第44章:霞んだ光の果てで彼女は何を見る
カンナがパン、と頬を叩くのを合図にしたかのように、ゲルトが仮想キーボードを叩きながら砲撃の準備をする。
【ゲルト】「艦長、いけるぜ!」
【カンナ】「主砲、副砲、撃ぇーっ!!」
カンナの指示でクロスバードから次々と光が放たれる。しかし敵機・フォーマルハウトはそれを易々とかわし、クロスバードに迫る。
【シャーロット】「甘いんだよ、スイーツみたいにね!!」
そう言いクロスバードのブリッジ目掛けて一発ビームライフルを撃とうとするが、すんでのところでジェイクのアルデバランが突っ込み、もつれるようにして難を逃れさせた。
【第44章 霞んだ光の果てで彼女は何を見る】
【シャーロット】「ちぃっ、そっちも新型か!」
続いて巨大なビーム砲がフォーマルハウトをかすめる。
【アネッタ】「悪いけど…4機でいかせてもらうわ!!」
【パトリシア】「あの時みたいには…いかねぇぞ!!」
続いてパトリシアのカペラが次々と2丁のビームライフルを連射しながら迫ると、フォーマルハウトはアルデバランを振りほどきやや下がる。
【オリト】「俺だって!」
そこでオリトのリゲルが突っ込む。最もあっさりかわされるが、注意を逸らすには十分だった。
【シャーロット】「あの時のチャオまで!!」
さらにアルデバランがビームセイバーを両剣にして斬りかかる。
【クーリア】「4対1…これなら!」
【カンナ】「いえ、油断しちゃだめよ…パトリシアの証言だとΣ小隊は5対1で屠られた…!」
4機を支援砲撃しつつ、壮絶な戦闘を目前にしてそう会話する。
現在も直接相対している4機に加え、クロスバードを含めた魔女艦隊が総出で砲撃してこれである。正に一人艦隊と形容するに相応しい状況となっていた。
とはいえ、さすがにシャーロットもこの状況は簡単ではないと悟り、ある操作を始めた。
【シャーロット】「しょうがないわね…奥の手を使うよ!!」
その時、彼女は気が付いていなかったが、この交戦域に突っ込んでくる艦隊があった。
【アルベルト】「ちょうどいい!スイーツガールも!魔女も!ついでに裏切り者も!まとめて始末してくれる!!」
アルベルト元帥率いる同盟の第6艦隊である。旗艦であるシェダルを先頭に、クロスバードの方へ真っ直ぐ突っ込んでいく。
さて、フォーマルハウトの動きの違和感に真っ先に気が付いたのは、以前に一度戦っているパトリシアであった。
【パトリシア】『…まずい、下がれ!!』
周囲の味方全員に対して慌ててそう叫ぶ。
それに対し、パトリシア本人、そして機動性のある人型兵器に乗っていたジェイク、アネッタ、そしてオリトはすぐに反応して機体を後退させたが、戦艦であり魔女艦隊から突出していたクロスバードはミレアが咄嗟に方向転換しようとするも間に合わなかった。
次の瞬間、フォーマルハウトから無数の小型ビットが飛び出し、射程範囲内全てにビームの嵐が降り注いだ。
【アルベルト】「う、うわあああああ!?」
…もちろんシャーロットは味方を巻き込む気など無かったが、ビットから放たれるビームの嵐は、蒼き流星の存在など気にせず不用意に突撃した第6艦隊を結果的にそのまま巻き込み、その大半が消し飛んだ。
アルベルト元帥の乗る旗艦のシェダルも、である。こうして彼は銀河から姿を消した。
【マリエッタ】「い、生きてる…?」
【ゲルト】「…ビットとかこの世にマジで存在すんのかよ…アイツガチでニュータイプか…っ!」
【カンナ】「じょ、状況は!?」
一方のクロスバード。物凄い衝撃が走ったが、どうやら艦も自分たちも生きている。急いで状況を確認するカンナ。
【クリスティーナ】「システム自体は生きてますがね…さすがに被弾しすぎっすよコレは…!」
ブリッジにあるあちこちの仮想モニターが一斉に赤くなり、複数の警告音が反響するように鳴り響く。
【カンナ】「ジャレオ!?ミレーナ先生は!?」
そこでカンナは、ブリッジにいないジャレオとミレーナ先生に呼び掛ける。
【ジャレオ】『こちら無事です!』
【ミレーナ】『あたしも大丈夫よー、こっちはいいから艦を!』
2人がすぐに応答したが、いずれも映像はなく音声のみ。本来であればもう少し状況を聞きたいところだが、それどころではない。通信を切り、艦内の状況把握に努める。
【カンナ】「ミレア、動かせる!?」
【ミレア】「ダメ、です、制御不能、です!」
【ジャレオ】『制御系統がやられたらしい!今向かってますけどすぐには…!』
【クーリア】「このままだと、恐らく…!」
被弾の影響によりコントロールを失った結果、クロスバードはある場所へと突っ込んでいた。
【フランツ】「ライオットの重力圏に捕まります!」
【カンナ】「嘘…!?」
ライオットはガス惑星。このままだと惑星内部に引き込まれ、脱出できなくなってしまう。
そのタイミングで、アンヌからの通信が入る。
【アンヌ】『大丈夫ですか!?』
【カンナ】「ええ、生きてるわ。でも…!」
【アンヌ】『落ち着いてください、ちょうどそのあたりは例のハーラバードの秘密基地があるはずです!そこにうまく着地できれば!』
【カンナ】「…分かったわ!やってみる!」
脱出艇で脱出することも無理ではないが、この宙域には蒼き流星がいる。脱出艇が結局撃墜されてしまう、というリスクと天秤にかけた場合、このまま突っ込んで秘密基地に着地した方がまだマシだと判断したのだ。
【ミレア】「多少の、軌道修正、ぐらい、なら!」
ミレアが必死にコントロールしようとする。その甲斐あってか、少し向きを変える程度であれば何とかできそうだった。
【フランツ】「…重力圏に入ります!」
【カンナ】「みんな、衝撃に備えて!」
クロスバードがだんだんとライオットに引き込まれ、やがてガスに紛れて見えなくなっていく。
その様子を魔女艦隊旗艦・プレアデスから眺めていた、眺めるしかなかったアンヌは、まずはクロスバード麾下の人型兵器4機に通信を入れた。
【アンヌ】「皆さん、クロスバードは無事です!フォローはこちらでしますので、引き続き蒼き流星への対処を!」
【ジェイク】『分かった!援護は頼む!!』
アネッタ、パトリシア、オリトも応答し、戦闘を続行した。
【シャーロット】「はぁ…はぁ…っ…!全っ然、仕留められてない、じゃないの…っ!!」
連合が彼女のためだけに開発した新兵器、いわゆるビットを使った一斉攻撃。第6艦隊の大半を消し飛ばし、クロスバードをも行動不能に追い込んだその威力は先ほど見せつけた通りだが、フォーマルハウトのエネルギーはもちろん、多数のビットを制御するためにシャーロット自身の精神力も相当消耗するため、連発はできない。彼女はあくまでも人の子であり、ゲルトが言っていた旧文明時代の娯楽作品に出てくるニュータイプとやらとは訳が違うのだ。
そのため、この一撃で出来る限り仕留めたかったのだが、結果的に人型兵器は1機も仕留められず。極端に言えば味方を吹っ飛ばしただけである。想定外の結果と消耗で頭を痛め唸るが、目の前に敵が残っている以上、通常兵器で対処するしかない。戦うしかないのだ。
かくして、4対1の死闘は続く。
【フランツ】「地面らしきものが見えてきました!」
【ミレア】「ちょっと、無茶です、けど、着地、します!」
次の瞬間、ズドン、という大きな衝撃と共にクロスバードが激しく揺れる。ベルトをしていなければケガしていたであろう程の衝撃が収まると、嘘のように静かになった。
【クーリア】「ここが…ハーラバードの秘密基地…?」
【マリエッタ】「しかし…何も見えませんわね…」
深いガスに覆われ、何も見えない。しかし、あることが分かる。
【クリスティーナ】「…これ、普通に外出れますぜ?大気組成とか問題ないっすよ?」
クリスティーナが大気を調べた結果、そのまま外出しても全く問題無さそうなのだ。それを聞いたカンナは、少し考えた後こう言った。
【カンナ】「…どちらにせよ、調べる必要がありそうね…ちょっと行ってくるわ」
【クーリア】「艦長!?いくら何でも一人は危険ですよ!?」
クーリアが慌てて止めようとするが、
【カンナ】「危険だから一人で行くんじゃない。クーリア、留守を頼んだわよ。ジャレオ、修理お願いね」
カンナはそう言い聞かなかった。
こうなるとどうしようもないのはクーリアが一番分かっている。クーリアは渋々こう答えた。
【クーリア】「…分かりました。くれぐれも無茶はしないで下さいね…!」
【カンナ】「ええ…!」
【同盟兵】「旧第6艦隊、『蒼き流星』の攻撃の巻き添えを食らいほぼ壊滅した模様!!」
【アルフォンゾ】「…同士討ちで自滅とは、敵ながら哀れだのぉ」
参謀総長から自軍の総指揮を任されている同盟軍第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥がそうつぶやく。
…そして、続けてこう命じた。
【アルフォンゾ】「各艦隊、旧第6艦隊が空けた穴を突け!!」
カンナがクロスバードから降り立ち、真っ直ぐ5分ほど歩いていると、突然視界が開けた。
【カンナ】「これは…!!」
カンナの眼前に現れたのは、無数のサーバーのようなコンピューター。
各所が点滅し、今も動いているようだ。
彼女がしばし圧倒されていたところに、突然声が響いた。脳内に直接響く、少年のような声。
【???】「偶然とはいえ、『鍵』を持たない者がよくここに辿り着いたね…まずは自己紹介しておこう。僕は『銀河の意思の観測者』だ」
【カンナ】「『銀河の意思の観測者』…?」
【観測者】「そう。ここには550年前の大崩壊以降の、この銀河で起きているありとあらゆる事象が全てリアルタイムに記録されているんだ。ナノマシンを使ってね」
そう説明しながら、どこからともなく脳内に響いてきていた声が姿を成し、少年の影のような黒いシルエットを形取った。