手に取り、パラパラと捲ってみる。どうやら攻略本のようだ。こういうのは普通の本と違って特に繰り返し読む事が多いから、よくページにボロが来る。だがこれは新品同様と言っていいほどの物だった。まるで使っていないように見える。ひょっとしたら買うだけ買って読んでないんじゃないだろうか。
「まぁ、攻略サイトがある時代だもんね」
 ネットが発達してから、攻略本は一種のファンブックともなりつつある。ひょっとしたらカズマはそうと認識して攻略本をこんなに沢山買っているのかも知れない。
 手にした攻略本を本の山に戻し、私はマウスに手を触れてみた。少しずらすと、ディスプレイが明るくなる。どうやら電源をつけたままずっとスリープ状態で放置していたようだ。普通のノートパソコンよりも大きめのパソコン。いわゆるラップトップ型と呼ばれるものだ。小さいキーボードが扱い辛い私は、こういうのがしっくり来る。関係ないけど。
 最初に目に飛び込んできたのは天気予報のサイトだ。どうやらカズマも天気を気にしていたらしい。いつの話かはわからないが。
 更新ボタンを押して、最近の天気を確認してみる。今日の降水確率は60%。ふと気になって窓の外を見てみると、いつの間にか空色は元に戻っており、雨の降る気配が消えていた。
「また外れか……」
 もう100%以外の降水確率は信用しない方がいいのかもしれない。一応もう少し先の日の天気もチェックしてみると、降水確率100%は二日後ぐらいらしい。これで外したら天気予報なんて未来永劫信じない。
 お天気チェックも終わり、おもむろにタブをチェックしてみると、どれもこれも攻略サイトばかりだった。開いたままずっと放置してたのがよくわかる。事務所でヤイバと遊んでばっかで家でもこんな調子じゃ、いつ寝てるかわかったもんじゃない。所長が随分健康的に見えてくる。
「ユリさんっ」
 突然、部屋の扉をバンと開いたハルミちゃんが勢いで転んだ。
「だ、大丈夫?」
「カズマさんが……」
 痛そうな顔で起き上がって。
「カズマさんがいません!」

このページについて
掲載日
2011年1月16日
ページ番号
5 / 20
この作品について
タイトル
小説事務所 「開かずの心で笑う君」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年1月16日
最終掲載
2011年2月8日
連載期間
約24日