第43章:その先に心はあるか、その後に涙はないか

【アンヌ】「同盟軍第3艦隊総司令、イレーヌ=ローズミット元帥…確か同盟の女傑と言われるお方でしたわね…」
アンヌはそう敵将の名前を繰り返しながらつぶやき、それに対しドミトリーが応える。
【ドミトリー】「ええ、確かサグラノをクロスバードと共に壊滅させたのも第3艦隊だったかと」

それを聞いたアンヌは、すぐにカンナに対し通信で呼びかける。
【アンヌ】「大丈夫でしょうか?嫌であれば下がるか転進しても構いませんが…」
しかしそれに対しカンナは、首を振ってこう答えた。
【カンナ】『いいえ、やるわ。やらせて。…おそらくイレーヌ元帥は、あたしらを狙ってるはずだから』
アンヌはその答えを聞いて、分かりました、と軽く答えた後、
【アンヌ】「でも、無理はしないで下さいね。フォローはしますわ」
そう返した。カンナはありがとう、とだけ答えた。

…実際のところは、カンナにはもう1つ思うところがあった。
【カンナ】(イレーヌ元帥閣下なら、もしかしたら…)


        【第43章 その先に心はあるか、その後に涙はないか】


【秘書官】「ドゥイエットの魔女艦隊、旧第3艦隊とぶつかります!」
【エルトゥール】「そうか。…あそこのお嬢ちゃんなら、やってくれるだろう。クロスバードもいるしね」
【秘書官】「ですが、全体としては…」
秘書官がそう言い言葉を濁す。要するに、数で劣り押されているのだ。
【エルトゥール】「大丈夫、これぐらいなら想定のうちだ」
参謀総長は全く気にする様子を見せない。それどころか、
【エルトゥール】「…さて、私はちょっと行くところがある。総指揮はアルフォンゾ閣下に任せてあるから、何かあればそちらを頼るといい」
そう言い残し、戦場の指揮を第1艦隊総司令であるアルフォンゾ=スライウス元帥に任せてその場を立ち去りどこかに行ってしまった。
【秘書官】「参謀総長!?」
秘書官が慌ててそう呼び止めようとするが時すでに遅し。


【イレーヌ】「あちらはワンオフ機持ちだ!機銃で小回りを利かせられないようにしろ!」
近接戦の得意なジェイクが敵戦艦に取り付こうとするが、敵戦艦に上手く対応され近寄れない。
【ジェイク】「ちぃっ!」
【アネッタ】「相手も手練れよ!無理はしないで迎撃に集中して!」
アネッタもそう言い制止する。已む無く下がった。

【イレーヌ】「いいぞ…数では勝ってるんだ!そのまま押し込め!」
そもそも魔女艦隊はクロスバードを含めてもわずか10隻。実はこの銀河で艦隊と呼ぶには極めて小規模なのである。もちろん、それでいて大艦隊に匹敵する戦果を挙げているからこそ、魔女艦隊と呼ばれているのだが。
しかし、単純な数の勝負となるとやはり苦しい。イレーヌはそこを突き、数で押し込む。
【アンヌ】「砲撃、止めないで!やられますわよ!!」
【ドミトリー】「アルキオネ、直撃を受け中破!下がります!」
【アンヌ】「ぐっ…!」
戦艦の大破報告を受け、思わず唇を噛むアンヌ。ただでさえ味方は数が少ないのだ。ますます苦しい展開に頭を悩ませる。

【クーリア】「艦長、我々もこれ以上は…やはり数が違います」
【カンナ】「仕方ないわね…」
【フランツ】「艦長!?」
カンナとクーリアの諦めたような会話にフランツが驚く。

…だが、諦めた訳ではなかった。
【カンナ】「一度これを使っちゃうと二度目はないから奥の手にしておきたかったんだけど…クリス、いけるかしら?」
【クリスティーナ】「もちろんですぜ!」
それを聞いたカンナは安心して、こう指示した。
【カンナ】「…それじゃ、コードCF、発令!」
【クリスティーナ】「はいなー!プログラム発動!!」
カンナの指示でクリスティーナがキーボードを叩き、エンターキーを押す。

次の瞬間、敵艦隊の動きが一斉に止まった。

【イレーヌ】「何っ!?どうしたっ!!」
【副官】「分かりません!各艦、一斉にシステムダウンした模様!!」

そう、クリスティーナが敵艦隊に一斉にハッキングを仕掛けたのだ。
敵といっても元は同じ同盟軍である。システムは基本的に同一。であれば、ハッキングも容易いという訳だ。
但し、一度使うと相手に警戒され防御策を講じられてしまうため、二度はできない。そのため事前にカンナとクーリア、クリスティーナの三人で打ち合わせて「奥の手」として用意していたのだが、想定よりかなり早く使うことになってしまった。

【カンナ】「今よ、ミレア!」
【ミレア】「はい、行きます!」
カンナの指示でミレアが一気にエンジンを噴かし、第3艦隊の旗艦であるベラトリクスへ向かい突撃する。

【ドミトリー】「理由は分かりませんが、敵艦隊がほぼ一斉に動きを停止した模様!それに伴い、クロスバードがベラトリクスへ突っ込みます!!」
【アンヌ】「恐らくあのクリスティーナって子ですわね…いいでしょう、我々も乗りますわ!動ける艦は突撃!!」
そうアンヌも指示を出し、クロスバードを先頭にして、魔女艦隊が第3艦隊の旗艦・ベラトリクスへ一斉に突っ込む。

【イレーヌ】「…そういえば…!」
真っ暗なベラトリクスのブリッジの中で、イレーヌ元帥はあることを思い出した。
ケレイオスでクロスバードと別れた後、エステリア強襲迎撃戦で戦死したクルーの後任として、凄腕のエンジニアが入ったらしいという噂である。
【副官】「システム、復旧します!」
その副官の言葉と共に、再びベラトリクスのブリッジが明るくなる。が、眼前のモニターには、主砲の砲口をこちらに向けたクロスバードが映し出されていた。

【イレーヌ】「ぐっ…!」
厳しい表情を見せるイレーヌ元帥。そこに、カンナの通信が飛び込んでくる。
【カンナ】『イレーヌ元帥閣下。…もう、いいでしょう』
事実上の降伏勧告。だが、イレーヌ元帥は個人端末を取りこう反論した。
【イレーヌ】「少しはやるようになったと思ったけど…とんだ甘ちゃんだねぇ!こっから反撃されたらどうするんだい!?」
【カンナ】『…そんな事をするような方ではないと知っていますから、こうして呼びかけているんです』

さらにカンナはこう続けた。
【カンナ】『閣下は海溝派に属しているとはいえ、派閥の論理で動く方ではなかったはずです…これ以上、あたし達を悲しませないで下さい』
それを聞いて、イレーヌ元帥はふと1週間ほど前の光景が思い浮かんだ。
集まった艦隊司令官たちの会議。誰も彼もが自らの都合しか考えずに言い争い、ほとんど会議になっていなかった。今も各艦隊がバラバラに戦っているだけである。
それに対し向こうはどうだ。紆余曲折があっただろうことは想像できるが、それでも同盟のクロスバードと共和国の魔女艦隊が連携して自分たちを追い込んだのだ。

【イレーヌ】「…あたしとしたことが、最後は小娘に言い負かされるとはね…歳は取りたくないもんだよ」
そうポツリとつぶやいた後、背後にいる士官たちにこう語りかけた。
【イレーヌ】「みんな、すまないね…期待を裏切ることになってしまって。…それでも、ついてきてくれるかい?」
それに対し、首を横に振る者は誰もいなかった。

それを確認した後、イレーヌは自らの艦隊に向けてこう指示した。
【イレーヌ】「現在動ける第3艦隊の全艦に告ぐ!これより我々は同盟及び共和国に対する一切の敵対行動を止め、再びエルトゥール=グラスマン参謀総長の指揮下に入る!繰り返す!敵は連合及びそれに同調する裏切り者だ!!不服がある者は止めはしない、今すぐ立ち去るといい!!」

しばらくして、イレーヌ元帥はカンナに対しこう通信で語りかけた。
【イレーヌ】「…お嬢ちゃん、これで良かったかい?」
【カンナ】『ありがとうございます。この恩はいつか…』
【イレーヌ】「いいや、つまらない大人の都合に振り回されたあたしが悪いんだ。お返しはいらないさ。…その代わり、お嬢ちゃんはあたしみたいになるんじゃないよ」
そう言い、カンナにかつての自分を重ねていた。自分がカンナぐらいの年頃だったら、どう動いていただろうか。そんなことを考えながら、部下に改めて各艦の動きについて指示を出した。

そして一通り指示を出し終わった後、イレーヌ元帥は再びカンナにこう話しかけた。
【イレーヌ】「正直あっちは統制が取れてなくて各艦隊ごとに動きがバラバラだ。実際会議でもケンカしてたしな。とはいえ数ではまだ向こうが多い。その上例の蒼き流星もいる。…踏ん張りどころだよ、お嬢ちゃん」
【カンナ】『はい…!』
その言葉を受けて、魔女艦隊はクロスバードを先頭にして、前進していった。


【アルベルト】「何ぃっ!?あのババア、裏切りやがっただとぉっ!?」
『第3艦隊、離反す』の一報を受けた第6艦隊のアルベルト元帥は思わずそう絶叫した。

【アルベルト】「…いや、思い返せばあのスイーツガールとも繋がりがあったな…想定しておくべきだったか…」
そんなことをつぶやきながら腕を組む。

【副官】「閣下!第3艦隊が離反したエリアから崩され、こちら側の戦線が乱れています!!」
【アルベルト】「そこに火力を集中させろ!!」
【副官】「はっ!」

第6艦隊の副官が言う通り、第3艦隊が寝返りクロスバードと魔女艦隊が担当していたエリアを中心に陣形が崩れだしていた。
そしてそれは、魔女艦隊側の狙い通りでもあったが、1つだけ懸念があった。

【アンヌ】「ここまでは順調ですわね…ですがこのままいけば、恐らくは…」


…果たしてその懸念は、的中することになる。
【ドミトリー】「超高速でこちらに向かってくる人型兵器と思しき反応が1つ!」
【アンヌ】「来ましたわね…!」
詳細を言わずとも分かる。この速度で動いてくる人型兵器なんてこの銀河に1機しかない。

【マリエッタ】「『蒼き流星』、来ますわ!」
【カンナ】「遅かれ早かれ勝負はつけないといけない…やるしかないわ!」
そうカンナも言い、気合を入れるように自らの頬を両手でパン、と叩いた。

このページについて
掲載日
2021年11月27日
ページ番号
47 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日