第46章:この狭い銀河の中心を
【観測者】「だからといって、どうするんだい?」
観測者は自らを否定したカンナを意に介さずこう返した。ここはガス惑星全体を利用した巨大なデータセンターであり、一人で壊すのは非現実的である。クロスバードに戻っても、戦艦1隻ではまた然り。ただそれはカンナも理解していて、さて勢いで否定はしたもののどうしたものか、と思案しようとしていたところである。
…だが、ここで観測者はある事に気が付いた。
【観測者】「!!!」
【第46章 この狭い銀河の中心を】
もう1人の人間が、この場に近付いてくる。この銀河で起こっていることの全てを観測していたはずの観測者が、『それ』に直前まで気が付かなかった。…それは、巨大な機械となってもなお、「目の前のモノに注意を引かれる」という生命体らしい行為を止められなかったという事実をも観測者自身に突きつけていた。
【エルトゥール】「やぁお嬢ちゃん、よくここに辿り着いたね。…最も経緯はどうあれ、君はいつか間違いなくここに辿り着くだろう、と私は思ってたけどね」
現れたのは、鍵を持つ者の1人、エルトゥール=グラスマン参謀総長。そう、総指揮を抜け出してここに向かっていたのだ。偶然ここに辿り着いたはずのカンナが来ることを、まるで最初から分かっていたかのように。
【カンナ】「参謀総長閣下…!」
【観測者】「まさか…やめろぉ!!」
観測者が急に慌てた口調になる。…そう、鍵があれば、ここを無力化することも容易い。
【エルトゥール】「私としては、別に観測者が居ようが居まいが構わないんだけどね。…でも、こういう物は、若くて有望な者に渡した方がいいんじゃないのかな、と思う訳さ」
と、彼は鍵をちらつかせながら言った。
【観測者】「待って待って待って!!考えてもみなよ!百何十億年とも言われるこの宇宙の歴史の中で、たった何万年ぽっちっていう時間だけで人間とチャオがこれだけの物語を紡いだんだよ?じゃあこの先どんな物語が生まれて、どんな結末を迎えるのか、文明が続く限り最後まで見てみたいじゃん!!
もちろん文明だけじゃないさ!あと何万年かすればあの巨星は爆発するんだよ!?何十億年かすればこの銀河は隣の銀河とぶつかるんだよ!?無限に近い時間を経ればやがてこの無限にある星の輝きも消え失せていくっていうんだよ!?…そんなの、絶対見てみたいじゃん!!
なのに、なのになのに、人間もチャオも100年すらマトモに生きられない!悲しすぎる!!そんなの、僕は認めない!認められない!!!」
必死にまくし立てる観測者。…だが、カンナには、それは意味の無いただの叫びにしか聞こえなかった。
観測者にとっては、鍵をこんな目的で使われること自体が全く想定していなかったのである。基本的に観測者は観測するだけなので、破壊する側にメリットが全くないのだからそんな事する者はいないだろう、と高を括っていたのだ。
…気が付くと、観測者の言葉は既に言語の体を成していなかった。
【観測者】「サンク・タンデールの革命者!デュラハンがやがて天極の果ての流星を掴み、物語は闇に潰される!!深遠なるアルカトレイスの星の民よ、民よ、民よおおおぉぉぉぉおぉぉおっ!!」
カンナはそんな意味不明な叫びを全く気にすることなく、エルトゥール参謀総長から『鍵』を受け取る。
そして、
【カンナ】「…さようなら、『人間さん』」
そうつぶやきながら鍵を目の前のコンピューターに差し込み、現れた仮想キーボードを軽く操作し、エンターキーを押す。
【観測者】「嗚呼…オメガ…よ…ノヴォスの…戴天…は…」
観測者はなおもそう言いかけたが、次の瞬間その黒いシルエットは霧散し、コンピューターから放たれていた光も一斉に消え、辺りは静寂に包まれた。
【カンナ】「…参謀総長、帰りましょうか。そろそろクロスバードの修理も終わってるでしょうし」
【エルトゥール】「そうだね、お嬢ちゃん」
そう言い残すと、2人は後ろを振り返ることなく、来た道を戻っていった。
2人の歩いた後には、使い道を失くしてただのおもちゃになった鍵が転がり、その背後にはそれまでの明滅が嘘のように沈黙し、ただ朽ちていくのみであろう巨大な機械が延々と横たわっているだけであった。
【シャーロット】「ふっ…ははははは!!!」
3機によって雁字搦めにされたシャーロットのフォーマルハウト。そこで突然、シャーロットが笑い出した。
【シャーロット】「負けだ、あたしの負けだよ!しかしあれだ、戦って、戦って、戦いまくった果ての最期がグロリアで知り合ったチャオに殺されるってのは因果なもんだねぇ!!」
その通信を聞いた瞬間、オリトのリゲルの動きが止まった。
オリトが、冷静に『なってしまった』のだ。
そう。冷静に考えると、グロリアでオリトはシャーロットと一緒に行動しているのだ。…そして、グロリアで知り合いを殺すのは苦しい、と教えたのが他でもないシャーロットである。
【オリト】「お、俺…!」
思わず手が震えるオリト。シャーロットはそんな様子を知ってか知らずか、さらに通信でこう叫ぶ。
【シャーロット】『さぁ、オリト君!やりなさい!一思いに!あたしを!!』
【オリト】「で、でも…!シャーロットさんだって、死にたくてパイロットをやってる訳じゃないでしょう!!言ってたじゃないですか!!友達と遊んだり、おいしいもの食べたりしたいって!!」
思わずそうまくしたてるオリト。それに対し、シャーロットは静かにこう語った。
【シャーロット】『もう、いいんだよ。地獄でやるよ、そういうのは。…この世界で普通に生きるには、あたしの手は血で汚れすぎた…』
【オリト】「でも…!パトリシアさんだって…!」
オリトはなおも、『その手を血で汚しながらも、生き残った』パトリシアの例を挙げようとするが、
【パトリシア】『馬鹿野郎!!考えてみろ、仮に戦争が終わってもコイツが生きてたらどうなるか!!無名のあたしとは違うんだぞ!!』
そうパトリシア本人が否定する。
彼女は銀河でトップクラスの有名人でありエースパイロットである。仮にこのまま戦争が終わっても、『敵のエース』であった彼女が生きていたら。悪意ある者により、更なる混乱と悲劇をもたらすだけなのではないか…そうパトリシアは言いたかったのだ。
【シャーロット】『そいつの言う通り。多分もうあたしは、自分の運命を自分では決められない…友達と遊んだり、おいしいものを食べたり、恋愛をしてみたり…なんてことができないぐらいにね』
そしてシャーロット自身もそれに同意する。現に、各軍がライオットに集う過程で彼女の名前が利用されているのだ。どちらにせよ、このまま生き残っても誰かに利用され続ける人生になってしまうのだろう、と自覚していた。
【オリト】「…っ!」
なおも悩むオリト。それに対し、シャーロットはこう続けた。
【シャーロット】『オリト君はスラムの人やチャオの未来の為に戦ってるんでしょ?だったら早く!…殺せ!あたしを!!銀河とアンタの未来のために!!!』
【オリト】「…!!」
シャーロットは以前グロリアで、オリトの生い立ちと戦う理由を少しであるが聞いていた。それを持ち出して、叫んだ。それが、今の自分にできる唯一の『誰かのためになること』だった。
【オリト】「あ…ああ…ああああああああっ!!!!!」
それを聞いたオリトはついにそう絶叫しながら、突撃。
次の瞬間、リゲルのビームサーベルがフォーマルハウトのコクピットを貫いた。
【シャーロット】『そう…それでいい…頑張りなよ、オリト君…』
シャーロットは血塗れになりながら笑顔でそう言い残し、フォーマルハウトと共に銀河の塵となった。
【ドミトリー】「…フォーマルハウト、反応、消滅…!その他敵艦隊も反撃弱まっています!」
【アンヌ】「あの…蒼き流星が…ついに…っ!!」
そこまで言葉を紡いだところで、アンヌは思わず感極まり目頭を押さえる。達成感でも、嬉しさでも、哀しさでもなく、ただ様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざったまま表に出てきた結果だった。…しかし、ここは戦場である。一艦隊の将として取るべき行動ではない。それを十分に自覚していた彼女は、すぐに目を拭うと、個人端末を手にしてこう指示を出した。
【アンヌ】「各員、まだ終わりではありませんわ!その手を緩めないで!!」
【イレーヌ】「そう。…ある意味彼女こそ、この下らない戦争の一番の犠牲者かも知れないね…」
一方、その知らせを聞き、イレーヌはそうぽつりとつぶやき、両手を胸の前で組んで、哀しき英雄の死に対して祈りを捧げた。その手は数秒で解いたが、その後もしばらく、魔女艦隊とフォーマルハウトが戦闘していた宙域を、ただ何も考えることなく眺めていた。
この数時間後、連合軍を中心とする艦隊は全て降伏。
銀河を巡り50年続いた戦いは、ここに終結することになる。