07-B
話は飛んで、翌日、水曜日の夜。
ふうりんとダイクストラとの約束の夜でした。
編集部の仕事を切り上げて、帰り支度を始めるふうりんに、セティからの接触がありました。
「なんですか?」
ふうりんが聞くと、セティは声のトーンを下げて、
「不良デバイスの所在がいくつか分かったわよ」
周りの編集部員に、聞こえないように告げます。
「ありがとうございます。って、まだ調べていたんですか。」
ふうりんの驚きに、すまして答えるセティ。
「当然じゃないの。ステーションスクエア内の北東と北西に、ミスティックルーイン方面に1つよ。
詳しいことは、えーっと・・・このメモを参照してね」
ふうりんは、セティからのメモを預かりました。
「ところで・・・」
「なんですか?」
セティが思い出したかのように付け加えるので、ふうりんは気になりました。
「まだろっどさんの所に資料を取りに行ってないそうじゃないの。一体何をしてるのよ。」
「す、すみません・・・」
藪蛇。
仕事終了後、ふうりんは昼休みにダイクストラから告げられた待ち合わせ場所に直行しました。
さすがに新人は早く帰らせてもらえるのか、ふうりんがそこへついた時には、ダイクストラはもう既にそこにいて待っています。
「遅れてすみません・・・」
「いや、構わない。」
しかし、あいかわらずへの字に曲がった口を見ると、ふうりんは申し訳ない気持ちになるのです。
「行こうか。」
それだけ言うと、ダイクストラはすたすたと、ふうりんをおいて先へ先へと進んでいきます。
慌てて追いかけるふうりん。
いくつもの角を曲がり、2人はやがて、ひとけのない公園へと至ります。
ダイクストラは、公園に誰もいないのを確認すると、まっすぐに空を見上げました。
「そろそろ迎えが来るはずなのだが。」
「迎えって、何のことですか?」
つられて、ふうりんも空を見上げます。
夕焼けが西の方から消えかかり、ふうりんの真上には、大きな雲が漂っています。
ふうりんがその雲が妙に光ったと感じた時には、2人の姿は、既にその公園にはありませんでした。
気が付くとふうりんは、見知らぬ建物の中へと移動していました。
そこは金属質の壁面に囲まれた空間。明らかに普通の建物ではなさそうです。
辺りを見回すと、右隣にはダイクストラがいます。そして正面には、見たこともないチャオが1匹。
「はじめまして、ふうりんさん。」
きょとんとするふうりん。
その様子をみて微笑んだそのチャオは、こほんと咳払いをしてから、続けます。
「ようこそ、時空管理局艦船アースラへ。艦長のクヌースです。」
「は、はじめまして・・・」
そう言いながらも、突然慣れない場所に移動してしまったばかりに、ふうりんは勝手が分からず、戸惑うばかりです。
横から口を挟むダイクストラ。
「立ち話もなんだ。奥でゆっくり話してはどうだろうか。」
それを聞いて、ぽんと手を打つクヌース。
「それもそうですね。じゃあ、ふうりんさん、こちらへ・・・」
クヌースは妙に細かくうなずくと、部屋の奥の扉を示し、歩いていきます。
「あっ、はい。」
言われるがままについていきながらも、ふうりんの頭の中には、疑問符がたくさん並んでいました
ふうりんは以前のグレアムが、少し時空管理局について口にしていたことを思い出していました。
とするときっと、これは魔法関連の話に違いありません。
でもまさか、編集部の内部のチャオにも、関係者がいたなんて・・・
3人が向かっていった先の部屋は、なぜか和室でした。ふうりんはとりあえず、お茶をよばれました。
茶菓子のもなかを口にくわえるクヌース。
のほほんとした雰囲気の中で、ふうりんは簡単に、時空管理局に関する説明を受けました。
それによると、時空管理局とは案の定、グレアムの世界の組織だそうです。
魔法の使える世界と、それが使えないふうりん達の世界。
この2つの世界の間を取り持ち、それぞれが余計な干渉を起こさないよう、注意を払っているとのこと。
中でも艦船アースラは、その2つの世界を結ぶ狭間のようなところをパトロールする役割をはたしているそうです。
それについての、クヌースとダイクストラのコメント。
「でも実際、そんな大変な仕事でもないですよ。」
「こちらの世界から、そちらの世界の存在は認識している。
けれどまだまだ、自由に行き来するほどには、インフラが追いついていないんだ。
現在のところ、時空管理局の役割の半分は研究者向け、もう半分が事故処理といったところだ。」
ダイクストラのセリフを、クヌースが引き継ぎます。なかなか息のあったコンビネーションです。
「今回は、不良デバイスのいくつかが事故によってこちらの世界に飛ばされてしまったということで、このような形で干渉することになりました。
ふうりんさんにコンタクトを取ったのも、そのためです。回収に尽力されているようでしたから。」
言われて、いままで聞き手に回っていたふうりんは口を開きました。
「そう言われてもまだ、疑問が残ります。なぜデバイスが出回ってから、すぐに来てもらえなかったんですか?」
ふうりんが聞くと、ダイクストラが、しかめ面と共にふうりんに答えます。
「別に遊んでたわけじゃない。ただどこに飛び散ったかを特定するのに、しばらく時間がかかっただけだ。」