04-A
静かな夜。雲ひとつ無い夜空に、星々の光は見えない。
それは、完全な闇ではない。
あまりにも明るい月が、街を眼下に見おろしている。
その街―ステーションスクエアからは、ビル街の光が空をぼんやりと照らす。
昼の活気とは違う。街を、空を、独特の冷たい空気が占める。
一陣の風が、吹く。
「この街に来るのも、ずいぶん久しぶりですね」
静かな夜空には、一匹のチャオが現れていた。
闇に溶けた輪郭ははっきりとしない。
「この辺り・・・」
そのチャオの広げた羽が、月の光を受けて大きくしなる。
月夜にただ、その翼だけがくっきりと映える。
天使の翼。
週刊チャオ編集部 3階。
ふうりんがついた時点で、時計の針は11時半を回ろうとしていました。
息を上げ、部署内に入ってきたふうりんに対し、一声に罵声が飛び交います。
「遅すぎだろ!」
「今何時だと思ってるんだ!」
「もう一時間、いや、30分しかないじゃない!」
「すみません・・・」
たくさんの編集部員たちが、締め切りを目の前にして殺気立っています。
ふうりんは、ここまでエイプリルフールに熱心に取り組む企業を初めてみました。
「ふうりん、こっちに」
部屋の一番奥から、ふうりんに向かって振られる手が見えました。
ふうりんと同じ広報課に属す、DXです。
いそいそと部員たちの間をかき分け、向かうふうりん。
DXの片手には、カメラが握られています。
「編集部サイト用の写真を撮るように、チャピルさんに頼まれているんですけど」
彼は飼い猫の写真でよく知られています。そのため、写真撮影は彼が行うのが通例となっていました。
お陰で今までに編集部で撮られた写真には、その姿が写されておらず、
むしろ飼い猫の方をDXさんだと思っている人もたくさんいるようです。
「えっと、どこで撮るんですか?」
「会議室だと思います。新年の時のと同じような感じで、と言われているので」
「うーん、気が進みませんね・・・」
「まじすか」
「あ、いや、いいんですけどね。」
本当は、あまり写真に撮られるのを好ましく思っていない彼女ですが、しかし、エイプリルフールまでもう時間がありません。
そうのんきなことを言っている暇はなさそうです。
写真を撮るため、2人は会議室へと向かいます。
一方、ふうりんの元いた部屋では、エイプリルフールのネタ実行に関する最終決議が行われていました。
ホワイトボードに並んだ案は、全部で7つ。
「異議あり!この案はいかがなものでしょう!週刊チャオに現在編集長がいないことはよく知られており、
ましてや15代目編集長がいるなんて、キテレツ過ぎます!」
「エイプリルフールなんだから、それぐらいキテレツでもいいんじゃないでしょうか?」
「週刊チャオの休刊は、一度やってなかった?」
「オモチャオレンタルサービス開始って、誰が提案したのさ?」
「なぜそれが嘘なんだあああああああ!!!!」
「黙りなさい」
騒がしい室内に、凛とした声が響き渡りました。
「もう時間がないわ。難しいものは、さっさと切り落とすべきでしょう。」
彼女の名はセティ。
今回のエイプリルフールイベントを仕切る、プロジェクトの最高責任者です。
普段は広報部長として働いているのですが、このようなイベントの時には、
ばらばらの編集部員をひとつに束ねることの出来る、数少ない人材でもあるのです。
「この中で原稿が既に仕上がってるのはどれ?」
「システム変更ネタと、TOBネタの2つです」
誰かが、彼女の質問に答えました。
「時間的に見て、他の案はボツとせざるを得ないわね。これはみんな分かる?あと20分なの」
うなずく全員。
「すると、2つのうちどちらが面白いかということになる。
これはどちらとも言えないけれど、TOBなんて、子供たちには分かりづらいのではないのかしら。
みんなが自由に楽しめる、これが週チャオの理念であったはずよ」
「でっ、でも・・・」
室内からは、当惑したような声が聞こえました。
いままで必死で作ってきた嘘がボツ。編集部員にとって、これほど堪えるものもありません。
たびたびあることではありますが、しかし・・・・
そこを汲み取ったのか、彼女は言葉を続けました。
「じゃあ、こうしましょう。エイプリルフールは午前中だけで終わってしまう。
そこで、午後からのお楽しみとして、これまでのボツネタ全てを、まとめて放出するの」
それを聞いた室内の一人が、いぶかしげな顔を浮かべます。
「ボツネタ全部なんて、いくら何でも無理じゃないかね。
他の案には未完成なものも多い。それらをあと半日でそれを仕上げるとなると・・・」
ざわめく室内に、彼女はただただ溜息をつきます。
「そんなことは問題にならないわ。働かせればいいのよ。馬車馬のごとくね」
しんとする室内。
「サーフボードを呼びなさい」
そして、午前0時0分