13-C
「へぇー、そんなことになっていたとはねぇ。」
感嘆の声を上げたのは、ふうりんから事件のあらましを聞いたセティでした。
金曜の夜、発刊直前で慌ただしい編集部の中でくつろぎが得られる数少ない部署、広報部。
「それはそれは、今度のライカ記念に利用できそうなネタね。」
「ええっ、それだけは勘弁してくださいよ。」
「いや、さすがにあと2週間で仕上げるのは厳しいかしら。来年のライカ記念にでも完成させられると・・・」
「それ以上の冗談は禁物ですよ。」
エッジのきいたふうりんの目を見て、話題の方向を逸らさねばと思いめぐらすセティ。
「ライトカオスといえば、いろんな種類の小動物をキャプチャしないと進化できないわけだけど、やっぱり、あちらの世界でも珍しいのかしら?」
「そうですね。一応他にもいないわけではなさそうでしたけど、アースラの方々も、概ね驚きを隠せない様子でしたよ。」
セティは胸をなで下ろします。
「向こうの世界には、小動物のキャプチャってないはずよね?」
「グレアムの話と照らし合わせると、あちらでは魔力が小動物のエネルギーに一番近い存在になるんだと思います。
とすると、逆流した魔力が小動物エネルギーの代わりとなって、ウークの体に作用したんでしょうね。
おそらく今までヒーローノーマルに進化していたのを上書きするぐらいの力をもってして。」
「十分に筋が通った話だと思うわ。」
セティは深くうなずきました。
「でも、こうは考えられない?」
人差し指を伸ばすセティ。ふうりんは頭上に疑問符を示します。
「転生を幾度も繰り返し、ついにコロンゼロという境地に達したウークとミュラー。
とすると、最後に進化の形として残るのは、究極の進化体と言われるカオス系のみになる。
そして今回の一件で、最後の一片を手に入れた。ついに2人は名実ともに最高のペアになったわけよ。」
「うーん、どうでしょう?」
セティの意見に戸惑う様子を見せるふうりん。
「彼らを最高のペアと呼ぶのには、ちょっと違和感が残ります。
もしあれが私たちの目指すべき所と言われると、それは何か違うような・・・」
「そうね。彼らには何か欠けた所があった。それは確かだと思う。」
ふうりんは少し考え込んでから、言葉を続けます。
「とりあえず私はライトカオスになりたいとも、コロンゼロになりたいとも思いませんよ。
それよりも最後、ウークが大人しくなっていたという文脈が気になります。
これから長い長い年月を生きなければならないのに、大丈夫でしょうか・・・」
「そう言われると、ライトカオスも楽じゃないわよね。
個人的には、ふうりんにはライトカオスよりも、いつまでもコドモチャオのままでいてもらいたいんだけど。」
「どういう意味ですか・・・」
「言葉通りの意味よ。ああもうふうりんの頭の後ろに幼体進化の兆候が、青疸が・・・
可愛げを失ったふうりんのための適当なポジションが、今の編集部内にあるのかどうか・・・」
「私の地位ってそんなに危うかったんですか。」
「で、ダイクストラ君はどうするって?」
「しばらくは編集部に通い続けるって言ってましたよ。彼なりの律儀なんでしょうね。」
「じゃあ、ゴキ吉やグレアム君は?」
「ああ、2人はですね。」
事件後のアースラは慌ただしく、あまり邪魔をしている余裕はなかったのですが、ふうりんは2人に特別の時間を割って、別れの挨拶をしておきました。
ゴキ吉の中にはまだあのX字が残っていましたが、ゴキ吉はそれはそれで残しておくらしいです。
今回さりげなく暗躍していたグレアムは、クヌースから「素晴らしいスパイでした賞」を受賞して喜んでいました。
ふうりんには、それらが何となく嬉しく思えました。
「また会えるといいね。」
「Have fun!」
2人は最後にそんなことを言うと、得意の時空移動魔法でさくっと姿を消してしまいました。
案外あっけない別れでした。
「2人とも、グレアムの故郷に帰るらしいですよ。」
そう言われて、首をひねるセティ。
「彼の故郷って、全然想像できないわね。それはそれとして、本当にまた会えるのかしら?」
「うーん、そればっかりは分かりませんねぇ。
機会があるとしたら、エルファ嬢があちらから戻ってくるときになるんじゃないですか?」
そんなとき、にゃあという一声が聞こえるのにあわせて、どこからともなくDXさんの猫が現れます。
猫はセティに伝言らしきものを伝えると、あっという間に軽く跳躍して去っていきました。
猫語を翻訳して、ふうりんに伝えるセティ。
「チャピルさんとかいろ君からだそうよ。表紙のあれを収録するからって。」
「そういえばもう、そんな時間ですか・・・」
ふうりんは壁掛け時計を煽り見て、ぼやきます。
「今夜も期待させていただくわね。」
口元に笑みを浮かべたセティに、反面、苦笑いで応えるふうりん。
「あー、なるほど。」
満天の星空の元、ふうりんは自宅のあるアパートのドアノブをひねります。
ぎりぎりまで音量を絞られながら、ゆっくりと開く扉。
ふうりんが慎重に顔をのぞき入れると、そこでは遠藤千晶が、安らかな寝息を立てて眠っていました。