四月三日

 けっきょく、主にミスティのせいで人がちらほらとあつまり、それほどしずかな釣り生活をおくる事はできなかった。でも、ガーデンにいたころ並にぶあいそうにするのもなーと思い、一応それなりの人付き合いはしてみせた。
 そうして三ヶ月はあちこちの川辺ですごし、テントやもろもろの荷物をちゃっちゃとまとめて、ミスティと別れを告げた。
「もう行っちゃうんだ、早いねー。流石スナフキン」
「フウライボウ」
「あっと、茶色だった。聖誕祭、楽しみにしてるからね」
 ボクはそれにこくりとうなずいた。
 しばらく休ませていたあいぼうのスケボーに乗ると「待ちくたびれたゼ」と言わんばかりにいどうを始める。今日もあいぼうはへいじょううんてん。
 ボクは後ろをふりかえり、何故かりかいできないようなかおをしているミスティに手をふった。ミスティもそれに気付いて、思い出したように手をふりかえしてくれた。
 が、やがてがまんできないかのようにボクに向かって叫んだ。
「ねえー!」
「なーにー?」
「そのスケボー、どうやって動いてるのー!?」
 なんのことなのかさっぱりわからなかった。


 それからのボクは、スケボーの上で寝転がって、うつりゆく街並みをあきる事なくながめていた。
 長い間見つづけていた変わらぬ街並みはどこへやら、今日の街並みはいつもとちがう角度。カメラマンの楽しさが少しわかってくるような、そんな気分を味わっていた。だが、しばらくしてながめる街並みにボクはきしかんを覚えた。なんだかコレ、見た事あるぞって言うアレ。デジャビュである。
 ボクはむくりとおきあがり、何かいわかんをかんじる街並みを見つめ、きおくのパズルとにらめっこした。そうしていることじゅうすうびょう。
「あ」
 ステーションスクエアに戻ってる。
 どうやら川沿いにしんろを固定したのがまちがいだったようだ。戻る事はないと思ったらふつうに戻ってる。このまま行くとあの頃の再来になってしまう。
「戻って、戻って」
 ボクは急いであいぼうにしんろ変更を促した。だがあいぼうはボクの言葉をむししてすすみつづける。ボクはステーションスクエア行きの片道切符をもらった覚えなんてないぞ。
 だが、いくら叩いてもこの板切れはしんろを変えようとしない。それどころか「問題無い」と言わんばかりにまっすぐすすんでいく。まだ三ヶ月ぐらいのかんけいなのだが、果たして信用していいのだろうか。すごく不安である。
 だが、どのみちアテのない旅をしているのだ。ここはあいぼうに任せてみるのもいいのかもしれない。少しの不安を抱えながら、ボクはあいぼうと共にすすむべきみちを見すえた。


 やっぱり任せるんじゃなかった。
「ねーねーおかーさん、あそこにチャオがいるよー」
「何だあれは!? チャオがガーデンから脱走したのか!?」
「かわいそうに、捨てられてしまったのかしら・・・」
「どういう事だ! もう聖誕祭は終わったと言うのに何の騒ぎだ!」
「おーすげー、あのスケボーかっけーぞ」
 前と全くと言っていいほど同じじたいが再び起きた。そこの少年、こんなポンコツほしければくれてやってもいいのだぞ。
 やっぱりけいさつはやってこないのだが、やっぱり人が集まる事には変わりないので、さっさとポンコツにムチ打って逃げまくる事にした。
 だがこのポンコツ、とうとう血迷ったのかすすむ先はステーションスクエアえきの方角。近くにあるものと言えば、ボク的にはチャオガーデンである。なんか知らんが、帰る気まんまんである。
「なにやってるんだ、ポンコツ」
 チョップをかましてもすすむ方向が変わるわけでもなく、ただボクの手がいたくなるだけ。そうしている間にも、シティホールエリアを抜け、ステーションエリアへと入る。これはもうだめかもわからんね。
 このままホテルの中のチャオガーデンへ突入――かと思ったら、なんと右に曲がらずそのままちょくしん。その先は春先には青空と日差しの下に照らされる予定の海だった。このやろう入水自殺でもして己のミスをなかった事にする気か。
 ――と思ったら、その先の海に何かうかぶモノがあった。あれは……モーターボート?
 そしてその近くに、チリドッグをほおばりながらヒマそうにしている見知らぬ大人がいた。あいぼうはその人物に用があるかのように近よっていった。
 見知らぬ大人はこちらに気付くと、あいぼうがその大人の目の前で止まるのと同時にチリドッグをすばやく完食した。はえぇ。ボクの食べるそくどよりも三倍はえぇ。
「珍しいお客さんが来たなぁ」
 見知らぬ大人はボクを見るなりそんな言葉をもらした。
「ようこそ、旅人。こちらはミスティックルーイン行きのマイペースなモーターボードだ。ちなみにタダ」
 ほわっつ? タダでミスティックルーインに行けるとな? そんなのきいた事がない。あったらあっちのでんしゃにのる人がげきげんするぞ。って言っても、わざわざあそこに用のある人間がいるのかどうかのもんだいかもしれないが。
 とうぜんこの話をうたがい、ボクはスケボーをバンバンと叩いた。サギに引っかかる前に手を引くのだ。だがしかし、今日のこの板切れはまちがいなくただの板切れ。こいつ……うごかない……。
「ん? そのスケボーは……」
 そうやってモタモタしていると、見知らぬ大人はボクらに手を伸ばしてきた。マズい、ひじょうにマズい。おねがいします、手にかけるならこの板切れだけにしてやってください。
 そんなボクのむごんのうったえが通じたのか、見知らぬ大人が手を伸ばしたのはスケボーだけだった。
「これ、ひょっとして僕がなくしたスケボーじゃないか?」
「え?」
「懐かしいなぁ、僕が子供の頃に乗ってたスケボーなんだ。他のスケボーには全然乗れなかったんだけど、こいつに乗ると風になったみたいな気分になってね。僕の宝物の一つだったんだ。いつもピカピカに磨いてて――」
 あとはなんかありがちな話なので全く聞いていなかった。
 つまりこいつは、もろもろの事情によりこの人の手元からはなれ、長い間あのゴミ捨て場で一人さびしくだれかが拾ってくれるのを待ちつづけ、そしてボクが現れた。そしてそれから三ヶ月ごしに主の元へ帰ってきた、と言うのか。
 ……なんで三ヶ月ごしなんだろうか、そこがいちばんのもんだいである。たしかにまだ街にいた時にこの人を見かけた覚えはないが、それは理由にならない。現に、こいつはこうやってこの人を易々と探し当てたのだ。できる事なら去年の内にでも会っているハズ。なのに、何故三ヶ月もボクの旅に付き合ってからこの人に会いに来たのだろうか?
「――いやはや、まさかキミに拾われていただなんて、これも運命の巡り合わせって奴かな」
「え?」
 しまった、全く聞いてなかった。まぁ疑問は尽きないが、とりあえずこいつと主の再会、ということだろう、うん。チャオ如きががんばっても答えなんて出ないちゃおー。
「乗るんだろう? 旅人君」
 乗ってもいいのだろうな? あいぼう。
 と、その前に。
「フウライボウ」
「ん?」
「名前」
「……ふむ、なるほど。旅人ではなく風来坊、か」
 実を言うとボク、旅人と風来坊のちがいはよくわかんない。
「僕の事は、パイロットとでも呼んでくれ」
「パイロット?」
「そう。ただの通り名だけどね。さすらいのパイロットさ」
 そう言って、パイロットさんはモーターボードに乗り込むと、なれた手つきでエンジンをかけた。
「ようこそ、海の旅路へ。歓迎するよ、旅人君」
 ……なんでミスティもこの人もフウライボウって呼ばないんだろう。


「きもちいいいいいいいいいい」
 ボクのかんきの叫びは、風と波にさらわれた。
 ここのところ、のろのろとしたスピードで走るスケボーの上にしか乗っていなかったボクは、このかいてきなスピードで走るモーターボードに乗って感じる風の気持ちよさをたっぷりとたんのうしていた。最高にハイって奴である。
「落ちないように気をつけてくれよ。少なくとも、荷物を台無しにはしないようにね」
 ボクにそう注意しつつ、モーターボードのハンドルを巧みにあやつるパイロットさん。かっけぇ。
 すすむ先を見ても海、海、海。後ろを見ても、よこを見ても海しかないが、風と水しぶきが最高に気持ちよく、まるであきない。スケボーの上とは段ちがいである。
「随分前には、まだエッグキャリアがこの辺りに浮いてたんだけどね」
 そういえば、そんなのもあったっけ。
 ボクはまだその時生まれていないので聞いた事しかないのだが、ソニックとエッグマンの戦いによって空中ようさいが海に落ちてきた事があった。しかしその空中ようさいは、ボクらの守り神だという「カオス」がぼうそうした事によって大洪水が発生、それにのまれて沈没してしまったようだ。
 かんわきゅうだい。その場に座り込み、ボクはパイロットさんに話をふった。
「モーターボードを動かせるなんて、うらやましいね」
「そうかな。まぁ、モーターボードなんて乗り物の一つに過ぎないさ。もっと他のにも乗れるよ」
「本当?」
 その言葉につられ、ボクはしせんを海からパイロットさんへとうつした。
「そうだね、自動車にバイク、ヘリや飛行機、宇宙船とかも操縦できるよ」
「え」
 ……本当なんだろうか。もし本当なんだとしたら、ふつうこんなところでボクみたいな風来坊チャオ相手にわたしもりなんてやってるほどヒマじゃないと思うのだが。
「で、今はモーターボードに乗りたいから、こうしているってワケさ」
「……乗りたいから?」
「そう。乗りたいモノに、乗りたい時に乗る」
「なんだか、意味のない事をしてるね」
 ボクにはとうていりかいできない考え方である。そういった事をするよりも、何かゆういぎな事をした方がいいと思うのだが。
「意味のある事なんて、実はないのさ」
 パイロットさんは、笑ってそう答えた。
「ない?」
 ボクにはその言葉の意味がよくわからなかった。
「お金を稼いだり、空腹を満たす為に食事をしたり、温暖化を防ぐのに貢献したり、全部ね」
「全部?」
「そうさ」
「どうして?」
 普段はまるで形の変わらないボクのポヨが、ハテナの形に変わった。
「勿論、それが当然であるように生活してる人が大半さ。でも、それを意味がないと言う人がいる。例えば」
 パイロットさんはモーターボードを運転するしせいそのままに、こっちをふりむいた。
「キミだって、お金を稼いではいないだろう?」
 ……そういえば、ボクに限らず人間以外はお金をかせいだりしていない。だがしかし、それは人間とちがってボクらは――
「お金を稼ぐ意味がないからね」
 ボクの頭の中でつづく言葉を、パイロットさんは先に言った。
「普段から食事を必要としない人だっているし、ゴミの分別だって大抵の人は面倒だって言う。夢を追いかける必要のないという人もいれば――」
 よそ見運転をやめ、パイロットさんは前方に広がる海を見すえた。
「――生きる意味が無いとか、世界のある意味が無いって思っている奴だっている」
 パイロットさんのその言葉を聞いた時、ボクのせすじに何かひやりとしたものがあたったような気がした。
「……じゃあ、パイロットさんはなんで意味もないのに乗り物に乗りたがるの?」
「楽しいからに決まってるじゃないか」
 ボクのしつもんに被せるようにして、パイロットさんは即答した。その声はとても楽しそうで、彼の心からの言葉である事がボクにもわかった。
「やる事なす事意味がないと言って、それを悲観するほど僕は落ちぶれたりはしないさ。僕は色んな乗り物を自由に運転して、広い世界を堪能したい。それが僕の生き甲斐さ」
 広い世界をたんのうする事を生きがいにする。まさに――
「キミも同じだろう?」
 ボクと同じだった。


 そこまで長くもなかった船旅を終えて、ボクはミスティックルーインにまで辿り着いた。えきのすぐ下に船の停泊所がある事にはいくらでもつっこみたいのだが、わたってきてしまったものはしょうがないので文句は言わない事にした。
「ここでお別れだね」
 ボクとスケボーを船からおろした後、パイロットさんはボクの頭をなでてくれた。だが、ボクのポヨがハートに変わる事はなかった。それを見たパイロットさんはボクの頭から手をはなして肩をすくめた。……ちょっと悪い事をした気がする。
「もう行くの?」
「ああ。一つの所に留まるのは趣味じゃないんだ。キミと同じでね」
 すっかり似たもの同士扱いをされている。でも悪い気はしない。
「そのスケボーはキミに譲るよ。大事にしてくれ」
 ボクはその言葉にうなずいた。いつぞやにポンコツ扱いはしたが、ボクの立派なあいぼうなのだから。 
「それじゃあ旅人君、旅の幸運を祈ってるよ」
 パイロットさんは再びモーターボードのアクセルをふんだ。それに応えるようにモーターボードはいきおいよく前進し始め、パイロットさんの背中はみるみるとおくなっていく。ボクはその背中に向かって、せいいっぱい叫んだ。
「フウライボウだーーっ!!」
 ――その言葉が聞こえたのかどうかは、よくわからなかった。


 それから……一ヶ月もたった気分がするが、まだ一週間だろうか。
 ボクは改めてあいぼうに旅路の歩みを任せた。この前のポンコツぶりはひどかったが、理由あっての事だから許す事ができた。だからもう、これからは心配ないと思っていた。
 だが、それがまちがいだった。
 ここにSOS発信と、念のためゆいごんものこしておこうと思う。
 助けてください。森から出られなくなりました。もし助からなかったら、約束をやぶってごめんねミスティ。
 でもこの言葉、電波発信じゃないからぜったい誰の耳にも入らない。あぁ、もっと広い世界をたんのうしたかったなぁ――

このページについて
掲載日
2009年12月24日
ページ番号
3 / 10
この作品について
タイトル
A-LIFE
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2009年12月24日