No.1

「……執念が足んねぇ」
 お目覚めの言葉はそれだった。


 事務所に行く途中の道で、新聞を眺めながら夢の出来事を思い出していた。
 なんか知らないけど、有名どころっぽいゲームセンターで私が格闘ゲームの大会をしていた夢だった。
 生まれてこの方格ゲーなんてやり込んだ覚えはないのだが、いとも簡単に決勝戦目前のところまで来て、最終的に最弱キャラを使いこなすとんでもないプレイヤーに負けた。その辺りで目が覚めたはず。
 目覚めの言葉は、確か大会実況者辺りが吐いた言葉だと思う。

 最近は、本当におかしな夢ばかり見る。
 昨日は店の存続を掛けてやくざと野球したし、一昨日は得体の知れない悪魔と高レート麻雀したし、というか私ったら誰かと何かして戦う夢ばかり見ている。
 しかも決まって、私は強い。
 これはあれか、潜在意識の嫌味か。現実の私のスペックとの格差を見せしめているのか。今まで見た夢を大体覚えているあたり間違いないと思う。ふざけんじゃねぇ。
 私が普段手に取らない新聞をわざわざ売店から適当に取ったのもそれが理由だ。どうも調子が狂うから、気を紛らわしたい。
 それなのに、世間は私のニーズに合わせて動かない。
「これで何回目だよ」
 一般市民を代表して、私が愚痴った。今日も精神異常者についての記事がデカデカと載っているのだ。
 一週間前から、世界各地で大勢の発狂者がちょくちょく現れるようになった。原因は不明。各地の病院はてんやわんやのお祭り騒ぎだそうだ。
 一貫性は、今のところよくわかっていない。刑務所の囚人達のほぼ全員が発狂しているという情報もあるが、民間にも多くの発狂者がいるし中には小さな子供も発狂している。この関連性は、未だに不明だとか。
 こういう時だからこそ楽しい話題を提供するのが世間の勤めだろうに、そんな記事はどこにも書いてなかった。これだから新聞は面白くないんだ。最近はテレビ離れも多いって聞くし、報道機関の寂れる日は近いなぁとか真剣に考えだしてもおかしくない。

「げ」
 そして、嫌な事は続くものだ。
 ちょうど横断歩道に差し掛かろうという所で、あるチャオの姿を見つけてしまった。例の野次馬同好会へ私を無理矢理入会させた、私の友人だ。
 困った。最近は同好会に顔も出していないから、ここで鉢合わせしたら何を言われるかわかったもんじゃない。開口一番怒るか泣くかして、私の首根っこを掴んでファミレスへと連行、そこで午後になるまで散々説教だの身の上話だのを一方的に聞かされた後カラオケに行こうとするに違いない。全部私の奢りで。
「あ」
 しかも、逃げようと思う前に見つかった。やべぇ、私の今日の一日が終わる。
 意味も無く身構えた。見ろ、あの友人の顔。凄い形相をしている。そしてずんずんと人混みを掻き分けて私の元へ歩いて――来ない。
「あれ?」
 いったいなんのフェイントか。構えを解いて、自然体で待ってみる。
 来ない。
 思い切って、手を振ってみる。
 来ない。
 ……仕方ないから、こっちから近付いてみる事にした。
 後退りした。
「冗談だろ?」
 思わずそんな言葉まで漏れた。流石に何事かと思って、友人の元へと小走りで近寄る。友人はなおも後退りしたが、途中でコケそうになったのを堪えてその場で止まってしまった。
「あの、どうして」
「来ないで!」
 ……冗談だろ。
「あ、う、その、ちが……ううん、その」
「どうかしたの?」
「あ、あな、あなたとは、ぜ、絶交!」
「は?」
「絶交! 絶交だから! そういうことだから! 同好会にも、あたしが退会届け出す! に、二度と来ないで!」
 それだけ一気に捲し立てて、友人は何処かへ走り去ってしまった。

 最近、何かがおかしい。
「……これ、喜んでいいのかな」


――――


「ユリ、カップ麺できたよ」
「ああ、どうも」
 私の分のカップ麺を手渡して、ヤイバはまた携帯ゲーム機を弄り始めた。毎度の事ながら、こうして窓の光に照らされた灰色のテイルスチャオという奴の違和感は究極だ。
 受け取ったカップ麺を食べながら、私はこの部屋――ひいてはこの事務所の主たるソニックチャオの寝姿へ視線を移した。白い帽子をアイマスク代わりにして、今日もゼロ所長は明るい睡眠時間を貪る。
 小説事務所は、今日も平和だ。
 名前に反した何でも屋は、有名人の護衛もするし傭兵部隊みたいな事もする。一度は崩れた結束を持ち直した日々もあったりしたけど、そんな事は誰も覚えてないかのように平和だ。
 私みたいな一般人が、暢気に所長室でカップ麺を啜る事ができる。これ以上の職場は、あらゆる意味で見つかりはしないだろう。
「というか、まだ残ってるんだ」
 所長室備え付けの冷蔵庫の上に乗せられたというか飾られたカップ麺は、もはや食べるのが勿体無いぐらいに沢山あった。所長が義兄さんに押し付けられたというカップ麺だ。
「当分の昼食はカップ麺だろうね」
 なんか貧相な事務所だよなぁ。裕福な筈なんだけども。
「でもこの事務所が出前頼むと、どの店の人もあれはいかがこれはいかがって言うんだよな。なんでだろ?」
「ネタで質問してるの、それ?」
「うん」
 タチ悪いな、おい。
 私達がそんな他愛の無い会話をしていると、ノックも無しに所長室のドアが開かれた。
 そこに立っていたのは、ヒーローヒコウタイプのチャオの姿。事務所きっての武力派ツッコミ少女、ヒカルだ。ドアを開けるや否や、部屋の中をキョロキョロと見回す。
「どうしたん?」
「……ううん、なんでもない」
 何故か肩を落として溜め息を吐き、それから寝ている所長に近寄って体を揺すった。
「お客さんですよー」
「誰」
 帽子の下から気だるい声が聞こえてきた。眠そうにしてるけど、起きるのだけは早い。
「失礼します」
 所長室に入ってきたのは、スーツを着た初老の男性だった。その後ろに警察官らしい格好の男が二人、スーツの男に随伴していた。
「んだよ、よりによってGUNか」
 顔を上げて帽子を被り直した所長の顔は、誰が見ても嫌そうだった。横にあった眼鏡を掛けて、所長の正装へと戻る。
「先日の合同作戦の件については、改めて感謝の意を表します。町内復旧の資金援助にも手を貸してくださったようで」
「毎日を健やかに眠れる町づくりに貢献してるだけだ。それよりちゃっちゃと用件を言ってくれ、断ってやるから」
 スーツの男が感謝の言葉をズラズラと並べ出すのを、所長は見事に両断した。
「GUNと事務所って、仲悪いの?」
「本当はね。体裁上は仲良くしてるけど、事務所の存在を快く思ってる権力者は多くない」
 そんなヤイバと私の小声の会話をよそに、話はおよそ良い方向には進んでいないようだった。
「報酬は弾ませていただきます」
「うちの店の看板を百万回読み直してから出直してきな。金じゃ動かん」
「しかし、事は急を要します。この依頼を解決すれば、世界各地での問題も」
「なおさら自分達でどうにかしたらどうなんだ? 困った時にすぐ誰かの力に頼るから良い目で見られねーんだよ、ちったぁ努力しろ努力」
「これは政府からの依頼でもあります。是非とも、あなたがたの力をお貸し願いたい」
「どうせお前らのとこの連中も同じ目に遭ってるから手に終えないんだろ? はっきり言って子供の面倒見るのやめた親が親権を金と一緒に押し付けるようなもんだぞ、もう少し身の振り方を考えろよ」
「ここはいわゆる何でも屋のはずです。何故依頼を受けてくれないのですか?」
「確かにここは何でも屋だが――俺達は偽善集団じゃない。仕事は選ぶし、コンディションにも注意を払う。無責任に仕事を請け負って、解決できませんと依頼者に報告するような真似はしない」
「つまり、あなたがたではこの問題を解決できないと」
「まったくもってその通りだ。どっか催眠術のプロにでも頼むんだな」
 この辺りで折れたのか、GUNのお偉いさんは力無さげに首を振り、そのまま踵を返した。それを見た随伴の二人も揃った動きで回れ右をする。凄い芸だと思う。
「また来ます」
「今度来たら涙の出る差し入れを用意してやる」
 お互いに捨て台詞っぽいものを残して、所長室に再び平穏が戻った。
「……で、なんの話だったんですか?」
 私とヤイバだけあまり話を真面目に聞いてなかったので、私が依頼について聞いてみた。
「ニュースでも騒いでるラリった連中の事だ。あいつらをどうにかしてくれってさ」
「え、どうやって?」
「だから断ったんだ。まぁ気にするな」
 そう言って所長は二秒で寝た。はえぇ。
 しかし、ニュースなんかで取り上げるテレビの向こう側みたいな出来事に私が関わる機会があると、なんだか新鮮な感覚がある。庶民故の感性なんだろうな、こういうの。

「ところで、さ」
 一旦停止した会話を再発進させたのはヤイバ。
「ヒカル、どうしたの?」
 脈絡のない質問に、代わりに私が首を傾げた。どうしたと具体性のない言葉だけで、私は話についていけない。
「あたしの台詞よ。カズマはどう――」
「長年の夢だったネトゲ廃人を目指し始めたよ」
「……そう」
 そこで話は一度途絶える。
 二人の話す横で、私は今の会話を噛み締めて味を確かめる。ヒカルの様子がおかしい。それはカズマの様子がおかしい事に起因する。当のカズマはネトゲ廃人……うむむ。
「なんのゲームして痛ぇ」
 先読みされたようにヒカルにハリセンで叩かれた。
「言葉をそのままの意味で受け取り過ぎよ」
「いや、冗談だって、冗談」
「じゃあどういう意味かわかる?」
「カズマが人目を気にしてネト痛ぇ」
「ユリってアメリカンジョークとかわからないタイプだろ」
 物理と精神的な攻撃を受け、私のヒットポイントは下り坂急降下した。
「……わかるようにおしえてください」
「カズマの様子がおかしいの」
「加えて今日は家で休んでる」
 最初っからそう言えよ面倒くせーな。
「何かあったの?」
「それがわかればあたしだって苦労しないけど」
「彼女としては心配だと?」
「ばっ……!」
 ヤイバがあかんことを口走ったのか、居合い一閃ハリセンの抜刀が襲いかかった。ついでに私にも。
「ちょ、私は何も言ってな」
「彼女って何よ!?」
「いや、今更そんなこと」
「ガキとはいえ仕事してる身なのよ!? 何日も調子悪いじゃ困るのよそうでしょ!」
「ユリが休んでる時には聞かなかった台詞だな」
「だから今ついでに叩いといたのよ!」
「なにそれひどい」
「わかったらさっさとどうにかしなさい! ただでさえハルミちゃんも休んでるんだから」
「ハルミが?」
 思いもよらなかった言葉に、私達は敏感に反応した。
「リムさんの話だと、お昼頃には行くって」
「リムさん?」
「話してなかったっけ。オレ達の履歴は特殊だから」
 よくわかんない顔を傾げたら、ヤイバが丁寧に教えてくれた。
「まず、先輩とパウが近場のアパート暮らし。ただ先輩はあんまり帰ってない。リムさんはハルミと一軒家暮らし。オレとカズマは同じマンション、ヒカルはその向かいのマンション暮らし」
 どんだけアットホームなんだよお前ら。本当に同僚だけって関係じゃない。例えるなら寮生達だ。
「まぁ、今日はいいだろ。明日も来なかったらお見舞いでもしに行こう」
 ヤイバが冷蔵庫から缶コーラを三本取り出して、それぞれ私達に配る。
 プルタブを上げる音を乾杯代わりにして、話はそこで終わった。


 ……あれ、ミキはどこに住んでんのよ? 教えてくれないのかよ、おい。

このページについて
掲載日
2011年1月16日
ページ番号
2 / 20
この作品について
タイトル
小説事務所 「開かずの心で笑う君」
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2011年1月16日
最終掲載
2011年2月8日
連載期間
約24日