第36章:祈りと願いが交差し、天に還る

クロスバードのブリッジに、カンナとクーリアが戻ってきた。
【カンナ】「状況は?」
【マリエッタ】「敵艦、人型兵器を3機出してきましたわ。連合の量産型、ミモザですわ!」
【アネッタ】「先に出撃したオリト君のリゲルが交戦状態に入ります!」

【ジェイク】「しっかしあのパトリシアとかいう女、信用できんのか?あいつらには散々痛い目に遭わされてきた上にレイラまで殺されてるんだぞ?」
ジェイクはそう不審がるが、クーリアがこう否定した。
【クーリア】「少なくとも、今ここでは大丈夫でしょう。連合は共通の敵ですし。あと、直接殺し合った私の勘が『彼女は信用できる』と言っています」
【ジェイク】「そうか。…クーリアが勘とか言い出す時点でちょっと怪しいが、まぁ様子見といこうか」
【ゲルト】「…悪いジェイク、口じゃなくて手を動かしてくれねぇか?」
ジェイクに対しゲルトの横槍が入る。今はゲルトの火器管制の手伝いである。
【ジェイク】「…すまねぇ」
そう軽く謝って、改めてキーボードを叩きだした。


        【第36章 祈りと願いが交差し、天に還る】


【オリト】「敵は3機…さすがにきついか…!」
こういう時は、無理に前に出ずに、クロスバードの直掩として動く。
ジェイクとアネッタがいない以上、無茶はできない…そう考えていたその時、リゲルの右側をビームがかすめ、向かって来ていたミモザのうち1機が爆散した。
【オリト】「パトリシア…さん!?」
【パトリシア】「いいねぇ、いいねぇ!火力も機動性も上がってる!あのメカニックとエンジニア、相当腕が立つじゃないの!!」

そこからは、まさにパトリシアの独壇場だった。
驚くオリトをよそに、あっという間に残りの2機のミモザも撃墜すると、その勢いで敵戦艦のブリッジも撃ち抜き撃沈。数時間前にようやくベッドから起き上がったばかりとは思えない動きで、一人で全て撃墜してみせたのだ。

【オリト】「すごい…」
思わずオリトもそうつぶやくしかなかった。

【パトリシア】「ま、リハビリにはちょうどいい感じの相手だったかな?…っと、痛っ…!」
そう言い余裕を見せたパトリシアだが、さすがに体の左半分が激しく痛み出し、帰投するなりベッドに転がり込んだ。最も、体の右半分は機械になってしまっているので痛みは感じないのだが。


翌日。
パトリシアのいる休憩室に、カンナとクーリアが入室してきた。
【カンナ】「起きてるかしら?昨日はお疲れ様、本当に助かったわ。調子はどう?」
【パトリシア】「あぁ、筋肉痛がちょっとやばいがそれぐらいだ。急に動くもんじゃねぇな、ははは…」
【クーリア】「それなら問題無さそうですね。…早速ですが、本題に入っても大丈夫でしょうか?」
クーリアがそう尋ねる。それに対しパトリシアは、
【パトリシア】「昨日の条件交渉ってやつか?いいぜ、3食昼寝スイーツ付きでやってやろうじゃない」
と笑いながら言った。

【クーリア】「但しスイーツ代は艦長の私費より捻出するものとする…っと」
【カンナ】「ちょっと!?っていうかクーリアが言うと冗談に聞こえないからやめて!?」
…というショートコントに話が振れかけたが、

【カンナ】「…コホン、で、昨日から考えてたんだけど、このまま捕虜っていう立場だと色々面倒なのよ」
とカンナが真面目な話題に戻した。
そもそも同盟軍のルールでは、捕虜は上官に報告の上、規定の収容所に収容される、となっている。当然パトリシアもその流れに従わなければならない…が、それでは一緒に戦えないし、そもそも彼女は連合大統領暗殺実行犯の1人でもある。ただの捕虜で済むはずがない。
そこでカンナが色々と考えた結果、「傭兵」としてクロスバードに入ってもらうのが一番無難なのではないか、という結論に達したのだ。それでも報告義務はあるが、ヨハン元帥とエルトゥール参謀総長なら話せば分かってくれるだろうという打算もあった。
【パトリシア】「傭兵かぁ、良い響きだねぇ。まぁでも、とりあえず飯さえ食わせてくれればしばらくは無給でいいぞ?あたしもまだ18だし、お給料もらえるほど立派な人間してない、っつーか半分機械だしね」
【カンナ】「そう言ってもらえるとありがたいんだけど、ほら労働法みたいなやつの問題で無給って訳にもいかないのよね…ま、あたしらクルー全員でカンパして何とかするわ。自分で言うのもアレだけど、ここのクルーだいたい実家は金持ちだしね」
【クーリア】「とはいえ17や18の子供に気前良くお金出してくれる親ばかりではありませんが…とりあえず最悪それで何とかするとして、一応別のプランも考えておきます。現時点ではこの方向でまとめましょう」

その後もしばらく細かい条件を詰めた後、個人端末で電子契約書を作成し互いにサイン。
…そこまできて、カンナがぽつりと話を切りだした。
【カンナ】「…パトリシアさん、ここまで話を進めておいて、卑怯かもしれないけど…やっぱり、貴方の仲間がレイラを殺したこと、どこかで踏ん切りがつかない自分がいる」
【パトリシア】「あぁ、イズミルが殺したっていうクルーか。…いいよ、どんな罰でも受けるさ。元々こっちに捕まった時点でそういう覚悟はできてる。何なら今ここで首を吹き飛ばしたって構わない」
そう言うとパトリシアは、手を後ろで組んで、首を前に差し出した。

それに対しカンナは、少し黙った後、パァン、とパトリシアの左頬を強く平手打ちした。
【カンナ】「これで…おしまい。レイラのことは、おしまい」
そして、そう自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

【パトリシア】「痛っ…」
パトリシアは左頬をさすりながら、何かを思い出したように、今度は逆にこう話を切り出した。
【パトリシア】「…悪い、このタイミングで本当に申し訳ないんだが、こっちからも1つお願いがあるんだ。…その、彼ら…あたしらの仲間だった5人を、弔わせてくれないか?…お前らの仲間を殺した奴も混じってるから、無理なお願いなのは解ってる。…でも、それでも、仮にも長いこと一緒に過ごしてきた奴らだ。蒼き流星に殺戮されてほったらかし、じゃあいくらなんでも可哀想すぎるだろ、って…」
パトリシアの言葉の重さに、カンナもクーリアも少し黙ってしまうが、少ししてカンナがこう答えた。
【カンナ】「…分かったわ。とはいえ、ここだと同盟式しかできないわよ…?」
【パトリシア】「いや、あたしが勝手にクリシア式でやるから、小部屋とテーブルだけちょっと借りられれば大丈夫だ」


翌日、クロスバードの一室を借りたパトリシアが、5人を静かに弔っていた。
テーブルの上には造花と、エカテリーナが持っていたぬいぐるみ。唯一の遺品である。
パトリシアがクリシアクロスを握りしめ、クリシア教で葬儀の際に読み上げられる弔いの詩を読み上げる。
【パトリシア】「神よ、天上におわします神よ、どうか彼ら彼女らの魂を…」

その後ろには、クロスバードのクルー全員が参加し、座ってパトリシアの詩を聞いていた。
パトリシアは参加する必要はない、と断ったのだが、どうせなら、と全員参加することになったのだ。

5分ほど詩を読み上げた後、パトリシアは黙ってクリシアクロスを天に掲げて10秒ほど祈りを捧げ、弔いが終わったことを告げた。

【フランツ】「にしても…凄いですね。クリシア式の葬儀、初めてでしたけど独特の雰囲気があって…」
【パトリシア】「正式はもっと色々用意して色々やったりするんだけどな。こんな状況だから、めちゃくちゃ簡易なもんだよ。…それでも、やるとやらないでは、見送る方も見送られる方も違うだろうさ」
【クーリア】「あと、弔いの詩…ですか。あれをスラスラ暗誦できるなんて、その…失礼ですが、イメージじゃないというか、予想外というか」
【パトリシア】「いや、あれは個人端末置いてカンニングしてるからな。あたしもちゃんと全部読んだのは初めてだ。あたしも不信心な人間だったし、ガラじゃないって分かってる。…けど、目の前であんな形で死なれると、どうしても、な…」
【ゲルト】「分かる、分かるぜ、そういうの。レイラが死んだ時、神様がどうとか考えちまったからな…」

【パトリシア】「…ま、あいつらのことはこれでおしまいだ。元々妙な仲間意識はあったがそんなに良い奴らでも無かったしな、あたしを含めて。エカテリーナぐらいだよ、良い子だったのは」
パトリシアはそうつぶやきながら、改めてクロスバードのクルーの方を向くと、

【パトリシア】「…レイラって子は間違いなくあたしの仲間が殺した。許せないかも知れねぇ。だから、今更仲間にしてくれとか図々しいことは言わない。…ただせめて、この訳の分からない戦争が終わるまでは、ここに居させてくれねぇか?…罪滅ぼしぐらいは、するつもりだ」
そう言って深々と頭を下げた。

【カンナ】「そうね。仲間なんて易々となれるもんじゃないわ」
カンナはそう答えた。クーリアが思わず「カンナ!?」と普段の艦長呼びではなく名前で呼ぶが、カンナはこう続けた。

【カンナ】「…だから、『友達』でいきましょう!」

【パトリシア】「と、友達?」
パトリシアが呆気に取られたような表情でそう返す。
【カンナ】「そう、友達!もちろんすぐには無理だけど、戦争が落ち着いたら、一緒に買い物行って、ドラマとか見て、スイーツ食べて、朝までおしゃべりして!…そういうの、ないでしょ?」
【パトリシア】「な、無い…というか、あたしそういうの無さすぎて全く分からねぇぞ!?いいのか!?」
【カンナ】「だからいいんじゃない!知らないものを楽しめるって羨ましいわ!…みんなも、いいわよね?」
そう言い、カンナは全員の顔を確認した。みんな、笑っている。

【パトリシア】「…こりゃ蒼き流星もボロ負けする訳だわ…分かったよ、お友達でいこう」
パトリシアは苦笑いしながら、そう応えた。応えるしかなかった。応えようと思った。

このページについて
掲載日
2021年9月18日
ページ番号
38 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日