No.2


 次の日。
 カズマはまた欠席していた。

「ごめんね、付き合わせちゃって」
「ううん、全然大丈夫。どうせ暇だし」
 結局、お見舞いという名のお説教メンバーは私とヒカルだけになった。ヤイバはオテアゲザムライという謎のポーズを取って自粛し、ハルミちゃんは「お任せします」という一言だけを私達に預けた。
 昨日は結局、正午を軽く過ぎて二時半頃に事務所に来たハルミちゃん。頭痛を理由にして一応謝ったのだが、もちろん誰も怒る事はなかった。怠慢企業の最先端を地で行く事務所故の待遇だ。
 だからカズマの欠席に対しても、所長を始めとして多くの面々が口を揃えて「どうでもいい」とか言うもんだから、そわそわしまくるヒカルの肩を私が叩いたというわけだ。
 最近わかった事だけど、私ったらどうもお人好しな気がする。
「大丈夫よ、誰もマイナスに思ってないから。おかげで前も所長さん達を」
「わかったありがとうお願いだからそれ以上はやめて」
 続く感謝の言葉を、私はとにかく遮った。
 所長達の疑惑の可能性を私の手で振り払ったあの事件。思えばあの時、私は二度も恥ずかしい真似をした。
 最初はGUNとの合同作戦の時の、敵側のヒーローチャオへの啖呵。あそこから形勢が逆転したような展開を迎えたが、ぶっちゃけた話あんな恥ずかしい言葉は欠片も要らなかった。あれを戦線にいた全員が聞いたというのだからやってられない。
 しかも後日、パウ達の冷えきった声に熱を取り戻させるさせる為に演説をした。あの時、私はパウの「どうしてボク達を信じてくれるの?」という簡単な質問に答えられなかった。その時代わりに答えてくれたのはヒカル達だった。
 ただ、その後に頭を冷やしてよくよく思い返すと実に幼稚な理由だった。
 ――パウの冷えきった声が耳障りで逆上しただけだ。
 あの時の私の頭は如何にもな綺麗事で飾られていた。だが結果はどうだ? 幕は別の人間が引いた。家族? まだ二ヶ月も付き合いがない私に、そんな感情はない。その点で、私はパウ達とは同意見だった。
 後で冷静に考えれば、私は子供を満足させる為の幸せなストーリーをでっち上げただけだ。
 まぁ、そんな道化みたいな真似をしたのはいい。問題はその時の演説内容だ。なんだよあれ今時あんなバカな事口走る奴が現実にいるかよ筋金入りのファンタジアじゃねーんだぞマジ赤っ恥もんだよおい。
 ――訂正しよう。
 最近わかった事だけど、私ったら恥ずかしがり屋な気がする。
「大丈夫、恥ずかしがらなくていいから」
 そう言われるのが一番恥ずかしいんだよなんでわかんねーんだテメーカズマの事突っつくと抜刀するくせによー。
 なんて言葉は、口が破けても言えなかった。


 そんなこんなで、カズマとヤイバが利用してるマンションの前までやってきた。
「で、あたしのマンションはあっちね」
 そう言って向かいのマンションも教えてくれた。
 まぁ、なんつーか。
「でけぇ」
 良くて五階か六階程度だと思ってた。十何階あるんだこれ。
「カズマのとこが18で、あたしのとこは15かな」
 私は主要都市に住んでいる事を改めて再認識した。これくらいが当然なのかもしれない。それなのに私ったらちょっと広いのが唯一の長所であるおんぼろあぱぁとに住んでるんだもんなぁ。不公平にしか思えない。
「所長に頼んでみたら?」
「え? なんで」
「お家がないよーって愚痴ったら、いつの間にか居住権が」
「えぇ……」
 改めて、我らが小説事務所の化け物っぷりも再認識した。極度のお人好しか、よっぽど金の使い道がないかだ。そのうちヘリにでも乗って金ばらまきだすんじゃないだろうか。
 私がそんな事を考えながらマンションを見上げていたら、ヒカルがマンションの入り口から出てきた。あれ、いつの間に入ってたんだ。
「ダメね。居留守決め込んでる」
 最近のマンションと言えば、セキュリティ面がそれなりにしっかりしてる。玄関口には入居者の持つ鍵が無いと入れない自動ドアだとかもあるし、裏口とかそういうのには監視カメラが付き物だ。
 来客者は玄関口のお電話っぽいサムシング使ってお目当ての人物が住む部屋の番号を押して入居者へ通話、然る後いいから入れろと催促してようやく入れるわけだ。実に面倒くさい。私がアパートを選ぶ理由の一つ。
「仕方ないわねー、自力で行くか」
「え? 自力って?」
 言葉の意味を理解しかねる。そんな私をよそに、ヒカルはマンションの外壁を伝って何かを探す。止まった位置は……排水用のパイプ。

 ヒカルは。
 有無を言わず。
 登り始めた。

「はあああああああああ!?」
 テメーツッコミキャラだからって調子乗んじゃねーよどっちが本業だよ涼しい顔してツッコミしといてこういう局面でボケてんじゃねぇよ兼業してるつもりかよそれとも「こういうのは天然だからぁ、ノーカンなんですぅー」とか言ってごまかすつもりじゃねーだろーなおい待て――
「あ、待ってていいから。すぐ戻る」

 …………。
「誰も……見てないよな?」
 仕方ないから、私も登る事にした。


 だからって、最上階とかはないと思う。
 バカとなんとかは高い所がなんとやらと言う。カズマの場合は知識面は悪くないんだろうけど、やってる事は確実にバカだ。
「ほら、起きなさいよ! こっちの気持ちも知らないで、居留守決め込むぐらいならせめて下の階に引っ越してよ」
「……また登ってきたの?」
 ベッドで布団の蓑虫へとジョブチェンジしたカズマの呻くような声がそう答えた。
 というかツッコミどころ満載である。またってなんだ、ヒカルに対して居留守使ったらエブリディ不法侵入かよどういう神経してやがる。明らか下の階に越す手間は未来永劫必要ない。本当にツッコミっていう勢力なのかよハリセン響かせるのが仕事じゃねーんだぞ。
「事務所来ないのは勝手だけど、連絡ぐらいはしてよ」
「心配かけてるのはわかってるけど」
「だ、誰が心配してるって言ってるのよ! あんたが来ないと暇だ暇だってヤイバがうるさいの!」
「いや静かだし、うるさいのはヒカ嘘ですごめんないその紙の束しまってください」
 だんだん付き合いきれなくなってきた私は、カズマの部屋へと意識を移した。
 感想としては、意外なものがあった。事務所生活でのヤイバとの姿を見ていると、部屋に本だのパッケージだのが乱雑してるのかなぁと想像していたが、その実結構片付いていた。
 ただ綺麗と言えるかと言えばそれほどでもなく、パソコンの周辺やテレビの前のゲームだとか、そういう局地的な範囲で片付けがされていない。ある意味区切りのついた性格の現れた部屋だ。と思う。
「そんな事はいいの! とりあえず元気なの元気じゃないの?」
「元気じゃない」
「どっか調子悪い? 頭? お腹?」
「別に」
「じゃあ何よ? 季節外れの五月病?」
「うん」
 私だったら、ここでハリセンを抜刀していたに違いない。普通に聞いていたら、ここがツッコミどころだと思ったから。
 でも、ヒカルは違った。
「……何があったの?」
 抜いたのは、ハリセンではなく気遣いの言葉だった。
「別に」
「嘘。いつまでも中学のガキみたいにしてないで言いなさいよ」
「何もないよ」
「いいから、とりあえず布団から出て」
「面倒くさい」
「別に寒いわけじゃないからいいでしょ、早く」
「やめろよ」
「カズマっ」
「やめろっていってるだろ!」

 布団から出てきたのは、酷い顔だった。
 目の焦点は緩く動いて定まらず、口は微かながらも震えてる事がわかる。
「……ごめん」
 謝ったのはヒカルではなく、カズマの方だった。
「ねぇ、どうしたの? 何があったの?」
「具合悪いだけじゃないでしょ? いいから言ってみて」
 タダゴトなんかじゃない。そう思った私達は居ても立ってもいられず、考え得る様々な気遣いの言葉が口々に漏れた。
 だけどカズマは、その全ての言葉に対してたった一言だけ言って沈黙した。


「ごめん。一人にして」


――――


 後日、やはりカズマは来なかった。

 雲が太陽を覆い隠し始めたお昼頃の所長室で、所員達は集まっていた。
 所長であるゼロさん、IQ数百疑惑の天才少女であるテイルスチャオのパウ、受付に佇む幸運の笑顔を持ったウサギっぽいヒーローチャオのリムさん。
 武力派ツッコミのヒカル、今日は所長室の隅にあるパソコンを占領しているヤイバ、関節技プラスカズマ達に仕込まれた謎のネタを構える灰色ヒーローコドモチャオのハルミちゃん、考える人も腰を浮かす不動の石色アンドロイドヒーローオヨギチャオのミキ。
 そして来客用ソファの端っこに、民間ソニックチャオの私がちょこんと座っていた。なんか向かいに座るパウがじーっと見つめてくる。その視線はおそらく私のカチューシャに向けられているのだろう。このカチューシャの正体は通信機なのだが、申し訳程度につけられた白いリボンの装飾は彼女のコーディネイトだ。これ以上弄らせてたまるかよ。
「――で、どうしろって?」
 流石に所長も鬼じゃないのか、私達の説明を聞いてなお放っておけとか言うわけじゃなかった。だが、それに対して打つ手がない事も理解している。それを含めて、やや冷たさのある言葉を寄越した。
「これ、内輪だけの問題じゃないかもしれないね」
 どこか確信めいた言葉を持ってソファを立ち上がったのはパウ。
「内輪だけじゃないって?」
「最近話題のラリーストパラダイスだよ」
「は?」
 私の声はヒカルと重なった。オフロードレーサーのお祭り?
「ラリった人がパラダイス」
 とんだ造語だなおい。
「どっちの意味で取ってもあぶねぇー」
 今日そんな言葉を飛ばすのはヤイバだけだ。相方は今日はいない。だけどそんな事欠片も気にしてないように見える。これが取り繕った演技だとしたら大したものだと思う。
 要約して発狂者続出事件の意味である事を確認して、話を続ける。
「ゼロから依頼者が来たって聞いたから、リムと一緒に少し調べてみたんだ。カズマはそのケースとほぼ一致する」
「なんだお前ら、わざわざ調べてたのか」
「はい。ラリパラ該当者の初期症状は多様ですが、大方は人との接触を避けるという事が挙げられます」
 略すんじゃねーよ。
「初期症状が多様って、他にも何かあるん?」
「そうだね。拒食気味になる、行動したくなくなる、発声も億劫になる、などなど。基本的には引きこもりだすよ。ある種の鬱病だね」
「じゃあ、鬱病なんじゃないの?」
「それで済めば、ですけどね。このまま日数が過ぎるとじきに発狂します」
「どれくらい?」
「正確な日数はわかりませんね。個人差が強いようです。三日程度で発狂した人もいるし、中にはラリパラ発覚以前からずっと鬱な人もいるとか」
 見積もって一ヶ月くらい前、と補足された。そんな長い期間も家に引きこもるなんてちょっと想像できな――何故かみんなの視線が私に集まった。
『ひょっとしてユリもラリパラだったんじゃないの?』
 そんな幻聴が聞こえた。いやにはっきり、みんなの声で。
 私のみが解く事を許された沈黙が訪れる。
 窓の外が、異様に暗い。今日は曇りだ。季節外れの台風が近付いてるわけでもないけど、ひょっとしたら落雷したりするかもしれない。そういう不安が、雲のように近付いてきたけど。
 私は首を振って、その妄想を振り払った。
「そんなに根性無しじゃないから」
 自分でもわかるくらい、頼りなく首を横に振った。
「……まぁ、ユリは原因がはっきりしてるからな」
 所長の素っ気ない言葉が、酷く安心した。
 雷なんて、落ちてこなかった。


 結局、それ以上の詳細な情報は出てこなかった。所員達はろくな対策も立てられぬまま解散。
「ちょっと寄るところがある」と言った所長は、何故か冷蔵庫からコーラを何本か取って出かけてしまった。それを見た所長室常連のヤイバもつまらなさそうに退散。
 そうして部屋に残されたのは、私含めた三人だった。その中で終始口を開かなかった一人に私は声をかける。
「どう思う?」
 ハルミちゃんだった。ミキはそもそもべらべらと喋らないのでノーカンだ。
「え、何がですか?」
 何故かぼーっとしていたハルミちゃんは、声をかけられただけで驚いたのがわかる。
「ラリパラの事。カズマもその節があるって」
「あの、実際に見てきたんですよね。どうだったんですか?」
 小さな子供の見せる心配そうな目を見ると、何か嘘をつきたくなる。けど、さっきの話を聞いてカズマがラリパラ患者だという事はこの子にもわかっただろう。嘘は意味を成さない。
「はっきり言って、酷い状態だった。ひょっとしたら……発狂寸前かも」
「……そうですか」
 でも、ハルミちゃんは信じられない顔をするわけじゃなかった。むしろその事実を吟味するように黙り込み、口元に手をあてて考え込む。
「何か気になるの?」
「……別に、そうじゃないんですけど」
 とかなんとか言っておきながら、考え込む姿勢は崩れない。この子なりに気になる事があるのかもしれない。意見として成立したら聞く機会もあるだろうか。
「ミキは?」
 一応、今日ここで会ってから動いているところを見ていないミキにも話を振ってみた。なんの誇張表現もしていない事を言っておく。素でピクリとも動いておらず、部屋の隅にある椅子で置物業まっしぐらだ。
「何も」
 ようやく動かした口元は、たった三文字の言葉を私達に向けて放った。
 今時どのオモチャだってべらべら喋るのにな。

このページについて
掲載日
2011年1月16日
ページ番号
3 / 20
この作品について
タイトル
小説事務所 「開かずの心で笑う君」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年1月16日
最終掲載
2011年2月8日
連載期間
約24日