第45章:語らざる者が語る、一つの答え

『この銀河で起こっている、ありとあらゆる事象を全てリアルタイムで記録し続けている』
そう観測者から自らについての説明を受けたカンナは、まずこの事実自体に疑問を呈した。
【カンナ】「リアルタイムって…超光速航行とそれを応用した超光速通信でも、この銀河で情報伝達するには最低数日は掛かるわよ…?」
それに対し、黒いシルエットをした観測者はこう答えた。
【観測者】「簡単に言うと、現代には失われた大崩壊より前の時代の技術、言わばロストテクノロジーさ。この銀河程度の広さなら瞬時に物質や情報をやり取りできる」
【カンナ】「そんな技術が…?」
確かにそんな技術が過去にあったとすれば、観測者が言うように銀河のありとあらゆる事象を全てリアルタイムで記録することも可能だろう。まだ半信半疑ではあったが、彼女は眼前の不可思議な光景を前にしてその話を信じるしかなかった。


        【第45章 語らざる者が語る、一つの答え】


一方、「外」の宙域では変わらず激闘が繰り広げられていた。
【イレーヌ】「魔女艦隊を援護しな!蒼き流星に敵を加勢させるんじゃないよ!!」
蒼き流星と直接やり合っている4機と魔女艦隊を援護すべく、イレーヌ元帥率いる第3艦隊が動く。目的は蒼き流星を孤立させること。そして、後は若者たちに未来を託すこと。

【イレーヌ】(たぶんこれは、人とチャオが未来へ向かう為に越えなければならない壁なんだろう…そのてっぺんに立ち塞がるのが、蒼き流星さんなんだろうさ。最も、彼女はそんなつもりはこれっぽっちもないだろうけどね…必死に戦って、必死に生きて、その結果、気が付いたら有望な若者の前に立ち塞がる壁になってしまった…それもまた、一つの悲劇なんだろうねぇ)
指揮を執りながら、そんな事を考えていた。


【カンナ】「何をやってるのかは分かったけど、誰が何の為にやってるのかしら?どこかの勢力がこの戦争を有利に進めるため?それとも旧時代の者が出来事を記録して未来に遺すため?」
カンナは観測者に対し、そんな疑問を口に出す。それに対し観測者は、カンナが予想もつかなかった答えをした。
【観測者】「はっはっは、面白い事を言うねぇ!そんな大層なもんじゃないよ、ここは。…そうだねぇ、これは言わば僕の趣味みたいなもんさ。この世の中で起こっているありとあらゆる事象を永遠に観測し続けるのが、僕の唯一にして至上の愉しみなんだよ」
…それは、カンナには到底理解のできないものだった。

【カンナ】「さすがにちょっと頭が追い付かないわね…例えばだけど、目の前で誰かがボール遊びをしていたとして、それをずっと見ているだけで楽しいかしら?普通は混ざりたいと思わない?」
彼女はその「理解のできなさ」を、こう例え話を出して問う。しかし観測者は否定した。
【観測者】「別に混ざりたいと思わない、見ているだけの方がずっと楽しいっていう思考構造をしちゃったんだからしょうがないさ。それは通常の人間やチャオの思考構造とはかけ離れているのかも知れないけれど、そこは遺伝子の悪戯なんじゃないのかな。…最も、嘗て人間だった頃の僕を鑑みると、こういう思考になるのも必然だったのかも知れないけどね」

そう言い観測者は、カンナにあるイメージを見せた。観測者と呼ばれる者がかつて人間だった頃のイメージ。

…それは、病院らしき建物のベッドで、無数の管に繋がれて横になっている少年の姿だった。

【カンナ】「…!!」
思わず言葉を失うカンナ。
【観測者】「生まれてからずっとこんな感じでね。指一本動かすことすらできなかった。…だけどある夜、不思議な夢を見たんだ」
【カンナ】「夢…?」
カンナが首を傾げるが、観測者は尚も語る。

【観測者】「目の前に黒い服を着た魔法少女が現れてね。『確かに貴方は体を動かせないかも知れない。だけど、それだけで絶望する必要はない。心があれば、それだけで世界に、銀河に翼を広げることができる』ってね」
【カンナ】「ま、魔法少女…?」
突飛な単語に戸惑うカンナ。魔法少女というフィクション上の概念は彼女も一応知ってはいるが、黒い服というのは所謂悪役が着るものであって、黒い服の魔法少女という存在は成立し得ないのではないか。それはむしろ、魔法少女というより―――というところまでカンナが思考したところで、観測者がそれを遮るように言葉を続けた。
【観測者】「その少し後に眼球の動きを追って情報を入力するコンピューターの存在を知った僕は、それを使って数年かけてここに銀河全体を観測する基地を造りあげたのさ。…そして僕は、人間であることをやめた。元々人間の身体なんてあってないようなものだったけどね」
…なるほど、そもそも「物事に参加する」ことが許されなかった身体だったからこそ、「観測する」ことだけが愉しみになったのだろう。そして、だからこそ人間の身体を捨ててこのような存在になった。不自由であるが故に覚えた愉しみのために、わざわざ自由を手に入れた。カンナも納得はできなかったが、理解はできた。

【観測者】「…でもね、ちょっとプログラムミスがあってね。作って間もないある日、観測用のナノマシンが銀河中で一斉に暴走しちゃったんだよ」
【カンナ】「まさか…!!」

それが、「大崩壊」の真実である。


呆然とするカンナを前に、観測者は補足するように説明を続けた。
【観測者】「もちろん、バグはすぐに直したけどね。気が付いた時には手遅れさ。…で、それを教訓にして、万が一何かあった時のためにここを管理する『鍵』を4つ作って、この銀河の生き残りに無作為に渡したんだ。それが巡り巡って、今の銀河の支配階級になってるって訳さ。もちろん僕が意図したことじゃないけどね」
鍵を貰った者は、情報という面で他者に対して圧倒的に有利になることができる。それを上手く利用して、鍵を持つ者は銀河の大勢力へとのし上がっていき、それが受け継がれていったのだ。
【観測者】「確か今の鍵の所持者は…同盟軍参謀総長・エルトゥール=グラスマン、連合の新大統領・クロフォード=オブリリア、共和国ハーラバード家当主・カルロス=ハーラバード、グロリア王国現女王・ソフィア=ネーヴル…の4人だったかな」

【カンナ】「…!!」
それを聞いたカンナは言葉を失う。
ハーラバード家とネーヴル家は鍵を自らの家系に代々伝え、一方同盟と連合の前身となった存在は優秀な後継者へとその鍵を伝えた。これが政体の違いとなっていたのだ。

そこで彼女は、かつてグロリアでグレイス王女誘拐事件に巻き込まれた際に、ジェームズ4世前国王やマリエッタから「銀河の意思」という言葉が出てきたのを思い出した。
【カンナ】「そういえば、グロリアで『銀河の意思』って…」
【観測者】「僕はあくまでも、この銀河のみんなが進んでいく方向を見守るだけの『銀河の意思の観測者』なんだけどね。僕の意思じゃない。僕の意思は『ただ永遠に観測し続けたい』、ただそれだけさ。550年経って『銀河の意思』それ自体に言葉が変わっちゃったんだろうね」
【カンナ】「でも、何で鍵を持ってるはずのハーラバードや連合がグロリアを…?」
【観測者】「あぁ、それはどうもグロリアの鍵を奪って独占したかったらしいんだ。ここが人間の面白いところでさ、そもそも1つも持っていないものに対してはそんなに所有欲が湧かなくても、『世界に4つあるうちの1つを貴方が持ってます』って言われたら、残りの3つを集めたくなっちゃうみたいなんだよね。独占欲ってやつ?ま、結局君たちの頑張りもあってうやむやになって失敗しちゃったけどね」

そこまで聞いたカンナは、少し考えた後、こう結論を出した。
【カンナ】「…ごめん。事情は何となく分かったけど、やっぱり、貴方は間違ってる。歪んでると思う」

これはカンナの直感だが、観測者は恐らく嘘は言っていない。本当に、ただ永遠に観測することだけを目的としているのだろう。そして、そうしている限りは自分達、ひいては銀河に大きな影響を及ぼすこともないのかも知れない。
…でもそれは、人間やチャオ、ひいては『命あるモノ』の在るべき形ではない、と思った。

そもそも、銀河一つを覆い尽くすほどのナノマシンと、巨大なガス惑星一つを覆い尽くすほどの記録装置を作り上げている時点で、既に『ただの観測者』とはなり得ないのではないか。元々銀河にあったはずのその分の資材が使われている訳だし、ナノマシンや記録装置が設置されたことによる天体運動のごく僅かなズレだってあり得るだろう。それはいずれも銀河全体から見れば限りなくゼロに近いかも知れないが、しかし決してゼロではない。


一方、『奥の手』のビットを使ってしまったシャーロットであるが、攻撃の手が緩むことはなかった。
【シャーロット】「いい加減に…しやがれぇっ!!」
シャーロットのフォーマルハウトが遠くから射撃しているアネッタのアークトゥルス目掛けて突撃する。
【アネッタ】「っ…!!」
こうなると近接戦闘に弱いアネッタは苦しい。何とかビームランチャーを1発放つが、あっさりとかわされ、
【アネッタ】「しまっ…!エネルギー切れ!?」
万事休すか。フォーマルハウトが目前に迫る。
【ジェイク】「させるかよぉっ!!」
だが、ジェイクのアルデバランがそれを体当たりで弾き出す。
【パトリシア】「これでぇっ!!」
その先にいたパトリシアのカペラが咄嗟にフォーマルハウトの右腕を掴んだ。

【ジェイク】「もらったぁっ!!」
これを好機とジェイクがビームセイバーを2本束にして斬ろうとするが、そこはシャーロット。フォーマルハウトの左手一本で受け止めてみせる。
だがジェイクもただでは終わらない。代わりにその左腕を掴み、カペラと合わせてフォーマルハウトの両手を塞いだ。
【アネッタ】「こうなったらっ…!」
ビームランチャーが使えなくなったアネッタのアークトゥルスもフォーマルハウトを抑えにかかり、3機がかりで動きを止めてみせた。

あとは―――
【ジェイク】「オリト!」
【アネッタ】「オリト君!」
【パトリシア】「やっちまえ!!」

【オリト】「…!!」
銀河の運命は、1匹のチャオに委ねられた。

このページについて
掲載日
2021年12月11日
ページ番号
49 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日