05-A
4月2日月曜日、早朝。
まだ薄暗い海辺に、突如、高い水しぶきが上がります。
飛び出すのは、巨大なシャチ。
ぬめりけを帯びた体は、あまりにも美しく、大きく、そしてしなやかに宙を舞います。
しかし、その大きさはというと、どう見ても尋常ではありません。
体長だけでも、普通のシャチの3倍はあろうかというそれは、デバイスに身体を支配されてしまったシャチの姿でした。
そのシャチに向かって、上空から急降下をしかけるふうりん。
ゴキ吉の先端をきらりと輝かせたかと思うと、急降下の勢いと共に、シャチに、光の弾を放ちます。
しかし、その弾は、シャチの体に当たった途端に、軽くくだけ、消滅してしまいます。
そのままざぶんと、海中に飛び込んでいってしまうシャチ。
飛び散った水しぶきに、あたりまるで大雨のように水にさらされます。
シャチが海中にいる間は、どうしようもありません。
ふうりんはいったん高度を下げ、グレアムの待つ浜辺へと着陸します。
グレアムからのアドバイス。
「相手が海中に戻る前に、動きを封じないと。遠距離攻撃はエネルギーのロスが激しいから、接近戦に持ち込んで。」
「了解。」
ふうりんはゴキ吉を握りなおし、再度上空へと飛び立ちます。
あまりにも大きなシャチの体は、海面に巨大な影を残し、上からでもはっきりと分かりました。
ふうりんはそこに向かって、再度弾を撃ち込みます。
弾はシャチの体に当たって消滅、しかしそれでも、シャチの気を引くには十分だったようです。
海面が大きく波打ったかと思うと、シャチが大きくジャンプしました。
その間に、間合いを詰めるふうりん。
ふうりんはゴキ吉から、縄のようなものを形成させます。
そしてそのまま、ぐるりとシャチの体を取り囲みます。シャチはその場で、縄で縛り上げられます。
魔法の制御により、シャチは空中に浮かび続けています。
縛られたシャチは激しくその身を暴れさせ、縄から脱しようと試みます。
「ゴキ吉、槍の形になれる?」
ふうりんはなにとなく、ゴキ吉の表面を槍の形状へと変化させると、シャチの体へ向かってその槍を突き立てました。
しかし、シャチの体で砕ける槍。ふうりんはあわてて飛びのきます。
「・・・あんな風には行かないな」
シャチを縛った縄も、この様子では、いつまで持つか分かりません。
ふうりんは早めにけりをつけることにしました。
グレアムにあの夜会ったヒーローチャオ、およびエルファ・クローディアについて伝えることができたのは、
結局、事件から10時間以上経過した日曜、エイプリルフールの夜のことでした。
午前中は千晶が家にいたため、うかつに話をすることもできないし、
ふうりんは編集部にまた行くべきだと感じていたので、なかなか時間が取れなかったのです。
一通り説明を終えたふうりんに、グレアムはこう言いました。
「世界と世界を移動するところは、その局によって管理されいると、以前耳にしたことがある。
向こうの世界から、まだこっちに来てた人がいるかもしれないってことは、
つまりそのチャオは、時空管理局の管理下にあるものと思っていいんじゃないかな。」
「つまりあのヒーローチャオは、悪意を持っているわけではないってこと?」
ふうりんの疑問符に、グレアムはうなずきます。
「その可能性が高いと思う。もちろん、そのチャオがなぜデバイスを奪っていったのかはわからない。
けれど、悪い理由だとは思えないんだ。仮にもあのデバイスは危険なものなわけだし、
そのチャオはデバイスのエネルギーを吸収するような魔法を使っていったんだっけ?」
「いや、そのまま持っていったはず。」
ふうりんはまだ鮮やかな、記憶をたどりつつ答えます。
首を傾げるグレアム。
「うーん。とりあえず、今度また接触できたら、彼女に話しかけてみることはできないのかな。
目的を聞かせてもらえれば、もしかして互いに協力できるかもしれない。」
ふうりんが杖を振り上げ、魔力の吸収を始めようとした、そのときでした。
遙か西の空から、青白い光をたたえた矢が、一瞬にして横切りました。
矢はシャチの体の側をかすめます。かすめただけで、そこには血があふれ始めます。
「やっと来たっ」
ふうりんが振り向くと、そこには杖をまっすぐに構え、黒い衣服をまとったヒーローチャオの姿がありました。
衣服から除く美しい翼は、紛れもなく、先日のチャオ。
矢は縄をも切り裂き、支えを失ったシャチは、すぐに重力に従い、落下を始めています。
ヒーローチャオはふうりんには目もくれず、まっすぐにシャチに向かって飛んでいきます。
杖を構えたまま、落下するシャチに向かって一直線に。
ふうりんが止めるまもなく、彼女はシャチの口に杖を突き刺すと、一言、その杖から言葉が発せられました。
「Attracting.」
地上からは、グレアムの声。
「早く、あのチャオを引き留めて!」
言われる前に、ふうりんの体は動いていました。ふうりんも翼を広げ、ヒーローチャオに向かって接近します。
彼女も接近する者の存在に気付いたのでしょう。右手に杖を握ったまま、左手をふうりんに向けます。
「Protection!」
ふうりんは体をひねり、敵のつくったバリアに強く、ゴキ吉の先端をたたきつけます。
「くっ」