十ニ月二十二日 三時三十三分

 ――すぐ戻ってくるチャオ!

 そんな言葉を最後に、あのオモチャオはまだ戻ってこなかった。
 私は何をするでも無く、自室のベッドの上で寝転がる事しかできなかった。
 果報は寝て待て。その難しさが胸に染みる。どうせ自分には何もできない。しかし他人の良い知らせも待ち遠しい。だが、自分が何かしても失敗を招くに違いない。……もどかしい。私の無力さが。

 ――いいじゃない、私達、ただの一般人よ?

 それがもどかしいと言っているのに、わかってない。
「もうっ」
 天井に向けて、枕を思いっきり投げた。それは天井には届かず、私の顔面目掛けて落ちた。枕ですら、私の事を笑っているようだ。
 ……あのオモチャオは、まだあの子を見つけていないのだろうか。もしそうなら、折角買ってあげたパンも消費期限が切れてしまう。私が全部食べてやりたい気分だ。
 電話をじっと睨んでも、私を呼ぶように喧しく鳴り始める事もない。いつもは嫌いな音なのに、こんなに待ち遠しくなるなんて、一体どういった心境の変化なんだろう。
 休日の肌寒い真昼間。中学生の身分に不似合いな生活習慣の意義がすりかわり、明日の聖誕祭ではなくあの子を待つ毎日へと変わった。
 はっきりいって、もう沢山だ。私は何かを待つ事が嫌いなんだ。聖誕祭を待つ事も、オモチャオとあの子の帰りを待つ事も。
 ――お父さんの帰りを待つ事も。

 お父さんは、私を愛してくれている。たった一人の愛しい娘として。昔からそうだった。そんな父が私も大好きで、いつもお父さんにべったりしていた。
 でも、仕事で忙しいお父さんが無理をして私と一緒にいてくれるという事を理解したのは、小学四年生になってからだった。それ以来、未だ慣れる事のない「待つ」という行動を取り続けている。たしか私がインドアになり始めたのはその頃だったっけ。
 ……そういえば、お父さんは今頃どうしているんだろうか。おじさんと一緒に逃げ回っているのだろうか。それとも……。
 そこまで考えて、私は顔を枕に埋めた。急に胸に何か突き刺さったように切なくなる。
 今年の私は、ずっとマイナス思考ばかりだ。何が私をここまで追い詰めたのだろう。あの子に会ってから――いや、チャオなんかに心を奪われてから、こうなる事が決まっていたように思える。
「ああ、もうっ!」
 いてもたってもいられずに、被っていた布団を蹴り飛ばして起き上がった。……際に、見事に足がもつれて床に落ちた。踏んだり蹴ったり。
 無理矢理起き上がって椅子にすわり、パソコンを立ち上げる。なんとなくBBSが気になりだしたので、様子を見に行く事にする。
 CHAOBBSは、すでに大荒れ状態だった。チャオ軍事利用計画は、私や他三名、所謂四天王による裏付けの証言により真実である事がほぼ確定された。いまだに計画を推し進めようとする人物からの弁解などがやってくるという事も無く、BBSの人達は騒ぎ立て、そしてそれをなだめる人とで急速にツリーが作られていく。管理者はどういった理由かはわからないが、このBBSを一時的に閉鎖するでもなく放置し続けている。すでにこの事は全世界に広がっており、すでにニュースにもなっている。知らぬ存ぜぬで通す者と、真実を暴く為に尽力している者とで分断され、混乱は広がるばかり。
 こういうのを見ると、不謹慎だか私も落ち着ける。焦っているのは私だけじゃない。みんなも同じ気持ちなんだ。そう思う事が出来る。別に私だけ特別な立場にいるわけじゃないんだ。
 一応、避難所の方も覗いてみる。こちらは幾分落ち着いた様子ではあるが、話している内容は大差ない。しょうがないというかなんというか、みんな私と同じように焦っているのだろう。
 あの内部告発以来、新しい情報は何も入ってきていない。それだけおじさん達は緊迫した状況に置かれているという事なのだろう。
「……あれ?」
 そういえば、お父さんは?
 ハッとして、椅子を蹴り倒して立ち上がった。何故いままで疑問に思わなかったのだろう。
 受話器を急いで取り、お父さんの携帯電話の番号をいれる。いつもは耳障りに思うこの音が、今ではより一層耳障りに感じる。早く。早く繋がれ。

 ――――

 気付いた時には、受話器を叩き付けていた。
 出ない。お父さんが。頭の中に、悪い考えばかりが浮かぶ。もしかしてもしかしたらまさか。
 待て私。こういう時にこそ落ち着けなくてどうする。お前は小学生のクソガキじゃない。中学生のクソガキではあるが、ここで落ち着かなくては本物のクソガキだ。でも、どうしたら……。
 そんな時、外で騒音がした。何かが壊れたような音。そして誰かの叫び声が聞こえる。お蔭様で頭が冷めたが、こんな真昼間に何事なんだろうと、おもむろに窓の外を見てみた。

 ――目を疑った。


 靴もまともに履かないまま、急いで家を出た。
 走りながら靴を整え、私は騒ぎの起こっている場所へと急ぐ。シティホールの所にまでやってくると、沢山のGUNの車両が停まっていた。その周りには多くの野次馬が騒ぎ、私の来た方向へと逃げる。前が少しづつ見やすくなっていき、そこに何があるのかがわかってきた。
 そこには警察やGUNのロボットに囲まれたソレがいた。その緑色の瞳にどんな感情が宿っているのか。怒りなのか。哀しみなのか。私にはわからない……いや。
「哀しんでる……?」
 私が呟くと共に、ソレは私へと目を向けた。そして、ゆっくりと私に向かって歩いてくる。銃で撃たれようと、ミサイルに撃たれようと、車両に道を塞がれようと、全く構わずに。
 蛇に睨まれた蛙という奴だろうか、私は動く事ができなかった。ゆっくりとソレは近付いてくる。GUNの人達が、私に何事が叫んでいる。だがそれすらも、私の耳には届かなかった。
 その緑色の瞳から目を逸らす事ができない。静かで、寂しそうなその瞳。私との距離はすぐそこまで縮まる。もう、目の前まで。もう――

 ――基 ノ 元 ヘ

 私は、カオスとすれ違った。


「……ふわっ」
 一気に腰の力が抜けてしまい、私は地面にへたり込んでしまった。
 最悪、殺されるかと思っていた。でも、カオスは私を見逃した。一昔前に私達を丸ごと滅ぼそうとした時とは正反対だ。
「……基の元へ」
 カオスに告げられた言葉を、オウム返しに呟く。その言葉の意味を、私は僅かに確信していた。
「そこの君! 大丈夫か!?」
 GUNの人達が、私の所へと駆け寄ってきた。
「怪我は無い? 大丈夫だね?」
 力無くうなずく。
「一体、何が?」
「カオスだ。とうとう暴れだしてしまった。このあたりは危険だから、早く離れるように」
「逃がすな! 追うぞ!」
 私を歩道の所へと座らせてから、GUNの人達は行ってしまった。次第に一般人が戻ってきてざわめき始める。だが、それは私の耳には入らなかった。
 カオスが、暴れているだって?
「冗談じゃない」
 あれが暴れているって言うなら、コアラの一生の方が壮絶に見える。暴れているのはお前達じゃないのか。
 私は立ち上がってスカートの埃を払い、急いで家へと帰った。


 お母さんに連絡を入れた方がいいのかもしれない。準備を整えて家を出ようとした時、そこで気付いた。
 待ち合わせ場所へ行こうと思い、実に四十秒で支度を終えた後だった。ちょうどこの日、家には私一人しかおらず、つい先程まで暇な休日を過ごしていた訳だ。
「……書き置きでいいかなぁ」
 下駄箱の上に置いてあるペンとメモ帳をとり、私は時間を惜しんで簡単な書き置きを終えた。
「よし」
 帰って来た時には、間違いなく怒られるだろう。でも、そんな事を気にしている暇はない。私は、あの子に会わなくちゃいけないのだから。


「でかけます しばらくかえりません」

このページについて
掲載日
2009年12月24日
ページ番号
7 / 10
この作品について
タイトル
A-LIFE
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2009年12月24日