11-B
ダイクストラは、エルファが思いの外署名運動本部から早々と出てきたことに驚きました。
入ってからまだ10分も経っていません。
「もう、いいのか?」
ダイクストラの言葉に、エルファはうなずきました。
「必要なことは、全部聞けましたから。」
「コロンゼロとは何か、知っているか?」
ミュラーは唐突に、そんな話を始めました。
「ええと、ミュラーさんの研究の中で、最も有名な発見だと言うことしか・・・」
戸惑うクヌース。
「一般的理解は、そんなものか・・・」
ミュラーは、少し考えてから、言葉を続けます。
「何、簡単なことだよ。一人のチャオが一定時間内に扱える魔力の量には限界がある。
魔力自体は無尽蔵であるから、このリミッターがない限り大変なことになってしまうのは、容易に想像できる。
この限界量は成長の過程により徐々に増えていくのが普通だが、やがてその成長にも限界が見えてくる。
それが、コロンゼロだ。魔力を最大まで扱える状態を、そう呼ぶのだ。」
「・・・まさか、ウークがその、コロンゼロだと?」
クヌースの言葉に、うなずくミュラー。
「その通り。彼は長年の研究の中で実際にコロンゼロへと到達した、数少ないチャオの一人だ。
今回の計画を提案した時も、ついてきてくれたウーク。
私の最も愛しているチャオだ。そう、だからウークなら、この計画を最後までやり遂げられるのだ。」
「レビン!」
「・・・いや、みんな死んじゃいない。きっと電流のショックで気を失っているだけ・・・」
誰かの言葉。
冷静に状況を見ているように聞こえても、その語尾は微妙に震えています。
「これでもまだ戻る気がないというのなら、残りのお前たちも全員、そいつらみたいに倒してやる!」
ウークの左手に、また新たに電気が充填され始めます。
周囲を確認するふうりん。残っているチャオは、自分を含めて7人です。
茶色のスモーチャオ、ヒーローハシリのチャオ、そして先程ふうりんと一緒についてきた2人、カルデリとフェニン、ゴキ吉とグレアムも。
しかし全員が、先程の攻撃でかなり参っていました。
その上まだ来るという攻撃。ふうりんたちの緊張感は高まります。
「いくぞ。」
ウークが呟きました。
「私のパートナーがあの研究所でやったのは、研究所にいたチャオたちが、ミュラーの計画に巻き込まれないように説得することだったんです。
そう、コロンゼロと呼ばれるチャオたちを。
ミュラーはチャオ研究を止めた後も、何人かのチャオと生活を共にしていました。もちろん、ウークを含め。
チャオはミュラーの計画を実行するのに必要だったところを、パートナーは阻止しようとしたんです。」
「近頃のチャオと人間の関係には目が余る。この数年間、私はずっとそればかりを考えてきた。
人間はチャオの魔力を利用しようとばかりし、己の種として劣るところを知らず、傲慢に過ごしている。
人間があえて活躍できるのは、身体的に勝る肉体労働と、一部の知的な専門分野に限られるだろう。
しかしそれさえも、デバイスの発達によって蝕まれようとしている。
私は自分の研究の仕方にも、疑問を感じるようになっていた。
そんなとき私は、この世界以外に、新たな世界が存在することを知った。
ならばなぜそれを、社会的に活用しないのか。」
「・・・あなたは、一体何を言おうとしているんですか?」
問うクヌースに対し、不敵にも笑みを浮かべるミュラー。
「聞くところによると、そちらの世界ではチャオが魔法の存在を知らず、むしろ人間の方が優位ともいえる体制をとっているそうじゃないか。
人間がチャオのために、チャオガーデンなんてものを作ったりな。チャオと人間の力量関係が逆転している。」
「Fast Move!」
ウークの体が風のように動き、次の瞬間には、ウークは電気の溜まった拳と共に、カルデリを思い切り殴打していました。
吹っ飛ぶカルデリ。そのまま壁にぶつかって伸びた体が、重力に引かれるがままに床に倒れ込みます。
そして、動かなくなります。
「カルデリ!」
ウークは既に、次の動きを始めています。
「Fast Move!」
少し前よりさらに加速されたその素早さに、圧倒されるふうりんたち。
「Protection!」
ウークは地面を軽く蹴って、再度ふうりんにその拳を向けます。
同じ手ならば、今度は通用しません。
「Fast Move.」
軽く右に避けるふうりん。フェニンとヒーローハシリが、そこに弾を撃ち込みます。
「Shooting!」
しかし既にその場にウークはいませんでした。
「ふうりんさん!上!」
「Thunderbolt!」
ふうりんが見上げた時には、雷が目の前に迫ってきます。
「Reflect!」
飛び来たゴキ吉の反射魔法が、すんでの所で雷を跳ね返します。
跳ね返った雷はウークの頭部をかすめ、それを避けようとしたウークに僅かな隙を産みます。
「Binding!」
ウークの体が束縛され、そのまま壁に貼り付けられます。
そこへすかさず出てくるスモーチャオ。
「オレの出番だ。」
スモーチャオは、彼の太く、巨大なデバイスを担ぎ上げると、まっすぐにウークを狙います。
「Rocket Artillery.」
「Escape!」
ウークのいた壁全てを焼き尽くさんばかりのすさまじい爆発が、部屋の一片に炸裂しました。
目を覆いたくなるほどの破壊力。
爆風にポヨがなびきます。