第33章:悪魔の玉座に坐るべき者は、ただ一人

惑星マースゲント、連合軍基地。
兵士たちが広場に集められていた。
【兵士A】「急に全員ここに集まれって、一体何が始まるんだ…?」
【兵士B】「さぁて、しがない一般兵には何が起きるのやらさっぱりだ」

【上官】「諸君、静かに!」
上官の命令があり、兵士たちが静まる。

次の瞬間、コツ、コツと靴の音がした。
兵士たちがその音がした演台の方を向くと、一人の男が演台へと上がっていた。その人物とは―――

【兵士A】「だ、大統領!?」
一気にざわつく広場。そう、アレクセイ=ウォルガノスク大統領本人が、惑星マースゲントに現れたのだ。
【兵士B】「本人!?3D映像とかじゃなくて!?」
【兵士C】「嘘だろ、こんな前線まで!?」

そんな兵士たちをよそに、大統領は軽く咳払い。…今度は一気に広場が静まった。

【アレクセイ】「今日は最前線で頑張っている君たちを激励しに来た。諸君、よく頑張っているね」


        【第33章 悪魔の玉座に坐るべき者は、ただ一人】


予想外の大統領の登場に驚いていたのは、こちらも同じだった。
【パトリシア】「大統領!?アレクセイ=ウォルガノスク本人!?」
【エカテリーナ】「各種データ照合。…本人で間違いないみたい」
【イズミル】「どうすんだよ、さすがに大統領ご本人様登場とか聞いてねぇぞ?」

…しかし、アンドリューは動じていなかった。そして、5人にこう告げた。
【アンドリュー】「情報通りだな。…お前達、改めて今回の作戦を伝える。何、たった6文字だ。
         『あの男を殺せ』…以上だ」

さすがのΣ小隊も、その命令には戦慄が走り、しばらく言葉が出なかった。


【アレクセイ】「…我々銀河連合が迫りくる脅威に打ち克ち、真の銀河を統べる連合政体になるためには、諸君の働きが不可欠なものとなる。君たちの多大なる貢献こそが、銀河の統一へと向かう原動力そのものと言っていい」

大統領の演説を、微動だにせず聞く兵士たち。
そしてこれはマースゲントの基地だけでなく、連合中に中継されている。最も、光の速さでも中継するには何千年とかかってしまうので、超光速航行の技術を応用した超光速通信を利用しているが、それでも数時間から数日のタイムラグが発生してしまう。とはいえ、連合中に最速で中継されていることには変わりはない。

さらに、連合だけでなく同盟や共和国でも、どこからか演説中継の情報を聞きつけたのか、非合法ではあるがネットワークを介して中継を見る者が少なくなかった。つまり、多少のタイムラグはあれど、銀河の大半の者がこの中継を見ていたと言っていい。


…そしてそれは、彼ら・彼女らも例外ではなかった。
【エルトゥール】「…さすがは元軍人。兵士を手懐ける術は心得ているようだねぇ、大統領」
【秘書】「閣下、さすがに参謀本部長ともあろう方が非合法の中継を見るのはまずいのでは…?」
【エルトゥール】「なぁに、どうせ皆見ているんだ。…まぁそうだね、この中継を見てたからって咎められることがないようお達しぐらいは出しておくかな」


【アンヌ】「さぁて…『あの話』が本当なら、今頃ハーラバードの試験管生まれがあそこにいるはずですが…どうなるのかしらね?」
【ドミトリー】「お嬢様、例のプランについてですが…」
【アンヌ】「ドミトリー、黙ってなさい。今、銀河が大きく動こうとしているのですわよ」


【カンナ】「おー本当だ、やってるやってる」
【オリト】「この人が…宇宙連合の大統領…」
【ゲルト】「いやオリトも写真ぐらいは見たことあるだろ?」
【オリト】「そうですけど、こうやって生中継で見るのは初めてですから」
【ジャレオ】「といっても、直線距離でも数百光年離れているのを銀河をぐるっと回って非合法のネットワーク経由で受信していますから、数日遅れですけどね」


【アレクセイ】「…さて、諸君らの中には、今銀河を巡っているニュースに不安を覚えている者も少なくないと思う。我が軍の絶対的エースである、『蒼き流星』シャーロット=ワーグナーの敗北についてだ」
そこで、兵士たちがざわつく。
実はこのニュース、勝った側である同盟はもちろん、共和国でも報じられていたが、当の連合は公式には認めていなかったのだ。最も、当然ながら噂はあっという間に広がり、連合でも今や誰もが知っている「公然の秘密」状態になっていたのだが。
【アレクセイ】「結論から申し上げると、この一部報道は事実であり、今まで発表せずに諸君らを不安に思わせてしまったこと、大変申し訳なく思う」

【フランツ】「…あれ、あっさり認めましたね。あれだけ伏せてたのに」
【クリスティーナ】「さーすがに隠し切れなくなったんじゃないっすかねー。連合でもみーんな知ってるみたいだし?」
【クーリア】「しかし、『完璧超人』とも渾名される大統領ですよ?敗戦を隠すだけではない、何か別の意図があるのではという気がするのですが…」
【ミレア】「さすがに、考えすぎ、の、ような、気が…?」
と、敗戦に追い込んだ当事者たちが言葉をかわす。

【アレクセイ】「…だが諸君、心配は要らない。シャーロット=ワーグナー本人は健在である。そして…こちらを見ていただきたい!」
そう言い、大統領が軽く合図をした。

すると、演台の背後から、1機の人型兵器がせり上がってきた。

…それを見て、再びざわつく兵士たち。
そして、ざわついたのは、現場の兵士だけではなかった。

【パトリシア】「おいおい…マジかよ…!」
【エカテリーナ】「情報照合、データなし…たぶん、新型」


【ゲルト】「嘘だろおい…!苦労の末に撃破したらパワーアップして帰ってきましたってか!?」
【クーリア】「まさか、連合が今まで蒼き流星の敗戦を公表しなかったのって、このために…!?」
【カンナ】「やってくれるじゃないの…!!」


【アレクセイ】「発表しよう。この機体こそ、シャーロット=ワーグナーの新たなる乗機であり、我らが銀河連合の新たなる翼、新たなる象徴!UDX-307/X、『フォーマルハウト』である!!」

その瞬間、会場が大歓声に包まれた。

【シャーロット】「っていうかコレ、誰でも良かったんじゃないの…?」
…最も、当人はコクピットの中でそうつぶやいていた。今回はお披露目だけであり、実際に動かす訳ではない。コクピットに座っているだけである。一応恰好だけはつけないと、ということでパイロットスーツは着ているが、ヘルメットは被っておらずコクピットの隅に転がっているし、当人も足を組んでシートを目一杯後ろに倒し、完全に「いるだけ」。その気になれば子供やチャオや犬や猫でもできる仕事である。


一方、会場が大歓声に包まれる中、焦っていたのがこちら。
【イズミル】「どうすんだよ!アレが動いたらさすがにヤベぇんじゃねぇのか!?」
5人が狙撃ポイントに潜み、いよいよ狙撃しようかという瞬間にこれである。だが、
【アンドリュー】『…作戦に変更はなしだ』
感情のこもっていない声で、そう応答があった。
アンドリューは基地の外れに潜んでいる共和国の特殊艦から通信で指示を出している。5人はさすがにこの状況でそれはないんじゃないか、と訝しんだが、そもそも既に後戻りができる状況ではない。やるしかないということを渋々理解した。
【カルマン】「逆に考えようじゃないか。この歓声、むしろ今がチャンスじゃねぇのか?それに、あれが動くってまだ決まった訳じゃないだろ?実はまだ開発途中でガワだけのハリボテかも知れねぇぞ?」
【ミッチェル】「あぁ、そうだな。…俺がやる」
ミッチェルはそう言い、狙撃用光線ライフルを構えた。


基地中に、「大統領!」「アレクセイ!」「連合万歳!」などといった大歓声がこだまする。
大統領はそれに応えるように手を挙げる。

そして、
【アレクセイ】「――諸君!」
歓声をあげる兵士たちにそう呼びかけた瞬間、一条の光線が大統領を貫いた。

一気に静まり返る中、演台の上で崩れ落ちる大統領。

慌てて秘書であるロゼリタが駆けつけるが、
【ロゼリタ】「大統領!?」
【アレクセイ】「…銀河の…意思を…」

…その言葉を最後に、大統領は動かなくなった。


次の瞬間、会場は大パニックに陥った。

【パトリシア】「やったか!?」
【ミッチェル】「確認してる余裕はない、今のうちに艦まで脱出するぞ!」
パニック状態の今のうちなら、逃げ切れるはず。騒音の中でミッチェルを先頭に、5人は急いで狙撃ポイントから離脱した。


一方、座っているだけで良かったはずのこの人はというと、
【シャーロット】「………」
ヘルメットも被らずに、ただ黙って起動キー代わりとなる個人端末をフォーマルハウトに差し込んだ。

フォーマルハウトの眼にあたるカメラが光る。
【シャーロット】「…レグルスぶっ壊された上に、折角新型用意してもらったと思ったらこれだ。…どこの誰がやったのか知らないけど、今のあたしはだいぶ機嫌がよくないよ…地獄の果てまで追いかけてやるからなぁ!!」
そう叫び、フォーマルハウトの操縦桿を全力で前に押し倒す。その瞬間、そこに座るべき者は、子供でもチャオでも犬でも猫でもなく、銀河で彼女ただ一人だけになった。
『それ』は、ハリボテでは、ない。

このページについて
掲載日
2021年8月28日
ページ番号
35 / 51
この作品について
タイトル
【Galactic Romantica】
作者
ホップスター
初回掲載
2020年12月23日
最終掲載
2021年12月23日
連載期間
約1年1日