第41章:その行方を眺める者達に、私は
グロリア王国・首都近辺。
魔女艦隊とクロスバードは、理由あって一旦グロリアに戻っていた。
【シュンリー】『しかし、50年だったか?続いた3大国家鼎立の構図が、たった2ヵ月ちょっとで崩れてしまうとはね…恐ろしいものだよ』
そう通信で話すのは、同盟軍第2艦隊総司令・シュンリー=グェン元帥。
【ルートヴィヒ】『全くだ。…我々がこうして共和国の方々とお話できるというのもね。特にアーノルド殿下、貴殿とは是非一度お会いしてみたかったのだよ、『ルスティアの貴公子』殿』
こちらは同盟軍第7艦隊総司令、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン元帥。
【アーノルド】『こちらこそ、かねがね貴殿の噂は伺っていましたよ。…ただ、今はもっと他に語るべきことがあるでしょう?』
ルートヴィヒ元帥に話を振られたのは、共和国・ルスティア家の当主長男で、ルスティア家軍の総司令であるアーノルド=ルスティア。
【アンヌ】「…ええ。戦争が終わったらゆっくり話せばいいでしょう。…それでは、始めましょう。この戦争を、終わらせるための会議を」
そして魔女艦隊旗艦・プレアデスの艦長席でそれぞれの顔が映ったモニターを確認しながら、アンヌは話を始めた。
【第41章 その行方を眺める者達に、私は】
フレミエールでハーラバード家が急襲してからおよそ2週間。
その間に、銀河は大混乱に陥った。
昨日まで味方だった者が敵に、敵だった者が味方になったのだ。止めようがなく、各惑星は避難民で溢れ、各地で小競り合いが急増した。
そこで一刻も早くこの状況を解決すべく、同盟と共和国の主要勢力のトップが会談することになったのだ。
会談場所には中立国で比較的混乱が少なく、かつ同盟と共和国の間にあるグロリアが選ばれ、各人がグロリア近海に移動。それでも暗殺などを避けるため、滞在場所は伏せ、ネットワーク上でのオンライン会談である。
参加者は、同盟から離反せずに残った第1、第2、第4、第7の各艦隊の総司令、そしてエルトゥール=グラスマン参謀総長。
共和国からドゥイエット家当主次女のアンヌ、ルスティア家当主長男のアーノルド。
さらにオブザーバーとして、グロリア王家の血縁でもあるマリエッタも参加していた。合計8人。
【エルトゥール】『しかしこちら側が言うのも難だけど、“スイーツガール”のクルーであるマリエッタお嬢様を含めたら同盟側が6人、共和国側が2人というのは、さすがに不均衡だったか…』
参謀総長が渋い顔をしながらそう話すが、共和国側の2人が否定した。
【アーノルド】『いえ、軍制上仕方ないでしょう。正直に申し上げて、不安が無いといえば嘘になりますが…そんな争いをしている場合ではないでしょう?』
【アンヌ】「そうですわね。最悪、主導権争いなら戦争が終わった後でゆっくりやればいいだけの話ですわ。もちろん武力衝突はごめんですけれども」
【アーノルド】『まぁ、そうならないようにお互い努力しましょう、ということでいいのではないかな?』
そして話は本題に入る。
【アルフォンゾ】『さて、改めて確認しておきたいのだが…我々の最優先目的は『この戦争をなるべく早く終わらせる』ということで間違いないかな?』
同盟軍第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥がそう切り出す。
【アンヌ】「ええ。それがごく一部の良くない者を除く、銀河の大半の者の願いだと信じていますから」
【エルトゥール】『成り行きはともかく、こうなってしまった以上はそうしないと犠牲者が増えるばかりだ。それは道義的にはもちろん、軍事的にも、政治的にも、経済的にも良くない。要するに誰も得しないってことだ。であれば、一刻も早く終わらせるしかないだろうね』
それを聞いたアルフォンゾ元帥は、こう提案した。
【アルフォンゾ】『そういうことなら、僭越ながら…敢えて全戦力を1ヵ所に結集させ、一度の決戦でカタをつけてしまう、というのは如何かな?』
アルフォンゾ元帥は同盟屈指の名将と謳われる人間である。そんな彼の提案とあっては、さすがの面々も聞かざるを得ない。
【ルートヴィヒ】『しかし、さすがにそれは危険すぎはしませんかい?』
ルートヴィヒ元帥が念の為そう返すが、
【アルフォンゾ】『万が一の時の為に貴殿がいるのではないか、ルートヴィヒ元帥殿』
アルフォンゾ元帥にそう返されては言葉も出なかった。
そもそもルートヴィヒ元帥が率いる第7艦隊は同盟圏内の治安維持担当であり、そして同時にいざという時の予備戦力でもある。正にこういう時に留守を任される為にいるようなものなのだ。
【ヨハン】『…して、何処に集める、アルフォンゾ』
第4艦隊のヨハン元帥がそう尋ねる。彼とアルフォンゾ元帥は旧知の仲であり、呼び捨てで呼び合う。
【アルフォンゾ】『そうだな…理想を言えば連合首都惑星のゼルキオスだが…物理的に難しいだろう』
そう言いアルフォンゾ元帥は腕を組む。敵地ど真ん中に自軍部隊を集めるのは、いくら超光速航行があれど時間や手間がかかってしまうし、当然敵も警戒しているだろう。
それなら、と意外な人物が手を挙げた。マリエッタである。
【マリエッタ】「よろしいですか?…実はグロリア王家に出入りしている諜報員から伺ったのですが、銀河中心部付近にあるガス惑星・ライオット付近にハーラバード家の秘密基地があるらしいんですの。そこはどうでしょう?」
【ヨハン】『ほう、銀河中心部か…』
銀河中心部は恒星やブラックホールが密集しており、超光速航行でも通過が非常に困難なため、戦略的価値は低く、どこの勢力も手をつけてはいない。そこに敢えて基地を作る理由。何かあるはず、とマリエッタは踏んだのだ。
【アーノルド】『それは共和国の人間としても初耳ですね…ハーラバード家、そんな場所に基地を作っていたとは…しかし、引っかかってくれますか?』
当然のことながら、敵がこちらを無視してしまえば無意味どころか、ほぼ無防備になってしまうことになる。こうなるともう、最後は賭けである。
【エルトゥール】『…賭けようじゃないか。元よりそのつもりだろう?』
最後は、参謀総長のその一言で決した。
【エルトゥール】(しかし、こうもあっさりと辿り着くとは…何の因果かねぇ)
そう心の中でつぶやきながら。その思う所は、定かではない。
一方、連合を中心に同盟の海溝派、共和国のハーラバード家、サグラノ家が結集した新勢力も、似たような会談を行っていた…が。
【アルベルト】「まったく、何なのだあ奴らは!連合の新大統領とやらはオロオロしている割に主導権を離そうとせんし、サグラノは自家の利益第一なのが見え見え、ハーラバードに至っては言動が意味不明すぎる!!こんなことで会議になる訳がなかろう!!」
第6艦隊総司令のアルベルト元帥がそう怒りながら廊下を歩く。
【イレーヌ】(そのセリフ、そっくりそのまま返したいがね…)
そう心の中でぼやくのは、同様に海溝派で離反した第3艦隊総司令のイレーヌ=ローズミット元帥。何を隠そうアルベルト元帥自身も、傍から見たら自らの利益しか考えてないように見えなかった。
【イブラヒム】「…しかしこれでは統制も何もありませんぞ。大体にして軍隊というのは…」
同じく離反した第5艦隊総司令・イブラヒム=アルジャイール元帥がぼやき始める。
【アルベルト】「爺さん、話は後で聞く。現状ではそれぞれが好き勝手動くしかなかろう」
しかしアルベルトはそうイブラヒム元帥の話を遮る。
【イレーヌ】「しかし奇妙なもんだねぇ…一部とはいえ、結局共和国とも手を組むことになるとは」
海溝派はそもそも、「共和国と組むのはおかしい」と同盟の山脈派に反発して離反したのである。それが同様に離反したとはいえ共和国のサグラノ家やハーラバード家と組んでるのだから、一見すると本末転倒なようにも見える。
【アルベルト】「私だって奇妙だとは思うさ。だがこの銀河で本当に倒すべき敵を見定めただけに過ぎんよ」
それに対し、アルベルトがそう言い切ったその時、彼の個人端末に着信があった。
【アルベルト】「もしもし、私だ。……はい?ハーラバードの秘密基地があるガス惑星付近に敵の大半が集結?…そんなものハーラバードに任せておけば良かろう!逆にがら空きのアレグリオを狙うチャンスではないか!!」
通信に対しそう吐き捨てたその瞬間、イレーヌ元帥がアルベルト元帥の個人端末を奪い取った。
【アルベルト】「んなっ!?」
【イレーヌ】「もしもし、第3艦隊のローズミットだ。その話、詳しく聞かせてくれ」
イレーヌ元帥は通信相手である第6艦隊の士官から一通り話を聞くと、通信を切り、アルベルト元帥とイブラヒム元帥にこう告げた。
【イレーヌ】「…こちらもほぼ全軍を結集させる。決戦だよ」
【アルベルト】「どういう事かね!?」
訳が分からずそう尋ねるアルベルト元帥。それに対し、
【イレーヌ】「…連合が『蒼き流星』をカードに使ってきた」
【アルベルト】「なっ…!?」
イレーヌがそうつぶやくと、流石のアルベルトも動きが止まった。
蒼き流星、シャーロット=ワーグナー。大統領暗殺事件の後にΣ小隊を新型機1機で殲滅したというのは極秘事項ではあったが、噂が噂を呼び、今や彼女の存在は戦略兵器級と言っても差し支えないものとなっていた。
最早「一人艦隊」とまで噂されている彼女は敵に回さない方がいい―――アルベルト元帥ですらそう判断するのに充分な状況となっていたのだ。
かくしておよそ1週間後、銀河の全軍事勢力のうちおよそ8割がライオット近海に集結。決戦の幕が開くことになる。