六月五日
あれからどれくらいたったのだろうか。
たしかあの頃のボクは、あいぼうのポンコツにだまされてこの森へといざなわれ、そして生命のききを感じながらこの世へのみれんとミスティの約束をやぶったざいあくかんでいっぱいいっぱいだったと思う。今思えば、うそみたいな話だ。
近況ほうこくをしよう。
長い間森の中をさまよい続けたボクは、とうとうこの森の道をはあくしてしまった。
この森、一度は世界の果てまで続いてるんじゃないかとうたがったほどの迷宮っぷりだと思ったのだが、意外にもめんせきはそれほどない。道もそれほど枝分かれしてない故に、方角を決めて歩いてしまえば迷うようそはなく、意外と歩くのには苦労しないという事実が発覚したのだ。
いやぁ、あの時のボクがはずかしいなぁ。SOS発信とかゆいごんとか。フタをあけてみればただのビックリ箱だった。今じゃもう笑い話にしかならない。はっはっは。
「はぁ」
思わずためいきがもれるボクは現在進行形で川釣りにいそしんでいた。けっこう釣れてる。最初に比べればかなり上手くなった。こうなれば楽しくしょくりょうちょうたつができるので、とってもかいてき。
ボクが楽しく釣りをしている間、あいぼうはすっかり道を覚えてしまった森の中を楽しくおさんぽ中。今でこそ寂れきっているこの森だが、これでも数年前まではいろんな歴史考古学者たちがこの森へ訪れ、森の中心にたついせきの調査をしていた場所だ。たんけんするには持ってこいの場所である。
そのいせきとやらであるが、これまたボクたちチャオとの深い関わりのあるモノであるという事は、今やいろんな人が知っている話。いせきの最深部にある壁画に描かれた「パーフェクトカオス」の姿がテレビ番組で放映された時は、多くの人々をおどろかせた。パーフェクトカオスと言えば、ステーションスクエアという大きな都市をはかいしようとし、それを見た人々に恐怖というモノを感じさせたのだ。おどろかないワケがない。
そんないせきのある森の中で釣りをしているのだから、ボクらの守り神サマはきっとボクのしょくりょうじじょうを助けてくれて当たり前というワケである。実際釣れてるし。
ボクがそうしてのんびりと釣りをしていると、とおくからガラガラとやかましい音が聞こえてきた。ボクには聞きなれた音だ。多分あいぼうだろう。今日は帰ってくるのが早い。いつもはもう少し暗くなってから(元々暗いが)帰ってくるのだが、森の木々から差し込む光はまだ明るい。流石に同じ所をさんぽするのはあきたのだろうか。
ボクも釣りつづきでかたくなってきた体をほぐすために(ぷるぷるのぽよぽよであるが)釣りを一旦ちゅうだん、立ち上がってラジオたいそうを始めた。首、肩、腰の部位が特にひろうがたまっているのが自分でもわかる。ずっと同じたいせいでいるのだから当然である。ボクがそうして体のあちこちをほぐしていると、
とつぜん大地が大きくゆれだした。
「うわっ」
体を反らせている最中だった。そのままボクは頭から後ろにたおれた。
いきなりのじしん。かと思いきや、とつぜんゆれだした大地はとつぜんゆれが収まった。まるで、空からとんでもないものが落ちてきたかのようなゆれだった。
いたむ頭をさすりながら体を起こす。近くに置いてあったにもつや釣り竿は全部ぶじである事をかくにんして、ひとまず安心する。ゆれた拍子に何かが川へと流れ落ちていたらどうしようかと思った。
思っていたら。
「あ」
見覚えのあるポンコツが川上から流れてきた。
一旦にもつをまとめたボクは、あいぼうといっしょに森から出てきた。状況かくにんの為だ。途中までのトロッコはお世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。
ここミスティックルーイン駅の近くはけっこう広い場所であり、そのすぐ近くには過去にステーションスクエアばくげきのききを救った事で有名なテイルスの工房がある。試しによってみたら留守だったが。
そしてもう一つとくちょうてきなのと言えば、駅を出てすぐに目に付くであろう、岩壁に空いた大穴だ。
この岩壁、過去に何かの拍子に起きた大きなゆれによってこわれ、それ以来ずっとほうちされているのだ。ウワサによれば、このどうくつから行ける山を登山コースにして、ここへ訪れる人を増やしてみようというのだとか。あのいせきと合わせれば、ここは有名なかんこうちになるだろう。
んで、今回のポイントはこの穴がぽっかり開いた理由である。そう、大きなゆれ。ボクはさっきの大きなゆれの原因がこの先にあると仮定し、ここまでやってきた。
……まぁ、別にしらべる必要性はこれといって全くない。しいて言えば、これはただのひまつぶしである。あのまま森の中で釣りをしつづける原住民になる気はない。それでは風来坊の名がすたる。はせた覚えもないが。
めんどうな事に、元々は壁のやくわりを担っていた岩はすでにてっきょされ、足場がない。しょうがないので持ち前のチカラスキルを信じ、この穴の先まで行くことにした。チカラのアビリティ、Dぐらいしかないけど。
「はあ」
思わず大きなためいきが出た。ボクまだコドモなのにすごい年よりみたい。だってしょうがないもん、途中の所が何故かカチコチに凍った氷のどうくつだもん。まだ三月になったばっかりで少しさむいんだからためいきだってしたくなるもん。
げふんげふん。
そういうわけでどうくつを抜け出た先は、なんつーかけっこう広い崖だった。別に左側に島が一個あるというワケでもなく、けっこう広い崖だった。
あの穴がぽっかり開いた理由。ズバリ、マスターエメラルドの力で空に浮かぶ島、エンジェルアイランドが落ちてきたしんどうによるもの。当時マスターエメラルドに封印されていたカオスがとつぜんその封印を破り出現、その拍子にマスターエメラルドは粉々になり、エンジェルアイランドが落下。それにより、あの穴がぽっかり開いてしまった――という話らしい。
だから今回も、マスターエメラルドに何かが起きて島が落ちてきたんじゃないのかと思ったが、別にそんな事はなかったぜ。
「はあ」
またしてもためいきが出てしまった。きゅうきょくにむだあしである。スタミナのむだである。こちとらスタミナのアビリティがEなのである。あの岩壁登るのにも苦労するのである。
帰ろうかとも思ったが、さすがに森に帰るというというのもなんなんで、ボクはあいぼうにしんろの固定を指示、しょうらいの登山コースであるレッドマウンテンでも登る事にした。若干ヤケになっているのは誰にも言えないヒミツ。
だがこのポンコツ、ちょっとすすんだかと思ったらとつぜん止まってしまった。最近のこいつのしょくむたいまんについては本当に如何なものかと思う。まぁしかし、最近のこいつのこういった行動には何か理由がある事がなんとなくわかってきたので、まず周囲のかくにんをする。
左手にはぼうえんきょうでもあればグリーンヒルが見えるかもしれない崖、右手にはロッククライミングしたくないランキングに入るであろう大きな岩壁、正面には水たまりの一個ある登山コースへの入り口、後ろにはボクのきちょうなスタミナをうばってくれたどうくつ――
そこまでかくにんして、ボクは急に正面にある物体が気になった。
「ん?」
――なんで水たまりがあるんだ? 最近雨なんてふったっけ?
「え?」
――なんで水たまりが動くんだ? ここって急な坂道だっけ?
「あれ?」
――なんで水たまりが、どんどん人の形へとなっていくんだ?
ゆめでも見てるんじゃないかと思うくらい、何も考えられなかった。
見下すほど小さかった水たまりは、見上げるほど大きな人の形へと変化していく。ボクらチャオと同じようなニオイがして、それでもボクらとはまるでちがった姿をしていて。
この期に及んで、この世界に何の用があるんだろう? さっきのしんどうは、この人がやったんだろうか? そんなぎもんは、その時にはまるで浮かばなかった。緑色に光る目が、ボクの事をじっと見つめていたから。
「……カ オ ス ?」
かつてチャオたちを守りつづけていた守り神。
かつてこの世界をはめつさせようとした怪物。
かつて消えたハズの過去の人物が今になって。
「なんで、ここに?」
その答えは、こぶしだった。
「!?」
カオスのこぶしがボクに向かって伸びた、と同時にあいぼうは即座にさっとよこによけた。だが安心する暇もなく、カオスはもう一回手を伸ばしてボクを狙ってくる。それをあいぼうはまたも巧みによけてボクを助けた。
何故だ。何故カオスはボクをこうげきしてくるんだ? カオスはボクらチャオの守り神じゃなかったのか?
考える時間すらも与えてもらえず、カオスはまたもボクをこうげきするためにみがまえた。いつぶりだろうか、再び生命のききが訪れる。こんな皮肉な死に方はしたくない。ボクはあいぼうにしっかりしがみ付いた。そしてカオスのうでがボクをおそおうとしたとき、
「やめて!」
女の人の声が、それを止めた。その声のする方向は、カオスの後ろだった。カオスはかまえをとき、声のする方へとふりむいた。ボクのしせんも自然とそちらに向く。
そこに立っている人は、あのマスターエメラルドのしゅごしゃであるナックルズと似たような姿をしていた。その姿に現代的なものは感じられず、なんだか昔の人に見える。あのカオスを呼び止めるところを見ると関係者なのだろうか。
「どうして? その子はあなたが今までずっと守り続けてきた子達と同じじゃない!」
女の人は、ボクの思っていた事と同じ事をカオスに訴えた。するとカオスからボクたちへと「意思」が伝わってきた。
――チ ガ ウ
「違う?」
――オ ナ ジ ジャ ナ イ
……同じじゃない?
「どういう事? この子はチャオじゃないって言うの?」
……ボクが、チャオじゃない? どういう事だ?
しかし、それ以上カオスは何も話さず、人の形をくずし始めた。
「ま、待って!」
女の人の止める言葉もとどかず、カオスは水たまりになったかと思うとすぐに消えてしまった。
……一時の、せいじゃく。
「……はあっ」
先に打ち破ったのは、ためいきと共に仰向けにたおれたボクだった。
かんけつに感想を言うならこうだ。すっごい、びっくりした。きゅうてんかいにもほどがある。
「だ、大丈夫?」
いきなり仰向けにたおれたからか、今度は女の人がおどろいてかけよってきた。ボクはそれにうなり声で返した。
「ごめんなさい、まさかあの人があなたに危害を加えようとするなんて……」
女の人はボクを抱いて、頭をなでてくれた。チャオと触れ合いなれてるような感じがする。ただ、やっぱりボクのポヨはハートマークにならない。そんなボクを、女の人はじーっと見つめてきた。
「どうしたの?」
「いえ、その……」
――オ ナ ジ ジャ ナ イ
あのカオスの言葉が、ボクの頭に浮かんでくる。この女の人も、きっと同じ事を考えてるだろう。でも、
「ううん、なんでもないわ。……そんなハズないもの」
そうだ。そんなハズはない。
みんなと同じように木の実を食べて、遊んで、レースして、カラテして、泳いで、飛んで、走って、登って。ボクがチャオじゃないと言うなら、なんだっていうんだ。
……なんだっていうんだ、カオス?
女の人は思いつめた顔をしたままボクをおろした。ボクも似たような顔でその顔をまじまじと見つめていると、女の人はボクに笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、迷惑をかけて。私、あの人を追わないと」
そう言うと、女の人はきびすをかえして歩き出した。……って、その先って崖なんですけど。落ちますよちょっと。
「私はティカル。きっとまた会うかもしれないわね。それじゃ」
その女の人、ティカルはボクに別れの言葉を告げ、
小さな光となって飛び去っていった。
・
・
・
「え?」
あ、いや、その。どういう事? ボク、光になれーとか言ってないんだけど。どうやったのあの人。なんなのあの人。カオスの何? というか、なんでカオスがいるの?
「ぐふっ」
頭がパンクしそうになった。ボクのポヨがたつまきせんぷうきゃく。ちょっとさっきのどうくつで頭冷やそうかしら。だがことわる。とりあえずれいせいになれ。
あのティカルという人は誰だろう。カオスと普通に会話していたり急に光になったりとまちがいなく人間じゃない。当たり前だよハリモグラだもん。ばかもんもんだいはそこじゃない。人間だとかハリモグラだとかじゃなくて個人じょうほうの話だ。そういうの高く売れるって誰かから聞いたぞ。いやいやそういうもんだいでもない。
「はあ」
自分に呆れてためいきが出た。ボクの頭の中のしんぎはしばらく終わりそうにない。大体こっちにはじょうほうが足りてないのだ、考えたところでムダなのはわかりきっている。ボクは風来坊であって探偵ではない。こっちを調べに来たのは、元はと言えばひまつぶしである。
しかし、ここは探偵にならざるをえないかもしれない。誰彼君の家庭のじじょうならば関与はしないのだが、ボクたちチャオの守り神さまに「お前チャオじゃねーよ」とか言われたらレッツさいばんである。しかし、しょうこもなしに法廷に出てもしょうがない。さて、どうするか。
――ガラガラ、ガラガラガラ――
ぽんこつが そうおんで かんがえるのを じゃましてきました まる
「やかましいっ」
どこまでもボクの不都合を呼ぶ奴である。こちとらチャオとしての人生がかかっただいもんだいだというのに、この期に及んでまだこいつはボクに災厄を運んでくるつもりか。かわらわりするぞてめぇ。
そうやってスケボーに近付いたとき、ある事に気付いた。こいつの向いている方向、レッドマウンテンへの入り口である。未来の登山コースの入り口が目に入ったボク、思考回路が一時停止。
「あっ」
カオス、こっから来てたじゃないか。このあいぼう、ちゃんと覚えちょる。
そうだとも、カオスの行動の意図も言ってる事もわからないが、足跡ぐらいなら調べる事ができる。エンジェルアイランドが降りてこなかろうが、この山でカオスが何かをすれば大きなゆれが起きるのではないだろうか。カオスは何をした?
「よし、行くぞあいぼう」
カオスの足跡を辿る為に。
ボクを乗せたあいぼうは、得意気にヒルクライムを始めた。