一月二日

 あとで気付いたことだが、ボクが旅に出たのは十二月二十二日とのことだった。つまり十二月二十三日前、チャオという生きものがこの世に生まれたとされる聖誕祭の前日だった。
 そういえばガーデンにいた他のチャオたちが「もうすぐセイタンサイチャオねー」とか話してたのを何気なく耳にはさんでいたが、本当にもうすぐだった。周囲をみわたしてみると、まちはすっかりクリスマス+チャオもよう。
 クリスマスに近い日がボクたちチャオの生まれた日だなんて、なんだか神さまと一つぐらいいんねんがありそうだなぁとボクは常々思っていたが、その時のボクはそんなことをのんびりかんがえていられなかった。
 前にも言ったとおり、このころはチャオが一人歩きすることは日常のふうけいではない。だからいやでも注目があつまるのだ。

「ねーねーおかーさん、あそこにチャオがいるよー」
「何だあれは!? チャオがガーデンから脱走したのか!?」
「かわいそうに、捨てられてしまったのかしら・・・」
「どういう事だ! もうすぐ聖誕祭だと言うのに何の騒ぎだ!」
「おーすげー、あのスケボーかっけーぞ」

 とまぁ、さいごのはつげんはどうなのか知らないが見てのとおりのさわぎがおこった。
 あのものずきな研究者が根回ししていたのか知らないが、けいさつとかがやってくることはなかったが、やじうまはたくさんあつまってくるので、ボクはスケボーにのってさっそうとまちからとおざかることにした。
 だから、十二月は旅というより逃亡生活をしていたので、とくに話すことはなかった。その逃げっぷりにかんしては、いつぞやにしめいてはいされていたソニック並だった。でも車はふきとばしてない。

 そんなこんなで、ようやくまちから抜け出してだれも追ってくるようにならなくなったころには、いつの間にか一月になっていた。
 アテなんてどこにもないので、とにかく川沿いをすすんでいた。あいぼうのスケボーは何も文句を言わずにボクをのせてガラガラと音をたてて歩んでくれる。そんなむくちでたよれるあいぼうに歩みを任せ、ボクはうつりかわるけしきをぼーっとながめていた。
 チャオガーデンにいたころはいつもと何らかわらないふうけいには見向きもせず、ただ空に流れるくもばかりをながめていた。だが、この広い外の世界はボクをたいくつさせることはなかった。
 ……やっぱり、わるくない。

 ぐう~。

 おなかの虫がくうふくを訴えてきた。どうやらおなかがすいたらしい。
 ボクはあいぼうにしんろへんこうをうながし、道を外れて川の近くへとていしゃさせた。
 にもつの中からつり具を取り出し、つりのじゅんびをする。このつり具の数々、初心者のボクがもつにはふにあいなほどになかなかほんかくてき。海づりだろうと川づりだろうと、どこでもつうようするような汎用性をもっている。
 だが、どんなにつり具がよかろうと、つりざおをもつ者のうでがよくなければつれるさかなもつれやしない。一応すでに何回かやったのだが、まだコツがつかめていない。早くコツをつかまないと、ボクのおなかの虫がストライキをおこしてしまう。
 じゅんび完了。己のうでに全てを託し、しかけを川へ投げ入れた。


 一時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい。
 三日間幸せになりたいなら、結婚しなさい。
 一週間幸せになりたいなら、牛を飼いなさい。
 一生幸せになりたいなら、釣りをしなさい。

 中国にそんなことわざがあると、何かで知ったおぼえがある。どういういみなのかはよく知らないが、とりあえずボクは今つりをしているから幸せになれるのだろう。だがかなしきかな、今のボクは全く幸せではなかった。
 一応、さかなはもう充分につれた。それもけっこうな数である。これならおなかの虫のストライキのきけんせいはないというほど。だからさいしょは幸せだった。だが、このつりというものにぼっとうしているウチに、ボクにチャレンジせいしんが生まれるというきせきがおきた。
 即ち、大物をつりたいと思ったのだ。
 だが、どれだけつりをつづけてもつれるのは小さなさかなばかり。ボクのおなかがあんたいになるかわりに、ボクの求めるものはとおざかるばかり。つりのちゅうどくせいに負け、つり糸をたらしてひたすら大物をまちつづけるという泥沼じょうたいになっていた。このまま老人になってしまいそうだ。

「何をしてるの?」
 女の子の声がきこえたのは、そんな時だった。
 なんだろうと思ってふりかえってみると、そこには学生ふくをきた短い髪の女の子が、バッグを男みたいなもちかたをしてボクのことを珍しそうにながめていた。だが、ボクはこれをむしした。今のボクは他人よりつり糸にしかきょうみがない。
「あーっ、無視したなー。かわいげのない奴めー」
 少し怒ったような声と共に、ボクのそばにまでかけよる足音がやってくる。
「ものおとをたてない。さかなが逃げる」
「何ぃ? あ、これ君が釣りしてるの? ごめんごめん」
 ボクのとなりに座り、言われたとおりにものおとをたてずにじっとする少女。
 それから一、二分ほど二人でじっとまちつづけ、しかけが反応する。すぐさまボクはさおを持ち、リールをきゅうそくかいてんさせた。だがくいついていたさかなは、もう何匹目か数えるのもめんどうなほどにつったさかなだった。
「おー、すごーい」
 しかし、それでも少女はそんなボクに向けて拍手をしてくれた。別にうれしくはない。
「このさかなはもう何匹もつってる」
 かたわらにおいてあるバケツにさかなをいれる。さかなは、すでにボクにつられた仲間たちとの再会をおどろくかのように泳いでいた。そんなバケツの中を、おもむろに少女がのぞきこむ。
「うほ、すっげー。ほんとだー」
 そして少女はすっとかおをあげ、
「ってか、なんで釣りしてんの?」
 実に素朴なしつもんをしてきた。
「今日のごはんのちょうたつ」
「何ですと? 聞いたか皆の衆、君達の未来がないぞ!」
 おもむろにそんなリアクション。なんか自由な人だな。
「へっへぇー? 一人旅をするチャオですかー。珍しい子がいるもんだ」
 ボクのにもつをかってにあさりながら、面白そうにかんそうを述べた少女。というかかってにあさらないでいただきたい。
 そんなむごんの訴えもとどかず、「あ、テントまである。ほっほぉー、スナフキンだなぁ」とかなんとか。
 しかしながら、音速でにもつあさりにあきたらしい少女はすぐにボクのとなりへとていいちをさいせっていし、話をつづけた。
「なんで一人旅なんてしてるの? チャオガーデンから逃げてきたの?」
「おいだされた」
「なーにー!? ではチャオの森から街へ帰ってくる為に旅を!?」
「森には行ってない」
「え? チャオって追放される時は森に島流しでしょ? チャオ辞苑にそう書いてあったけど」
 森に島流しってどういうことだろう。チャオの森ってことうなのかな。そんなささいなぎもんをかなたへとすっとばす。
「ちょくせつおいだされた。一年間ついほう」
「えーっ!? あの絵本のような微笑ましい森生活もなしなのぉ!? なんて酷い! ちょっと通報しちゃろーかしら」
 ついほうのおうしゅうにつうほうとな。
「ひつようない」
 さすがにしゃれにならないので、それだけはやめさせておいた。だが、とうぜん少女はそれにりかいできないようなかおをする。
「へ? なんで?」
「互いにどういの上でおいだされてきた」
 少女はますますわからないかおをした。まぁむりもないかなぁ、と思ったらそのかおはすぐにふつうに戻り、
「はっはぁー、赤の他人にはわからないやり取りがあったという事ね。赤信号 深入りするな 他人事」
 とうとつに、自作であろうせんりゅうをたのんでもいないのにひろうしてくれた。ほどほどにうまいが、きょうみはない。
「あー、でもそうすると、私がこうやって君と話してるのも信号無視よねー」
 別にここに交通きせいをもちこむことはないと思うのだが。
「というわけで、自己紹介しましょ。私はミスティ。ミスティ・レイク」
「……みずうみ?」
 パッときいて、どこかのみずうみの名前かと思った。とは言っても、少なくとも現代にそんな名前のみずうみはないと思うが。
「やだっ、私のとこの魚達は釣らせないわよっ」
 いや、仮につれるのだとしても何もつらんよ。
 とりあえず、この少女の名前はぎめいであるかのうせいをこうりょしつつこれをほりゅう、ボクも自分の名前を言――
「で? で? 君の名前は?」
 ――そういえば、自分は名前がなかった。幼稚園にもロクに行ってないボクは、としまとウワサの占い師がいるあの部屋にご厄介になったことがなかった。山田太郎である。ジョン・スミスである。ウォルフガング・ミッターマイヤーである。イワン・イワノヴィッチ・イワノフである。ってロシアのはイワイワうるさい名前だな。
「何? やっぱりスナフキンなの?」
 自分でミスティ・レイク並にてきとうな名前を決めるしかない。
「――フウライボウ」
「あー、やっぱスナフキンなんだー」
 …………。
「フウライボウ」
「スナフキンでしょ?」
「フウライボウ」
「えー、スナフキンー」
「フウライボウ」
「スーナーフーキーンー」
「つるぞ」
「恐ろしい子っ」
 うっとうしくなったのでてきとうにおどしたら、なぜかこうかがあった。
「大体、みどり色じゃないし」
「あ、そっかー。服、茶色いじゃーん。ざんねーん。じゃあフウライボウだね」
 どういったりくつか知らないが、ようやくなっとくしてくれた。
「好きな実はー?」
「しかくい実」
「得意分野は?」
「ヒコウとハシリ」
「履歴は?」
「ちからだめし全一位、ジュエルレース全一位、チャレンジ、ヒーロー、ダークレース全せいは、チャオカラテめんきょかいでん」
「やだ、この子弱点が見当たらないわ」
「体力に自信がありません」
「あるのね」
「ない」
「弱点」
「あぁ」
 なんでボクたちコントしてるんだろう。
「追い出されたってわりには、凄い優秀じゃないの。どういうことなの?」
「……ものずきな研究者さんが、ボクのことにつきっきりだった」
「ますますどういうことなの……」
「…………」
 たしかに、ここまで自分のりれきをあげてみると、おいだされる理由はこれっぽっちもない。チャオガーデンしせつを出るさいには「ものずきな研究者のごこうい」という名目にしておいたが、そもそもここまで世話をしたのに旅に行かせるいとがわからない。
 しかし、ボクがそんなことをかんがえたってこたえはでてこないし、この風来坊生活もあんがいわるくなさそうだから、別にふかくかんがえるひつようはなさそうに思える。つりができれば幸せになれるんだし。
 けつろん。
「どうでもいい」
「頭いいー」
 えっへん。
「あ、隊長! 敵が罠にかかりました!」
「よし、ひけー」
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、ざぱーん。
 あ、大物だ。
「ひっひぃー、でけー。すげー」
 えっへん。幸せ。


 そういうわけで、ようやく泥沼のつりじかんをおえたボクは、テントと焚き火をさっそうとせっち、おさかなを上手にやいてねんがんの(いつの間にか日のくれた)おしょくじタイムをむかえたのだった。さかなうめぇ。
「へっへぇー、チャオって木の実以外食べないものと思ってたわー」
「きのこもたべるよ」
「あ、そっか」
 ちなみに、きのこをたべるとカラテでの実力があがるというウワサがある。じっさい、きのこをたべたら本当にカラテでかつやくできたという知り合いはたくさんいるのだが、果たしてどういった原理でそうなるのかは未だに不明。ボクもものずきな研究者からよくたべさせられたものだ。
「でさ」
「うん?」
「なんでかってにたべてるの?」
「いいじゃん、たくさんあるし」
 そういって、ミスティはボクがつりあげたさかなたちを平然とたべていた。これがさっきまでさかなたちの未来をあんじていた少女なのだろうか、しみじみ。
「でさ」
 口にふくんでいた一匹分のさかなをゴクリとのみほし、こんどはミスティが話を切り出してきた。
「君、いつまで旅するつもりなの? 帰る時期とか、決めてるんでしょ?」
 名前をおしえたのにけっきょく君よばわりとはこれいかに。
「だって長いもん、フウライボウ」
 スナフキンと一文字ちがうだけじゃないか。別にいいけど。
「聖誕祭のころにはかえる」
「ふっふぅーん。ねぇねぇ、どこのガーデン?」
 ……なんでそんなこときくんだろう。
「ステーションスクエア」
「へっへぇー、ここのすぐ近くなんだ」
「前はとくせつのチャオガーデンにいた」
「とくせつ……っていうと、ひょっとして人工島の?」
 とくせつチャオガーデンといえば、きほんてきにだれもが知っているばしょ。人工島にたてられた大きなたてものは、上からみるとチャオのかおそのままなのである。ボクのかおとも寸分たがわぬのである。
 なぜわざわざステーションスクエアにうつされたかはボク自身知らないが、少なくともものずきな研究者が一枚かんでるのはまちがいない。もちろん気にするつもりはない。
「かの人工島出身とか、そりゃエリートなわけよねぇ。なんか川辺で落ちぶれてるけで」
 よけいなお世話である。別におちぶれてなんかない。元々おちぶれてるからもんだいない。多分。
「しかも聖誕祭の頃に帰るって事は、去年の聖誕祭は旅立ちで誰とも過ごしてないでしょ」
 なんなんですかこの子。せいかくわるいんですけど。
「一人の方がすきだから」
「やっだーこの子ったらチャオらしくなーい」
 ひょっとしてこの少女ちょうはつしてる。まちがいない。
「なんでそんなこときくの?」
 さすがにこれ以上ねほりはほりきかれて、そのうえむいみにバカにされるのはたまったものではないので、せめて正当な理由をたずねてみることに。
 するとミスティはニコッと笑って、ボクの方へと身をのりだしてきた。こういうえがおをちょくししたのは初めてなので、思わず体がひいてしまった。
「今年の聖誕祭、私と過ごさない?」
 ――は?
「りぴーつあふたみ?」
「今年の聖誕祭、私と過ごして」
 おいコラ後半のセリフコピペしろや。っつーかなんだこれ。ぎゃくナンってヤツか? デートのおさそいか?
「あのねあのね、私ね、実はチャオって本やテレビでしか見た事ないの」
 さっきまでの自由なたいどはどこへやら、急に乙女でミーハーみたいなミスティがボクの前にあらわれた。
「ほらほら、どこのチャオガーデンも研究施設とか言う名目で入れないじゃない? でもこんなところに野生のチャオがいるって運命じゃない? そうでしょ?」
 野生じゃないんですけど。
「だからお願い! 今年の聖誕祭は一緒に遊んで!」
 ひょっとして告白の方かな、とも思えた。まだ会ったばっかだけど。
 めんどう、と言えばそこまでである。しかしこういったたのみと言うのは、ことわってしまえば後々の方がすこぶるめんどうだったりして、のちの生活がひじょうに危うくなるかのうせいをひめている。ボクはそんなリスキーなせんたくはしたくない。それに、別にことわる理由はない。ので、ボクはこくんとうなずき、
「いいよ」
 りょうしょうした。
「ほんとっ!? いやっふぅーっ!!」
 よろこんだ。とびはねたり、ぐるぐるまわったりして、自分のよろこびをあらわしている。実にわかりやすい少女である。何がどううれしいのか、ボクにはよくわかんないけど。
 そんなたいしょうてきなまでに平然としているたいどのままなボクにミスティはかけより、なんのことわりもなくボクを抱き上げた。
「フウライボウ、ゲットだぜ!」
 なんかちげーよ。
 しばらくミスティはボクにほおをすりよせてきたり、ぎゅっとかかえてくるくるまわったりしていたが、少しそれをすると急に何か気になることがあったかのようにピタリと止まった。
「……どうしたの?」
 ボクの声には何もへんとうせず、ボクのかおだけをまがおでじーっと見つめる。はて、こういったじょうきょうのばあい、このあとにまちうけるはキスシーンなるものだとテレビで学習ずみだが、別にボクたちそうしそうあいじゃないから多分ちがう。っつーかされたくない。
 はたしてボクの身になにがおこるのかと、とくにきんちょうせずにまちかまえていたが、そうしているウチにミスティのしせんがボクのかおではなく、ボクのあたまの上であることに気付いた。チャオのあたまの上にあるものと言えば……ポヨか?
「ねえねえ」
「なに?」
「なんでポヨがハートにならないの?」
 …………?
「私、チャオをなでたり抱っこしてあげると、喜んでポヨがハートの形になるって聞いたんだけど」
 言われてみてボクは自分のポヨを見上げてみる。とくに大したへんかもなく、きれいな円形の形をたもっていた。目測ではんけい20mmのピンポン玉サイズ(仮定)。
「ひょっとして、嬉しくない?」
 すなおにうなずいた。するとミスティはとたんに渋いかおになった。かんじょうが変化しまくりの忙しい子ですな。
「やっぱりかわいげがないなー。無愛想チャオ?」
「よけいなおせわ」
「ふっふぅーん、なんか新しいなぁ」
 別にあたらしくないと思う。
「でも、人付き合いくらいはできないとこの先やっていけないぞ」
 そういってボクをおろし、ミスティは右手をボクに向けてさしだしてきた。なんだろうコレ、ひっぱればいいのか? それともゆびずもうでもするのか? あいにくチャオにゆびはない。
「あーくーしゅ」
 あぁ、あくしゅね。
 実を言うとこのボク、フウライボウは生まれていちどもあくしゅをしたことがない。別にあくしゅを知らないわけではない。そのこういの意味するそれもちゃんと知っている。知っているがゆえに、ボクはあくしゅをしたことがないのだ。いままでのボクは、あくしゅするほどの仲の人は一人もいなかった。
 ――が、しかし。
 この少女、ミスティ・レイクとはあくしゅをするべきなのだろう。幼稚園初日のクラスメイトに対して以外で自己紹介をしたことはないし、何かやくそくごとをしたこともない。彼女が初めてなのだ。まちがいなく彼女がかってにすすめた話ではあるにしても。
 ボクはだまって右手を前にだす。それをミスティはとてもうれしそうなかおでつかんだ。
「今後ともよろしくね、フウライボウ!」
「……こんごともよろしく、ミスティ」


 ちなみにボクはNeutral。ミスティは多分Lawだと思ふ。え? ネタ元がセガじゃない? いいじゃないかそんなこと。ネタをふったのはあっちだぜ。

このページについて
掲載日
2009年12月24日
ページ番号
2 / 10
この作品について
タイトル
A-LIFE
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2009年12月24日