十一月二十日

「ふわぁ~っ」
 のぼる朝日を前に、ボクは大きく背伸びをした。
 山の上の生活にあこがれた事はいままでない。だから、山の上の生活がここまですがすがしいものだとは思わなかった。
 のぼる朝日と共に山をかけ、おいしい空気をいっぱいに吸って、家に帰る。ボク、このまま山のチャオにでもなろうかしら。
 ただ一つ、なんをあげるとすれば。
「おなかすいた」
 この山、どこ行ってもしょくりょうが見当たんねぇのなんの。結局ボクは山をおりて、ちょうどいい釣り場所を見つけてくるしかない。しかもその往復かていでスタミナがだだ下がり。ちょっとコストの悪い生活である。
 っつーか。
「何しに来たんだっけ」
 たしかボクは、カオスの足跡を辿るがために(半ばヤケクソで)山にのぼったハズだったのだが、ムダにスタミナを使うだけ使って、何故かふもとにあった空き家に寝泊りするようになってしまった。
 レッドマウンテンの事についてはそれなりにいろいろ知ってたのだが、ふもとに森と空き家があるなんて聞いてなかった。しかもこの空き家、ムダにデカイ。なんとなくボロの来ている洋館と言った感じで、夏の肝試しに訪れてもいいんじゃないかというぐらい。ただ、玄関のドアがボロボロでしょうがない。外れたらどうしよう。
 まぁ、何はともあれ朝ごはんのちょうたつをしなければなるまい。昨日の釣りの成果はイマイチきわまりなかったので、朝の分がかくほできなかった。あー朝っぱらから山を降りるのめんどくせーと空を仰ぐと。

 なんか青いのが飛んでた。

「衝撃! ソニック、飛行能力を備える!」……というわけでもなかった。たしかに青いっちゃ青いのだが、なんというか、にだんかい丸い、みたいな。形容しづらい何かが、その青をソニックではないと訴えていた。
 その青いのは、しばらく空をよこぎるようにふわふわ飛んでいたが、こちらの存在に気付くとしばらく止まってこちらをじっくりとかんさつ。そして一気にこちらにきゅうせっきんしてきた。何コレ、逃げるべき?
 だんだんときょりが縮まり、その姿がよく見えてくる。形がなんだかボクと似ていて。ぷるぷるのぽよぽよではなくてテカテカのピカピカで……。
「オモチャオ?」
 ボクらチャオを模して作られた、オモチャという名称が過小評価的な。それでいて、よくよく考えてみるとなんとなくテカテカのピカピカなロボットのニオイのする。あのオモチャオだろうか?
 そのオモチャオがボクの前にちゃくりくした。なんか、右手にビニール袋をひっさげて。
「あー、ようやく見つけたチャオ」
 すごくつかれたようなそぶりを見せる。キカイですよねあなた。
「君がウワサの放浪人チャオね」
 どうもボクは、名前で呼ばれない事に定評があるらしい。あの度はスナフキンと呼ばれ、その度は旅人と呼ばれ、この度は放浪人と来た。すごくふめいよな名前なんですけど。
「フウライボウね」
「どっちも似たようなものチャオ」
 しかもコイツわざと呼んでやがる。
「ボクはオモチャオ! 困った時は、ボクを探してみるチャオ!」
「困ってない。探してない」
 本能的にツッコミを入れてしまった。しかも今回、探してきたのはあちら側である。
「まぁまぁ、今のはボクたちオモチャオのキャッチフレーズみたいなもんチャオ。それに今、困ってるのはこっちの方チャオ」
 困ってすらいるらしいオモチャオは、自分でうしろのゼンマイを回しながらボクのツッコミを返した。ウワサに聞くオモチャオとちがって、どうもこのオモチャオはおおざっぱな性格をしている気がする。一体どういったAIをとうさいしてるんだろうか。
「立ち話もなんだから、これでも食べながら中で話すチャオ。お邪魔するチャオよ~」
 ボクに向かってビニール袋を放り投げて、何のことわりもなく空き家の中へ入るオモチャオ。ボクも何のことわりもなく利用させてもらってるから、別に何も言わずにボクも中へ入った。
 おもむろにビニール袋の中身を見ると、コンビニで売られるようなパンがたくさん。ボクの貴重なスタミナをムダにせずにすみそうだ。


 カオスが、あちこちのチャオガーデンに出没した。そう聞いたボクは、驚いて食べていたヤキソバパンを吐きそうになった。
「なんで、チャオガーデンに?」
「さっき話した、チャオ軍事利用計画に関係している可能性が非常に高いチャオ」
 チャオ軍事利用計画。その話を聞いていたボクは、よくわからなくてメロンパンを飲み込む事を忘れていた。
 一応かいつまんで説明してくれたのだが、ボクの知らない専門用語ばかり出されてはかいつまんでいる意味がない。さいしゅうてきに「GUNがチャオを軍事利用しようとしている事がわかればいい」と、お互いに妥協した。
 たしかに、それならカオスが再び地上に現れた理由にもなっとくがいく。自らが守り続けてきた子孫たちが世をおびやかす存在になる事など望んではいないだろう。非常によくわかる。わかるのだが。
「それと、ボクに危害を与えてきた事に関係があるの?」
 一応、ボクもカオスにせっしょくしたチャオとして証言をした。そしてこのオモチャオが言うに、ボクと他のチャオ達との証言で決定的に違う事は「危害を加えようとした」「ティカルという女性に出会った」というニ点だった。
「うーん、わからないチャオ。君と他のチャオ達との共通点はわかるけど、対応のしかたが違うという点に関しては正確にはわからないチャオ。ただ……」
「ただ?」
「なんとなーくだけど、そのティカルっていう人がカオスに説得したんじゃないチャオか?」
 ……危害だけは与えていけない、と? あのカオスに説得なんて通じるのかわからないが、そうでもしないと説明がつかないのはたしかかもしれない。一応なっとくしておこう。
「しかし、そうするとやはり君が一番最初にカオスに接触したチャオだと言う事になるチャオ。重要参考人チャオね」
 ボク、人生を犬生だの猫生だのにわざわざ言い換えるのは好きじゃないのだが、「重要参考人チャオね」という言葉に関しては唸らざるを得ない。
「……それで」
 ボクは食べていたチリドッグを飲み込み、一番聞きたい事へとメスを入れた。
「ボクや他のチャオ達の共通点って、何?」
 う、とあからさまに話し辛そうなリアクションを取ってくれた。わかりやすくて助かる。
 ただ、なんとなく理由にはけんとうがついていた。

『――チ ガ ウ』

 ムダに過ごした一ヶ月間、その言葉が頭からはなれられなかった。
 たった三文字の言葉だというのに、計り知れないいあつかんと、ボクの全てを否定してみせるような現実味あふれた言葉として発せられた。
 初めて「受け入れたくない」と思った。自分の存在を否定される事には慣れていた。誰に、どんな言葉で言われようとも平気だった。カオスに、チガウとだけ言われる前までは。
 そして。
「それは君が……君が本物のチャオじゃないからチャオ」
 真実が、ボクの目の前につきつけられた。
「さっきの軍事利用計画――通称「BATTLE A-LIFE」とは、君のような戦闘用のチャオを作り出す為の計画チャオ」
 重く、苦しいのかもわからない。まるで自分の事じゃないかのようだった。それはまぎれもなく自分の事だと言うのに。
「……どうして、チャオなの?」
 怒りも、哀しみも、何故か湧き上がらない。ボクはオモチャオのむきしつな口からつむぎだされる言葉に耳をかたむけた。
「知っての通り、チャオの大きな特徴として高い適応能力があるチャオ。最近のチャオの適応能力は人間をも凌駕しようとしてるけど、この計画はこれを人工的に増幅させて、手っ取り早く軍事利用させようと言うものチャオ」
「人工的に?」
「その通り。でも、元々のチャオのスペックには限界があるから、適応能力のデータをそのままに、人工的にチャオを作る事を計画されたチャオ」
 いつの間にか、コロッケパンを食べるボクの手は止まっていた。
「実を言うと、君を旅に行かせた本当の理由は、その適応能力の増幅に成功しているかを試す実験の一環チャオ」
 出発当初、自分のなっとくいく理由として「研究者の好意」としていた事を思い出した。裏に別の目的があるだけで、あながち間違ってはいなかったという事か。
「勿論、君以外にも同じような人工チャオがいるわけだから、他にも別の実験をしているのもいるチャオ。ボクはよく知らないけど」
「別の実験?」
「どうも連中にはあまり時間がなかったみたいチャオ。いろいろと同時進行しまくって急いでたみたいだけど、カオスのせいでそれどころじゃなくなったチャオね」
「時間がなかった、って?」
「……その果てしなく変わりまくる疑問符のポヨをどうにかしてほしいチャオ」
 こっちは事情を何も知らないんだからしょうがない。
「時間がないというのは、当然聖誕祭の日の事チャオ」
「聖誕祭?」
 ここまで話して、急にオモチャオの顔がすごくシブーくなった……ような気がした。ボク、何か言っただろうか?
「……君、流石にそこまで何も知らないとこっちが困るチャオ」
「え?」
「聖誕祭って言ったら、チャオの社会進出の日チャオ」
「は?」
「だーかーらー! チャーオーがー! 人間と同じように過ごし始めるチャオよー!」
 ……驚いてなんの声も出なかった。なにせ。
「知らなかった」
 言った途端、オモチャオが盛大にずっこけた。
「な、何でしらないチャオ~? みんな知ってるハズチャオ」
 うーむ、これが今までに交友関係をきずいてなかったえいきょうなんだろうか。交友関係はじょうほうもう、と。一つ勉強になった。
「ま、まぁそれはこの際置いとくチャオ。とにかくカオスの出現によって計画内部は二分されたチャオ。いまだに計画を推し進めようとする連中を抑える為に、君の協力が欲しいチャオ」
 ちょうどクロワッサンを食べ終わった所で、話が一段落する。ボクはその申し出に対してうなずいた。
「おっけーい、決まりチャオ! それじゃあみーちゃんの所へ急ぐチャオ!」
「みーちゃん?」
 急に聞きなれない名前が出てきたので、ボクのポヨは本日何度目かわからない疑問符を叩き出した。そんなボクの反応を見たオモチャオが、同じように首を傾げる。
「あれ、みーちゃんと知り合いじゃないチャオ?」
「聞いた事ない」
「なぁーんだ。君も案外酷いチャオね。君の食べたパン、みーちゃんがくれたチャオよ?」
 そうは言われても知らないものは知らない。なやんだってしょうがないので、さっさと立ち上がって家の外へ出た。まともな部屋が見つからないからと、玄関口に座って話してた事を思い出しながら。


 朝に見たたいようの姿はどこへやら、空にはくもがのんびりと泳いでいた。ひょっとしたら一雨くるかもしれない。梅雨の時期もそろそろ終わりのハズだが。
 同じく外でのんびりしていた相棒に目を向けると、さっそうとボクの目の前にやってきた。ボクは荷物をしっかりと背負って飛び乗った。その様子を、オモチャオは物珍しそうな目で見ていた。
「……そのスケボー、一体どんな仕組みチャオ?」
「え?」
「うーん、噂のエクストリームギアの一種チャオか?」
 聞いた事もない物の名前が出てきた。ミスティの時もそうだったけど、このスケボーはどこかおかしいのだろうか。ボクにはわからない。
「ま、この際気にしないチャオ。それより、さっさとこのグリーンマウンテンから出るチャオ」
「グリーンマウンテン? レッドマウンテンじゃなくて?」
 何の気無しに聞くと、オモチャオはふかぁい溜め息をついた。
「君、本当になぁんにも知らないチャオねー」
 さぞ呆れた口調で言われた。ここまで言われると、恥ずかしいとかムカつくとかじゃなくて、逆に何も感じなかった。なんだかちょっとしたじぼうじきの一種になってる気がする。
「ここは一つの大きな山で、それぞれ区間分けされてるチャオ。それぞれレッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク」
 なんだその戦隊物。
「中央に活火山のレッドマウンテンがあって、ボクたちのいるここは木々が沢山あるグリーンマウンテン、ブルーには大きな湖があるチャオ」
 それを聞いた途端、ミスティの事を思い出した。ひょっとしてミスティ・レイクって、ブルーマウンテンにある湖から取った名前なんだろうか。違うのかなぁ。
「イエローには黄色い花が沢山咲いていて、ピンクは桜の木を中心とした桃色の自然がたっぷり。ま、見たまんまを名前にしてるチャオ。結構有名チャオよ?」
 全然知りませんでした、と顔で言ってみせた。オモチャオは何も言わなかった。
「そういえば、自己紹介を全然してなかったチャオ。ボクは製造番号C-274のロストっていうチャオ」
「ロスト?」
「遠回しに影が薄いって意味チャオ。全く失礼しちゃうチャオ」
 オモチャオって結構存在感あると思うんだけど、ボクの気のせいなんだろうか。
「さて、あんまりのんびりしてられないからさっさと行くチャオ。目標はステーションスクエア……げっ!?」
 ロストが言いながら前を見た時、何かに驚いたように続く言葉を止めた。ボクもその目線を追って前を見ると、オモチャオなんかよりカクカクしたようなモノが、群れを成してこっちに迫ってきた。あれは一体……?
「ぐ、GUNのロボットチャオ! 数、10体確認できるチャオ!」
「GUN!?」
 どうやらしょうこいんめつでもしにきたらしい。厄介な事この上ない。
「突破しよう」
「うーん、他に手も無いチャオね……大丈夫チャオか?」
 ボクは強くうなずいた。もう長い付き合いだ、相棒ならきっとなんとかしてくれる。そう信じるしかない。そんなボクの気持ちに応えてか、相棒は深く唸りをあげるように地面をタイヤで削った。
「相手フォーメーション、トライアングル! ここはストライクを狙わずに、大人しくガーターしにいくチャオよ!」
「了解!」
 ボクたちは走り出した。ボクたちの未来の為に。

このページについて
掲載日
2009年12月24日
ページ番号
6 / 10
この作品について
タイトル
A-LIFE
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2009年12月24日