第36.5章:操る者、操られる道化
パトリシアが、Σ小隊の簡易な葬儀を行った少し後。
オリトがパトリシアに話しかけてきた。
【オリト】「あの…すいません、ちょっといいですか?」
【パトリシア】「あぁ。どうした?えっと…」
【オリト】「あ、オリトです」
そう自己紹介をする。
【第36.5章 操る者、操られる道化】
【オリト】「あの、ぬいぐるみ…なんですけど…」
と、オリトは血が取れずに薄茶色に染まってしまった、エカテリーナのぬいぐるみを指す。
【パトリシア】「あぁ、エカテリーナのあれか。どうした?」
【オリト】「もし、もし良ければなんですけど…譲ってもらうこと、できませんか?」
【パトリシア】「あれをか?なんでまた?」
パトリシアはそう疑問を呈す。
【オリト】「あの、えっと、エカテリーナさんって子と、戦ったことがあって…パトリシアさんが仰ってたようにいい子のように見えるのに、すごく強くて…なんで戦ってるのかなぁ、って…」
オリトはそう言葉を繋ぐ。
そこまで聞いて、パトリシアは思い出した。
【パトリシア】「あー!思い出した!エカテリーナが言ってたチャオの子か!」
…そして、こう続けた。
【パトリシア】「エカテリーナも言ってたよ。なんでチャオが戦ってるのか、って」
【オリト】「普通、そう思いますよね…」
【パトリシア】「あの子も含めてあたしらは試験管生まれだから、戦う以外の生き方を知らねぇんだ。まぁその結果がこれなんだけどな」
と、薄茶色に染まったぬいぐるみを指す。
【オリト】「…」
その『結末』に、オリトは思わず黙ってしまう。
そんなオリトに、パトリシアが問いかける。
【パトリシア】「あたしには分からねぇが、オリト君にも戦う理由があるんだろ?」
【オリト】「はい。故郷で暮らしている人やチャオのために、俺はここにいなきゃいけないんです」
そう力強く答えるオリト。それを聞いたパトリシアは、納得したような表情でこう答えた。
【パトリシア】「…分かった、そういうことなら、これはオリト君に預ける。…くれぐれも、大事にしてやってくれ」
そう言い、持っていたぬいぐるみをオリトに渡した。
【オリト】「…はい、必ず」
オリトはそう答え、ぬいぐるみを受け取った。チャオには大きいぬいぐるみで、パトリシアから見るとオリトが隠れてしまいそうだったが、しっかり持っていた。
一方その頃、クロスバードの艦内で同じようにぬいぐるみを抱えた人が。
【アネッタ】「うぅ…ほつれちゃった…」
アネッタである。元々ぬいぐるみ好き(本人は隠しているつもりだが全員にバレバレ)でアルタイルのコクピットや自室にもぬいぐるみが多数置かれているのだが、そのうちの1つがほつれてしまったのだ。
こういう時は普段はレイラに頼んでいるのだが、もういない。
【アネッタ】「どうしよう…」
そう悩みながらぬいぐるみを抱え廊下を歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。声の主は、
【アネッタ】「クリスちゃん…?」
クリスティーナ。良く見ると、そこはクリスティーナの自室の前。何故かドアが開けっぱなしになっている。
【クリスティーナ】「…詳細については、添付ファイルの確認をお願いします。なお、今後については…」
【アネッタ】「もしもし?」
思わずアネッタが話しかける。
【クリスティーナ】「んなっ!?…アネッタでしたか…」
驚くクリスティーナ。
【アネッタ】「あ、ごめん…ドアが開いてたからつい…」
【クリスティーナ】「あー、閉め忘れてたのか、しょうがない後で録り直しかなぁ…」
そうつぶやくと、クリスティーナは説明を始めた。どうせ訊かれるだろう、と思った。
【クリスティーナ】「X組に入る前にとある企業さんのシステム構築を手伝ってたので、その残務処理みたいなものね。こっちの任務が優先だし、しばらく手伝えなくなるから」
そのメッセージを録画してたのだ。だが、アネッタにはそれより気になることがあった。
【アネッタ】「それもだけど、その喋り方…」
そう、クリスティーナが「普通」に話していた、そして今も話しているのがアネッタにとっては違和感があったのだ。
それに対し、クリスティーナはあっけらかんとした表情でこう答えた。
【クリスティーナ】「あー、それ。これが素ですよ。さすがにあんな喋り方ただのキャラ付けに決まってるでしょう」
【アネッタ】「え…あ…そうなの?」
アネッタが呆然として表情でそう返す。
【クリスティーナ】「それに会社さんとのやり取りとなるとちゃんとしてないと怒られますしね」
【アネッタ】「いや…ここ軍なんですけど…」
アネッタが思わずツッコミを入れる。常識的に考えて企業よりもっとちゃんとしなければいけない場所のはずなのだが。
【クリスティーナ】「ここはいい意味で緩いですし。それに…」
【アネッタ】「それに?」
クリスティーナがそこで言葉を止めたので、アネッタが聞き返す。それに対し、彼女はこう答える。
【クリスティーナ】「正面切っては言いにくいのでここだけの話ですけど…そんなキャラクターを受け止めてくれる皆さんの器の大きさには、感謝してるんですよ」
【アネッタ】「受け止めるって、そんな…普通に接してるだけだよ?」
【クリスティーナ】「いえいえ、皆さんが初めてですよ、こうやって『普通』に接してくれたのは。大抵、ネタキャラ扱いかそもそも相手にされないかどちらかですからね」
そこでアネッタは、クリスティーナ合流前のカンナの言葉を思い出していた。『とっくに人格に問題のあるメンバーだらけ』。そうか、みんな一緒なんだ、と思った。
そこまで考えて、再びアネッタがクリスティーナに訊いた。
【アネッタ】「差し支えなければでいいんだけど…なんでまたあんなキャラを?」
それに対し、クリスティーナは少し悩みながら、こう答えた。
【クリスティーナ】「そうですねぇ…まぁなんというか、あのキャラも私なりに波乱万丈な17年半の人生を送った結果なんですよ。…私は弱いから、普通ではいられなかった…」
それを聞いたアネッタは、そうなんだ、と軽く返した。この数分のやり取りで全部を理解するのは無理だし、彼女の過去に何があったかなんて知る由もない。それでも、同い年の女の子として、少しだけ分かった気がした。
【クリスティーナ】「…っと、そういえばそもそもアネッタはどうしたんです?ぬいぐるみ持って」
今度はそうクリスティーナが聞き返す。アネッタははっとした表情で、思い出したように答える。
【アネッタ】「あぁ、そうだ、これ!ほつれちゃって、誰か直せる人はいないかなーって」
それを聞いたクリスティーナは、ぬいぐるみのほつれた部分をよく見ながら、
【クリスティーナ】「ふむー…私がやりましょうか?そんなに上手くはないですけど、こう見えて心得はあるんですよ」
【アネッタ】「本当に?助かる!」
【クリスティーナ】「その代わり、今日ここでの話はオフレコということで…いいかな?」
そうニコリと笑う。アネッタもうん、と頷き、交渉は成立。
【クリスティーナ】「それじゃ、このクリスティーナ=フォスターにお任せあれ!」
クリスティーナはいつもの口調に戻ると、棚から手芸用具を取り出し、補修を始めた。