05-B
ゴキ吉はがつんと音を立てて跳ね返り、ふうりんの体は大きく、はじき飛ばされました。
「ど、どうすれば・・・」
ふうりんは気付きました。シャチとチャオが共に落下し、地面に激突するまで間もないことに。
ふうりんは再度ゴキ吉に縄を蓄えると、彼らをそのバリアごと囲います。
地面すれすれで、再度浮かび上がり始めるシャチ。
ふうりんは浜辺にざっと着陸し、それらを上に見上げます。
そのシャチは、今までの無闇に大きかった巨体を失い、元の大きさに戻っていました。
はっとするふうりん。あのチャオの手には、デバイスが握られているのが見えます。
彼女がシャチの体を軽く杖で叩くと、それは弧を描いて海原へざぶんと、帰って行きます。
ヒーローチャオがバリアを解除するのと、ふうりんが地面を蹴って飛び上がるのが同時でした。
チャオはデバイスを手にしたまま、市街の方向へと飛んでいこうとします。
「待って!」
追いかけようとしたふうりんを、呼び止めるグレアム。
「なによ!」
「時間を見て!あのチャオは、僕が追いかける。」
見ると時刻は既に7時を回ろうとしていました。
このままでは編集部に間に合わないと、グレアムはそう言っているのです。
「でも!」
「大丈夫、もし家の鍵が無くて帰れなくなったら、電話するから。」
グレアムは、あくまで冷静に答えます。
「どこに電話する気なの?」
「一応昨日のうちに、編集部と家の電話の電話番号は、調べておいた。」
「うーん。」
それを聞いて、編集部に電話のかかってきた様子を想像してしまうふうりん。
「もしもし、広報課のふうりんさんはいらっしゃいますか?」
「少々お待ちください・・・おーい、ふうりん。」
「なんですか?」
「電話だって。男の人からだけど、誰からなの?」
「誰でもいいじゃないですか。」
「なぜ隠したがる。」
「隠してませんって。・・・おそらく、先日公園でばったり会った方ですよ。」
「ほ、ほへー・・・」
ここまで考えて、ふうりんは溜息をつくと、浜辺へとまた降りてきました。
飛ぶチャオにグレアムの足で果たして追いつくのだろうか、ふうりんは疑問に思います。
しかし、彼は何か策を持っているのかも知れません。
彼が色々と口をつぐみたがるというのは、3日間の付き合いで、おぼろげながら認識しています。
「わかった。じゃあ、追跡はグレアムに任せた。」
グレアムはうなずくと、さっきのチャオを追って、市街へと駆けだしました。
朝日を背に、彼の背はとても生き生きとして見えます。
冷静に考えれば、グレアムの言うのはもっともな話です。
元はといえば、同居人が拾ってきた石がゴキ吉だったという、偶然から始まったこと。
ふうりんはグレアムの補佐であり、本職を削ってまで注力することはないのです。
責任感の強そうなグレアムですから、同じことを考えていたのかなと思い、
あのチャオに関しては彼に任せることに、ふうりんは決めました。。
何も言わないゴキ吉。
彼を見送ったのち、ふうりんはふと、彼が電話を持っていないことに気付きました。
「・・・さすが異世界の人だ。どこでもタダで電話をかけられると思っているに違いない。」
グレアムは既に、見えないぐらい遠くまで行ってしまっていました。
グレアムの方はというと、そんなことを思われているとはつゆ知らず、一心不乱にヒーローチャオを追いかけていました。
しかし両者の間には、どうしようもなく差が開いてしまいます。
グレアムは海を離れ、既に駅前に足を踏み入れようとしていました。
このままでは追いつけないと判断したグレアムは、近くにあったビルの、非常階段を上り始めます。
屋上までたどり着いたグレアム。太陽と反対側の市街に目を走らせます。
見つけました。
背を向けて飛び続けるヒーローチャオは、幸い、追っ手の存在に気付いていないようです。
グレアムはひとまず、その動きを追ってあらかじめ道筋を定めてしまう策です。
ヒーローチャオは、ステーションスクエアの北にあたる、あるビルの近くで、その飛行を止めました。
ビルの中程のある階に直行し、そのまま動きが見えなくなります。
ひょっとすると、そこは、そのチャオの住み家かも知れません。
それだけ確認すると、グレアムは非常階段を降りて、そのビルへと向かいます。
ふうりんとゴキ吉がアパートへ帰る時には、既に千晶が家を出た後でした。
朝食もそこそこに、編集部へと向かう支度を始めるふうりん。
ふうりんは手持ちの鞄にゴキ吉も入れておきます。
昨日グレアムと相談した結果、先日のような事態に備えて、これからはふうりんはゴキ吉と行動をともにすることにしたのです。
今日は4月最初の月曜日ということで、なにやら新しいチャオがやってくるとのことを聞いていました。
いや、実は昨日になって突然セティから告げられたのですが、ふうりんは大変驚きました。
まだ入社して半年しか経っていないふうりんにとっては、始めてのことです。
編集部に着いてみると、早速新入部員の紹介が始まります。
「彼が、今月から広報部にやってくるという、ダイクストラ君です。」
「よろしくお願いします。」
セティの紹介に合わせて頭を下げるカケチャオ、彼がダイクストラでした。